第12話

 取りあえず、『氷の月』が一つ買える金額が手に入った訳だけども……。


「うーん……」


 どうしようと、私は露天の前で小さく唸るのだった。

 何で、私がこんな所に来たかと言うと、個人ショップやギルドショップだけじゃなくて、露天で買えば、激安が狙えるとネットで情報を得たのが始まりだ。

 ここは、始まりの町、『マハティス』の露店で賑わう広場である。

 確かにショップよりは露天の方が安いんだけども……。


 因みに、露店とショップには違いがある。

 個人ショップやギルドショップは売りてがログインをしなくても二十四時間、誰でも買える仕組みになっているのだ。

 その代わり、売り上げの5%から10%が運営に差し引かれる。

 逆に露店は、ログインをして尚且つ、露天を開いた場所にいなければ売買は出来ないが、運営に差し引かれる金額はなし。

 つまり、その差分が安さの秘密って事。

 と、得意げに説明をしているが、全然知らなかったんだよね。

 これは今朝、ネットで調べた取って付けた様な知識の一つだ。

 露店はたまにファンとのお散歩コースで寄った事があるだけ。自分で開くことも買う事もなかったし。

 それにしても、確かに安いけど……。

 

「氷の月、出てないじゃん……」


 お目当てのアイテムの出品がないのである。

 ショップだと、並んでたけど露店ではやはりレアリティが高いものは、あまり出品されてないみたい。

 やっぱり、ショップで買った方がいいのかなぁ?

 でも、少しでも安くなるのなら、露天の方が断然いいし。

 でも、でも。何点も回ってるけど一回も氷の月見てないし……。

 

「何かお探し?」


 うんうん唸っていると、露天のお兄さんが声を掛けて来た。

 

「あ、はいっ」


 まさか声を掛けられるとは思わず、返事を素直にしてしまう。

 

「何を探してるの?」

「氷の月ってアイテムなんですけど……」


 またまた素直に答えてしまった口を思わず私は手で塞ぐ。

 あれ、オリオン入団試験の内容とか、人に言ってもいいのかな?

 極秘だよね。ネットには出てなかったし。

 でも、氷の月ってアイテム名だけだし、黙ってればわからないよね?

 オリオンの関係者だとまずいけど……。

 看板に『レヴィズ』と書かれいる所を見れば、ここは『レヴィズ』のギルド露店なんだろう。

 取りあえず、あの虎女と鬼畜狼の手先ではない様で一安心ってことで……。

 

「氷の月? 珍しいもの、欲しがるね」

「あ、はい。ないですか?」

「出てはないけど、あるよ」

「えっ!? 本当ですかっ!?」


 嘘っ!

 何て奇跡なのっ!?

 

「え、でも、リストにはないですよね……?」


 先程から何度も探した商品リストには、氷の月の名前はなかった。

 可笑しくない?

 出てないけど、あるって。

 隠してたって事?

 これって詐欺じゃない? 凄く高いお金騙し取られるとか……。

 


「表示出来る商品の数は限られているからね。中々売れない商品は、リストには載せてないんだ」

「あ、そうなんですね」


 そうなんだ。

 理由を教えて貰えば、実に簡単な話である。

 私、てっきり詐欺られるものだとばかり……。

 確かに、氷の月になんてアイテム名、余り見かけないし、聞かないし。欲しがる人も少ないのかもしれない。

 商品リストに名を連ねているのは、どれも常備薬の消耗品ばかり。単価も安く、数が必要で手に取りやすいのは断然こちらである。

 

「氷の月なんて、中々買う人もいないし、お嬢さん可愛いからサービスするよ」

「本当ですかぁ? えへへ、嬉しいな」

「いくついるの?」

「二個ですぅ」

「一個、四十七万リゴンだけど、二つ買えば九十万リゴンでどう?」


 きゅ、九十万リゴン!?

 確かに、一個五十万リゴンが相場から考えれば、断然安い。

 十万リゴンも浮くっ!

 だけど……。

 

「きゅ、九十万リゴンも持ってないです……」


 お財布には、全然優しい金額でも、なんでもないからっ。

 私が、そう言うと、お兄さんは意外そうな顔で口を開いた。


「え。その装備だし、結構重課金の人じゃないの?」


 うっ。

 痛い処を付かれ、思わず顔が引きずる。

 UR装備『秘密結社フローリス・儀式の装備』の装備がまさかここでこんな痛手になるとは……。

 

「こ、これは、その、ガチャで出ただけで……」

「あー。そうなの? 凄く、運いいねっ!」


 にこっと、お兄さんは笑って褒めてくれるが、流石に馬鹿みたいにここで姫をきどってファンに貰ってー、何て言えない。言えるわけがない。

 私は、ひきずりながらありがとうございますと言うのがやっとだった。

 

「てっきり、重課金の人だと思ってたけど、確かにその装備も強化してないし、まだ始めたばかりだったり?」

「そ、そうなんですよぉ」


 強化?

 また新しい単語が出て来た……。

 装備を強化って何!?

 

「あ、待って。今、所持金いくら?」

「え? 五十万リゴンですけど」


 お兄さんの問われた事を素直に答えるけど、何でだろ?

 所持金?

 もしかして、足元見られてる?

