第21話

 徹虎は、虎人族のハンマー使いである。

 所属はオリオン皇帝軍で、副団。その強さと誰に対しても物怖じしない態度からは、鬼の副団長と恐れられる程。

 レベルは上限の300。数少ないカンスト組では珍しい女性プレイヤーで、闘技でも度々名前があるほどの実力を持つ。

 そして、村正の『PK』被害者第一号である事を知る者は少ない。

 そして、元サイレンの『相棒』であった事実を知る者は、それよりも少ないだろう。

 

「終わったら、ギルドルーム向かったのに」


 サイレンの覇気のない声にうんざりしながら、徹虎はため息を吐く。

 こんな奴の為に見知らぬ数多くの女性プレイヤーの恨みを買うだなんて、なんて悪夢だと今直ぐにも吐き出したいぐらいだ。

 しかし、それは今の現状では許されない。

 

「サイレン」

「何?」

「ポチのズル、責めたんだって?」

「は? 何の話?」


 村正の問に返した無神経な言葉に、思わず徹虎はサイレンを睨みつける。

 徹虎は、サイレンが嫌いである。

 子供の様な言葉だが、それ以外に相応しい言葉などないぐらいに。

 同じギルドで、同じ副団の立場を持ち、同じレベル。

 そして、元共同闘技のパートナー。相棒として、同じ肩を並べ合って戦った間柄だ。

 村正が闘技には興味がないと参加拒否をしていたから、同じレベルで同じ強さを誇る二人が組んでいたと言うだけの理由だが、それにしては、徹虎は必要以上にサイレンを嫌っている節がある。

 彼女の何がそうさせているのか。

 村正は知らない。

 

「ポチの氷の月集め、方法にケチ付けたって聞いたけど」

「いつの話だ。覚えてないな」


 サイレンと言う男は、酷く他人に無関心である。

 我関せずを貫く、兎の癖に人狼族の村正よりも一匹狼を地で行く人物だ。

 言葉通り、この様子ではサイレンはポチを責めた事を覚えていないのだろうと、村正は呆れた顔をする。

 これでは、何のためにサイレンにポチの面倒を見るように言ったのか、未だに彼はわかっていないのだろう。

 

「はぁ……。サイレン、あのな……」


 呆れたため息をするように村正が口を開けば、徹虎が村正を押し退けてサイレンの前に立つ。

 彼が止めるよりも、彼女が口を開く方が早かった。


「サイレン。ポチに氷の月を渡しのは私。文句があるなら、私に言うべきだし、私を責めるべきだし、私がギルドから去るべきだ」

「徹虎、お前まで何言い出すんだよ」

「弱い奴は、オリオンに必要がないのは分かってるけど、それは私に言うのが筋だ」

「徹虎」

「サイレン、弱いのは、私だろっ! 君が本当にや……」

「徹虎、ストップ」


 村正は、サイレンに掴みかかろうとした徹虎の止め、徹虎の口に手を当てる。

 

「ストップ。暴走し過ぎ。サイレンを見ろ」


 冷静な村正の声で、徹虎はサイレンを見た。

 徹虎が見たサイレンの顔は、どう表現していいのか分からないが、何かを怒るように必死に伝える様な顔で徹虎に今にも掴みかかろうとして手を伸ばしていたのだ。

 

「まだ、サイレンになんの説明もしてねぇから。それ言われても、サイレンが混乱するだろ」

「あ……」

「サイレンも。徹虎はちょっと熱くなってるだけだから、大丈夫。取りあえず、お前ら二人黙って俺の話聞けよ」

「……ごめんなさい」

「いいよ。そんなに謝られても、嬉しくないから。サイレンも、ちょっと顔上げて聞けよ」


 村正の仲裁のおかけで、徹虎とサイレンは大人しく彼の言葉を聞く。

 サイレンに伝えられたのは、ポチがギルドを抜けた事。その理由が、サイレンに氷の月の入手方法を指摘された事だと完結にそれだけを伝えた。

 

「お前がズルって言うのもわかるけど、別に氷の月の入手方法は自力でとか明確にしてないし。そんで、俺と徹虎はそのズルに手を貸してる。だから、責めるならポチじゃなくて甘やかしたら俺達の方って話」

「それは分かった。村正も手だしてたんだな」

「そりゃね。未来ある若者がうちの団に入ってくれるなら嬉しいじゃん?」

「お前らが甘やかすから、未来がなくなるんだよ。結論から言えば、俺はポチら氷の月の入手方法を責めたつもりもなければ、覚えもないし、俺自身、そんな事どっちでもいい」


 無関心な彼らしい言葉だと村正は思う。

 勿論、少々呆れながらだが。

 

「だが、氷の月も一人で入手できない程度のレベルなら、もっと俺を教えた事を真剣に聞けとは言った」

「……うん。まー、それだな」


 無愛想なサイレンが無表情でそんな事を言ったのなら、責められていると思っても仕方がない事だ。

 

「んー。これはちょっと、小さな勘違いが引き起こした悲劇だな」

「サイレンは、私達がポチに氷の月を上げた事、何も思ってない訳?」

「あ、こら。徹虎」

「別に。甘やかすなら、お前らが面倒を見ろぐらいにしか」

「じゃあ、ポチがギルド辞めたのは!?」

「あいつの自由だろ。俺には関係ないけど、正直、辞めた理由が今も良く分かってない」

「……は?」

「辞めろなんて言ってないし。何であいつ辞めたの?」

「徹虎、こいつはそう言う男だから。深く突っ込んだら負けだ」

「それに、氷の月持ってくるよりも、俺が教えた事を真剣に聞く方が重要だろ」


 確かに、そうだけど……。ぐっと徹虎が深いため息を吐く。

 

