第10話

 そうだ。最初、この世界に足を踏み入れた時、私は、強くなりたかったんだ。

 ただ、只管、強く。

 

「そう。驚かしてしまったわね。ごめんなさい」

「はい……」

 

 アルテナは、心配そうに私の肩に手を伸ばす。

 この歌姫は、あのボスを一人で倒したんだ。

 その細い手で。私が、この世界に踏み込んだ時に抱いていた願いを、叶えたんだ。

 

「アルテナお姉様、私は大丈夫です。ボス討伐、凄かったです」


 心にもない言葉を、まるでロボットの様に口から吐き出す。

 言ったころで、何も思わないし、何もない。

 本当に、ただ、何か言わなければならないと言う、義務感からの言葉だ。


「ありがとう。でも、私はソロだから。一人で倒さなきゃ、誰も倒してくれないのよ」


 アルテナはそう言って、小さく笑う。

 周りに頼めば、誰だって喜んで彼女の盾だろうが剣だろうがなってくれるはずのに。

 彼女は『一人』を選んだのは、何でだろう。

 

「アルテナお姉様は、ギルドとか入られないんですか?」


 フレンド枠に書かれている彼女のステータスには、所属ギルドの明記がない。

 

「ええ。一人の方が気楽だもの」

「でも、一人で倒せれない敵とか、いないんですか?」

「まだ、私はレベルが100にも達してないぐらい弱いのだから、そんな敵沢山いるに決まっているでしょ?」


 そう、彼女は、当たり前の事の様に答える。

 彼女は、自分がこれ程強いのに、彼女を守ってくれる男たちが沢山いるのに、当たり前の様に自分を『弱い』と言えるんだ。

 その事実に、思わず唇を噛む。

 私は、弱い。けど、その次には必ず、言い訳が出てくる。

 愛される為、守られる為。

 でも、彼女は、そうではない。

 その姿が、この差が、心臓が妬けるほど、嫉妬の炎が燻っていく。

 

「さあ、かのん。一緒にきのこを狩りましょう」


 堂々したこの姿を認めそうになる度に、胸が痛くなる。

 でも、この時の私は、まだ知らない。

 弱い私の『強さ』への嫉妬は、こんなものではない事を。

 私は、まだ、確かに敗北感を覚えたこの瞬間でさえ、アルテナの後ろ姿を強く睨みつけていた。

 負けたくない。

 お前なんかに。

 敗北を覚えてすら、私は強く、負けたくないと願うなんて……。

 



「お疲れ様、かのん」

「アルテナお姉様も、お疲れ様ですぅ」


 結局、クエストは無事終わってしまった。

 アルテナが私の命を狙う事も、尻尾を出す事なく。

 私は態度を変える事も、崩すこともなく。

 何と言うか、実に呆気なく、私が一番望んだ安全な方法で、私は報酬を手に入れたわけだ。

 でも、何か、どっと疲れた。

 見たくないものを無理やり見せられた感じ……。

 

「かのんはもう寝てしまうのかしら?」

「う、うん。明日も学校あるし……」


 時計を見れば、深夜。

 まだまだ寝る用意も出来ていない私に、そろそろログアウトの時間が迫っている。

 

「かのんは、学生なの?」

「あ、うん。高校生」


 しまった。思わず、素でリアルの情報を流してしまった……。

 ネット社会では、あまり褒められた行為ではないんだけど、つい気が抜けて。

 私のリアルは、何処にでもいる高校一年生。

 眼鏡姿に髪をおさげに縛って、校則を一人守っている、何処に居でもいる、暗い奴。

 

「あら、何年生?」

「一年、生……」


 相も変わらず、この女、ぐいぐい来るなぁ。

 まあ、いいか。

 リアル年齢だって、一種の姫力になる。

 若い方が、ファンはチヤホヤしてくれるから。

 若いって言ったら甘やかしたくなるんでしょ? 中々自分よりも下の年齢層と出会った事はないけどさ。

 取りあえず、リアル年齢では早々負ける事はないし、寧ろリアル女子高生って大きい声でどれだけでも言いふらしたいレベル。

 しかし、この喋り方……。

 私は、ちらりとアルテナを見る。

 ふふーん。

 何だ。アルテナ、結構ババアだな?

 姫力レベルは下だけど、やっぱり、可愛いレベルは私が……。

 

「凄く、偶然ね。私と同じだわ」

「はぁ!?」


 同じ!?

 えっ!?

 

「あらあら。それ程驚かれる事かしら?」


 あ、やっべ!

