第8話

 アルテナは、私を隠す様に、モンスター達の前に立ち上がる。

 勿論、そんな事をすれば、モンスターは一斉にこちらを見るわけで……。


「うわぁっ! アルテナさん!?」


 はぁ!?

 倒されるなら、私を巻き込まない様にやってよ!!


「ご安心して下さい。かのんさん。この程度のモンスターなら、大丈夫ですよ」


 大丈夫なわけないから! 私のレベル25だから!!

 なんなの、こいつ!

 ま、まさか、私の命を狙ってる?

 あり得る。

 姫は姫故に、一人である事が望ましい。

 姫の下には多くのファンがいるためだ。姫同士のファン取り合いだって少なくない。

 そう、ファン確保の為だけに姫同士の潰しあいだって、良く聞く事だ。

 こいつ、まさか、偶然を装って、そんな汚い事を計算してたわけ?

 もしかして、ずっと跡を追われてた? 私。クエスト受けるところから!

 私を潰せる隙をずっと、伺ってたわけね。

 私は深呼吸を置き、クラウチングスタートの姿勢を取る。

 特に意味はないけど、なんか、こらからやるぞ! 感に溢れたポーズだと思ってるから。


 これは……、やられる前に、やるしかない!!


 しかし、私が拳を構えるよりも早く、モンスターがアルテナに斧を振り下ろす。

 ベストタイミング!!

 いけ! モンスター!!


「サガン・マシェリ・パシェード」

「へ?」


 なんか、聞き取れない様な言葉をアルテナが言った気がする。

 早口、だったよね?

 なんて言ったの? 私に何か言ったの? 

 思わず、間抜けな声が出てすぐに、私は息を飲む事となる。

 だって。

 目の前にいた巨大な蝸牛の様なモンスターが、突然、音を立てて氷漬けになっていくのだから!


「う、うわぁぁぁっ!? え、な、何!?」


 え、待って!? 今、何が起きてるの!?


「今のは、クイック詠唱です」

「……クイック?」

「ショートカット詠唱とも言いますが、兎に角、普通ならば長く唱えないといけない詠唱を威力や永続時間を軽くして使う単語認識の詠唱魔法です。今だと、サガンは単体。マシェリは属性、パシュードは発動の合図。この様に、単語を合わせる事で、魔法が発動するのです」


 私が呆然としていると、アルテナは私に手を差し出す。


「詠唱魔法はバフとデバフ特化と言われていますが、真髄は、状態維持と攻撃です」

「は、はぁ」


 何で、こんな説明されてるんだろ。私。

 何これ、チュートリアルか何か?

 思わず、目の前に差し出された手を取ると、アルテナはにっこりと私に笑った。


「ねぇ、かのんさん。待ち合わせに遅れてくる殿方ではなく、私と一緒にキノコ狩り、致しません?」


 いや、でも、だって。

 私にだって、姫としての意地がある。

 姫同士、どちらが人気の姫なのか、どちらがファンが多い姫なのか。

 こいつが、私を狙って、潰す為にこの提案をしてきた可能性だって無いわけじゃない。

 確かに、今は誰もいないけど、私は一時期は親衛ギルドまで持った、姫なのだ。

 完膚なきまでに私を潰そうと思っていても、おかしくない。


 おかしくないけど……。


「ふ、ふぇぇ。いいんですかぁ? 本当は、お兄ちゃんと連絡が取れなくて、かのん、少し不安で……。あ、お兄ちゃんはですね、本当のお兄ちゃんじゃなくてね……」


 逆にこいつを潰すチャンスを私も持ってるってことでしょ?

