1-5


「質問をしても?」


「オメェにゃその権利がある」

 ディアゴスティーノは頷きながら、煙草の灰を床に落とした。


「三つばかり気になる点がある。まず貴族様ならばこんな辺境のフェルプールに依頼なんかしなくても、都の騎士連中に仕事を依頼することだってできるだろう。たらい回しにされたといっても、ここまで話が下ってくるのもおかしな話だ。次に、護衛だったなら普通チームを組むだろう、あそこにいらっしゃるキャラバン隊みたいにな。よりによって一匹狼の私に話を降るのはどういうことだろう?それとも既に私以外のチームはもう編成されているとか?」


「……三つ目はなんだ?」


「そして……今回の依頼人はあのじゃないのかね?」

 振り向くと、いつの間にかあのエルフはクロウのすぐそばまで来ていた。気まずくなったクロウは顔をそらす。


「……どうしてそう思った?」


「だってお前さん、この店に入って来てから一度もこのお嬢さんを見ようとしなかったろ。こんなにも目立つというのに」


「……分かってるならいいさ。ホントに可愛げのねぇ女だ」

 ディアゴスティーノは面白くなさそうに煙草を床に捨ててもみ消し、残りの麦酒を飲み干した。


 エルフがクロウの隣にハーブティーのカップを置いて座った。

「ここから先は僕が話しましょう」

 と、顔と同じく中性的な声で話しかけてきた。男でも口説けそうな声だった。

「初めまして。ぼくはロランと申します。今はロランです」


 クロウは確認するようにロランの口真似をした。


「……何か?」


「いや、その方が賢明だね。私の名前はクロウだ。クロウ。お前さんと違って深い意味は全くない」


「クロウ?」


「珍しい名前だろ? 父の国の名前らしい」


「ええ、まぁ」


 クロウは一瞬だけロランの反応に違和感を覚えた。それは、珍しい名前を聞いたのではない別の何かだった。


「では、貴女の質問への答えですが、やはり貴女の考えている通り事情があります。ぼくの家は代々、世継ぎを決める際、試練を子供たちに課して、それを達成できた人間を候補として選ぶんです」


「何ともまぁありがちな話じゃないか」


「はい。古くから続く家では多かれ少なかれこういうことをやっているんですが、けれどぼくの家は武功で名を立てた一族なので、名目上は独力で試練に挑まなければなりません。おおっぴらに名だたるエルフや人間の戦士を集団で雇うわけにはいかず、といってもオークやリザードマンの手を借りるにはぼくは世間知らずです。途方にくれていた時に、知人からこういった仕事の紹介も兼ねている信頼できるフェルプールがいるということをお伺いしまして、この街まで依頼に来た次第なんです」


「信頼できるねぇ……。」

 クロウはディアゴスティーノを横目で見ながら苦笑いをした。

「で、お前さんの護衛をするのなら、必然的にその後継の試練というのにも私が挑むことになるんだが、お前さんは何を果たさきゃあいけないのかな?」


「ぼくの試練は……ぼくの一族がお招きしていた老賢者を屋敷に連れ戻すといものになります」


「……徘徊老人を連れ戻すのがお前さんの試練かね?」


「いえ、彼は聡明な賢者です」

 クロウは軽いジョークのつもりだったが、それにロランは普通に答えた。


「……それでもまだ十分じゃないかな。例えば、ダンジョン攻略なら確かに私たちフェルプールの方が良いだろう。手先が器用だし目も鼻も耳も効くからね。だがね、数いるフェルプールの中で私を選んだ理由は何なんだい? 手駒を失いたくないって理由ならディエゴ、お前さんの斡旋業はちょっと信頼が置けないんじゃないか?」