 ついつい、心の叫びが……。

 

「あ、アルテナお姉様、かのんと違って大人びた雰囲気だからびっくりしちゃってー……」


 嘘でしょ!?

 年齢詐欺でしょ!?

 女子高生があらあらとか言わなくないっ!?

 絶対に、ババアでしょ!?

 

「現実でも良く言われるの。子供らしくないって」


 実際、ババアと言われた方がしっくりくる。

 と言うか、ババアと言って欲しい。

 同い年とか、悪夢でしかないじゃんっ!?

 いくら、凄いとか、カッコいいとか、私より強いかもって思ったところで、私の後釜姫である事は変わりないし。

 それを許せるほどの事されてないし。

 私は、態度は絶対に、変えない。

 お前なんかに遜らないっ!!

 

「そうなんですねぇー。いいなぁー。かのんは逆に子ども扱い直ぐされて、ちょっと悲しいです」


 ふっておいて何だが、こいつの年齢に興味なんてあるわけないからっ!

 私の方が、可愛いからっ! 絶対に。

 まあ、今はそんな扱いしてくれる人もいないんですけどねぇー……。


「皆さん、可愛らしいさを表現する為に、子供と言う言葉を使われているのね」

「ちっちゃいとか、沢山言われて……。でも、かのん、子供じゃないから……」

「そうね」


 そこは、否定しろよっ!

 もー! 優しいのか優しくないのか、はっきりしてくれる!?

 こっちは妹キャラだぞっ! 同い年でも、それなりの扱いしてもらわなきゃ成り立たないでしょっ!

 あー……。駄目だ。本当に、心の中でツッコミ入れる事も疲れて来た……。

 

「アルテナお姉様はログアウトしないの?」

「キノコ狩りも終わったし、イベントクエストをあと少しクリアしたら、落ちる予定」

「イベントクエスト?」


 キノコ狩り以外だと、ボス討伐とか系だよね?

 

「ええ。イベントクエストって、期間限定のクエストなの」


 この女、私がそんな事も知らないと思ってイベントクエストの説明し始めやがった……。

 でも、もう本当に疲れたから否定する元気もないかも。

 もうここは流しておこう。

 

「へ、へぇー」

「そろそろ、冬になるでしょ? 秋のイベントが今日迄の開催なの。私も、すっかり忘れてて……」


 そろそろイベントはクリスマスになる頃だし、当たり前だよね。

 秋イベが今日で終わりかぁ。

 キノコも最後だったんだ。私、運やっぱいいし、運営様もやっぱり可愛い私を……。

 

「ん?」


 ちょっと待って?

 今日まで?

 

「どうしたの、かのん」


 キノコ狩りクエストも、今日までっ!?

 掲示板には、確かに新しいクエストも張り出されるが、期間限定のイベントクエストだって張り出される。

 その区分は何だっけ……。全然思い出せないんだけど、それが今回の間違いの始まりである事は明確だ。

 思わず、自分の所持金表示欄に目を向ける。

 三万リゴンが入った所で……っ!

 

「に、二万足りないじゃんっ!」


 嘘でしょ!?

 キノコ狩りループで、残りの五十二万リゴンの当てが、確実になくなった……。

 今の所持金でも、氷の月一つも買えない。二万足りない。

 これだけ頑張ったのに、一つも手に入らないって……。

 

「二万?」

「あ」


 思わず、アルテナの声に、私が後ろを振り向く。

 疲れすぎて、本当に気が緩みっぱなし。

 この人、居たんだった……。

 

「えーっと……」


 どうしよう。

 何かいい言い訳を考えなきゃ……っ!

 お金がないんてバレたら、姫が? あの白猫姫が!? お金がないなんて無様ねっ! 貢いでくれるファンさえいないの?

 と、言われるに決まっている。それに、この情報社会、速攻でこのサーバー全員に私が貧乏である事がバレる様に……。

 ここは、何としてもこのトップシークレットを死守しなければっ!

 

「お金がないの?」


 うわぁぁぁぁっ!

 何で、この人、こんなに早く確信ついてくるの!?

 嫌がらせかよっ!

 

「べ、別にお金がないわけじゃなくて、欲しいアイテムを買う為にお金頑張って貯めてて……」


 ちょ、ちょっと! 本当の事を言ってるの!? 私っ!

 焦り過ぎて、頭が回ってないっ!


「あら。それは大変ね」


 違うのっ!

 早く、何かいい言い訳をっ!


「何が欲しいの? お姉様が買ってあげるわ」

「だから、その、違……、へ?」

「アイテムぐらいなら、私が買ってあげます」


 そう言って、アルテナは私に向かって、にっこりと笑うのであった。

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