1-6

 その後、クロウとディアゴスティーノは報酬の配分に関して少し揉める事になった。

 クロウが利率はおろか、元々幾ら借りていたかも覚えていなかったせいで、利息を含めた負債の総額がかみ合わなかったからだ。

 金にいい加減だというのがフェルプールの性質だったが、クロウは和をかけて金に頓着とんちゃくしない性格だった。


「借金があったんですね……。」

 ディアゴスティーノが帰った後、遠慮がちにロランは言った。クロウの恥部に触れると思ったようだ。


「みたいだな」


「みたいって……随分と他人事ですね」


「とっとと返そうとしたんだが、三割の利息だなんて訳の分からない言葉使って借りた分以上のものを要求してきたんで、襲ってきたアイツの部下を四人ばかしぶった切ったんだ。……いや、利息が四割でぶった切ったのが三人だったかな」

 クロウはグラスに残った火酒の最後の数滴を名残惜しむように口に運んだ。

「まぁ、どっちでもいい事さ」


 ロランが獰猛な獣を見るような目でクロウを見ていた。

 クロウは上半身をそんなロランに近づけ、もう少しで唇を奪えるくらいの距離まで顔を近づける。

 金色の瞳に、ロランは吸い込まれながらも気圧された。


「言っとくが、これからお前さんが足を踏み入れるのはそういう世界なんだぜ? 先の大戦でお互い勇者側に付いたエルフとフェルプールとはいえ、私たちの世界にはそれ程の隔絶がある。賢者の知恵なんて喧嘩の機知にもならし、高貴な御身分がゴミ同然に打ち捨てられることだってあるんだ。その覚悟はあるのかね?」


「覚悟は……あります」

 ロランはクロウからのけぞる様に言った。


 上体を引いて露わになったロランの額の、髪の生え際に長細い傷があることにクロウは気づいた。


「……命を賭けるのと捨て身なのは意味が違う」


「その違いは分かります。ぼくには命を賭してでも得たいものがあるんです」


 例え安全な酒場だとしても、この辺りなら一年間は遊んで暮らせるほどの大金の話を何の用心もせずに話してしまうロランだった。もう少し世間ずれした方がいいような、幼く甘さの残るエルフの青年とも見える。

 しかし、彼の瞳の奥に他の者にはない光をクロウは見た。独特の宿命を背負わされた者にのみ宿る光だ。

 何か彼には人を惹きつけるものがあった。


「……いいさ。じゃあとりあえずもう一杯いいかな? で、ここの支払いは必要経費として払っておいてほしいんだが」


「ええ、もちろんです」


「……ちなみに、お前さん歳はいくつになる?」


「今年で25歳になります」


「じゃあ同い年だ、かしこまった言葉遣いはやめてくれないか。これからずっと一緒にいるのに、そんな話し方をされたら肩がこってかなわない」


「いくつなんで……君はいくつになる……んだい?」


「今年で25歳になる。戦後世代ってやつさ。相応に見えないだろう? 人間の年齢なら30くらいといったところだからね。ちなみにさっきまでいたディエゴは27歳だ。幼馴染だよ」