 これは、利用しない手はない。

 どうせ、一人でいた所で、ゲームオーバーになる運命なら、ただで倒される通りは無い。こいつ一人、絶対に道連れにしてやる。

 ゲームオーバーにならなくても、この女の尻尾を掴んで、証拠をばら撒けば、この女、二度と名乗れまい。

 こう見えても、頭は良いんだからねっ。

 レベルは低いけど。


「まぁ。酷い殿方ね。かのんさん、可哀想に」

「でも、アルテナさんが居てくれて、心強いですぅ。かのん、弱いからこんな所、怖くて」

「かのんさん、レベルはお幾つ?」

「全然高くないんですよぉ。えっとぉ、レベル25かな?」

「レベル25? あらあら。そんなレベルでここは危ないわ。一人になっては大変。ダンジョン内だから、パーティーは組めないけど、フレンド登録をしておきましょう」

「へ?」


 フレンド、……登録?


「ええ。これで、ダンジョン内で迷子になっても、迎えに行けるもの」

「わ、わーい」


 こいつ、グイグイ来すぎじゃない!?

 この話が有効なのは、このダンジョンだけでしょ!?

 フレンド登録って!

 こいつ、本格的に私の命狙ってるんじゃ……?


「で、でも、フレンドになっちゃうと、こんな弱いかのんが友達とか、アルテナさんに迷惑が……」

「そんなこと気にしないで」


 そんなことじゃ、こっちはないんですけど!

 弱いも否定しないしさ!

 失礼過ぎじゃない!?


「それとも、かのんさんが嫌かしら……。私なんて」


 はぁ!?

 嫌に決まってるから、お前から断れよオーラ出してるんですけど!

 姫の友達なんて、本当に仲が良い限りはなるものではない。

 女の子が二人いたら、どちらかが絶対に引き立て役にならなきゃ、いけないじゃん!

 今、私の姫力レベルは底辺の底辺。新参の姫よりも下にいるわけ。

 こいつの姫力レベルは、元私がいた場所に近い。タッツー達の様子から見て、まだ、親衛隊は出来てない様だけど、出来るのは時間の問題。

 即ち、姫力レベルが低い私がこいつの引き立て役になる他ない。

 マウントとられるに決まってるこの契約、したい奴なんていないでしょ?

 なのに、この女、今度は私がこいつと友達になりたくない嫌な女感を出して来ている。ここで、断ったら、私が悪役だ。

 これ、ズルくない!?

 選択肢、ないじゃん!


「か、かのんは嫌じゃないですよ! アルテナさん綺麗だし、強いしで、憧れちゃいます。友達になれたら、凄く嬉しいです」


 強い特化で利用するなら、断然オリオンの団長と副団長の方がいいのだが、この契約が逃れられないならば、とことん利用する他ない。

 取り敢えず、煽てて、命の保証を確保しよう。煽てて来る相手は、自分よりも下なんだから、下手に手は出しにくい、はず。

 次会った時は、絶対にお前を倒すけどな!


「あら。光栄ね」

「そんなことないですよぉ。アルテナさん、お姉ちゃんみたいで安心するもん」


 長女の私が何を言っているのかと、リアルの人間なら思うかもしれないけど。

 女の子の褒め方なんて、可愛いと綺麗以外知らないんだもん。

 取り敢えず、お兄ちゃん的な事言っておけばいいかな? ってなるのも不思議じゃないでしょ?


「ふふふ。嬉しい。かのんさん、良かったら私の事、本当の姉の様に思って下さいね」

「わーい。思いますぅ」


 妹しか居ないから、全くもって、想像もつかないし。

 でも、これは好都合である。

 何故なら、妹キャラの方が愛されるからだ!!

 可愛いからだ!

 何処かで、自分の方が妹キャラである事を明確にした方がいいよね。でも、今、勢いで畳み掛けても、きっとこの女はするりとすり抜けるだろう。

 隙を伺うか……。


「可愛い妹が出来てしまいましたね。さあ、先に進みましょう?」

「はーい」


 お互い思ってもないことを言い合ってる、実に身のない会話。

 だから、女の子とか、嫌い。

 だから、みんな信用出来ない。

 こいつの腹の中も、私と一緒でしょ? そうなんでしょ?

 どいつも、こいつも、皆!!

