第20話

 黒兎人族のサイレンと言えば、このゲームで知らない人は少ないぐらいの有名人である。

 このララ・エルが運用開始当初からいる古株のプレイヤーの一人で、改修前の闘技場から唯一の十連勝からの殿堂入りを果たしたプレイヤー。

 その報酬品である、神々のキャラクターデザインを担当したデザイナーが唯一デザインしたアバターの持ち主。

 だからこそ、彼のアバターは神と同等に美しく、見る者の目を引き付ける。

 私だって、ネットや掲示板で隠し撮りのスクリーンショットは何度も見かけたが、実物なんて初めて見る。

 

「……ポチじゃない」

 

 呟く声に、思わず耳を抑える。これは、ちょっと、駄目なんじゃないっ!?

 ゲームだけど、ゲームだけどっ!

 滅茶苦茶カッコイイっ! アニメから一人飛び出てる感じがするっ!

 声、意外に低いっ!

 何、この、圧倒的な少女漫画に出てくるイケメン彼氏感っ!

 

「ごめん。人違いだった。じゃ」


 無機質な低い声。

 たったそれだけを言い残し、私に背を向ける。

 

「あ、あのっ!」

 

 勇気を振り絞って声を掛ければ、フワリと舞う長い青い髪に思わず目が奪われる。

 

「何?」


 深海の様な蒼黒い目が、私を映す。

 

「あ、ありがとうございましたっ」


 緊張の余り、声のボリュームが調整出来ないが、こればかりは自分に非はないだろう。

 何たって、このララ・エル一の有名人だ。

 ミーハーな所がない事はないし、私だって、この人カッコいいなぁとは思ってたわけだし。

 姫だったら、速攻で甘えに甘えて、うざい事してた自信がある。

 けど、今は……。

 

「助けてくれて、ありがとうござましたっ」


 今は、まだ、あの場所へは帰れない。

 それに、きっと、この人が本当に強いのであれば……。

 

「ああ。いいよ。俺も君みたいに弱い子探して間違えただけだから」


 弱い私なんて何しても眼中にはないぐらい、わかってる。

 

「よ、弱くてすみません」


 弱さを認めた今では、この人に何を言われても何も思う訳がない。

 確かに、この人は強い訳だし。

 私は確かに弱いのだから。

 とかかっこつけて言ってるけど、そんな訳がない。

 一番は、有名人って理由がでかいけど。虎女や狼男なら謝る前に噛みついてるし、謝らないけど。

 だって、やっぱりミーハーだし、チャンスがあれば、便乗したいじゃないっ!

 そんな私の心の中を知ってか知らずか、サイレンこと、レン様は首を横に倒し私を見る。

 

「何で謝るの?」

「へ?」


 まさかの疑問形!?

 しかも、突っ込むところ、そこ!?

 

「あ、いえ、弱いのにこんな強いダンジョン来たから……、お邪魔かなって……」


 思ってないけども。

 心の底からそんな事、こっちの勝手だろっ! て、思うけども。

 

「別に邪魔はされてないし、そんな事思わなくてもいいんじゃない。弱いなら、これから強くなればいいだけだし。弱い事は始まりであって悪い事ではないでしょ?」

「え……」


 レン様の言葉は思ってもいない言葉で、思わず私の口から言葉が消える。

 弱い事は、悪い事だ。

 そう、面と向かってはっきりと言われた。

 私の後ろめたさも、そう思っていた。


「何?」

「あ、いえ。ちょっと前、強い人たちに、弱い事を責められてたので、レン様の言葉に吃驚しちゃって……」

「だから、こんなダンジョンに一人で?」

「あ、はい。強くなるために、必要なものを集めに」


 レン様は少し考えると、私に手を差し出した。


「立てる? どこの誰に言われたか知らないけど、このゲームを楽しむぐらいの強さがあれば、十分じゃない?」

 

 お、王子様っ!?

 これ、少女漫画で見た事あるっ! この手を取ったらお姫様抱っこされて、軽いなって言われる奴だーっ!!

 私、レン様の彼女にっ!?