 ロランはクロウが自分よりも年上だと思っていたので驚いたようだった。

 だが、同じくクロウもロランの年齢に違和感を覚えていた。後継者争いをするにしては長寿のエルフとしては若すぎないだろうか、と。



 クロウがほろ酔い気分になった頃、二人は店を出た。

 ロランは明日の仕事の前に自分の宿に来て欲しいと言った。より詳しい仕事の説明と旅の準備をするためだという。

 クロウは依頼人にトラブルがあっても困るので、ロランが使っている宿まで彼を送り届けることを申し出た。

 男のプライドが許さなかったのか、ロランは最初はその申し出に抵抗を見せた。だが、やはり温室育ちのボンボンで、女の「押し」には弱かった。

 しかし、クロウの気遣いは裏目に出てしまった。


 二人が店を出て間もなく、夜道を歩いている二人に野太い声がかけられた。

「よぉ、男連れか? やっぱり“ファントム”の噂は本当みたいだな」

 ディアゴスティーノの手下の一人のヴォルクだった。


 ヴォルクはクロウが人通りの少ない所に行くまで跡をつけていたのだ。

 昼間とは違って、ヴォルクは牛を解体するためのバフヘッドをこれ見よがしに片手に握っていた。


 クロウが冷ややかに笑う。

「なんだ、お前さん私の飼い犬になりたかったのか? 甲斐甲斐しくご主人を酒場から出るまで待ってくれていたとはね。どれ、せっかくだから撫でてやろう。そこに仰向けになって手足をバタバタさせるといい」


「テメェ……。」

 ヴォルクがバフヘッドの鞘を抜き後方に投げ捨てた。

 一撃で牛の首を切り落とすための、重く分厚い刀身が露わになる。


「許してくれ、干し肉はないんだ」

 クロウはあえて挑発的に笑い外套にうずくまる様にして体を小さくした。

 外套まんとの中では、左手がしっかりと刀の鞘を握っている。


「ボスの様子からすりゃあ、そこのオカマの依頼の報酬はかなりのもんなんだろ? 全部で10000ジルといったところか。テメェにゃあもったいない仕事だ」

 ヴォルクは肩をバフヘッドで叩きながらクロウのほうへ歩いてきた。

「ボスにはテメェが逃げたって言っとくからよ、ここで俺に前金と仕事を譲ることだな。でないと、本物の幽霊ファントムになっちまうぜ?」


「やめとけよ、ファントムに関わったら長生きはできないぜ?」


「なんでい、性病持ちか? アバズレ」


 クロウは悟られぬよう、少しずつ、体の向きを変えながら抜刀の準備を始めた。

「ちと違う。腹上死するんだよ、


「はん、違いねぇ。勇者に媚売りまくった売女の娘だ。そこんトコロはお墨付きだろうよ」


 その一言でクロウからは一切の情けが消え去った。目の奥が瞳孔が縮まり、瞳が鋭い猫目になる。

「……もう、取り消せないよ?」


「ふん、誰が」


 ヴォルクはより一層クロウに近づき、体を壁に見立てるように胸を張り威圧感を与えようとした。

 ヘラコウモリの様な顔が、怒りと夜の闇で昼間よりもさらに醜くなっている。半端なチンピラならこれだけで物怖じしそうな凄みだった。

 ヴォルクが凄むにも剣を振るうにも最適だと判断した位置で立ち止まった。

 しかしクロウはさらにヴォルクの深い間合いに入った。彼に何かを囁く為にそうしたかのように、さりげなく。


「馬鹿だよ、お前さん」


 クロウの外套まんとがめくれ上がった。

 ヴォルクはクロウが既に抜刀しているのを見た。

 既にクロウは攻撃態勢に入っていた。

 鞘から刀を抜いたのではなかった。

 刀から鞘を抜くように腰を引き、最小限の動きで抜刀を済ましたのである。


「!?」

 焦ったヴォルクがバフヘッドを振りかざす。

 

 だが遅かった。

 

 クロウはがら空きのヴォルクの脇腹を、すれ違いざまに切り抜けた。


「~~~~~~~~~ッ!」 

 体験したことのない痛みに、ヴォルクはか弱くうめいた。


 よろめきながら振り向くと、ヴォルクは息を飲んだ。

 彼は見たのである。

 そこに瞳を金色に輝かせ、髪を赤く燃え上がらせる自分の運命がいることを。


 ――ようこそこれがお前の死だ。


 クロウはヴォルクの肩口から脇腹まで一気に袈裟で切り裂いた。

 肺にもう空気が残っておらず、ヴォルクは声すら上げられなかった。


……?」

 残身のままクロウが囁いた。


 ヴォルクは前でも後ろでもなくその場で体をたたむように地面に倒れた。

 クロウはヴォルクが倒れる音を聞くと、刀を振って外套まんとで拭い、掌で刀を一回転させてから納刀した。 

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