 

「んー。提案なんだけど、その装備と氷の月四つで交換しない? それでも、足りないなら他のも付けるし」

「え?」


 私が目を白黒されていると、お兄さんはにっこりと笑う。

 この、『秘密結社フローリス・儀式の装備』の装備と?

 四つなんて、揃えるだけでも、二百万リゴンっ! 一発でクリアになっちゃうじゃないっ!

 しかも、他のアイテムも貰えるって……。

 そんな提案、すぐにでも飛びつきたいに決まっている。けど……、この装備は駄目。

 絶対に、駄目。

 どれだけ、高い金積まれても、絶対に売らない、譲らないっ!

 

「初心者だと、その装備は強化出来ないし、使いこなすのも難しいと思うんだよね。俺が持ってる違う装備と交換してもいいし」

「あ、あの……」

「それぐらい、その装備は難しいんだよ。URガチャの中でも、コラボ物で尚且つ着る人も選ぶし。武器からして、闘拳士だよね? 闘拳士だと、その装備使わないでしょ?」

「あ、でも……」

「同じURで、闘拳士と相性のいい装備あるよ。それにする?」


 と、固く決意したものの、どんどんと押し寄せる言葉に、私は自分の言葉が挟めない。

 どうしよう。

 どんどん、話が進んでる。止めなくちゃ。

 でも、ここで止めたら、失礼になるのかな?

 でも、止めないと、売る事になっちゃうそうだし……。

 いっそ、売った、方がいいのかな。

 弱気なリアルの自分が顔を出す。いつも、すぐに何かを諦めてしまう自分が。


 そんな時、顔を上げると、私の目にかのんが写った。

 

 彼女は、三つ編みもしていない。眼鏡もかけていない。顔なんて下を向いていない。

 皆から、可愛いって、姫って、愛される筈の猫人族の女の子が真っ直ぐに前を向いている。

 その姿を見て、私の中で、何かがまるでパズルのピースが嵌るようにカチリと音を立てて、嵌ったのだ。

 そうだ。私は、今、かのんなんだ。

 それは、この世界に降り立って、一番最初に望んだ願い事。

 かのんは、弱い『私じゃない』っ!


「あ、あのっ! ご、ごめんなさい。私、この装備だけは、譲れないんですっ」


 私は、声を張り上げる。

 

「へ?」

「あ、突然、大きい声出しちゃって、ごめんなさい。この装備だけは、どうしても譲りたくなくて……」


 どうしよう。

 これで、もうお前に売らないって言われたら……。

 でも、私はどうしてもこの装備だけは手放せない。

 源十郎太さんにもらった装備だから……ではなく、URと言う価値だからでもない。

 だって、私は……。


「えー。でも、それ君には……」

「私、ずっと『秘密結社フローリス』のファンでっ」


 ずっと、憧れだったアイドルと同じ服を例えゲームの中でも着れるって嬉しかったんだ。

 高い装備だけど、レアな装備だど。

 それ以上に、私はずっと『秘密結社フローリス』が好きなのっ。憧れてるのっ!


「あー。コラボ先のアイドルさんのファン?」

「は、はいっ。ずっと好きで、特にピンクの……」

「そっかー。俺も君の話も聞かずに勧めてごめんね」


 意外にも、お兄さんは紳士的な対応をしてくれる。

 もっと怒ると思ってたのに。

 ファンの人にも、そう言う人が多かったし。

 

「いえ、私も言い出しにくくて……」

「俺、ついついばばっと言っちゃうタイプだからさ、ごめんね。余り気を悪くしないでね」

「あ、はい」

「でも、流石に五十万リゴンだと、売れる氷の月が一つになっちゃうけど、大丈夫?」


 え、私、ここでまだ買い物してもいいの?

 怒らないの?

 まだ、状況が呑み込めず、目を白黒されていると、お兄さんが心配そうに声を掛けてくれる。

 

「君、大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫です。一個下さいっ」

「了解。お金溜まったら、もう一つ買いに来てね。迷惑を掛けちゃったし、四十五万リゴンでいいよ。今後もご贔屓にねっ」


 そう言って、またお兄さんは私に笑いかけてくれた。

 

「あ、ありがとうございますっ!」

「まいどありー」


 色々な事を、忘れていた気がする。

 レアリティや注目だけの為に、この装備が欲しいわけじゃなかった。

 ただ、舞台に立っていた彼女に憧れて、彼女と同じ衣装が着れるならって思って欲しかった。

 暗くて、地味で、ぱっとしない自分が嫌で、自分と正反対なかのんを作った。

 媚で、楽する為に、姫になった訳じゃない。

 自分の話を、からかわずに、ゆっくり聞いてくれるのが嬉しくて、可愛いって自分で作ったかのんを褒めてくれるのが嬉しくて。

 でも、それは時間を置くごとに、蜜を覚える毎に書き換わり、姿を変えて、最後には消えてなくなって行ってしまったんだ。

 

 私は、市場を後ろに小さく呟く。

 

「強く、なろう」


 弱いのはレベルじゃない。

 目先の楽に流されてた自分自身だ。

 

「かのん、強くなろうっ」


 すり減って無くなったものを、一から作り上げようよ。かのん。

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