第7話
「げ?」
こてんと、目の前の泥棒黒猫姫女が首を傾ける。
こいつ、タッツーや琳に囲まれてた新姫じゃん! 落ちるとか言ってたのに、なんでこんな所にいるわけ!?
と言うか、私、げって声出てた!?
本心出てた……?
はっきりずっぱり思った事言っちゃうタイプの姫だから、仕方がないんだけど、
ここではまずい。
だって、こいつがいるってことは、他の取り巻き達も居るわけでしょ!?
「げ……元気ですか?」
し、仕方がないでしょっ! げから始まる言葉が元気しか思いつかないんだもん!
自分でも、可笑しいってわかってるけど、他のごまかし方がわからないんだもん!
「元気、ですよ」
あ、普通に答えた。
ははん? さては、こいつ、馬鹿だな!!
自分が不安と恐怖と金欠で、だんだん頭が回らなくなってるのは、この際置いてこう。
「貴女は?」
「ふぇ? わ、私?」
「ええ。貴女よ」
なんでこんな所で元気か聞かれてるの!? 後釜姫に!
と言うか。
「元気に、見えますか?」
岩陰に隠れて震えている可愛い女の子が、元気に見えるのかと。
見つかったらゲームオーバー。
三千リゴンを奪われ、何も得れずにマイルームに戻る。
そんな結末が待っている状態で、どうすれば元気になれると言うのが。
「見えないわ」
じゃあ、聞くなよ!
「迷子ですか? パーティーの人と逸れちゃったのかしら? 仲間の人とチャット出来などは試されて?」
「仲間?」
思わず、その言葉に鼻で笑ってしまう。
だって、私のそれを今持っている女が、何を言うのだ。
可笑しいだろう。
「ええ。貴女、白猫姫でしょ?」
は?
「白猫騎士団の姫君、かのんさんでしょ。お噂は予々お聞きしているわ」
え?
噂?
「はじめてお会いするのだけど、私……」
「噂って!?」
私は、思わず黒猫姫の腕を掴む。
噂って、何?
誰から聞いたの?
私が弱いこと?
弱いくせに、こんな装備着てる事?
それとも、タッツー達が言ってた、私が……。
顔が、青ざめる。
事実とは、異なる事の噂が広がっているのだろうか。
私、そんな子じゃない! そんなこと、してない!!
叫んだどころで、誰に届くかもわからない声しか、今の私にはだせない事実が、ただただ、怖かった。
「UR装備をお持ちになっている事、かしら。貴女のための団があるとか。何かお気に触りまして?」
「あ……。いえ、別に……」
心配だけで叫んでは見たものの、その内容は、実に下らないものだった。
私が心配していたような事は何一つない。
胸を撫ぜ降ろす……とは、いかない。きっと、このモヤモヤはまだまだ続くだろう。あんな事を噂されるのかと、私はきっと、ずっと。
私はずっと、これから、この実態のない不安と戦わなきゃ行けないの?
心がぐらりと揺らぐ音が耳の奥から聞こえた気がした。
「ご気分が優れないのなら、ログアウトをなさっては?」
顔色なんてわからないはずなのに、黒猫姫は歯切れの悪い回答を残した私に、ログアウトを勧めてくる。
それが余計に、私の心にチクリと棘の様に刺さった。
オリオンの時の様に、あの、虎女みたいに、私を口ではっきりと見下す様子を見せてくれればいいのに。この不満共々、こいつを攻撃できる言い訳になったのに。
お前のせいだと、泣き喚けたのに。
そんな言い訳すら、こいつはくれないのか。
「あ、いえ。大丈夫です。クエスト、クリアしなきゃいけないし」
「あら、クエストを。どの様な?」
「えっと、キノコを……」
このクエスト、普通に人に伝える時、間抜けすぎない!?
「あら。キノコ狩りかしら?」
「ええ、まあ……」
「私も一緒のクエストを承ってるんです。お一人でしたら、一緒に回らりません?」
「え、でも、貴女、仲間の人が……」
「私の名前は、アルテナ。アルテナとお呼びくださいな。かのんさん」
「あ、アルテナ、さん」
アルテナと名乗った、褐色の肌にアラビアンな装備を纏った黒猫姫は、私が名前を繰り返すとニコリと笑う。
「はい。私も、今一人なので、ご心配には及びませんよ」
「あ、お一人なんで……、一人!?」
え!? 何で!?
姫なのに!?
「ええ。何をそんなに驚かれていらっしゃるんです?」
「あ、いえ、街でアルテナさんを見かけた時、パーティーを組んでたのが見えたから、てっきり……」
え? 一人って、マジで?
私の中で、姫とは常に一人にはならないと言う鉄の掟がある。
一人でいたら危ないよアピールを汗水流しながら行っているから、本当に一人にされた時は何かやらかさなければならない、使命感に駆られるのだ。
そんな使命感を感じながら、一人で!?
