そのお師さん、怠惰につき

謎の孤児院

記者マルグリット(1)

「うーん……」


 私の前で腕を組んで唸っている人物は、この国で数人といない最高位冒険者に名を連ねる『鎧騎士』バススさん。


「それはちと無理な頼みだなぁ……」


 眉を八の字に歪めて申し訳なさそうに言うバススさんに、私はもう一押し頭を下げて頼み込んだ。


「お願いします! 私の伝手じゃ、もうバススさんしか頼める人はいないんです!」


 昼間とはいえまだまだ酒呑みで溢れかえっている酒場の席で、私は恥も外聞もなく机に頭を叩きつけながら叫んだ。


「おいおい、アンタ見たいな若いもんに頭を下げさせたら俺が怒られちまう」


 本当に困ったように言うバススさんの言葉に、私としてもこの人を困らせるつもりは……ほんの少しくらいしか無いので、渋々頭を上げて上目遣いでバススさんを見つめる。


「そんな顔をされてもなぁ……」


 綺麗な青い髪をガシガシと搔きむしりながら溜息を吐くバススさんは、とても最高位の冒険者には見えない。

 三十代だと言う彼は、何処か垢抜けた騎士様の様にも見えると奥様方からの人気が根強いらしい。


「俺としても、アンタらの所には何かと世話になってる事もあるから、多少の事は力になってやりたいんだがな? 『師父シーフ』の下に連れてけってのは、俺だけじゃどうにもならねぇよ」


 そう、私が王国で一、二を争う実力者であるバススさんに頼みたい事と言うのは、大陸中で話題になっている『謎の孤児院』と、そこの生みの親である『師父しふ』と呼ばれている人物について。


 と、その前に。

 改めて自己紹介をすると、私の名前はマルグリット。

 王国の魔法新聞社に勤める、勤務二年目の新米記者。


 今回は、新米の登竜門とも言われる王国のとある街に存在している『謎の孤児院』について取材をしてこいという、ある種の見極め的要素の大きい試練を与えられた為、棚ぼたの様にして手に入ったバススさんとの縁を利用して取材をさせてもらおうと思ってこの酒場の席を設けたんだけど……。


「俺はもう十年以上前にあそこを抜けちまったから顔も効かねーし、只でさえ人が多いあそこは、一々抜けた奴を歓迎してくれる様な所でも無いんだよ」


 そう。

 王国最強とも呼び声高いバススさんは、二十年くらい前まではどこの街にもいるようなスラムのクソ餓鬼だったという。

 その時点で私の生まれる前の話だからあまり詳しくは知らないんだけど、バススさんが言うには、ある日突然現れた『師父しふ』と名乗る若い男に攫われて育てられた結果、今の自分があるんだとか。

 しかも、連れていかれた先が大陸の記者や諜報員達の注目の的でもある『謎の孤児院』。


 これは詳しい話を聞くにはうってつけだと思って、安月給なのを無理してこの酒場でお酒を奢りながら話を聞こうとしているのだ。


「そこをなんとか!」


 先輩記者達ですら叶わなかった『謎の孤児院』直撃取材を成し遂げたとなれば、新米から一気に飛躍する事間違いなし!

 ここは何としてでも『謎の孤児院』まで行かなければ!


「ていうかよぉ。お前さんはあそこがどういう所か詳しく知ってるのか?」


 どういう意味だろうか?


 『謎の孤児院』と言えば、この中央大陸中部に位置するバルバット大国の副都市バルバニアに存在している、『戦災孤児や捨て子・忌み子を集めて育てる物好きな孤児院』として有名な所だ。

 他にも、『大陸の統率機構』や『英雄教室』、『悪魔の住処』、『地獄の入り口』など、数多の英雄・勇者・聖女・賢者・大魔導師・教皇・王族、挙げればきりがないほどの人材を世に輩出してきた『人材の坩堝』として、国家間でも不可侵が結ばれているアンタッチャブルな組織でもある。


 私がその事をバススさんに告げると、彼は分かっているといった風に頷いて、諭すように言った。


「まぁ、実際の所それで間違っちゃいないんだけどな? あそこはあんまり余所者を歓迎しないんだよ」


 バススさんはうーむと唸りながら続けた。


「何つーのかな。閉鎖的って言うか、独立的って言うか。兎にも角にも『師父シーフ』が連れてきたガキ以外は余所者を受け付けねーんだよ、あそこは。まぁ、あそこ自体で完結しちまってるから無理もねーんだけどよ」


 よく分からない事を言う。


 完結って、食料なり薬品なり衣類やその他諸々はどうしてるんだろう?

 街の一角にある以上、何処かと繋がりがあると思うんだけど。


「そう思うだろ? そうじゃねーんだよ。一度見たら直ぐに分かるんだぜ? まぁ、外に出た奴らもあんまり中の事を喋らねーから俺のコレもギリギリなんだけどよ」


 バススさんの顔色を伺う限り、話してる内容がギリギリだと言うのは本当みたいだけど、これだけじゃやっぱり『謎の孤児院』については全然分からないし、歴代の先輩方の記した記事と同じようなものしか書けない。


 ここは何としてでも『謎の孤児院』に行ってみなければ。


「あまりオススメはしねーんだけどなぁ」


 そう言いながら、この酒場で一番高い『髭面殺し』の銘の入った酒をガブ呑みするバススさんの顔面に、すっかり軽くなってしまった給料袋を叩きつけた私は、一言お礼を言ってから酒場を後にした。


「うーん。どうしよっかなぁ」


 話を聞き始めたのはちょうど昼頃だったのに、すっかり傾いてしまった陽の光を眺めながら、私はめいいっぱい伸びをしながら寮のある新聞社の方に向かって歩き始めた。


「局長は『無理にする必要はないし、むしろ何もしなくていい』なんて言ってたけど、気になるしなぁ」


 そんな風に考え事をしてたせいか、前から歩いてきていた金髪の綺麗な女の人にぶつかって、彼女が持っていた食料袋を破ってしまった。


「あらあら」

「うわっ! すいません!」


 急いで謝って拾い集めたけど、あちゃーこれじゃ元に戻しても全部は入らないや。


「本当にごめんなさい!」


 胸元にしまってあったハンカチを取り出して調味料なんかの小物を包んでいたら、間延びしたような艶のある声と共に、白魚のような美しい指が青白い幾何学模様と共に動いた。


「『魔法の小袋マジックポケット』」

「へ?」


 私の目の前でいきなり展開された『幾何学模様』とは『魔法式』の事であり、これは『魔法陣』の元になるもので、彼女が使った『魔法』はに分類されるものだ……。


「え? あれ?」


 『小袋ポケット』とは名ばかりの、異空間収納魔法の一種であるそれは、であり、確か担い手は軍の一員として厳重に管理されてるはずじゃ……。


 私が茫然とその出来事を見つめていると、大きく破れてしまった袋に全ての食料を入れてしまった彼女は、うんと可愛らしく頷いてからこちらに笑みを浮かべてお辞儀をして去って行った。


「一体、何者……?」


 私のその疑問は、夕暮れ時に鳴り響く教会の鐘の音に紛れて誰の耳にも届くことなく消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る