第15話

 可笑しい。

 回復薬を一気に流し込み、私はボスを睨む。

 攻撃力も、防御力も、何もかも、私の想像を超えている。

 単純な話、レベルが桁違いに高いのだ。

 でも、何でレベルが、高い?

 何で!?

 その時、忘れていた事実を私は思い出す事となる。


「ワクワクしてきたー!」

「あ?」


 大剣を振り回しながら、犬男がゴーレムめがけ、突進を始めたのだ。

 大剣は攻撃力が高めだけど、あのまま正面から突っ込んだら、結果って……。

 私の予想通り、結局数回攻撃を入れたと思ったらゴーレムの一撃に犬男が私の元に吹き飛ばされる。

 ば、馬鹿の?


「いてー!」


 バーチャルの世界に痛みもクソもないだろ。

 何言ってんの?


「あ、あのぉ。大丈夫ですかぁ……?」


 上下逆さまに壁に張り付いてる犬男に、おずおずと声をかける。


「平気! 攻撃入ったし!」


 いや、HPバーを見てみなよ。透明になってる所、何処よ。

 毎回、たったあれだけの攻撃を入れて、毎回このダメージを受ける。

 それこそ、回復薬がいくらあっても足りないし。


「あ、あのぉ……」

「初心者は黙ってて! 俺が後、一、二発ぶちかまして終わらせるから!」


 は?

 初心者?

 私が?


「お、お兄さんも初心者ですよね?」

「え? そんなわけないじゃん。俺、一年以上このゲームやってるし、レベルも21だけど?」


 余りの言葉に私は目を疑った。

 一年以上で、レベル21!? 姫やってた私の方が上!?


 いや、驚く所はまだそこじゃない。

 信じられないけど、こいつのレベルが21だと言うのならば……。

 このボスのレベルは、23レベル!!


「お、お兄さんっ」

「おぅっ! そこで隠れてなよ! 危ないからな!」


 危ないのは、お前だ!


「ちょっと、待ってください!」

「おりゃぁ!」

「っ! もうっ!」


 だ、だからぁ!!

 人の話を聞けぇっ!!

 私は馬鹿犬男の背中に飛び付くと、犬男は大きく体勢を崩して、前に倒れる。

 勿論、それは私も一緒。

 これで、間一髪の所でゴーレムの攻撃を何とか避けた。

 攻撃来てたのに、走り出すって、馬鹿じゃないの!?


「お兄さん、ちょっと待って……」

「お、ついてる! 攻撃避けれた!」


 は?


「この勢いなら、行ける!」


 ちょっと待って。なに言ってんのこいつ。

 今の偶然だと思ってる?

 しかも、行ける?

 こっちが、命からがら、助けてるのに?

 なめてんの?

 こっちは、やっと、自分の為の、大切な第一歩を踏み出そうとしてるのに、どうして、こんな奴が……っ!

 邪魔ばっかりするのよっ!


「待てって、言ってるでしょ!」


 私は思いっきり、男のマントを引っ張り上げた。


「うわっ」

「この駄犬! 待ても出来ないわけっ!?」


 ぐっとマントを引っ張りながら、私は壁側ギリギリに走り出す。

 流石にボスの目の前で、説教を垂れるほど私だって馬鹿じゃない。

 姫をやってるときだって、私は馬鹿じゃなかった。

 楽な方に流れては自分を無くしてたけど、そればっかりじゃないっ!!


「お前、なにやってくれてんの!?」

「こっちのセリフだ! あんた、馬鹿なの!? 正面切ってボスに向かっても、また攻撃受けるでしょ!?」

「そりゃ、攻撃いれてるんだから、仕方がないだろ!」

「回復薬はあと何個あんの!?」

「あと、……え!? あと、二つ!?」


 把握してないのか、自分の回復薬の少なさに犬男は大声を上げる。

 考えなしに使ってたわけね。


「あと二回で、あのゴーレム、あんた倒せるの!?」

「え、あー……うーん。諦めなきゃなんとか」

「ならないに決まってんだろっ!」


 楽観的もここまで来たらただの馬鹿じゃないっ!


「じゃあ、お前の回復薬くれ! その分俺が」

「嫌だ。貴重な回復薬、何でここで捨てなきゃいけないのよ」

「はぁ!? お前なに言ってんの!? ここでは協力しないといけないって、さっき書いてあったろ!」

「そう。だから、あんたに考えなしに突っ込まれたら私が困るの! 分かる!?」


 こいつが倒れたら、私一人でこのゴーレムを倒さなきゃいけない。

 それこそ、壊滅的に無理だ。

 集中砲火を耐えれるだけの強度は私にはないことは先程の攻撃で明確になったじゃないか。

 負ければいいかもしれないけど、そんなの絶対に嫌。

 ここは、新たな一歩。

 ここ絶対に、私は諦めないっ!!


