4-3

 馬を手酷く扱ったせいで途中でへばってしまったので、道中で見つけた農家で馬を金貨と合わせて交換してもらいさらに走らせた。

 その日の夜に着くはずだった山岳地帯まで、まだ日があるうちに到着することができた。


 そこは山とはいえ痩せた土壌と岩石ばかりで、木々がほとんど見当たらなかった。

 たまにあるのも枯れ木や、クロウのウェストよりも細く痩せた木だった。


「東方民族の馬があればもうちょっと楽だったかもな」

 不安定な足場だったので、馬から降りてクロウが言う。


「……君と出会ったバーにいた人たち?」


「ああ、アイツ等は早馬を常備しているからね。昔は戦に使っていたが、今ではもっぱら商いで役に立っているようだが。おかげでいろんなところで彼らを目にするようになった」


「父はあまり彼らと商売はしたがっていないみたいだけどね、宗教が違うとかいうことで……。」


「彼らは先の戦争では勇者側にも魔族の側にもつかなかったからな。今でも味方かどうか分からないんだ」


 二人が山を登り始めると、まだ太陽が登っている時間だというのにその山岳地帯は深い霧がかりかなり視界が悪かった。

 4mも離れると、そこにいるのが人間なのか朽木なのか分からなくなってしまうほどだった。

 空では怪鳥が鳴き声をあげながら二人の上を旋回していた。

 何の知識のない旅人でも、ここにうっかり立ち寄ってしまったら異様な気配を感じ取れるかもしれなかった。

 それくらい、その場所は浮世離れした空気で満たされていた。


「ここが霊廟でいいのかな? 因みに来たことは?」

 クロウはまだ視界の範囲で捉えられるロランに言う。


「ないよ……。」


「そうか……。」

 この霧の中で迷った挙句に、場所違いだという可能性があることをクロウは心配する。


「大丈夫だと思う……よ」


「ほう、それはどうしてだね?」


「ラクタリスと同じ気配を感じるんだ。彼の気もそうだけど、何百年、何千年にも渡って蓄積された先人たちの気配を感じる……。」


「それはそれは」

 クロウはエルフがそう言うのならと、ロランの言うことを信用した。

 数日前に彼の使った法術を目の当たりにしたばかりだった。


 しかし、場所は間違っていないとはいえ広い山岳地帯だった。霊廟を見つけることが叶わず遭難してしまうこともある。

 下手をしたら道に迷うどころかあの世にだって迷いこみそうな雰囲気さえあった。


「……もしかして囲まれているのか?」

 

 視界の悪い中彷徨さまよっていると、クロウたちはいつの間にか数人の人影に囲まれていた。

 お出迎えとは気が利いていますね、と陽気な挨拶を交わす前にクロウは刀の柄に手をかけた。


「ちょっと、クロウ。老賢者の従者かも知れないんだよ?」


「音も匂いもなく、気配すらを殺して近づいて来る奴がこちらを歓迎していると思うかい?」


 実際、クロウの耳も鼻も奴らに感づけなかった。

 魔女の毒ですら見破った彼女の五感だったはずだった。

 クロウが構えたのは、ほんの少しの恐れがあったからだった。

 クロウが刀を強く握れば握るほど、質感を感じさせない目の前の相手に対し、刀の存在が心細く感じられた。


 ロランが必要以上に敵意を見せるクロウを気にしながら奴らに話しかける。

 「突然失礼しました。ぼくはヘルメス家のイヴです。老賢者様にお伝えしたいことがありまして、はるばる領地からこちらまで――」

 そこまで言うとロランは驚いたように口をつぐみ、そしてすぐに笑いだした。


「どうしたんだ?」


「おっかしいなぁ。クロウ、見なよこれ。君、この木の影を勘違いしたんだよ」


 近寄ると、ロランの横にはやせ細った木が生えているだけだった。

 あれだけ仰々しく言った手前恥ずかしく思ったが、それでもクロウにはやはり気になるところがあった。


 ――なぜ、この木々は自分たちを取り囲むように生えているのだろうか?

 ――いやそれよりも、自分たちの後方に木などあったか?


