3-10

「お前さん何か知らないのか? ラクタリスでも塞ぎ込んでいたというのは聞いたが」


「うん……あくまで聞いた話だけど、老賢者は転生者をこの世界に呼び寄せた一人らしいんだ……。」


「ほう……。」

 クロウが言う。

 彼女にとって、一気に老賢者が他人ではないように感じられた。


「そのおかげで戦争は終わったはずなんだけど、前も言ったように何故か彼はそれ以来塞ぎ込むようになってしまって……。」


の出現はこの世界の転生者に対する見方を一変させたものねぇ」

 魔女がクロウを意識しながら言う。

 クロウも視界のほんの端に彼女を見る。

「これまでにも転生者は何度か現れたわ。そしてその度にこの世界に様々な恩恵をもたらした。でも、彼はこの世界を大きく変えたの。変え過ぎたといったほうがいいかもしれないわね。最近じゃあ転生者が現れる前に世界を戻そうって動いてる組織もあるみたいよ」


「彼らは何者なんだ?」

 クロウが言う。


「さぁ、私は彼らに興味が無いから。ただ一ついえるのは、私たちとは別のことわりを持つ世界から来たということだけ。そして彼らには共通点があるの。その別の理の祝福を受けた特別な力といったらいいかしら」


「特別な力?」


「特に共通しているのは強運ね。そして魅了、誰もが彼らに惹かれずにはいられない」


「あまりピンとこないな。それで何ができるというんだ?」

 クロウはロランに同意を求めるように言う。

 ロランは何も応えなかった。


「馬鹿にできないわよ? どんな敵対者でも彼らを無視することは出来ないんだから。そしてラーニングにリセット……。」


「リセット?」

 クロウが訊く。また聞き慣れない言葉だった。


「私もよく分からないんだけど、その加護のおかげで彼らは滅びることが無いらしいの」


「それはつまり……奴らは不死っていうことか?」


「違うわ。死ぬのだけれど、滅びないってこと」

 魔女は困惑しているクロウとロランを見る。

「私も簡単に書物を読んだ程度だから分からないの。ただそう言われているだけ。ああ、そうだわぁ……」

 魔女はクロウを改めて見た。

「これも忘れちゃいけないわね。。けれど、これは言う必要が無かったかしら?」

 クロウは妙に落ち着いた様子で魔女を見た。

「ああ、必要は無いな」


 ロランが気まずい様子になっていた。


「気を悪くしないでクロウ。それはつまり、あなたももしかしたら彼らの特性を引き継いでいるかもしれないということよ」


「フォローには……なってないね」


「そう……。」

 魔女はクロウではなくロランに微笑んだ。


「それに知ってるだろう? そんな都合のいいものばかりじゃないということも?」


「そうねぇ。あなたたち雑種は父親とも母親とも違う種族だから、時間がどちらとも違うわね」


「……子供も作れない」

 クロウが冷えたように笑ってからお茶を飲んだ。


「あくまで記録がないだけよ」

 と、魔女が言う。


 ロランは黙っているクロウに何か言いかけた。

 しかしすぐにためらい、それをやめた。


「ああそういえば道中で出くわしたゴブリンたちが妙な武器を使っていたんだが、それも別の理とやらなんだろうか?」

 クロウはロランを見て言った。

「ロランが言うには、勇者と関係あるらしいんだが」


「妙な武器?」


「火を噴く錠前だよ。危うく殺されるところだった」


 魔女は少し考えるようにしばらく目をそらしてから言った。

「『転生者殺し』の話は?」


「噂には、魅力的な名前だね」


「別名『転生者の遺産』とも言われているわ。それを使えば、転生者の祝福を断ち切って彼らを滅ぼすことができるのだとか……。」


「なるほど……。」


「ただ、あくまで同じ仕組みと言うわけではなく同じ理を持つ武器、つまりは転生者の世界から持ち込まれた武器を指す様ね。私も現物は見たことは無いし、実際それが本物なのかは……それこそ転生者に使って見ないと分からないんだけれど……。」


