2-3

「じゃあな、お嬢さん方。幸運を祈るよ」


「ありがとう、親切なおじさん達。あなた達こそお仕事がうまくいきますように」


 二日目は運のいいことに、ラクタリス近辺まで行く運送業の荷馬車に乗せてもらうことができた。

 クロウは男達を下手に刺激せず、されどそこまで不快感を与えないよう、おしとやかかつ丁寧に一団と会話していた。

 昨夜とはまるで違うクロウのしおらしい仕草にロランは驚いていた。


 一方のロランはというと、貴族のエルフだということがばれない様に変装させられていた。ほっかむりを被り、衣装は道具屋で買った古着でみすぼらしさを演出している。


「どうしてもっとラクタリスの近くまで行かなかったんだい?」

 ロランが去っていく馬車の後姿を名残惜しそうに見る。


 道の両側に広がる密度の濃いい森林は、入った途端に道しるべを見失いそうだった。目印らしい目印のない、山道のど真ん中で下ろされてしまったことにロランは不安を感じているようだった。


「今は地図上にある、ラクタリスのひとつ手前の山にいるんだが……その為の準備がここでいるんだ」


「準備……?」


「ついて来るんだ」

 クロウは道から外れ土手を降り始めた。


 ついてくるよう言われたものの、ロランは山遊びをしたことのなかったので、へっぴり腰で何度も草に滑り尻餅をついた。

 起き上がっては転び、それを何度も繰り返したせいで、土手を抜ける時には泥と草の汁で服が汚れていた。

 クロウはみすぼらしさがより強調されたロランに哀れみの眼差しを向ける。

 土手を抜けた二人の前には大きな川が広がっていた。

 耳の効くクロウは、この川のせせらぎを山道から聞き取っていたのである。

 クロウは細めで水面を見つめると、川原を見渡し適当なポイントを探った。


「リュックに入れてある黒パンを出してくれないか?」

 クロウはリュックから釣り糸と針を取り出しながら言う。


「ランチかい?」


「そのとおり。しかし私達のじゃない」


「え?」


 クロウは手渡された黒パンを千切って丸め、木の枝で即席に作り上げた釣り竿の針にそれをくくりつけた。


「今から……釣りをするのかい?」


 釣りを始めたクロウにロランが話しかける。


「そう」

 クロウは背中越しに答える。


「……何故釣りを? 食料にそんなに困っていたっけ?」


「これから行くラクタリスへの手土産にするんだ。何故? いきなりぶらりと手ぶらの流れ者が来ても山間の村なんかじゃ迎えてはくれない。金があるだろう? 大金を持ち歩く旅人はわけありに決まってると警戒される。少しなら? こんな所にある村の住人に僅かな金なんか渡しても場合によっちゃあ喜ばれない物々交換が一番だ。他に質問は?」

 クロウは胸の中の空気が全て無くなるまで一気にまくしてた。

 そして全て言い終わると、振り向いて口を硬く閉じた笑顔をロランに向けた。


「魚は何が釣れるんだい?」

 笑顔の意味を理解しなかったロランが言う。


「イワナっ。奴らはなんでも食うからな。他にはっ?」


「イワナ? 食べるのは初めてだよ。美味しいのかい?」


「なぁ、お前さんはそのうち私に世界の創世の秘密まで聞くんじゃないのかね? そりゃ聖典に記されているとおりだよ。ある日アッツアツの巨大なベイクドポテトからソースに混じって「世界」がひょっこり顔を覗かせたんだ」


「そんなこと書いて無かったよ?」


「わお! ヤマ勘が外れたぜ!」

 再びロランに背中を向けながらクロウは釣りに集中し始めた。


「……ねぇクロウ。もしかしてぼくの事で何か腹を立てているのかな?」


 川の流れる音を聞きながらクロウは気持ちを落ち着ける。一つ一つ、なぜロランが自分の神経に障るのかを紐解きながら。


「君と友達になるのは難しいかもしれない。でもこれからの旅をする中でぼくの至らない所があれば直していきたいんだよ。そうすれば、君だって仕事がやりやすくなるだろう?」


 ロランに落ち度がないことはクロウも知っていた。

 しかし、彼の澄んだ瞳で無邪気なことを言われてしまうとどうにも調子が狂ってしまうのだった。


「……ある日海の真ん中で船から海上に女が転落した」


「え? 船?」

 ロランが川の向こうを見渡す。しかしもちろんそこには何もない。


「その船にはエルフ、ホビット、フェルプール、ゴブリンの四つの種族が乗り込んでいた。さて、それぞれの種族は何と言いながら女のために海に飛び込んだだろう?」

 クロウはまたロランの方を向いた。

 ロランの方は訳も分からない状態でクロウの話を聞いている。


「エルフはこう言って飛び込む。『私には神の加護がある!』と。

 ホビットはこう言って飛び込む。『ここで女性を助けたら一躍ヒーローだ!』と。

 フェルプールはこう言って飛び込む。『美人の女だやっほぃ!』と。

 そしてゴブリンはこう言って飛び込む。『止めをさしに行くぜ!』とね」


 相変わらずの呆けた顔でロランが「それが、どうかしたのかい?」と言う。


「ジョークだよ、ジョーク。種族ジョーク。そこいらの村の安酒場じゃこれだけで通じる。でもお前さんには何故こんなジョークがあるのかから説明しなければならないだろう?そこなんだよ。同じ言葉を使ってはいるものの、私たちは一から説明しなければならないことが多すぎる。方や貴族様方やその日暮らしの浪人だ。もし私がお前さんのお屋敷に行ったなら、同じ面倒くささをお前さんは感じるだろう、テーブルマナーとかでね。だからねダーリン、私が必要とする時まで黙っててくれはしないかね?私は常に依頼人のためにはベストを尽くす。ファントムの名がそこそこ知られてるのは、依頼人の期待に応えてるからなんだ。信頼してくれ」

 クロウはまた笑顔をロランに向けた。今度は挑発的なものではなかった。


「……分かったよ」


 それから一時間くらいで、クロウはイワナを五匹釣り上げた。

 削って細くした二本の木の枝をイワナの口につっこみ内蔵をえぐって引っ張り出し、清流で中身を洗うと大きめのシダの葉にそれを包んだ。


「さあ行こう」


 歩いて30分かけてラクタリスに到着すると、そこは想像以上に寂れた村だった。

 村にならぶ民家は、全てが藁葺き屋根と泥壁の貧相なものだった。貧相すぎて、空き家とそうでない家の区別がつき辛いほどに。

 村には老人と子供しかいなかった。稼ぎ手となる者は女ですら出稼ぎに行ってしまっているからだ。

 老人たちはもちろん、子供たちにも精気はなかった。表で生き生きと遊ぶのでなく、ただ指を加え、少年時代が過ぎるのをじっとこらえて待っているようだった。

 弱々しさが、風となって村の間を吹き抜けていた。


「ここが……ラクタリス?」

 ロランが唖然として言う。


「ラクタリス、別の名は“記憶をなくした土地”」

 クロウは目を細め言う。


「え?」


「元々は、ここはゴブリンたちの集落だったんだよ」


 空は快晴だというのに、村全体が曇っているようだった。

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