「ポチは、サイレンの最初の言葉だけしか聞いてないって事でしょ?」

「そこを直すのが先だろ。人の話を聞けよ」

「はぁ……。もう、何か、凄く色々考えて損した。脳みその領域返して欲しいわ」

「じゃ、サイレンはポチがギルドに戻って来るのは反対ではないと?」

「割と、どうでもいい。でも、まあ、あいつなりに頑張ったならいいんじゃない?」


 来るもの拒まず、去る者追わずのサイレンらしい言葉である。

 しかし、これで、ポチがオリオンに居ることに文句を言う奴が一人もいないと言うことがわかったわけだ。


「オッケー。じゃあ、ポチを回収するぞ」

「回収? 何でそこまでするんだ?」

「想像力が相変わらず欠落してるなぁ。考えてみればわかるだろ。ポチが例え奇跡的に氷の月を入手したとしても、俺達のギルドルームには来られない」


 なんたって、オリオンのギルドルームはあのヘル・デ・ロッテ神殿にあるのだ。

 辿り着く前に倒れるに決まっている。


「……何であいつ俺達のギルドルームに着いたんだ?」

「馬鹿だからな」

「奇跡過ぎでしょ」

「馬鹿だし」


 三人はため息を吐くとポチ回収の手筈を整える。

 フレンドは全員消されている為、位置情報はわからない。

 ログインログアウトの状況すら、分からない状態で打てる手は、虱潰しにポチの行きそうな場所を当たるしかない。

 

「初心者ダンジョンとかでレベル上げしてるとか?」

「ポチがレベル上げなんて考え、出来ないと思う」

「俺もサイレンに一票。小手調べで行ったところで通ってレベル上げれる奴じゃないだろ」

「あいつなら、ゴーレムにも負けるしな」

「はぁ。本当に、一人でよく抜けたと思うわ。あのレベルだし、拠点はマハティスだよね。私はマハティス探してみる」

「わかった。俺は、取りあえず手あたり次第アイツが好きそうなダンジョン当たるわ。で、一番確立が高いところが……」


 三人は顔を上げて口を開く。

 

「氷の月があるジャスロガンのダンジョン」

 

 目的なのだから、必ず来るはずだ。

 

「ジャスロガンには、サイレンな」

「え。何で?」

「お前の飼い犬なんだから、一番可能性が高い処で、待っててやれよ」

「めんどくさいな」

「正直、俺達がいくら説得してもアイツはお前の言葉じゃなきゃ聞かないだろ」

「そうね。私達がいくら言っても、納得しないんじゃない? サイレンの言葉じゃなきゃ」


 サイレンは二人の言葉に顔を嫌そうに顔を歪めるが、事の発端は自分の言葉の少なさだ。

 

「あいつ、サイレンに認められたいだけなんだよ」

「認めるも何も」

「そう言ってやんな。文句言いながらでも、一度も見放さずに面倒見てたじゃん」

「お前が決めたからだろ。ポチの教育係に俺をって」

「嫌なら、結構何でも出来ただろ?」

「めんどくさい事は嫌いなんだよ」

「めんどくさい事が嫌いな奴は、このゲームしてねぇーよ。さて、本当にポチが心折れる前に回収しないとな」

「じゃあ、私は町見てくるから」

「俺は一回ギルドに戻って、入口配置をドーピング鹿姉妹に頼んでくるわ」

「はあ。わかったよ。俺はジャスロガンな」

「おう、頼んだぜ。じゃ、俺は行くから」


 村正はそれだけ言うと、自分が出した転移魔法陣の中に消えて行く。

 残ったのは、徹虎とサイレンのみ。

 少しばかり、気まずいなと思いながら、徹虎は何も言わずにサイレンに背を向ける。

 話すことは特にない。

 嫌いだからと、ずっと避けているわけではない。業務連絡であれば、対応している。

 ただ、コンビを解消してからは、ギルド業務以外にサイレンとの関りがないだけだ。

 何も言わずに、そっと徹虎が立ち去ろうとしていると……。


「徹虎」


 後ろからサイレンの声が聞こえる。

 無視を……。してもいいのだろうけど、やはりそれでは大人げがないだろう。

 徹虎は意を決して、後ろを振り向く。

 

「何?」


 サイレンは、綺麗な顔で徹虎に近づく。


「村正は氷の月をポチに渡した理由は分かったけど、徹虎は何で?」

「……は?」

「何で?」


 予想もしなかった問いかけに、徹虎は思わず固まってしまった。

 何故って……。

 

「ねぇ、何で?」


 相川ず、こいつの距離感は狂っているのか。

 鼻の先がお互い当たりそうな距離迄、顔を覗かせて。

 コンビを組んでいた時もそうだった。いつから、近いと怒らなくなったのか記憶がないと、ぼんやり徹虎はサイレンの深海の様な瞳の色を見て思うのだ。

 

「実家で飼ってた犬にポチが似てたから?」


 確か、それ程までにしょうもない理由だったと思う。

 レベル15の子犬の、途方にくれて困っていたいた姿が、何処が実家で飼っていた犬の後ろ姿と被って見えた。

 中身は人間なのは百も五百も承知の上である。

 

「岐阜の?」

「岐阜の、実家の」


 何の確認だよと、思いながら徹虎が頷くと、サイレンは漸く顔を上げた。

 

「しょーもない理由だな」


 ぷっと笑うサイレンに、ぶん殴りたいぐらいのイラつきを覚えながら徹虎は今度こそ彼に背中を向けた。呼ばれても、振り返るものかと心に誓って。

 まったくもって、コンビを組んでいたと言うのに。

 今も昔もサイレンと言う男は、徹虎のなかではいつまで経っても理解できない男なのだ。

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