4-7

 クロウがロランをが見る。

 ロランが地面にレイピアを刺していた。

 ロランは老賢者の術を流用し、木偶を操っていたのだ。


「君たちのどちらも失うわけにはいかない。サマンサ、老賢者様の所へ案内してくれ。いいだろう? これ以上は無益だ」


 喉をカラカラにしそうなほどに呼吸を激しくしながらサマンサが言う。

「何をおっしゃいますか……私はまだ……。」


「ぼくの前でごまかしは通用しないよ」


「どういうことだ?」

 そう言いながらクロウは幹から刀を抜いた。


「祈りなしで術なんて無茶な真似を……そんなことしたら傷は治せても体力の消耗ですぐに動けなくなるはずだ」

 ロランがクロウを見る。

「ぼくが詠唱に時間をかけるのは自分の体の外から多くのマナを貰って術を発動させてるからなんだよ。でも彼女は自分のオドのみで術を施行してた。つまり、傷を治すために自分の中の別の場所を傷つけているようなものなんだ」


 ――なるほど、プラスマイナスゼロということか。

 そんな意地をはるサマンサを、クロウはいじらしく思えた。


 サマンサは上げていた足を下ろすと最初は不満そうにしていたが、すぐに

「ご案内いたします……。」

 と、足を軽く引きずりながら踵を返した。


「シスター」

 クロウはサマンサを呼び止め小袋を彼女に投げ渡した。

「(魔女の)秘薬だ。治療術ヒーリングが間に合わないならそいつで止血するといい」


 サマンサは不審なものを見るように(事実、聖職者からすれば、魔女の秘薬は不審物なのだが)、袋を受け取ってクロウを見た。


「そいつで手当すれば跡は残らないさ」


 サマンサは少し頭を傾げてまた歩き始めた。


 クロウはロランを見る。

「最初からこうするつもりだった」

 疑っているロランに、クロウは肩をすくめ「本当さ」と付け足した。



 クロウたちはサマンサに連れられて霊廟にたどり着いた。

 そこはいくつもの小部屋と階段があり、墓というよりも、まるで屋敷のように人が生活できそうな建物だった。

 外見は汚れているものの、内部の生活範囲の空間は掃除が行き届いていた。

 中を通される途中に棺桶と墓標がなければ、世を捨てた金持ちの別荘屋敷だと言われても気づかなかっただろう。

 とはいえ、老賢者の部屋に行くまでは薄暗く、いかつい胸像たちの並んでいる廊下歩かなければならなかった。あまりいい心地がする場所でもなかった。


 回廊のつきあたりに位置している、巨大な両開きの扉を前にしてサマンサが言う。

「ディオール様、お客様です」


 しばらく声がなかった。

 クロウがボソっと死んでるんじゃないよな? とロランに言いかける直前、

「ヘルメスの者か?」

 と、扉を通しているはずなのに、まるで消えかけの蝋燭から出てきたような声が、か細いながらもしっかりと聞こえた来た。


「……はい」

 と、サマンサが答える。


「……通せ」


 男二人でもてこずりそうなほど重々しい扉だった。

 それをサマンサは荷車を押すように体全体を使ってこじ開け、クロウたちを室内に招き入れた。

 室内では暗い色の観葉植物たちに囲まれた大きなベッドとロッキングチェア、小さな丸テーブルだけがあった。

 ロッキングチェアには、生命が岩肌の苔よりも頼りなく体にこびりついている老人が膝に毛布をかけ座っていた。

 老人は天窓から射す光で周囲の観葉植物と一体化しているように見えた。

 毛布の上には水気と精気を失って久しいシミだらけの手が組まれて置かれている。さじを持つのにだって苦労しそうな手だった。

 しかし、そんな老人であっても、老賢者には独特の荘厳そうごんさがあった。

 例え今は朽ちていても、建設には多くの知性と技術が費やされ、そしてかつては人々の崇拝のよりどころとされていたことがうかがい知れる遺跡の神殿のような荘厳さだ。


「お久しぶりです、ディオール様」

 ロランが老人の前でうやうやしくひざまずき挨拶をする。


「……イヴか」

 老人は口をほとんど動かさずに言う。

「何をしに来た……いや、皆まで言わずとも分かる。……私を連れ戻しに来たのか」


