第17話
「やだっ! 絶対に嫌っ!」
「ドロップ全部取っただろっ!」
「そっちから言ったんでしょ!? 詐欺じゃないっ! こんなもん、詐欺だっ! 汚いっ! 最低っ!」
「楽しかったって言ったじゃん」
「うっ……」
それは、確かに言ったけど……。
「あんた、知ってる? ジャスロガンって凄く強いんだよ? ゴーレムなんて非じゃないし……」
「うん。らしいなっ!」
「らしいな、じゃねぇーんだよ」
こいつ、本当に何処まで本気なわけ?
元々、このダンジョンが終わったら私もジャスロガンを狩る予定だったけどさ。
明らかに、足を引っ張る奴と一緒に行くのは嫌。
こいつのせいで、何個回復薬が溶けたと思ってんの!?
ボスドロップを全部回収しても元が取れてないんだからねっ!
「かのんの知力と俺のスーパーウルトラ攻撃力なら倒せるって!」
「何その小学生みたいなネーミングセンス。一人で行けばいいでしょ? 私を巻き込まないでっ」
「頼むよっ! お前を戦士として見込んでお願いしてんだよっ! だって、お前、強かったじゃんっ」
え?
今、こいつ、私の事強いって?
「……全然攻撃、ゴーレムに入って無かったじゃん。私」
お世辞のつもりなら、もっと事実に基づいて言うべきだ。
私は、強くなかった。
それこそ、スーパーウルトラ攻撃力の持ってる喜介の方が私よりも断然ダメージを入れていたじゃないか。
そんな嘘、すぐにわかる。
逆に馬鹿にされているみたいで、失礼だし。
「あ、うん。お前の攻撃力、本当にゴミだったな」
「そこまではっきり自分でも言ってないでしょっ! このデリカシーなし駄犬っ! じゃあ、私の何処が強かったわけ!?」
「強かっただろ。最初、あのボスとの戦い方を考えたのはかのんじゃん。俺達二人で倒せれたのも、一度も諦めなかったかのんのお蔭じゃん」
「……でも」
「強いって。かのんは強かった。一緒に戦った俺が言うんだから、間違いないって!」
「はぁ? 喜介に言われても嬉しくないんだけど……」
と言ったものの……。
どうしよう。
う、嬉しい。
凄く、嬉しいっ!
口元が緩む感じがするっ!
分かってる。こいつは、私をジャスロガン狩に巻き込みたいだけってことも、分かってる。
思ってないって、絶対に思ってないって。私。
絶対に絆される訳ないしっ!
「師匠も言ってた。強さは攻撃力だけじゃないって。かのんはそれを持ってる」
絆されるわけ……。
「俺が走り待ってる間、ずっとかのん戦ってただろ? あれ、ちょっとカッコよかったぜ」
絆され……。
「あの姿を見て、俺もって、めっちゃ見習って敵を見たりしたんだぜっ! かのんのお蔭だろ?」
絆されるに決まってるじゃないっ!
リアルでもこの世界でも、自分の行動が褒められる事って滅多にないんだからっ!
「し、仕方がないな。一回だけなら付き合ってあげてもいいけど?」
「流石、男の中の男だぜっ!」
「だから、女の子だって言ってるでしょ!? この声聞いて、何処が男なわけっ!?」
「顔とか見れないし、声だけで判断するのは失礼っしょ?」
私は、声だけであんたが馬鹿だってのがわかるんですけど。
でも、本当に嬉しい。
この世界に来て、褒められたことなんて私の『努力』じゃなかった。
私がする事を認められることもなかった。
だから、こんなにも嬉しいだなんて知らなかった。
それに、ジャスロガンは元々この後狩りに行く予定だったし、私には困る事ないし。
精々壁役ぐらいにはなって貰わなきゃね。
「行くは行くけど、今日はもう私は落ちるし、また明日でも大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫」
「わかった。じゃあ、明日、二十時にマハティスの噴水前で」
「え。そんなめんどい事しなくても、入ったら個チャで呼びかければ良くね?」
「馬鹿なの? 個チャはフレンドが同じギルドじゃなきゃ出来ないじゃん」
「フレンド登録すればよくね?」
「それが絶対に嫌だから、わざわざ待ち合わせしてんのっ! いい? 次であんたと組むのは最後っ! これは絶対っ! じゃあね!」
私はそう喜介に叫ぶと、ログアウトボタンを押す。
そう。これで最後。
これで氷の月が出れば、私はオリオンに入れるけど、でなかったらまた一から考えなきゃいけない。
そうなると、喜介と底辺で仲良く遊んでる暇なんてないのだ。
入団の期限はない。
けど、私の賞味期限はきっとある。
私を馬鹿にした奴らが、私の事を忘れる前に強くならなきゃ、意味がないっ。
強くならなきゃ。あんな、ゴーレム如きで遅れを取るわけには、いかないのよ……。私は。
――――
ここは、獣人の楽園『ララ・エル』。
眠る神々を守るため、多種多様な獣人達が、この地に根を張り生活を続けている最後の楽園。