 て、これで何度肩透かしを食らってると思ってんの。

 この想像の後の現実は、結構辛い事を私は知ってる。

 

「大丈夫です。一人で立てますから」


 手を取って恋に落ちるとか、有名人だから付き合いたいとか、前だったら何の抵抗もなく夢見て暴走してたかも。

 でも、今は違う。

 

「気を使って頂いて、有り難う御座います。私、このゲームを楽しみたいから、一番強くなりたいんです」


 甘い言葉も、自分の都合のいい解釈も。

 全部全部、過去のものだ。

 今はただ、強くなって見返したい相手がいる。

 強くなって、なりたい私がある。

 

「そう。強いね」

「弱いから、あのモンスターにもやられそうだったんですけどね……」

「強さは攻撃力だけじゃないからね」


 あれ? このセリフ、何処かで聞いた事がある気がするけど……。

 誰が言ってたっけ?


「それよりも、一人でここまで来たの?」

「あ、はい」


 先ほどのセリフの主を探そうと思考を飛ばしかければ、今度はレン様が私に話掛けてくる。

 

「このダンジョンで人犬族の弱そうな奴、見なかった?」

「人犬族ですか? 見てないですね」


 と言うより、このダンジョンに入って初めて会った人がレン様だし。

 

「ポチさんでしたっけ?」

「そう。何か知らないけど、嫁のお気に入りの犬」

「よ、嫁……。嫁っ!?」


 れ、レン様結婚されてるの!?

 ララ・エルの女子のハートを全てもぎ取ってると言っても過言ではないレン様が嫁っ!?

 これは、大スクープでは!?

 まあ、レン様に関しての情報はないと言っても過言ではないし、一切合切謎の包まれていると言っても過言ではないから、嫁がいても不思議はないんだけど……。

 

「そ。多分猫ちゃんと同じぐらいの強さなんだけどね」

「私が言えた事でもないですけど、そのレベルでここに来ますかね?」

「猫ちゃんと一緒で、ポチもここに用事があるんだよ」


 猫ちゃん……。

 わ、私の事だっ!

 

「あ、すみません。私、かのんって言いますっ!」

「うん。そっか」


 流石に、フレンド登録しませんか!? は、図々しすぎるよね。この流れ。

 でも、名前だけでも、憶えてくれたら嬉しいなーって下心もちょっとあったりして……。

 

「俺はサイレンって言うけど、何か知ってるみたいだしね」

「す、すみませんっ! レン様、有名人で、ストーカーと言う訳ではないのですが、闘技場でよくお名前も拝見させて頂いてましてっ!」

「あー。そっか。闘技場よく来るの?」

「え、はいっ! 勿論っ!」


 すみません、レン様。めっちゃくちゃ嘘ついてますっ!

 闘技場、一度も足を運んだ事さえないですっ!

 全部ネットの知識ですっ!

 

「じゃあ、徹虎ってプレイヤー、知ってる?」

「え?」


 虎女の、名前?

 

「知ってる?」


 聞き間違いではないだろうか。

 今、レン様は、あのオリオンのギルドルームに偉そうに座っていた女の名前を呼んだ気がした。

 確かに、彼女の名前は徹虎。

 何で、レン様は?

 

「と、虎人族のハンマー使いの……?」


 私が、虎女の姿を思い出せば、彼は見た事もない様な美しい微笑で色づいた。

 

「そう。闘技場の前回の優勝者」


 え。

 は?

 えっ。

 嘘っ!? あの虎女、そんなに強いのっ!? 源十郎太さんよりも、ランキング上って事!?

 やばい。私、随分と、強気に出てた気がした……。

 まさか、あの女も有名人だったとか!? 嘘、でしょ!?

 

「徹虎の名前まで知ってるとか、熱心に闘技見てるんだね。強くなるコツ探してるの? 偉いじゃん」

「え、あ、はいっ! 勿論ですっ!」


 ここは、調子いい事言っとけって、このララ・エルの女神が私にささやいてるからっ。

 

「徹虎の強さ、知らない馬鹿は多いのに。いいね。ちょっと気分いいし、まだポチも此処まで来てないみたいだから、強くなるための素材、俺も一緒に探してあげるよ」

「へ……」

「名前、なんだっけ?」

「か、かのんですっ」

「かのんね。かのん、レベルは?」

「レベルは、25です……」

「そのレベルで、ここまでくるガッツが凄いな。悪いけど、仲間に入れてよ」


 そう言うと、レン様は私の髪を掴んだ。


「ねえ、かのん。何が欲しいの?」


 これは、神のお導き? それとも、悪魔の囁きなのか。

 今の私には、どちらも同じに見えるのであった。

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