「ああ、そうですね。いつも誘っていただいてる方々がいますが、基本は私、ソロなんですよ」
「ソロ?」
何それ?
「ソロ、ご存じないですか? 一人で狩りに出る人のことです。今、かのんさんもソロでいらっしゃるのですよね?」
「あ、うん……」
私の場合は、今、その選択肢しかないだけだけど!
「もし、嫌でなければ、ソロ同士私と回りませんか?」
「ちょっと、用事があるんで、結構です」
え、普通に嫌に決まってるじゃん。
だって、こいつ、私の取り巻き取った女だよ?
普通に嫌いだし、普通にやだよ。
それぐらいなら、普通にモンスターに倒されるし。
三千リゴン、ドブに捨てるし。
「誰かと待ち合わせですか?」
「そんな感じです」
もう、早く一人で何処かに行ってくれ!
一心不乱に心の中でそう願っていると、アルテナはしょんぼりと耳を下げる。
「そうですか……。では……」
「ええ、では!」
笑顔で返すと、この女……。
「お待ちしている間、お暇でしょう。役不足であるとは思いますが、私がそれまでお相手を務めさせて頂きます」
それだけ言うと、すとんと私の隣に腰を降ろす。
は?
はぁ!?
どんだけ、図々しい女な訳!? 役不足って意味違うし!! 馬鹿なの!?
「かのんさんは、闘拳士なんですね。そのご職業、なぜ選ばれたんですか?」
しかも、勝手に質疑応答始めちゃってるし!!
こいつ、何なの!?
「は? え? しょ、職業ですか?」
「ええ。猫人族には、不利でしょ? 同じ種族として、何故、不利な職業を選ばれたのかお聞きしたくて」
可愛い猫手グローブ装備出るから意外に理由なんて考えたことないんだけどー!?
村正も虎女も同じこと言ってた気がするんだけど、猫人族に闘拳士って不利なの……? 本当に? 不利ってやばいの?
「えーっと……、挑戦? し、したくて!」
何にだよ! と言う自分自身のつっこみは、この際置いておこう。
と言うか、この女自体置いていきたい……!
「まあ。ご自身を高めてらっしゃるのね」
「え、ええ」
可愛さ高めてるだけだよ!
本当に猫みたいとか言われるのが嬉しいだけだよ!
肉球でプニプニすると、喜ぶんだよ!
と、思わず、本心をぶちまけそうになるけど、ぐっと我慢。我慢して、ヘラリと笑う。
「素敵ですね」
「ええ。アルテナさんはご職業何なんですか?」
聞きたくないけど、社交辞令とか、あるじゃん!
女子の褒めたら褒め合うって悪の形式美ってあるじゃん!
リアルでも、ネットの世界でも女子からはばにされる私でさえ、それぐらい知ってるし!
「私、ですか?」
お前しかいねぇーだろ!
「はい。アルテナさんのご職業お聞きしたいなって!」
ここは、営業スマイルで乗り切るしかない。
こいつには、私が姫と呼ばれていた時の様に、こいつの後ろには何十人ものファンがいるんだ。
下手に喧嘩しても、いまはただ、私が負けるだけ。
私が強くなったら、アルテナ含め、全員ぶっ飛ばすけどね!
覚えてろー!
「ふふ。私なのが、かのんさんに興味を持って頂けるなんて、光栄ですね」
ねぇーよ!
嫌味かよ!
この女の一言一言になにかと腹が立ってしまう。
「私は、白魔法使いの、詠唱士です」
「詠唱士?」
「やはり、あまり興味のない職種ですよね。地味ですし」
いやいや。
流石に私でも知ってるって!
このネトゲーの売りである、音声対応機能をフルに使った職種!
声で魔法を起動させる、全姫憧れの職業!! 勿論、全姫は私だけ調べ!
それが、詠唱士である。
私だって、一度目指そうと思った事もあるし、可愛い声ならやるべきだと周りに勧められた事もあるけど、猫手グローブ可愛いしで、一度もやった事がない。
でも、夢じゃん!
だって、歌える姫だよ!?
歌姫って呼ばれるんだよ!?
「そ、そうですねー」
は? じゃあ、何?
こいつ、既に歌姫って呼ばれてるの?
鈴が鳴る様な声してるとか、言われてやっちゃったの!?
ここまで来ると、嫉妬だ。
こいつは、私に無いものを全部持っていると言う事じゃ無いか。
なんなの、それ。
ずるい、ずるいじゃん!
「詠唱士は、音声対応機能で、呪文を唱えたり、魔聖唄を歌って、魔法を発動させる職業です」
「へー。凄いですねー」
「そうですね。ご興味がおありならば、少し、見てみます?」
「へ?」
私が間抜けな声を返すと、アルテナは立ち上がり、口を開く。
「詠唱士の事。私の事。もっとかのんさんに知って欲しくて」
褐色の肌のを持つ黒猫は、にっこりと、口だけを三日月の様に変えるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます