4-2

 クロウは笑顔でロランの手を引いて宿に入った。

 宿に入った途端、クロウの表情が豹変する。

 ――早すぎる……。

 クロウは珍しく余裕を失っていた。

 不可解すぎた。狼の鼻もないのにどうやってゴブリンは自分たちを嗅ぎつけたのか。

 

 クロウが部屋に入ると、既に二匹のゴブリンが中で待ち構え荷物を漁ろうとしていた。

 目が合うクロウとゴブリンたち。

 クロウが弾けるように先に動いた。

 部屋の中を駆け回るように左右に大きくステップを踏んでから跳び上がり、まずは左にいた一匹に左脚の飛び蹴り。

 そのままそのゴブリンの顔面を踏み台にして、更に大きくジャンプする。

 左脚を大きく弧を描くよう振り下ろし、右にいた一匹に踵落としを入れた。

 二匹とも絶命には至らなかったが、悶えて戦闘不能にはなった。


「急げ! 必要なものだけ持つんだ!」


 ガシャン!


 中の様子を察したのか、窓ガラスを打ち破ってゴブリンが一匹飛び込んできた。

 クロウは即座に刀を手に取り、抜刀と同時にゴブリンの胴をすれ違いざまに切り裂いた。

 腹を裂かれたゴブリンが、着地できずに床をゴロゴロとでんぐり返りをしながら転がっていった。


 クロウはすぐに行動ができるように、荷物は常にリュックに詰め込んでいた。

 服を着さえすればすぐに出発できる。

 クロウはシュミーズを強引に脱ぎ去り、急いでジーンズとタンクトップを着込んだ。

 一瞬全裸になったが、死体と体を許した男だったのでクロウは気にしなかった。


 クロウは窓をさっと通り過ぎ外の様子を確認する。

 まだ完全には囲まれてはいなかった。

 クロウは目でロランに合図すると窓から飛び出し、真っ直ぐに荷馬車を目指して走った。

 馬車に乗り込むとロランがすぐに手綱を取り馬を走らせた。

 馬が鳴く音と馬車のに感づき、また数匹のゴブリンが林の向こうから群がってきた。

 振り切ろうとロランが手綱を振るい、馬車を全力で走らせた。

 

 ヒュン!

 

 風を切る音がクロウの耳に飛び込んだ。

 矢が飛んでくる音だった。

 クロウは荷車の上で中腰になり飛んできた3本の内2本の矢を刀で叩き落とし、残る一本を鞘で弾いた。

 ゴブリンの弓矢は弦が小さく威力はない。しかし厄介な毒を塗っている可能性があるので気をつけなければならなかった。

 

「せいや!」

 ロランはさらに馬車を加速させ、ゴブリンたちを振り切ろうとする。

 

 しかしクロウたちを見つけたことを合図する角笛が鳴らされた。

 村に散らばっていたゴブリン達が徐々に集まってくる。

 木の上から一匹のゴブリンが飛び降りクロウに襲いかかってきた。

 クロウは空中にいるゴブリンを切り上げで始末する。

 後方では荷車と馬との間にまた一匹のゴブリンが飛び乗っていた。

 ロランに襲いかかろうと短剣を抜いている真っ最中だった。

 クロウはナイフをそのゴブリンの首に投げつけた。

 ゴブリンは馬車から落ち、軽快な音を立て転がっていった。


 パァン!


