第11話

「へ……?」

 

 買ってあげるって。

 この人、何言ってるの!?

 

「高いものなのでしょ?」


 彼女は当たり前の事を当たり前の様に首を傾げながら、私に問う。

 私が足りない、五十二万リゴン。ボスの報酬だって一人だけのこの女なら、確かに、そして簡単に支払える金額かもしれない。

 絶望的だった、状況にたった一つの光が差した状態じゃない?

 これ。

 大体、キノコループだって、私単身ではあのダンジョンを歩く事すら出来なかった訳だし。

 結果、現実的じゃなかったよね。

 でも、今、目の前の黒猫姫の言葉は、現実だ。

 そして、酷く現実的だ。

 私が考えたどの案よりも。

 

 こんな奇跡、滅多に起きる事じゃない。

 乗らない手はない。


 やったー!

 これってつまり、タダで氷の月が手に入るって事でしょ!?

 楽して、可愛く、しかも一日で条件クリアなんて、凄すぎない?

 きっと、あの偉そうな虎女も悔しそうな顔するだろうし、村正だって、私の事を見直して、もしかしたら、あの虎女と副団変わって欲しいとか!?

 私が、あのオリオンの副団になるとかー!?

 いや、一日で揃えた人なんてきっと前人未到だから、きっと、団長の座も――。

 私、オリオンの団長になるんだっ!

 弱くても、全然問題ないじゃんっ!

 必要なのは、やっぱり……。

 なーんて、考える奴なんて、馬鹿じゃないの?


「要らないです。私が、集めないと意味がないものなので」


 私は、顔を上げてアルテナを見る。

 

「あら、そうなの?」

「はい」


 これ以上、こいつの施しなんて受ける訳にはいかない。

 私は、こいつをボコボコに倒す為に、強くなるためにオリオンに入るんだ。

 私の事、馬鹿にした全員を後悔させる為だけに。

 そんな相手の施し、まあ、キノコ狩りの助けならまだしも、テストである氷の月まで面倒を見てもらうなんて絶対に嫌。

 私は、私の力で、必ずこいつを引きずり降ろしてやるんだからっ!

 今に見てなさいよっ!


「そう。出過ぎた真似をしてしまったわね」


 何言ってるの?

 それ以上にグイグイ来てるじゃんっ。

 それに、私だってグイグイこられて無理やり百万リゴン掴まされたたら受け取るし!!

 受け取ってダッシュで氷の月と交換して、あの虎女の顔面に叩きつけて団長名乗ってるしっ!

 こんな時だけ物分かりいいとか、何なの?

 本当にこの女、使えねーっ!

 

「いえいえ。お気持ちだけで、嬉しいですよ?」


 けど、これでいいんだ。

 きっと、この氷の月を甘えたら、私はまた、次に何かあった時、こいつを頼る。

 そして、きっと、甘えてしまう。

 その度に、私の中で何かがすり減ってしまうのだ。

 いつの間にか、この世界で最初に持っていた筈の気持ちが消えてしまった様に。

 また、私の中から消えてしまうから。

 

「でも……。ねぇ、かのん。その髪留め、素敵ね」

「髪留め?」


 ふと、手を伸ばすとハートに羽の付いた髪飾りが小さく揺れる。

 こんなものも、装備してたな。

 効果知らないけど。

 誰かから貰った物なんだよね。余り興味なくて、全然覚えてないや。

 可愛いからずっと付けていたけど、特別な思い入れもない髪飾り。

 

「あ、ありがとうございます?」


 何でこんなものを褒めてくれたんだろ?

 私も褒め返さなきゃいけない形式美?

 えー。凄くめんどくさい。

 だから女の子は……。

 

「それ、私に売らない?」

「へ?」


 何処を褒めようかと考えていると、意外な言葉が彼女から降ってくる。

 この髪留めを?

 

「この髪留めを、ですか?」


 レアリティも低い髪留めだ。

 こんなものを?

 

「えぇ。とても可愛くて、欲しくなってしまったの。誰かから貰ったものとか、思い入れのあるものかしら?」

「え、全然っ!」


 誰かから貰ったものだけど、特に思い入れもないし。

 欲しいのなら、別に今日助けて貰った代わりにタダであげてもいい。

 

「売りたくない?」

「売りたくない訳じゃなくて、これ、レアリティも低いですよ?」

「あら。ふふふ」


 何が『ふふふ』なのか。

 全然意味、わかんない。この女が考えている事が、理解出来ない。

 

「それ、期間限定のガチャ装備でしょ?」

「あ、はい」


 そんな事すら、私は全く知らない訳である。

 思わず、頷いちゃったけど、アルテナが言うのならば、そうなんだろう。

 つまり、要らないガチャを貢いできたのか。これくれた奴は。

 ちょっと、姫に対して失礼過ぎない?

 

「今では手に入らないのよ。期間限定だから。私がこのゲームを始めた時には既に終わってて、良かったら譲って欲しいの」


 成程。その理由なら、急にこの髪飾りが欲しいと言い出したのも分かるかも。

 でも、絶対に強くないし。

 可愛いと言っても、ハートに羽だよ?

 アルテナの装備には合わないと思うけどなぁ。

 

「欲しいなら、譲りますよ」


 でも、本人が欲しいって言ってるし、別にこれ、要らないし。

 断る理由がなくなった私は、髪留めをアルテナに差し出す。

 

「あら、いいの?」


 交渉してきたのは、そっちなのに。

 何を今更?

 

「はい。今日、お世話になりましたし、良かったら」

「有り難う。二万リゴンで買い取らせて頂くわ」


 そう言って、アルテナは二万リゴンとこの髪飾りを交換した。

 

「え? あ、あのっ!差し上げますよ!?」


 に、二万リゴンって!

 こんなレアリティ低の装備に、そんな金額……。

 

「私は、買い取ると言ったの。貴女は、この髪飾りを私に譲ると言ったわ。交渉成立でしょ?」

「でも、こんな金額流石に……」


 鮫交換。

 シャークトレードじゃないか?

 詐欺だと言われても可笑しくない。

 

「いいのよ。今日、私、このゲームを始めて一番楽しかったの。また、一緒に冒険しましょ?」


 そう言って、アルテナは私の額にキスをする。

 

「おやすみなさい。かのん」

「お、おやすみなさい。アルテナお姉様」


 そう言って、アルテナは町に消えて行った。

 取りあえず、氷の月一つゲット、なのかな?

 うん。それにしても……。

 

「アルテナお姉様……」


 あいつ、本当になんなの!?

 でこチューとか、お前にそれても意味ないからっ! ちょっと憧れてたのに、こんな気安く、やりやがって……っ! なんて酷い嫌がらせ!?

 何度も額をこすりながら、私は心の中で大きく叫ぶ。

 

 次に会ったら、絶対に倒してやるんだからねっ! 覚えてろっ!

 

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