第16話

「いい? 正面立たないって事は、ゴーレムの顔が向いてる方に立たないって事。ゴーレムがこっちを向いたと思ったら、すぐ逃げて。攻撃よりも、今はHPを優先しよう」

「分かった」

「自分に攻撃ターゲット、赤い丸がついたら、絶対に止まらない事」

「おう」

「私が、あいつを正面で見た時の右足、あんたが、左足。じゃあ、行くよ」

「任せとけっ!」


 こいつの事は嫌いだけど、助けてくれた恩がある。

 ここで意地を張って、二人で倒れるなんて絶対に嫌。

 嫌なら死ぬ気で、ここで出来る事をして踏ん張る。

 絶対に、絶対に。

 負けるもんかっ。

 

 私達はお互い右と左に分かれて、ゴーレムの足に攻撃を集中的に入れる。

 攻撃ボタンの連打、結構しんどい。

 私達二人の攻撃なんてゴーレムに取っては何の効果もないぐらい、ゴーレムのHPは減らない。

 だけど、それでも、攻撃しなきゃ倒せないっ!

 

「猫女っ、赤い丸ついてるっ!」

「はぁ!? それ、私の事!?」


 何、猫女って!

 文句を言いながらも、攻撃を止めて私は走る。

 

「私、かのんって名前なんですけどっ!」

「見てる暇、あるかよっ!」


 確かに、ないけどっ!

 

「駄犬っ、スキル打てないの!?」

「だけんって何!?」

「まるで駄目な犬の略っ!」

「喜介って名前があるんだけどっ!」

「はぁ!? あんた、見てる暇あると思ってんの!?」

「ねぇーけど、まるで駄目じゃないだろっ! あと、スキルあるけど、SPがないっ!」

「駄犬じゃんっ!」


 ここに来て、犬男こと、喜介がスキルを撃った所は一度も見た事がない。

 つまり、彼はここにたどり着く前にSP、スキルポイントを使い尽くしたと言う訳だ。

 雑魚相手に、なにやってるんだが。

 ボスに使ってこそでしょ?

 

「そろそろ人差し指がつりそう……」

「俺も親指が痛い」


 お互いゲームなのに疲労困憊の状態だ。

 これでゲームキャラだったら、大分ステータスが拙い事になっている事だろう。

 しかし、私達に一撃必殺なんてものはない。

 ちまちま攻撃を続けるしかないのだ。

 しかも、逃げながらってのが辛い。

 気を回す事が多すぎて、目が回りそう。

 

「駄犬っ! 右から攻撃来るっ!」

「えっ!? あっ! わっ!」

「回復薬投げるから、回復してっ!」

「すまんっ!」

 

 それは喜介も同じらしく、何度が危ないミスを繰り返す。

 やはり、時間が経てば経つほど、不利な多戦いだ。

 

「うっし、四分の一まで来たか」

「厳密に言えば、あと少しで四分の一だから」


 でも、漸く此処まで来た。

 あと、二、三激食らわせれば、駄犬の宣言通り残り四分の一!

 

「気抜くなよっ!」

「あんたこそねっ」


 いいペースだ。

 三十分ぐらい戦ってるけど。問題はない。

 今まで、ボス戦ってエリア固定でない、つまりボス専用のエリアが与えられているボスは基本時間制限があるけど、こいつは時間制限なしでよかった。

 いい感じ、いい感じっ!

 一発、一発確実にパンチを入れ続けて逃げれば、大丈夫。


「残り、四分の一っ!」


 ほらっ! 不可能何て、ないんだからっ。

 このまま、一気に……

 

「猫女っ!」

「駄犬っ!」

「お前、ターゲット付いて……」

「アンタ、ターゲットが付いて……」


 え。

 喜介と私が叫んだタイミングは同じ。

 つまり、今、私達二人にターゲットが付いているってこと……?

 それって、つまり……。

 

「範囲攻撃っ!? 喜介、ゴーレムから離れてっ!!」


 派内攻撃なんて、今までなかった攻撃パターンじゃないっ!

 私と喜介がゴーレムから離れた瞬間、ゴーレムが跳ね飛び地面が揺れる。

 揺れるだけで、ダメージはない。

 だけど……。

 

「コントロール出来ない……」


 これ、アルテナが倒したボスの咆哮と同じ効果だ。

 一定時間、プレイヤーキャラが動けなくなる。

 つまり、私達は……。

 

「これじゃあ、逃げれねぇじゃんっ!」


 そう、逃げる事は出来ないのだ。!

 アルテナの時は、彼女が解除してくれだけど、私達闘拳士と大剣使いにそんな能力はない。

 この地震が収まるまで、私達が動けない。

 だけど、地震を起こした張本人であるゴーレムは違うらしい。

 お互い、HPは満タンで、一撃を食らうだけなら……。

 これなら、どちらでも耐えきれるっ!

