第9話

「あら。私とした事が」


 私とした事が……。じゃ、ないしっ!

 この女、本当に何考えてるのっ!?

 

「このモンスター、大きくないですか!?」

「ええ。そうですね。このダンジョンのボスですから」


 あー。成程。ボス、ボスね。

 そりゃ、でかいよー。

 普通のモンスターと見分け付けれる様に、でかくしてるし、強いし……。

 

「ボスっ!?」


 その言葉の重みを知り、思わず私が大きな声を出すと、アルテナはこくりと頷いて立ち上がる。

 

「かのんは、何処かで隠れて居て下さい。一撃でも受けたら、ゲームオーバーですよ」


 でしょうね。

 そんな事、薄々気付いてたけどね。

 だって、本当に、今までこのダンジョンで出て来たモンスターたちとは、全然違う。

 勿論、大きさもだけど……。

 

「さあ、かのん。早くっ」

「えっ、あ、はいっ!」


 私が立ち上がろうとした瞬間、大きな怪獣みたいなモンスターは大きな口を開き……。

 

「いけないっ! 耳を塞いでっ!」

「え」


 耳が張り裂けそうな大声を出す。

 

「な、何?」


 何これ。

 体が……。動かないっ!

 嘘。何で、方向キーが効かないの!?

 ちょっと、不具合とか、今起きないでよっ!

 何で!? どうして!?

 動いてっ!

 

「ログナルド・エジラトル・プル・ロ・パシェードっ!」


 アルテナが何か呪文を唱えた瞬間、やっと私の体が動き出した。

 

「え、何だったの……?」

「今のは、ボスの技である咆哮です。真正面で受けると、特定特化の防御アイテムを付けていない限りは先ほどの様に体が硬直します」


 硬直?

 だから、方向キーが効かなかったのか……。

 でも、急に動ける様になったのは?

 

「先ほど、私の詠唱で効果を無効にしました。この隙に早く」

「は、はいっ!」


 私が隠れれる場所を探している間も、アルテナの詠唱が聞こえてくる。

 凄く長い呪文だったり、短かったり。

 それでも、爆発音や、何かが燃える音は鳴りやまない。

 これって、結構やばい情況じゃないの?

 必死に隠れた先で、顔も出さずに息を殺す。

 で、でも、アルテナはレベル高いし、声だって、そんなに慌ててなかったし……。

 いつも、一人で狩ってるわけでしょ?

 私が姫してる時だって、皆で私を守ってくれて、こんなボス簡単に倒してくれてたし。

 でも、あの時は四人もいたし……。

 私なんて、隠れてもなかったし……。

 で、でも。こんな事、余裕でしょ?

 私が、何かしなくても、別に……。

 

「ひっ」


 直ぐ近くで、地面が抉れる音がする。

 信じられないぐらい近くで。

 今は、誰も守ってくれない。

 アルテナが倒れたら、今度は私の一人だけ。


「嘘でしょ……」


 今まで感じた事のない、絶望。

 だって、私、弱いじゃん。

 絶対にあんな敵、勝てないじゃん。

 皆が、守ってくれないと、私……。

 だって、それが『姫』じゃないっ。

 そう、思った瞬間、私が隠れて居た岩の裏に何かがぶつかる音がした。

 

「きゃっ」


 何?

 まさか、アルテナが負けた?

 ボスが、すぐ、そこに……?

 恐る恐る顔を出せば、岩の影から黒い猫耳が見える。

 まさか、あの音……っ!

 

「アルテナ、さんっ!」

「お姉様、でしょ。かのん」

「今、そんな場合じゃないでしょ!? 大丈夫ですか!?」

「攻撃を正面で受けて、吹き飛ばされただけ。大丈夫よ」


 何が大丈夫なんだ。

 HPゲージだって、半分になっている。

 

「倒せれないボスなら、無理して……」

「いつもは、普通に倒しているから大丈夫よ。ただ、貴女の方に攻撃が行かない様にする調整が上手く行かないだけ。大丈夫よ」


 大丈夫って、何が?

 いつもならって、何?

 私が、お荷物だって言いたいの?

