第18話

「はぁ!? か、飼い犬ってまさか、『ポチ』っ!?」

「うん。ポチいなくなっちゃったの」


 徹虎は自分のメニューから、団員登録リストを開くと、そこにはいつもいたポチの名前がない。

 逃げたって、まさか……。

 

「うちの団から、逃げたって事!?」

「うん」

「な、何で!?」

「何でうちの女性陣、ポチだけには優しいんだよ……。ヨーコにも同じ感じに責められたし。贔屓じゃね?」

「そんな場合じゃないでしょ!? ポチ、うちの団なんて辞めたの!?」

「置手紙には、氷の月取りに行くって書いてあったよ」

「あったよ。じゃねぇーだろっ。何で、今更……っ! アンタ、ポチのレベル知ってる!?」


 徹虎は乱暴に村正の襟を掴んだ。

 氷の月とは、オリオン入団テストの課題である。

 ポチは既に氷の月を提出して、この村正が率いるオリオンに入団していた筈だ。

 

「ズルがバレたんだよ。サイレンに」

「……え」


 再度、湧き上がる観客たちの声に、徹虎は言葉を失った。

 この短い時間で、試合が決まったのだろう。

 サイレンと言う男は、それ程強い。

 オリオンでは、徹虎と同じく副団長と言う座についているが、村正と互角に戦える数少ないプレイヤーの一人でもある。

 

「ズルって……」

「試合、終わったな。手、放してくれるか? 俺、サイレンの所に行かないと」

「こ、……氷の月の入手方法に制限はないでしょ?」

「ないね。少なくとも、俺は定めてない」

「どんな手を使っても、氷の月さえ持ってこれば、問題ないじゃないっ! それが、ズルって……」

「徹虎、手放せ。時間の無駄たろ。お前のクソみたいな質問なんて」


 サイレンコールが起きている中でも、はっきりと聞こえる、村正の冷たい声。

 徹虎はゾクリと体を震わせ、ゆっくり目を閉じ手を放す。

 

「徹虎、いい子ー。でも、自分がやった事を俺で許そうとするの止めてね。すっげー、迷惑だから」


 違うっ! そんなつもりはと口から思ってもいない『嘘』が出そうになる。

 歯に衣着せぬ村正の言葉に、徹虎は自分の手をきつく握りしめた。

 そうだ。自分は、その通りの事をしようとしていたのだ。


「ごめんなさい」


 悪いのは村正でもない。いつもふざけて居る村正にこんな言葉を言わせたのは、自分だと徹虎は分かっている。

 自分の非を認められない程、若くもないし、自分の心を騙せる程頭がいい訳でもない。

 だから、彼女は素直に村正に頭を下げた。

 

「団長に言うべき言葉じゃなかった。私も、サイレンの所に一緒に行く。ズルって言うのなら、氷の月を渡した私が悪いから」

「そうだな。でも安心しろよ。今回ばかりは、俺もお前側だから」

「どう言う事?」

「どう言う事って、氷の月は四つ必用なんだぜ?」


 詰まる所……。

 

「まー、サイレンに土下座でも何でも二人でしようぜ」


 同じ穴の狢が二匹と言う訳だ。

 

 

 

 ―――

 

 

「んー……。ジャスロガンのダンジョンって、何を持ってけばいいんだろ?」


 約束の時間三十分前。

 課題とご飯は終わり、先に自分のルームにログインして持ち物を私は物色していた。

 

「正直、ちょっと気になる事もあるし」


 回復薬は、多めの方がいい事はわかる。

 最悪、倒れてもいい様に蘇生薬も。

 でも、気になる事が一つある。

 それは、ゴーレムで私が受けたダメージだ。

 

「ゴーレムのレベルは23だったんだよね。私よりは低いしけど、通常攻撃で死にそうだったし……」


 そう。私の方がレベルは高かったが、ゴーレムの攻撃は私の防御力を上回っていた事になる。

 ボスだしって事もあるけど、オリオン皇帝軍のギルドルームがあったヘル・デ・ロッテ神殿の敵のレベルはゴーレム以上のはず。

 なんたって、レベル100以上の四人パーティー推奨ダンジョンなんだから。

 でも、あの敵達には今回程致命的な傷を負わされた記憶はない。

 これって、少し可笑しくない?

 ボス補正にしても、あのダンジョンの敵よりは弱い筈だ。

 ヘル・デ・ロッテ神殿でそんなに攻撃を受けなかったからこそ、ジャスロガン討伐が現実的ではないかと考えたんだけど、やっぱり少し、可笑しい。

 ジャスロガンやジャスロガンのダンジョンいる敵は果たして、どっちなんだろうか。

 

「何でだろ……?」


 何か原因はある筈だ。

 しかし、思いつく事は何もない。

 それに、ゴーレムとの闘いでジャスロガン戦で新しい懸念も出て来た。

 それは、自分の攻撃力のなさでジャスロガンが倒せるか、だ。

 攻撃力を上げるのって、どうすればいいんだろ。

 先ほどの防御力の懸念もあるし……。あ、防御って言ったら……。

 

「確か、露天のお兄さんは強化とか言ってた気がする……」


 強化か。

 ネットで少し、調べてみようかな。

 あ、でも、そんな時間も余りないしなぁ。

 うんうんと唸りながら考えていたら、結局喜介との待ち合わせ時間になってしまった。

 こんな事なら、少しぐらい調べておくんだった。

 私は、自分で指定した広場の噴水に向かって走っていく。

 集合は、基本十分前。

 だらしなさそうな喜介は、まだどうせ来てないんだろうけど……。

 それにしても、何で喜介はジャスロガンを狩りたいんだろ?