 雷が鳴ったと思うのと同時に、クロウの頭上にあった木の枝が弾けるような音を立て砕けて落ちた。

 遠くにバクスターが盗んだ馬で追ってきていた。手にはピースメーカーがあった。

 ロランが可細く悲鳴を上げ姿勢を低くした。

 荷車に加え二人分の体重があったので、クロウたちの馬車のスピードはややゴブリンたちの馬より劣っていた。

 次第にゴブリンたちの乗る馬が近づき、ついには並ばれそうになった。

 馬に攻撃されたらお終いだった。クロウは馬には恨みはないもののゴブリンの乗るの馬の横っ腹を蹴り飛ばした。

 バランスが崩れゴブリンが振り落とされる。

 クロウの不条理な突然の暴力に、馬が哀しい鳴き声を上げていた。


 反対側に迫っていた二匹乗りのゴブリンの一匹が荷車に移ろうとしていた。

 クロウは足が馬に、手が荷台にある不安定な状態なゴブリンを蹴って馬から落とす。

 馬を寄せて来たもう一匹のゴブリンが馬を捨て飛びかかってきた。


「クソっ! 離せ!」


 抱きつくように掴みかかってたので、クロウは刀を抜くのが難しくなった。

 中々振り切れなかったが、ゴブリンが短剣を抜こうと片手になった隙に、クロウはゴブリンを抱え上げた。

 ゴブリンの頭が頭上の行き交う木々の枝にぶつけかる。痛みでひるんだゴブリンをクロウは馬車から投げ落とした。

 ゴブリンは軽快に地面に転がっていった。


 並んで行動しては飛び移れないと判断したゴブリンが、脇道から体当たりをかますように馬ごと荷車にゴブリンが突っ込んできた。

 馬は寸前で止まったものの、馬の勢いのついた二匹は決死の覚悟でクロウに飛びかかってきた。

 片方は空中で斬り伏せたが、クロウはもう片方のぶちかましを喰らってしまい体が荷車から投げ出された。

 何とか脚を引っ掛けて地面に落ちることは免れたが、クロウは荷車の端に脚のみで宙ぶらりん状態になっていた。


「く……そっ」


 今にも馬車から落ちそうなクロウの上半身には、ゴブリンが相討ち覚悟で抱きついていた。高速で通り過ぎる地面にぶつかるのは時間の問題だった。

 ゴブリンは器用にもクロウに抱きついたまま体を上下反転させた。そしてクロウに尻を向けてから、クロウの顔面に何度もストンピングを入れる。

 ゴキッゴキッとゴブリンの踵がクロウの顔面にぶつかった。

 体重は軽いゴブリンとはいえ、何度も顔面に蹴りを入れ続けられればそのうち力尽きてしまいそうだった。

 クロウのズボンにしがみつき、ゴブリンが両足で蹴りを入れようとジャンプをする。自分も落ちるかもしれない可能性などまるで考えていないようだった。

 クロウはその両足の跳躍を狙ってゴブリンのズボンの腰をつかみ、地面に引きずり下ろした。

 地面が擦れる音がしたので落ちたと思いきや、ゴブリンはクロウのジャケットを掴んでいた。

 ゴブリンの体の半分はもう落ちているにも関わらず、地面に肉をすり下ろさせながらしがみついているのだ。まさに執念の結晶だった。

 クロウはゴブリンの顔面に、先程のお返しとばかりに肘打ちを叩き込んだ。

 ゴキッゴキッという骨と骨がぶつかる音に混じって、ズザッズザッ!と肘と地面のサンドイッチになるゴブリンの顔面が削れる音がした。

 クロウがふと進行方向を見ると、道が狭まりもう少しでクロウとゴブリンは木にぶつかるところだった。

 クロウは肝を冷やすが、相討ち上等のゴブリンは半分無くなった顔でニヤっと勝ち誇った。

 きっとこのゴブリンは絶命してもこの手を自分のジャケットから離す気はないのだろう。仕方ない、お気に入りの一張羅だったのだが……。クロウは諦めてジャケットを脱いだ。

 ゴブリンはそりゃないぜ……と言いたげに地面の上を転がっていった。

 クロウはすぐに上半身を腹筋で素早く持ち上げ、間一髪で木との衝突を避けた。


 悪寒がしたのでクロウは荷車の後ろを振り返る。バクスターが拳銃の先端を自分に向けていた。

 クロウは最後のナイフをバクスターに投げつける。

 バクスターはうまいこと上体をそらしナイフをかわしたが、それで不安定になりバクスターは馬から落ちていった。

 立ち上がったあと、バクスターは苦し紛れにバクスターはクロウに発泡した。

 銃弾は馬車の隣の木に当たった。

 それ以上の攻撃がないことを知って、クロウは転生者殺しの武器としての性質を推し量った。

 ロランが子供でもオークを倒せる武器だという言っていたが、法術や魔法のようにある程度は制約がありそうだということに。


「クロウ、どうしよう!」

 ロランが叫んだ。


 道の向こうでは、ゴブリンが朽木を切り倒し障害物で道を塞いでいた。

 かなり簡単な障害物だが、荷馬車を止めるには十分だった。

 クロウは荷馬車を離れてロランの後ろに乗り移り、荷馬車と馬をつなぐ馬具を解き馬と荷馬車を離した。

 支えを失った荷馬車が不安定に揺れた後、大きく転倒する。


 クロウはロランの耳元で叫んだ。

「飛び越えられるか!?」


「馬術は得意だ!」


 ロランは手綱を大きく振り、馬にさらに速く走るよう命じた。

 馬はより速く走り始め、クロウは振り落とされないよう、ロランにしっかりとしがみついた。

 馬が飛び上がり、朽木を飛び越した。

 加速した馬は、そのままその周りにいたゴブリンたちも蹴散らし駆け抜けていった。


 クロウたちは、そのまま霊廟れいびょうのある山岳地帯に向けて馬車を走らせ続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る