「貴方が彼の知る中で一番の手練なのだと聞きました。優れたレンジャーでかつフェルプールという条件を満たしているのは貴方だけなのだと」


「おやおや……。」

 クロウはディアゴスティーノを横目で見た。


 ディアゴスティーノは面白くなさそうに新しい煙草に火をつけていた。ディアゴスティーノにしては珍しく耳が垂れていた。


「それが……ぼくが貴方に依頼をお願いしたい理由になります」


 ディアゴスティーノはエルフを眺めて何かを言いたげだった。

 二人はまだ何か隠しているようだった。しかし、依頼主に隠し事をされるのはクロウの稼業では珍しいことではない。

 クロウは「分かったよ」と、うなずいた。


「……ぼくから質問してもよろしいでしょうか?」

 ロランは少し遠慮がちにクロウの体の所々を見つめた。好奇や性的なものとは少し違う視線だった。


「もちろん、にもその権利がある」


「……先ほどからのその、というのはやめていただけますか?ぼくは男ですし……何より先ほど申しましたロランという名前があります」

 ロランは憮然とした表情で言った。女だとからかわれるのが不快らしい。


「……そりゃ失礼」


「それでは改めてクロウさん、その……まず貴女が女性だというのに驚きました」


「不都合でも?」


「いえ、とんでもありません。あと、その……。」

 ロランはクロウとディアゴスティーノを見比べ言葉を選んでいた。注文と違う品が出てきたことをウェイトレスに告げるような、困惑した表情だった。

 クロウには、そんなロランのウブさがどうしようもなくくすぐったかった。


「私がフェルプールじゃないと?」


「え、ええ。貴女と彼では違う種族のような……」


雑種バスタードなんだよ、私は。面倒くさいから両方で通すようにしてるんだ。人間かと聞かれた人間、フェルプールかと聞かれたらフェルプールとね」

 クロウは髪をかきあげ、隠れていた獣耳を見せた。

「でも心配はいらないよ。ダンジョン攻略は何度もやっているし、フェルプール並みに鼻も耳も効く。もちろん、そこにいるディエゴの言うように腕も立つからね。お前さんのオーダーには応えてるはずだ」


「半亜人……ですか」


「その事について興味があったとしても、申し訳ないが答えるつもりはない。仕事には何の支障もないからね」

 クロウはグラスを口に運び、火酒を数口飲んだ。

「多分私の技量に関しては実際に見てもらわないと何とも言えないんじゃないかな。聞いてるかもしれないが私に選択権はないんだ。だからね、お前さんが私を見初めたならこの場で商談は成立するんだ。どうするね?」


 ロランは困惑したようにディアゴスティーノを見た。クロウが「選択権はない」と言った意味がわからなかったのだ。


「……お願いします。ぼくは先ほど言いましたように、ある意味空手です。貴方がたを信頼する他ないんです」


「お互い不条理な選択肢という訳か。そうだね、危険な奴らに仕事を依頼してカモられて奴隷商人に売られて悪趣味な貴族にカマを掘られてっていうコースも有り得るわけだから、その方が賢明だ」

 クロウはグラスを傾けながら、ロランを横目で見た。

「悪いね、育ちが良くないもんでね。でもこれから一緒に旅をしていくんだから、お互いの欠点には目をつぶろうじゃないか。なぁに、花嫁探しをしているわけじゃないだろ」 

 と、自分の物言いを気に入らなさそうに見ているロランにフォローを入れた。


「ええ……まぁ、それは……。」


「商談成立だなっ」

 決断をしきれないロランに業を煮やしたディアゴスティーノが手を叩いて宣言した。


「ところでお前さん、今回の仕事でいくら支払う用意があるんだ? 私たちの業界じゃあ、前金で半分、仕事終わりにもう半分ってのが普通なんだがね。あとは……幾分かの支度金かな」


「はい、あまり高額はご用意できないんですが、前金で20000ジル、合計で40000ジルご用意があります」


「40000ジル、強欲なディエゴじゃなくても目の色が変わるな」


「な、言ったとおりだろ? オメェの借金チャラにしたってお釣りがくるって」

 算盤を弾く為か、部下に指図をする為にしか使われなくなった人差し指にはめられた指輪を、嬉しそうに弄りながらディアゴスティーノが言った。

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