2-2
「おいチンピラもう一度言うぜ? ここは俺らのシマだ、好き勝手やってんじゃねえぞ」
感情が瞬間的に起伏するディアゴスティーノだった。一瞬で、飲んでいる酒に引火するのではというくらいに吐息が熱くなっている。
「二度目までは許す。誰だって聞き違いや物忘れがあるからな。だが三度目を言わせんなよ?三度言わせるってことは、そりゃあそいつがどうしようもねえ馬鹿かこちらの話を聞く気がねえってことだ。その場合はどっちにしたってバラされるしかねえんだぞ?」
「……しようがねぇな」
そう言ってナイフを納めると、バクスターは手下にも武器を納めるように目配せした。
バクスターは椅子から降り距離をディアゴスティーノから取る。
だが奇妙なことに、バクスターは懐から突然、黒く重々しい小筒を取り出した。
「んじゃあ拮抗させるしかねぇか?」
それは、剣といった刃物を向けられているという状況においてあまりにも場違いな感じだった。
にも関わらずそれを取り出したバクスターの表情からは有り余る余裕が溢れ出ていた。まるで、世界の端を掴んだかのような。
「何だお前? 気が触れてんのか? 錠前握りしめて何しようってんだ?」
呆れ果てながらディアゴスティーノが言った。
しかしバクスターは笑顔歪ませ、その鉄の筒を上に向けた。
次の瞬間、けたたましい轟音と共にその先端から火が吹き出した。音と共に天井の古びたシャンデリアが砕け散り、粉々になった欠片が床に雨のように降り注ぐ。
「アァオ!」
バクスターが遅れて耳を塞ぎながら愉快に叫んだ。
それは、筒でも錠前でもなかった。
コルト・シングル・アクション・アーミー、通称「ピースメーカー」と呼ばれる、コルト社製の回転拳銃だった。
生き物をより合理的かつ効率的に殺傷する目的で作られた道具である。
酒場の常連たちは轟音に驚愕し、入口の大男は腕組みを解き、東方民族の一人はカットラス※を落とした。
一瞬で、場を制していたはずの彼らの気勢は飲まれてしまっていた。
(カットラス:曲した刃を持つ剣。舶刀)
「な……んだ?」
「戦後世代は知らねぇか? 俗にいう“転生者殺し”って奴よぉ。世に出回ってる9割が偽物らしいな。でもこれは違うぜぇ?」
「ゴ、ゴブリンが、どうしてそんな……大それたもん持ってやがる……」
さすがのディアゴスティーノも振る舞い方が分からなくなっていた。バクスターへの問いかけもおぼつかない。
「おいおい、質問するんだったら先にこっちの質問への答え、それとギフトだろう? マナーがなってないぜぇディアゴスティーノさぁん?」
バクスターが銃口をディアゴスティーノに向けて言う。
「……エルフはどこに行った?」
「……クロウってぇ奴に預けた。行き先は知らねぇ。聞く権利もねぇからよ」
「そいつの住まいは?」
「流れもんだよ」
銃口を向けながら「本当かぁ」と言いたげに、バクスターは顔を傾けて薄笑いを浮かべる。
「……西の丘にそいつの生家がある。それ以上は知らねぇ本当だ。ビジネスに関しては不干渉が俺らの不文律だからな」
「な、るほど」
バクスターは拳銃を懐にしまった。
「じゃあアンタの質問への答えだ。……“吟遊詩人”」
「なにぃ?」
「辺境のフェルプールの情報網じゃ分かんねぇか?」
小気味良く数回小さく頷いた後「じゃあなぁ」と、バクスターは手下に合図を送り手下たちを率いて店を出ようとした。
銃への恐れから、必要以上に常連客たちはゴブリンたちから距離をとっていた。
「ああ、そうだ」
バクスターは何かを思い出すと不意に懐から拳銃を取り出し、振り向きざまにディアゴスティーノへ発砲した。
だが狙いはディアゴスティーノではなかった。
彼の斜め後ろにいたカウンターのバーテンの頭が吹き飛んだ。
壁に並べられたグラスや酒瓶に、肉片や頭蓋の内容物が混じった血が飛び散りった。硝煙と酸鼻な血の臭いが周囲に広がる。
「な……オメェ何しやがる!!」
「ギフトだよ、そいつの命をもらっといた。スカしたツラして気に食わなかったんでな」
バクスターはそう言うと、「ナーハーハーハーハー」と笑った。台本を棒読みするような笑い方だった。
手下たちは気の利いた冗談を聞いたように爆笑し
「このクソ野郎、呪われやがれ!」
恐れながらも牙を剥きディアゴスティーノが言う。
扉へと歩いていたバクスターの動きがピクリと止まった。
「誰しもそうなんだぜ? ディアゴスティーノさん。知らなかったか?」
バクスターが振り向いた。
「あの戦争以来、呪われてんだよ。どいつもこいつも」
バクスターは店内の面々を見渡して蔑んだ笑いを浮かべてから、改めて扉を開き退店した。
「どうなってやがる……」
長年裏社会を生きていたディアゴスティーノだった。だが彼にとっても予想外の出来事が起ころうとしていた。
四季亭を出たゴブリンたちはすぐにクロウの生家を目指した。
ゴブリンは店外にいた数も合わせると20余匹に及ぶ一団だった。先頭に大きな狼を従え、それにバクスターが馬に乗るように跨っている。
「お頭ァ、何であの猫耳ぃ、やっちまわなかったんですかぁ?」
クロウの生家へ向かう道中、バクスターの手下の一人が聞いた。ヘラヘラと焦点が定まっていない目つきで笑っている。
「弾数が限られてんだよ。本番以外にやたら使うわけにいかねぇ」
狼に跨ったバクスターが言う。
「“転生者殺し”なんてなくってもぉ、あんな不抜けた奴ら何かにぃ、俺たち負けませんよぉ」
元々ゴブリンは長いセンテンスを話すのが得意ではないので、より一層知性が欠けたように手下は話す。
「……フェルプールはこっち側だ」
「へぇ?」
「エルフや人間とは違う。気取っちゃあいるが最後の最後にジョーカーを切るし、お互い最後の一匹になっても殺し合う種族だ。俺らぁみたいにな」
ディアゴスティーノに見せなかった表情だった。そこには忌々しさがほんの少し見て取れる。
「へぇぇぇ?」
「まぁ、深く考えんな。お前らは俺の指示で動いて生きて死ね」
「へぇっ!」
陽気に手下は返事をする。
ゴブリンたちが話しながら丘を登っていると、クロウたちが今朝まで過ごした家が見えてきた。
バクスターが手下の一人に指示をする。そのゴブリンは棍棒でドアノブを破壊した。
数匹が室内へ入っていき、それから間もなく、ゴブリンの一匹が得意げに室内から軽鎧を引きずり出してきた。脱ぎ捨てられたロランの白銀のプレートメイルだった。
そいつはケラケラ笑いながらプレートメイルの匂いを嗅ぎ「ん~ん」と感じ入り、もう一人のゴブリンに頭を叩かれた。
「遊ぶな」
バクスターがもう少し賢そうな、頭をモヒカンに刈り上げた一匹に目配せする。
モヒカンはプレートメイルをふざけている一匹から奪い取った。そして鎧をバクスターが跨る狼の所に持っていき、バクスターが頭を撫でると狼は鎧の匂いを嗅ぎ始める。
しばらく匂いを嗅がせた後、バクスターは狼の頭を強めに数回叩いた。
「いけっ!」
それを合図にバクスターの狼が走り出し、その後をゴブリン達が走って追いかけた。
地獄から伸びる影が、二人に迫っていた。
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