 確かに、私は弱いし、ボスの攻撃なんて受けたら、一発でゲームオーバーになっちゃうけど……。

 遠回しに、役に立たないと言われた。

 下らない、プライドが傷ついた。

 姫と姫同士、私はここに来てからこの女と何かと張り合っていたのだ。

 そのせいで、一時の気の迷いが起こる。

 普段なら、絶対に言わない、思わない言葉。

 だけど、ここで引いたら、駄目な気がした。


「アルテナお姉様、私も……っ」


 きっと、断られる。

 いや、寧ろどさくさに混ざれて、盾にされるかも。

 でも、ここで、じゃあ頑張れって言う方が、隠れて居る方が、何倍も恥ずかしい気がするんだっ!

 だから、私はない勇気を振り絞って口を動かしたのに。

 なのに。

 彼女の口から出たのは、どれでもなかった。


「貴女は弱いのだから、ここで大人しくしていなさい」


 ただ、それだけ。

 それだけ言うと、彼女は立ち上がり、ボスに向かっていく。

 断られもしなかった。

 ただ、事実ほ言われただけ。

 私は、茫然と、アルテナの後ろ姿を見つめるだけ。

 

 弱いから。

 

 私って弱いから。

 皆強いからいいよね?

 弱い子の方が可愛いもんね。皆に私を守らせてあげるね!

 姫だもん。強かったら、皆守ってくれないでしょ?

 女の子は可愛いって言われた方が、頭がいいんだから。

 ずっと、呪文の様に流れていた姫であるべきための言葉が、私の脳内に流れてくる。

 

「嘘、でしょ?」


 先ほど、絶望を覚えた時に出て来た言葉が、また口を吐く。

 嘘でしょ?

 アルテナはまだ倒れてないのに。

 私は、ボスと戦う事になっていないのに。

 隠れていいって言われたのに。

 私、自分で弱くなきゃって言ってのに。

 皆に愛されるなら、守られるなら、強くなきゃって。現に今も、姫としての地位がなくなった今でさえ、私守られているのに。

 自分が思った自分になっているのに。

 

 私は、今、絶望を覚えているんだ。

 

 そんな私の目には、彼女の戦う姿だけが写る。

 一定の間隔でボスとの距離を保ち、攻撃を繰り出すアルテナの後ろ姿。

 彼女は、私を弱いと言った。

 弱いから、大人しくしてろって。

 戦うなと。

 その言葉から、私の心で何かが弾けた。

 何かが焼ける匂いがした。

 

 あ、わかった。

 言いようもない、ずっとアルテナの姿を見て、燻ってた、この気持ちの正体。

 私、彼女に……。

 

 何度も何度も、ボスの攻撃を躱して、確実に相手のHPを削っていく。

 ボスのHPが減る事に、攻撃の間隔が短くなるが、彼女は足を止める事も、声を止める事もしなかった。

 きっと、源十郎太さんなら直ぐに倒しただろう。

 村正だったら、それより早く倒せれた。

 でも、彼女は確実に自分の力で、ボスを倒していく。

 

「かのん、出て来て。倒したわ」


 ボスの前で微笑んでいる彼女は、ズルいぐらい、かっこよかった。

 そっか、私、アルテナの『強さ』に嫉妬してたんだ。

 

「かのん、大丈夫だった?」

「うん……」

「良かった。無事で」

「うん……」


 強くなる事を馬鹿にして、楽に生きてる自分に価値があるって思って。

 ずっと、ずっと、自分でそう思って来て。

 

「かのん?」

「大丈夫、怖くてびっくりしちゃって……」


 私がこのゲームを始めたのは些細な切っ掛けからだった。

 ネットゲームなんて、初めてやるし、やり方だって良く知らない。

 ただ、ネット広告に張り出されていたキャラクターが可愛かったからって、このゲームを選んだ。

 『かのん』を作った。

 でも、その目的って、一つだけだっんだ。

 いろんな人と知り合って、仲良くなって、ゲームを楽しむよりも、私は、この世界に降り立った時、思ったんだ。

 

 私が、いや。かのんが『強く』なれるように頑張ろうって。

 現実の私がなれないぐらい、強くなろうって、そう、思ったんだ――。

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