「え、全然意味わかんねぇ」


 なのに、この駄犬と来たらっ!!


「はぁ。もう、取り敢えず、考えなしに突っ込むのはやめて。回復薬の無駄遣いになるから」

「じゃあ、どうやって近くんだよ」

「知らないの? あんた、初心者じゃん」


 私は鼻で笑う。

 姫をやっていた時に戦闘に参加したことは皆無。

 一度もない。

 だけど、最初は馬鹿の様に真面目に、ただ、只管、皆んなの背中に憧れてた。私も、こんなに強くなりたいって。

 馬鹿みたいに!


「正面じゃなくて、後ろを取る。顔や体の方がダメージ入るかも知れないけど、正面に立つと攻撃を受けるリスクが高い。だから、足を狙うの。ゴーレムは動きが大きいから、小回りは利かない筈」


 余り意味がない攻撃を、意地でも相手が倒れるまで食らわせる!!


「わかった?」

「え? ごめん。よく分かんなかった」


 何でだよ!


「後ろに回り込むってどうすんの?」


 そっから!?

 文句を言おうと口を開こうとしたが、そんな時間はもうない。

 ゴーレムがまた構え出したのだ。


「分かった。じゃあ、あんたはここの壁際でずっとぐるぐる走ってて?」

「え? 何で?」

「何でもっ!」


 どちらかが、攻撃ターゲットになる。

 こいつが攻撃ターゲットになってる間、私は只管、ゴーレムを攻撃する。

 逆に自分がターゲットになってしまった時は、こいつにターゲットを擦りつけるために、こいつに向かって全力疾走すればいい。


「走って!」

「お、おう」


 案の定、ゴーレムの視界を通る犬男にゴーレムの攻撃ターゲットは移って行く。

 私はその隙に、ゴーレムの後ろに回り込み、只管キーボードを連打してパンチを繰り出す。

 馬鹿みたいな計画だけど、今はこれしかない。

 でも、どれだけやっても全然減らないんだけどっ!


「す、スキルってどうやって使うんだっけ……」


 何とかしなきゃ。

 あの犬男がゴーレムの攻撃に当たらない保証はないし、時間がかかればかかる程、その確率が上がって行く。

 スキルってショートカットに入れてないと、メニューから呼び出すの?

 待って、待って、待って!!

 目に見えて焦り出している自分がいた。

 皆は何をやってたっけ?

 これは、どうするだっけ?

 無意識に焦るような言葉ばかりが口を吐く。

 誰も居ない、自分で何とかするしかない。

 リアルと同じ……。

 

「おいっ! 危ないっ!」

「えっ?」


 だから、私は気付かなかった。

 ゴーレムの攻撃ターゲットが、私に切り替わって居た事も。

 ゴーレムの攻撃が、すぐそこまで来てる事も。

 嘘でしょ?

 全開のHPで、たった、十しか残らなかったのに。

 今のHPで攻撃を受けたら、とてもじゃないが、もつはずがない。


 私、頑張ったのに。

 何で、どうして、いつも……。

 上手くいかないことばかりなの?


「大丈夫か?」


 犬男の声が、近くで聞こえる。


「え」


 かのんの前には、犬男が立っている。


「ごめん。壁、ずっと走ってなくて」


 かのんの代わりに、犬男がゴーレムの攻撃を受け止めている。


「あ、あんたっ!」

「よく分かんないけど、お前、危なかったじゃん。だから、壁走るのやめた」


 そして、犬男が振り返る。


「俺、頭悪いから、言われた事しか出来ないし、役に立ってないだろうけど、一緒に戦ってるつもりだから」


 後、回復薬二個しかない癖に。

 偉そうに、意地悪に喋ってた私を……。


「なぁ、次、俺何やればいい?」


 彼の言葉に、後ろで見いていたあの景色を思い出す。

 私は、あの日の彼らの後ろ姿に何を見て居たのだろうか。


「一緒に……、一緒に戦って欲しい!」


 仲間同士で助け合ってる、彼らの背中を。

 私は今、思い出す。


「おう! 任せろ!」


 そうだ。

 弱いんだから、私は。


 だから、助け合うんだっ!


 もう、弱さの言い訳なんて、私には必要ない。

 ここから、踏み出すんだっ。

 この世界での、私の、かんのの一歩を!

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