「あれの真贋しんがんはともかく、厄介な武器なのには変わりないようだ。また出くわさないように祈るしかないな。そうだ、婆さ……何て呼べばいい?」


「ソニアって名前があるわね」

 ニコリと魔女が笑う。


「ソニア、毒を売ってくれないか? 一口飲んですぐに逝けるような即効性の毒を」


 ソニアの口は笑顔のままで瞳が見開かれた。



「あなたに自殺願望があったとはね」

 薬の調合を終えたソニアが煙管きせるを咥えて奥の部屋から出てきた。

 手には毒薬の入ったペンダント型のピルケースが二つあった。


「誤解しないでくれ。ゴブリンにとっ捕まった時の切り札さ。お前さんだって奴らの残虐さは知ってるだろう」

 クロウはそれを受け取りロランに渡した。

 ペンダントをまじまじと見つめるロランに言う。

「言ったろ? 覚悟を見せてもらうって」


「あ、ああ。そうだね」


「死が二人を別つまで、の真逆だな。試練をこなしてお互い生き延びられたら、このアクセサリーを捨てることができる」


「妙な関係だ……。」


「人探し程度で坊やの血は貰い過ぎだからおまけを渡しとくわ」

 キセルをふかしながらソニアが世辞を言う。

「毒を使わずに済むことを祈ってるわ」


「神に背いた身だろう?」


「言葉のよ」


「だろうね」



 翌朝、魔女に見送られ二人は館を後にした。

 夜が明けていたが、晴れだというのにも関わらず森は相変わらず薄暗かった。

 何度か反射した日光がかろうじて木々の間から差し込むおかげでランプを使う必要はなかった。

 繰り返しぶつかった光は教会のステンドグラスで色付けされたように、不思議な色合いをもって二人を照らしていた。

 森の深部では夜とは違う生き物たちの匂いと息遣いがクロウの鼻と耳に流れ込んできた。

 大樹の窪みでは、雛鳥たちが帰ってきた親鳥から餌を貰おうと口を開けていた。

 あの雛鳥は、親といがみ合うということすら知らず親元から離れるのだろう。クロウは、山鳥の他愛もない光景を羨ましく思った。


 森を抜けると、昨晩入口に放置していた馬車は無事だった。

 クロウたちは馬車に乗り込み地図で記された祠へと向かった。


「眠いなら仮眠しててくれ。いざという時動けなくなるといけない」

 クロウは手綱を取り、馬に合図をしながら言う。


「うん……。」


「そういえば傷の方はどうかね? まだ痛むかい?」


「ううん、大丈夫だよ。流石魔女の秘薬だね、今晩には治っちゃんじゃないかな?」


「あれは単なる薬草だ。そこらへんの店でも処方してくれる」


 ロランは巻かれた包帯とクロウを交互に見た。


「細かいこと気にするな。ほら、干し肉も貰っといたんだ。食べて血を作るんだ」


 その日はゴブリンに追われているということを除けば長閑のどかといえる一日だった。

 空はどこまでも高く、遠くの雲があらゆる攻撃を受け付けない磐石の神殿のように白く頑丈にくっきりと見えていた。

 夏に差し掛かり風は熱気を帯び始めているものの、おろしたてのタオルみたく乾いた空気が却ってそれを心地よくしてくれていた。

 陽気に浮かれてか、ロランが鼻歌を歌っていた。

 聴いたことのないメロディと言葉だった。


「やけに上機嫌だな」


「あ、いや……。」

 ロランの鼻歌が止まった。


「なに、怒ってるんじゃないんだ。続けてくれ、初めて聞く歌だ。エルフのフォルクソングかな?」


「う、うん」

 しかしロランはまた歌うことはなかった。


「どうした?」


「改めて聴かせて欲しいと言われると、照れるな……。」


「そうかい」


 クロウは彼の歌っていた歌のメロディを指で刻んだ。独特のリズムだが、どこかで聞き覚えのあるものでもあった。


 道が川沿いにさしかかると、クロウは川原まで降り革袋に水を足した。

 投げナイフを使って魚を二匹仕留めるとそれを木の枝でさしてその場で火を起こし焼き魚にした。

 ロランに余った革袋の葡萄酒を飲むように言うと、ロランは革袋から直接の飲み方が分からなかったようだった。

 クロウは口を上に向けて革袋の腹を押さえて袋の口から葡萄酒を押し出して口へ注ぎこんだ。

 ロランもすぐに真似したが、口から外れて少量の葡萄酒が彼の頬に飛び散った。

 クロウがフキンでロランの頬を拭ってやると、すぐにロランは照れて自分でそれを取って自分でぬぐい始めた。


 食事が終わったあと、二人は川原の木陰で寝そべっていた。

 空を仰いでロランが言う。

「危険な旅だというのが嘘みたいだ……」


「私もそう思うよ。余暇で来たのであればまた違っただろうね」

 クロウはロランの隣で風と水の流れる音に混じって不穏なものがないか耳を澄ませる。油断は禁物だった。


 クロウが顔を向けると、ロランがクロウを見ていた。

 親しみを込めたロランの仕草は、やはり女というより少年のそれに近かった。


「どうしたんだい?」


「数日前にも同じように君と川原にいた……。」


「ほんの一昨日のことだな。慌ただしすぎて随分前に思える……。」


「あの頃は……。」

 ロランはクロウの方へ体を向ける。

「君とこういう風に会話ができるようになるとは思っていなかった」


 ロランは横向きに寝そべり目を細め微笑んで言った。

 普通の女ならば、この眼差しで運命の王子に出逢ったと胸をときめかせるだろう。

 男ならば、この王女がどこにもいかないように固く抱擁して今すぐにでも口づけをしたくなるところだろう。

 しかし皮肉なことに彼はそのどちらでもなかった。

 だが、そのどちらにも属さない故の、本の指先ひとつ触れてしまうだけで音を立てて崩壊しそうな危うい魅了がロランにはあった。

 クロウはそっけない笑顔で応えてから彼から顔を背けた。

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