 

 赤いターゲットの印がついたのは、喜介の方だった。

 HPは私よりも喜介の方が多いし、これなら。

 でも、まって。ゴーレムの拳、赤く光ってない?

 今までの攻撃と違くない?

 

「あ……」


 ノートに書いた記憶がある。ゲームなんてしたことすらなかった真面目な私が、このネットゲームを始める前に色々調べた時に。

 赤い、今喜介についている赤い丸と同じく、私はその項目を赤い丸で囲った記憶が。

 そこには、確か……。

 

「一定以上の攻撃を入れたから、ボスの攻撃パターンが変わる……」


 喜介はゴーレムの拳に宙に浮かされ、もう一撃で吹き飛ばされた。

 二段攻撃になっている。

 

「喜介っ!」


 喜介のHPバーは赤いゲージがギリギリ何とか残っている状態だ。

 私は急いで、喜介に回復薬を投げる。

 回復薬、残り、五つ?

 いや、そんな事よりも。あのターゲットが私だったら……。

 今頃は。

 

「強っ! 駄目かと思ったしっ!」


 喜介の声で思わず顔を上げる。

 

「回復薬、サンキューっ!」

「あ、うん。でも……」


 あの地震が次来て、私が受けたら……。

 次からどんな攻撃をすればいいのか分からない。

 こういう時って、どうすればいいの?

 あの人たち、どう戦ってた?

 私は……。

 

「おい、猫女っ」

「な、何?」

「俺、思ったんだけど、あの攻撃、お前受けたらやべーわ」

「え、あ、う、うん」

「だから、あいつが両腕上げた瞬間、逃げろ」

「……へ?」


 両腕?

 

「誰の?」

「話聞いてないのかよ。あのゴーレムの。あんな動きをしてなかったら、多分地震が起こす前に両腕こうやって上げるんだよ。あいつ」


 そう言うと、喜介は手をグ―にして、顔の近くまで持ち上げた。

 

「それなら、あいつの移動距離が地震中に来られない位置までなら逃げれると思う」

「……本当に?」


 そんな動作、私見てない。

 勿論、足元で攻撃入れてたから見れる筈はないのだけど、それは喜介も同じだ。

 

「お前に嘘ついて、どうすんだよ」


 だって、あんた、私の事嫌いでしょ?

 他人なんて、信用できるわけないじゃない。

 あいつらみたいに、心の中で何を思ってるかわからないじゃない。

 私を簡単に、裏切るかもしれないじゃない。

 嘘を吐く理由なんて、腐るほどある。


「一緒に戦ってんだから」


 腐るほどある、吐く理由に、たった一個しかない吐かない理由。

 でも。


「分かった。信じる」


 どうせ、倒れる運命なら。

 可能性が一つでもある方に足掻いてみせる。最後まで。


「俺は、正面から行く」

「は?」

「大丈夫だって」


 でも、それは信じられないんだけどっ!

 

「俺を信じろっ! 仲間だろ?」

「今だけの話でしょ! 後、回復薬五個しかないんだからねっ! ……だから、もし、一発でも攻撃食らったら戻って来てよ」


 喜介も足掻こうしている。

 私も。

 仲間じゃないけど。今奴が仲間とか、とんだ悪夢だけど。

 今だけは、仲間になっといてあげてもいい。

 

「おうっ!」


 第二ラウンド、開始のゴングが鳴り響く。

 

 結論的に言えば、確かに、喜介の言う通りだった。

 ゴーレムが両腕を上げる動作の際の後に地震を起こす。そのタイミングで逃げれば、ゴーレムは地震中に私達の所まで追ってこれる事はない。

 

「だけど……」

「ごめんって。次は気を付けるからっ!」

「それ、何回目よっ!」


 私は喜介に回復薬を投げながら叫ぶ。残り、回復薬は二個。

 そう、こいつはゴーレムの正面で攻撃を続けているのだ。

 致命的な攻撃は受けてないけど、戻る気なんて更々ない。

 

「だって、顔に入れた方が断然HP減るの早いだろ? 攻撃見切ったし」

「見切れてないじゃなから当たるんでしょっ。馬鹿なの?」


 確かに、攻撃は避けてるけど、現に今、当たったじゃん。

 でも、喜介の攻撃がゴーレムの顔に当たる度に足元で攻撃したいた倍ぐらいのHPは減っている。

 だから、ついつい私も強く出れない。長期戦は覚悟の上だけど、出来ればお互い早期決戦を望んでいのだ。

 

「見切ってるんだけど、もう少し行けるかなって」

「いけるわけないでしょ。人の回復薬使ってるんだから、遠慮してよっ!」

「これでも、してるっ!」

「全然感じないっ! 図太いっ!」


 何度も何度も殴って、避けて、走って。

 泥臭い事ばっかり!