街の外には、神々の眠りを妨げるためにドラゴンや魔物が多くいて、沢山のハンター達が日夜この世界の平和の為に己の刃で戦っている。
しかし、ドラゴンや魔物は強く並大抵の獣人達では歯が立たない。
その為、『ララ・エル』を見守る女神『アガクロス』はよりハンター達の力を高められるよう、彼らに切磋琢磨し合う機会の場を与えた。
それが、『闘技場』である。
闘技場は、書いて字のまま闘技を行う。しかし、魔物とではなく、プレイヤー同士の闘技を公式で行える場所なのだ。
ここでハンター達は自分の実力を知り、高め、誉を上げる。
様々な媒体の闘技がある中、一番の注目は個人闘技だろう。チームを組まず一人のプレイヤーで戦っていく、トーナメント式の勝ち抜き戦だ。
皆、この場所でより優秀なハンターを目指す為、時には自分よりもレベルが高いプレイヤーとも戦い合い、ハンターとしてのスキルを磨いて行くのだ。
今日は、個人闘技の決勝戦。
各ブロックのトーナメントで勝ち残った代表が火花を散らす。
「徹虎?」
闘技場の観客席に胡坐をかいていた徹虎は顔を上げる。
「あ、団長」
「お前、こんな所にいたの?」
「まー、ね」
何処が晴れない顔つきに、オリオンの団長、村正はニヤリと笑って徹虎の隣に座る。
「前回の優勝者が準決勝敗退で拗ねてんの?」
「拗ねてねぇーし。拗ねてたら、こんな所来ずに、適当な八つ当たり先見つけてるわ」
そんな徹虎の頭を撫ぜながら村正は声を出して笑う。
悔しいだろうが、真面目な奴だ。
「馬鹿にしてんの?」
「まさか。俺強さに貪欲な奴大好き。もっと強くなって一杯俺と戦ってくれなきゃ困るし」
「アンタの為じゃない。気持ち悪い事言うな」
「理由なんてどうでもいいんだって。強くなるって事実が大事。で、今回何でここ来たの? 闘技なんてギルドルームでも見えるじゃん。応援しに来たの?」
「誰の?」
「お前が負けた、『サイレン』の」
村正の言葉に徹虎が大きな舌打ちを返す。
応援? そんな事、何で私がする必要があるんだ。あのクソ兎に。
そう、徹虎は叫びだしたい気持ちを呑み込む。
「分かってて言う性格の悪さ、直した方がいいんじゃない?」
「お前も一緒じゃんっ! 俺達オリオンの猛獣コンビっしょ?」
ケラケラ笑う村正に、徹虎は飽きられたため息を一つ。
一緒にされるなんて、とんだ名誉の毀損だわ。と。
そのため息が合図可能に、闘技場に大きな銅鑼の音が鳴り響く。
いよいよ、決勝戦の始まりだ。
『いよいよ始まりましたっ! 個人闘技決勝戦っ! 東ブロックは、パワーの申し子『亡国ガルティス』ギルドのRen王選手っ!!』
移動魔法陣の中から現れたのは、獅子人族の斧使い。
「Ren王ちゃんじゃん」
口笛を鳴らす村正に、徹虎は呆れた視線を無言で送る。
きっと、このRen王もこいつのPKリストの被害にあった一人のだろう。
ご愁傷様。
そう、徹虎は心の中で手を合わせた。
「あの子、結構強いんだよね」
「へー。そうなの。興味ないわー」
「何でだよ。徹虎も強い奴大好きじゃん?」
肩を組もうとした村正の手を叩き落とし、徹虎は口を開く。
「別に強い奴なんて好きじゃないわよ。私より強い奴は全員嫌い。あんたも、サイレンも」
牙を見せながら、徹虎は唸る。
それでも、村正は笑うのだ。
「それって、逆を言えば強い奴しか興味ないって事だろ? 嫌いも好きも変わんないじゃん? だから、自分よりも弱いRen王ちゃんには興味ないんでしょ?」
「お前の中ではそうなんでしょうね。本当に、一緒にしないで欲しいわ。私の中ではアンタが一番嫌い。次にサイレン」
一緒な癖に。
だから、オリオンにいる癖に。
素直にならない副団長を笑いながら上機嫌で村正は徹虎を見る。
『続きまして、西ブロックから。説明は要らない絶対王者。オリオン皇帝軍ギルドからサイレン選手っ!!』
割れんばかりの歓声が闘技場を揺らす。
所々からは高い声でレン様と叫ぶ女性の声も聞こえる程だ。
移動魔法陣から出て来たのは、黒い兎の耳に赤いスカーフ。腰には二挺の魔法銃を携えた、青い長い髪の男。
歓声は鳴りやむことを知らず、観客たちはサイレンに熱を上げていた。
「何が絶対王者よ。前回は私に負けたじゃない。で、団長。アンタこそ声援はいいの? うちの副団応援しに来たんじゃないの?」
「あー。そうね。レン様ーぐらい叫んだ方がいいかもしれないけど、俺の目的は違うんだよな」
「何それ。アンタこそ、何しに来たの?」
「まあ、問題が起きまして」
「問題?」
「そう。問題。それをサイレンに直に伝えに来ただけ」
「アンタ、また何を……」
「俺じゃないって。誤解、誤解っ! ただね、ちょっとねー」
「はっきりしないな。心底気持ち悪い」
「だって、言いにくいじゃん。サイレンの『飼い犬』が逃げちゃったって」
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