記者マルグリット(2)
衝撃の出来事を体験してから一夜明けた今日。
私は昨日の出来事をバススさんに聞いてもらいたくて、早朝から宿場街を渡り歩いていた。
私としても、流石に昨日の事を誰彼構う事なく喋る程分別がつかない訳じゃない。
というより、私みたいな若造がそんな事を話したとしても信用されるとは思わないし、話すならこの話をしても大丈夫そうな相手──編集長や局長、バススさんみたいな大物じゃないと、凄く面倒な事になりそうな気がする。
「ていうか。バススさんは何処に泊まってるのよー!」
バススさんだけじゃない。彼のパーティメンバーも、この街の目ぼしい宿屋の何処にもいなかった。
おかしい。
この街は副都市バルバニアなのだ。
首都ほどではないが大概のものは揃っているし、『第二の首都』と呼ばれているのは伊達ではない。
そんな街の何処にもいないとか、それはもう怪しすぎる。
「まさかっ!」
バススさんは昨日の私の話を聞いて、『
「あの、恩知らずっ! あんだけバカスカ高い酒呑んだのに、まさかそんな事をするなんて!」
「そりゃあ酷い言い草だな、嬢ちゃん」
私がありえそうな未来に憤っていると、突然後ろから草臥れたようなそんな声が聞こえてきた。
「!!」
急いで振り返ると、バススさんとそのパーティメンバーである魔法師のイザベラさんが、苦笑した表情のままこちらに歩いて来ている所だった。
「もう! 一体何処に居たんですか!」
ツカツカと歩み寄ってバススさんに詰め寄ると、横からやんわりとイザベラさんの杖が差し出され、私はバススさんの少し前で止まらざるを得なかった。
「あまり彼を責めないであげて?」
相変わらず色気のある人だ。
とても母の妹とは思えないモノをその体に持っていて、非常に嫉ましく、そしてそんな事を思う自分が哀れに思えてくるから悲しい。
「イザベラさんもです! 何ですか! 結婚の挨拶にでも行って来たんですか!」
イザベラさんがバススさんに恋をしているのは、私が初めてバススさんを紹介された時から分かっていたことだ。むしろその頃は、いつ二人が付き合うのか母と賭けをしていた記憶がある。
結局、二人が付き合い始めたのはそれから数年後。私が魔法新聞社の入社試験を受ける頃だから、確か二、三年前の話だ。
いい加減、いい大人なんだから結婚したらどうかって、バススさんに何度も何度も言った気がするから、ヘタレじゃなかったらもうそろそろ言っていてもいい頃合いの筈。
まぁ、この二人がそんな状態になるまで、あと数年ぐらいはかかる様な気がするんだけど……。
「あ、あぁ……。分かるか?」
え? マジで?
ヘタレのバススさんと奥手のイザベラさんが結婚報告!?
「本当ですか!?」
いかつい顔をニマニマとさせるバススさんと、白い頬を真っ赤に染めるイザベラさんの姿を見て、私は往来の多い大通りの真ん中で、素っ頓狂な声を上げながら問いただした。
「え!? 本当にするんですか!?」
驚いた。それはもう驚いた。
早くても後一、二年はかかると思ってただけに、驚きも数倍だ。
「あぁ……。そもそも今回帰ってきたのだってそれが目的だったからな。嬢ちゃんには悪いけど、嬢ちゃんと会うのはそのついでみたいなもんだったんだ」
『それ』って言うのは、所謂ご挨拶って事でしょ?
もっと詳しく言うと、今回バルバニアまで
うわぁー。
ちょっとバススさんの覚悟の程を舐めてたかも。でも、冒険者の結婚適齢期としては二人とも丁度良いぐらい?
「それじゃあ、冒険者は引退するんですか?」
私がそう言うとバススさんは首を横に振って答えた。
「いや、完全にはしないな。残りのメンバーの受け入れ先の都合や後始末をしなきゃならないし、『
ふーん。
それはそれで大変そう……じゃなくて!
「バススさん! それならなんで連れて行ってくれなかったんですか!」
勢いで言ってから気付いたけど、結婚報告の場に私は必要ないよね。
案の定、バススさんは笑いながら私の頭をポンポンとして詫びる様に言ってきた。
「悪い、悪い。普通は姪っ子なんか連れてかねーだろーからさ」
全くもってその通りですね。
カラカラと笑いながら言うバススさんに、とちっ た事を言った恥ずかしさが込み上げてきた私は、頭上でヒラヒラと動いていたバススさんの手を払いのけながらイザベラさんに祝いの言葉を述べた。
「おめでとうございます。イザベラさん」
「ありがとうね。いつもいつも」
艶然と微笑むイザベラさんの表情はとても幸せそうで、結婚にあまり興味を持っていない私も羨ましいと思ってしまった。
「それで? 二人はこんな所で何をしてたんですか?」
そもそも今はまだ早朝と言っていい時間帯だ。丁稚やメイドなんかの奉公人は忙しなく働いているけど、実家に帰って報告をして来た新婚さんが活動を始めるのにはちょっと早すぎると思う。
「冒険者関係ですか?」
私がそう聞くと、カラカラと笑っていた顔からいきなり真面目な表情になったバススさんが、青く綺麗な瞳をじっとこちらに向けながら、低く重々しい声で言う。
「そうそう。嬢ちゃん、アンタに用があったんだよ」
何だろう?
私が疑問に思っていると、バススさんは続けて驚く様な事を言ってきた。
「魔法新聞社調査局広報課二年目の若手記者マルグリット。此度、汝が求める『謎の孤児院』について、拝謁の許可を与える。第74期『叢雲の屋敷』所属、バスス」
え?
「悪いな。これは一種の形式みたいなものでな」
圧力のあった言葉はふっと軽くなり、迫力のあった瞳も柔らかい物へと変わったバススさんが、未だ理解できていない私に声をかける。
「おめでとう、嬢ちゃん。物ぐさな『
ぇ……。
ぇぇぇぇええええええええ!?!?!?
「ぇぇぇぇええええええええ!?!?!?」
私の心からの驚きは、明け方の空に甲高く響き渡った。
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