 

 ぼんやりと、私がそう思った瞬間、画面が揺れる。

 

「え? 何!?」


 地震!?

 ゲームの世界でも、地震起こるの!?

 昨日の今日で、ゴーレムを想像させる事起きるの、本当にやめてよっ!

 

 

 

 ―――

 

 

「レン様っ」

「レン様ーっ!」


 闘技場から出てくるサイレンを追ってきた二人は、余りのサイレンファンの多さにげんなりした顔を覚える。

 ここは何処かのライブ会場の出入り口か? と、勘違いをしそうなぐらいだ。

 闘技場の選手用出入口である。

 何だ、芸能人でもここから出てくるのかと言う程の女性ファンの多さ。

 

「団長、こいつらPKで一掃して来てよ」

「嘘だろ!? お前がそれ言うの!?」

「いや、だって意味分からないじゃん」


 ネット世界の顔も分からない男に、何故そんな黄色い声が出せるのか。

 夢中になれるのか。

 心底理解出来なさそうに、徹虎はうんざりした顔をする。

 

「いやー。流石、うちの団では珍しく、ネットで叩かれても擁護派が出て来る男だよな」

「そうね。私と団長は特に叩かれまくっても誰も擁護してくれないぐらい、嫌われてるし」

「顔かな。やっぱり、闘技場で五連覇の報酬出てくるアバターは違うもんな。女アバターより綺麗だし」

「中身は関係ないって? ネットしてるのも人間じゃない。馬鹿馬鹿しい」

「お前、そんなんだから、叩かれるんだぞ」

「お前は私以上に叩かれてる事、もっと反省したら?」


 結局のところは、お互い様である。

 

「で、どうする? 多分、サイレン俺達の事、気付かないぞ。この数。相手多いなら、ハンマーの方がいいと思うんだけど」

「一人ずつ、私がPK申し込むの? 馬鹿じゃない?」

「お前が言い出したんじゃん。突撃する?」

「乗り込む気満々だな。でも、そうねぇ……」


 徹虎が口を開けると、出入口にサイレンの姿が出て来た。

 勿論、囲いを作ってたファンたちは一斉にサイレンの近くに走り込み声を上げる。

 徹虎が優勝した前回では、なかった景色だ。

 

「あ、出て来た。で、何か秘策が?」

「嫌われるなら、とことん嫌われてやってもいいかなって、思っただけ。団長、ちょっと離れててくれる?」


 徹虎は、大きなハンマーを振り上げた。

 

「お、流石、俺よりも女子に恨み買ってらっしゃる事はある人は違うねぇ」

「うっせぇ、よっ」


 その瞬間、力いっぱいハンマーを振り下ろした。

 街中での攻撃は決闘でない限りは出来ないが、人に迷惑をかける方法はあるのだ。

 その一つに、スキルと言うものがある。

 スキルとは、特殊な技で通常の攻撃とは違い大きなダメージを出せる技などが存在している。

 しかし、攻撃ではない回復等のスキルもあり、それらには攻撃判定はない。回復スキルは基本どの場所でも使用が可能となっているのだ。

 その為、回復スキルの様に攻撃スキルではないスキルは、街中でも有効なのだ。

 徹虎のハンマーが持っているスキルは、かのん達が戦っていたゴーレムが起こした地震と同等のスキルを持っている。

 範囲も一緒。エリア全てに地震を起こし、プレイヤーの行動を一時的に止める事が出来と言うわけだ。

 今、彼女はそのスキルをハンマーを使って起こした。

 勿論、サイレンに出来た人垣だって例外ではない。

 人垣は画面の向こうで起きている地震に短い悲鳴を上げて動きを止める。

 

「きゃー。サイレン様ーっ! こっち向いてー」


 そんな中、ふざけた声が一つ。

 

「サイレン様よー。振動耐性持ってるでしょー。こっち来なさいよ」


 いや、二つ。

 

「団長と、徹虎?」


 サイレンは地震の中、人垣を割って二人に駆け寄った。

 漸く、地震が収まれば、人垣を作ったファンたちが一斉に徹虎を見てブーイングの声を上げる。

 仕方がない事だ。

 彼女達は、数少ないサイレンとのお近づきになる機会を逃したこととなるのだから。

 彼女達の時間を邪魔しただけではなく、このマハティスにいるプレイヤーに迷惑をかける事をしたのである。

 しかし、そんな事言ってられるわけがない。

 今、オリオンは団員一人がかかっているのだから。

 徹虎は、彼女達の前に立って、ハンマーを再度振り下ろす。これは、スキルでもなんでもない。でも、彼女が持つ気迫に皆たじろいだ。

 

「サイレンに近づきたかったら、私を倒してからにしてもらっていい? 文句がある奴から、決闘してやるよ」


 その言葉に、手を上げるものは誰もいなかった。

 それはそうだろう。

 徹虎は、何度も言うが前回の優勝者で、なにより、あのオリオンの副団長である事を知らない者はいないのだから。


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