「……恐れながら」

 空虚でありながらも鋭い眼差しを向けられ、より一層ロランが小さくなる。


 老人はため息をついた。もしかしたら、うっかり呼吸をし忘れてしまい息が荒くなっただけかもしれない。そしてそのまま息を引き取ってもおかしくもなかった。


「父はディオール様に屋敷へ帰っていただくことを望んでおります。突然、貴方様が父の元を去られたことを大変父は気に病んでおりまして……。」


「私は……もうこの世界のことに関わる気にはなれん……。」


 ロランは何も言わずにひざまづいたままそれを聞いていた。


「……すべてが変わってしまった。国も、そこに生きる人間も……。『鉄の時代』、人々は今の時代をこう言う……意味は、分かるか?」


「鉄が産業を支えるかなめだということだと聞きました……。」


「今はな、戦争中は「鉄」は兵器を意味しておった。そしてあの戦争が起こる前の時代を『黄金時代』という。それは決して、黄金が豊富に採れていたというわけではない。それはあの時代には、まだ文化があり、そして信仰があり祈りがあったからだ。鉄以外の全てにも意味がある時代だった。しかし今はどうだ?先人が積み上げらてきたものを食いつぶしているだけ、例え新しいものが生み出されたとしてもやがて消えゆく流行はやりものばかり。すべてが数に変えられ社会が成り立っておる、人の命さえも素材のごとく換算してな。効率と利益と合理しか信じられん世界、それがあの戦争のもたらしたものだ……。」

 老人はやはり虚ろなままの瞳だった。

 しかし、その奥には果てしない憎悪を含んで話し続けた。今の世の中のすべてが気に入らないかのごとく。

「あの戦争は証明した。そうすることで、すべてを駆逐し勝利できると……。いや、あのが、そうしたというべきか……。」

 クロウに気づいた老賢者は言う。

「そこの女、お主はどうやら雑種のようだな、もしかして……。」


「お察しの通りです。御老体」

 クロウが答える。


「……そうか、これも何かの縁のようだな……。父親のことはどれほど?」


「私の産まれた時にはすでに……。」


 老賢者は深々と椅子に座り直すように体をうずめた。

「不思議な男だった……。幾千の戦場を知りながら、しかしその実一度も戦場には立ったことのない男のようだった」


「戦場に立ったことがないというのは?」

 ロランが不思議そうに言う。


「……捕虜の血を見て卒倒しおったのだよ。……我々の見たこともない戦術と兵器を駆使しながら、血を見るのが苦手ときおった。それだけではない、あ奴は全てを知っておった」

 老人は遠い記憶を探りながら、その思い出の世界に降り立ったような口調で話す。

「まるで、その結果を初めから知ってるような采配であった。敵や我々がそう動くことを既に見てきたような……。あ奴が指揮した戦場では、聖典の黙示録すらも描写しきれない事が起こった……。」

 老人はクロウたちを見た、さっきまでがらんどうだった瞳には中身が急に現れた。

「血の雨が降り注いだのだよ……。どれほどの禁呪を使った戦でもあんなものは再現できない……。戦場だけではない。ただ話すだけでも、あ奴は既に終わったことをなぞるかのような、妙な自信を持ってそうしておった。誰もがあの男の話を聞かずにはおれず、また動かされずにはいられなかった。あの男は……何者だったのだろうか」

 老人は来客がいるというのに、自分に問いかけ一人で頭を悩ませ始めていた。


「ディオール様、お茶をご用意いたしましょうか?」

 別の世界に行ってしまっている老人にサマンサが話しかける。

 老人は顎を微かに動かして返事をした。

「お二人は?」


「いただきます」

 ロランが言う。

 

 サマンサが出て行く際にクロウに尋ねた。

「確か、貴女はジャム入りの紅茶がお好みでしたわね?」

 

 だがクロウは「ストレートで」と答えた。

 サマンサが怪訝な顔をする。

「頭を打ってたのでね、適当にのさ」


 冷たい表情でサマンサは出て行った。

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