「確かにこいつなんか特に人間みたいな形しているけどさ――」

 ロランがそう言いながら叩いている木が、少し傾いた。

 風もなく、しかも枝ではなく幹から不自然に。


「ロラン危ない!」

 クロウはそう叫ぶと、ロランに体当たりをして木から突き放した。

 朽木は大きくゆっくり動いた後、枝を四肢のように動かしクロウたちをなぎ払おうとした。


 クロウは抜刀すると私は大きく構えた。

「切るなとは言わないだろうな」


「ああ、もちろんだとも」

 ロランも珍しく抜刀した。

 しかし、ロランの細いレイピアは、目の前の相手にはあまり向いていそうになかった。

 

 クロウは首を振る。

 やれやれ、良いニュースと悪いニュースだ。

 大正解おめでとう、ここは間違いなく霊廟でした。

 しかし残念なことにクロウ、君は招かれざる客なのだよ、と。


 再び枯れ木が襲いかかって来た。

 最初見た目に圧倒されたクロウだったが、彼らの動きは鈍く、攻撃のパターンもただなぎ払うだけのようだった。

 歴戦の経験のあるクロウの目はすぐに目が慣れた。

 攻撃を避け大きく隙ができたら、試し切りの要領で大きく振りかぶって枯れ木の枝を切り落とす。

 だが、どうやら彼らは痛みを感じないようだった。枝の一本や二本を切ったところで怯むことがなかった。

 そもそも、生きているのかどうかも分からない。もう生命の通っていない朽木が操り人形みたく、何者かの命令で動いているようにも思える動きだった。

 小さな動きで機先を取るクロウの剣術は、アンデッドといった痛みを感じない奴らとの戦闘には不向きだった。

 途中からクロウは剣術ではなく、きこりのように振りかぶっては幹を両断するというやり方に変わっていた。

 ロランはレイピアが役に立たないようで、剣先で奴らの攻撃をそらすのが精一杯だった。

 木偶を切り続けている途中から、クロウの嫌な予感が的中していた。

 最初に見えていた半分以上の幹を真っ二つにしたというのに、敵が全然減っていなのだ。

 

 ――まいったね、こりゃ増えてやがる


「クロウ、時間を稼いでくれ!」

 レイピアで木偶たちを追っ払いながらロランが言う。


「どうするんだ?」


「これも老賢者の法術だと思うんだ! だからラクタリスの時のように、こちらからも法術でコイツらを押さえつけるんだよ!」


「隠居のためにアクティブになる老人もいるとはな! しかし時間がかかるんじゃ?」


「これは精霊の加護の類じゃないから大丈夫」


「そうかい。そこら辺の仕組みはよく分からんが」


 どうやら木偶の目的は、殺傷ではなく侵入者を脅すことのようだった。

 慣れてしまったクロウにとっては刀で攻撃するどころか、足で蹴り押して倒してしまうくらいでも良くなっていた。

 とはいえ、際限なく増殖するのは厄介であることには変わりなかった。

 ダメージは少ないものの、油断していたら後ろから数発小突かれて吹き飛ばされてしまった。


 ロランはクロウが木偶を相手にしている間に詠唱を始めた。

 ラクタリスと違い、方陣も組まず剣を地面に立てたまま何かを呟いている。


「ミット・マイナー・マハット、ス・ビファイン・デン・フルゥウ・アンツォゲン・ウォオフ・デェ・エウヒ……」


 異変に気づいた木偶の一匹がロランに襲いかかった。

 クロウはその木偶に飛びかかり、飛び蹴りを入れてから横一文字に幹を両断した。


「汝らを法外の呪縛より、解き放つ!」

 ロランが凛として叫び地面に剣を突き立てる。


 木偶たちの陰影が変わったようにクロウには見えた。

 木々は木々らしく微動だにしなくなった。


「……封じたのか?」


「封じたというより、元々木って動かないからね。元に戻したんだよ」


「なるほど……。」

 クロウはさっきまで動き回っていた正面の気を拳で数回小突いた。

 柔く動いていたのが嘘のように硬い。

「……他に何か仕掛けがしてありそうな気配はあるか?」


「あるとも無いとも言えない。さっき言ったように、気配があまりにも多くて……。」


「そうか……ところで私にも分かる気配が向こうから来ているんだが」


「え?」

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