 最低だ。


「かのんさんは、何か一つでもキノコ狩り終わりまして?」

「一個も持ってないよー?」


 入った瞬間、モンスターがいてそれどころじゃなかったんだから、当たり前である。

 もう、このレベルを長い間やってると分かるんだよね。

 この敵、絶対倒せないし、致命傷並みの攻撃をしてくるな、とかね。本能的に。


「そう。では、まず近場から行きましょうか」

「アルテナさんは、もう終わりそうだったり?」

「いえ、来たばかりですので、私もですよ」

「そっかー。一緒だね」

「ええ。次のエリアでまずは一種類目ですね」


 道中のモンスターは全て、アルテナが詠唱魔法で倒して行く。

 私は、悲鳴をあげる……、必要も誰もいない為ないから、無心で後ろをついて行くだけ。

 楽。

 凄く、楽。

 今まで以上にやる事もないし、楽なんだけど……。

 胸の奥が少しだけ、何か違和感を感じている。

 だけど、何だろ?

 何かこの気持ちを表現できる言葉を、私はまだ、知らない。


「さあ、着きましたよ」

「わぁ……」


 洞窟を潜り抜けた先は、滝があり、空がある。そして、一面花畑。

 グラフィックなのに、小さく風に揺れる花に思わず息を飲む。


「コスモスですかね」

「え?」

「かのんさんが、熱心に花を見ていたので。その花、コスモスかなって」


 実際にある植物はこの世界には多分ない。

 でも、言われてみれば、コスモスをモデルに作った花なのか、形が似ている。


「綺麗、ですね」

「ええ。綺麗ですね。いつもは、一人で足早に通りすぎる場所なんですけど、かのんさんと二人で足を止めると、一層綺麗に見えますね」


 何言ってんの? 誰と見ても変わんなくない?

 その理論で言うと、私はお前と見てる分マイナスだよ?

 が、流石にそのまま言うのは、不味い。

 ぐっと、喉の奥に引っ込めて……。

 今が、ポジショニングを決定する時だ!


「きっと、私とアルテナお姉様の二人で見たから特別なんですよ」


 アルテナが、信じられない様な顔をして、私を見る。

 絶望の顔、かしら? やっと、自分の軽率さに気付いたわけね。

 もう、これで私達のポジショニングは覆らない。

 私が妹で、お前が姉だ。

 妹が可愛いことを言ってる。慕う姉と一緒で嬉しい。

 これを覆すには、悪役になるしかない。

 しかし、姫であるのに、悪役なんて出来るわけがないのだ。悪役になった瞬間、姫は姫で無くなる。

 

「アルテナお姉様? どうしたの?」


 姫としてのマウントは取られたが、可愛いのマウントは絶対に取らせないんだからね!


「早く、キノコ取りに行こうよ?」


 ここで、畳み掛けるっ!


「あの、かのんさん……っ!」

「ふぇ? どうしたの? アルテナお姉様」


 覆すか? 受け入れるか?


「わ、私、貴女の事、かのんって呼んでも良いかしら?」


 ん?

 え?

 うん?


「いい、けど?」


 何の承諾だよ。これ。


「ありがとう、かのん」


 それだけ言うと、アルテナは私に抱きついて私達は花畑にそのまま倒れた。

 ま、まさか、こいつ、どさくさに紛れて私を亡き者にしようと!?

 しまった! これは、罠だっ!!

 こいつ。この時を待ってたのか!


「アルテナさん!?」

「かのん、お姉様でしょ? 私、ずっと、妹が欲しかったの。こんな可愛い妹が出来て、嬉しい」


 アルテナは、私に攻撃するわけでもなく、上げた顔は赤く染まってる。

 あれ?

 これ、なんか……。


「私ね……」

「あ……」


 ヤバくね!?


「アルテナお姉様、後ろっ!!」


 こいつ、何考えてるの!?

 後ろにモンスター居るんですけど!!

 しかも、なんか、滅茶苦茶でかい! こいつの道連れになるなんて、聞いてないんですけどっ!

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