 姫の時は、皆がやってくれた。

 皆が私を守って、皆が戦って。私はその後ろで、頑張れ頑張れって言うだけ。

 

「あぶねぇっ!」

「駄犬、気を付けなさいよっ!」


 可愛く相槌打ってれば、何でも思い通りにる。

 こんなゴーレムだって、『かのん怖いよぉ』って言ってれば、誰かが倒してくれた。

 

「猫女っ、走れっ!」

「攻撃の間隔短くなってない!?」

「なってるっ!」


 叫ぶこともしないで、ただニコニコ笑って。

 周りの冒険者の事なんて、真面目に頑張ってて偉いー。必死で可愛いー。って見下して。

 自分がこいつらより上だって、わかってるから。思ってるから。そんな事が考えれて。

 

「来るぞっ!」

「わかってるっ!」


 でも、それは自分の力でも何でもないのに。自分が一番強くなった気だけして。

 考える事も、いつの間にかやめちゃって。

 ただ、自分は見てるだけで、話してるだけでいい存在だって思えて来て。

 自分がそれだけ価値のある人間だと、勝手に自分の値札を書き換えて。

 それが、楽しいって思ってた。

 ずっと、幸せだって、思ってた。

 

「後、少しっ!」

「後、一撃っ!」

「喜介っ!」

「かのんっ!」


 戦ってる奴に、何が真面目に頑張って偉いだ。もがいてる奴に、何が必死で可愛いだ。

 彼らは、彼女らは、私が持ってないもの、沢山持ってて、私よりも随分と強かった。

 

 私と喜介は、息を吸い、力いっぱい二人で叫ぶ。

 

 

「いけぇっ!!」



 私も、彼らと漸く同じ土俵に立った。

 彼らが見てた光景は、これだったんだ。

 

 二人で叩きこんだ攻撃に、ゴーレムは倒れ込む。

 画面には、『WIN』の文字。

 

「お、終わった……」

「勝ったっ!」


 漸く、終わったゴーレム討伐。

 

「お疲れ様。お前がいなかったら負けてたわ。ありがとう」

「……私は、あんたがいなくても勝ってたけどね」

「はぁ!? お前だってっ……」

「でも、ありがとう」


 そして……。

 

「凄く楽しかった」


 彼らが見た景色が、これだと言うのなら。

 応援しているだけの部外者である私よりも、きっと何倍も楽しかっただ事だろう。

 私は、楽しかった。まだ、胸がドキドキしてる。自分でボスを倒せた楽しさに。戦えた幸せに。

 今日は中々寝れそうにないな。

 一瞬、喜介はキョトンとした顔をして、私を見た。


「何?」 

「俺もっ」


 そう言って、喜介は笑うのだ。

 私と同じ笑顔で。


「あ、ボスのドロップどうする? 二人で分けなきゃだけど……」

「あー。俺要らないわ」


 思わぬ喜介の言葉に私は動きを止め、彼を見る。


「え? 私にくれるの……?」


 全部?

 あれ? もしかして、戦ってるうちに私の事、好きになって貢ぎたくなったとか?

 

「うん。全部やるよ」


 おやおやおやっ!? 姫力のレベル上がった!? ゴーレム倒して上がっちゃった?

 

「な、何で?」

「いいから、かのんが拾えよ」


 猫女からの名前呼び!?

 恋愛漫画で見た事あるっ! これ、絶対に私の事好きになった奴だ!

 恋しちゃった奴だっ!

 私はドキマギしながらボスがドロップしたアイテムを拾い集める。

 告白なんてされた事ないけど、この流れは絶対にしてくる奴だよっ! でも、馬鹿っぽいから断ろ。

 まあ、最後ぐらいいい思いはさせてやらん事もないし、可愛い可愛いかのん姫を堪能させてやろうじゃないか。

 

「ありがとぉ、喜介君。私……」

「かのん。お前、今全部拾ったよな?」

「……へ? あ、うん。そうだけど……?」


 え。だって、全部くれるって言ったじゃん。

 何、この雰囲気。

 告白……、する雰囲気じゃない。

 これ、私、知ってるっ!

 村正って奴と同じ流れな気がするっ!!


「よし、それが依頼料だ。お前を男の中の男と見込んで頼みがあるっ! 俺と一緒にジャスロガンを狩って欲しいっ!」


 は?

 ジャスロガン?

 

「絶対、嫌なんですけどぉ……」


 男の中の男でもないんですけどぉ……。と、私の小さな声はこの洞窟にも喜介の耳にも響かないのであった。

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