第5話

 と言っても。

 

「氷の月って何?」


 マイルームに戻ってトランクの中を漁りながら、私は一人呟く。

 オリオン入団の条件に出されたのは、『氷の月』を四つ集める事。

 そもそも、氷の月って何だろ。

 集めると言われたんだから、きっとアイテムなのは間違いないはずなんだけどなぁ。

 姫時代、自慢じゃないが数多くの男性プレイヤー達に貢ぎに貢がれたアイテムを漁っていると、所々に懐かしい品が出てくる、出てくる。

 こんな時もあったねって、今は全然笑えないけど。

 こんなものくれたって、私の事馬鹿にしてたのは変わらないじゃないっ! 絶対に許さないんだからっ!

 

「こんなものくれるぐらいなら、氷の月四個ぐらい送りなさいよっ!」


 使えない奴らだなっ! 本当っ!

 大体、アイツら女の子なら誰でもいいじゃんっ!

 何よ、あの新姫って!

 肌黒いしっ! おっぱい大きいしっ! スレンダー好みじゃないだろっ! ロリな私の事散々可愛いって言っておいてっ!

 それに、黒猫って絶対に狙ってるじゃんっ!

 ……私も狙ってたけど。でも、あっちは何か、悪意があるっ! 絶対にあるっ!

 私にはないけどねっ!

 

「あ……。これだ」


 怒りに任せて、アイテムを散らかしていた中に、一つのアイコンを見つけた。

 氷で出来た三日月のアイテム。

 アイテム名は、『氷の月』。

 何だ。持ってるじゃん。私。

 

「あ、でも二個か……」


 要求は四つ。そうなると、後二つ足りないわけである。

 では、その二つをどう集めるか……。

 

 それよりも、このアイテムって何だろ?

 いつも誰かれ構わず、くれたものは装備以外そのままトランクに入れちゃうんだよね。

 特にこのアイテムについて知ってるわけではないし、何か特別なアイテムなのかな?

 

「えっと、氷の月は、四つ集めると『月光花』に合成出来る」


 へー。単体だと、意味ないのか。

 レアアイテムとして市場に出回る数も少ない、と。

 

「レアリティは5。……5っ!?」


 思わず、マイルームならではの大きな声が出てくる。

 いや、待って。

 レアリティ5って。

 中間層のボス不確定ドロップレベル!?

 嘘でしょ!?

 

 ここで分かりやすく説明すると……。

 数あるダンジョンの中で中間層レベル、つまり、レベル100前後のプレイヤーが推奨されるエリアがあるの。

 そこのダンジョンのボスが一定の確率で落とすアイテムがレアリティ5のアイテム。

 つまり、ボスを倒さなきゃ手に入らないアイテムってわけで……。

 

「実質フレンド、ゼロ。ギルド、解散。レベル25。出来る事、応援の私には一生掛かっても無理じゃないっ!?」


 このアイテム集めるのっ!

 姫辞める前なら、何とかなったのに……っ!

 いや、でも、もしかしたら、それ以外にも入手方法あるかも……。

 

 私は、手元の携帯で、氷の月の入手方法を探してみる事にした。

 だけど、どれもこれも、ボスを倒す事しか書いてない有様。

 ……流石にこれ、付いて無さ過ぎじゃない? 本気?

 

 うんざりした顔で、ため息を吐く。

 前途多難。

 無理じゃん。これ。

 だって、どう足掻いても、手に入らないでしょ、こんなレアアイテム。

 やっぱり、このゲーム辞めて、次のゲームに行くべきかも。

 大体、あんな啖呵をあの怖い虎女に切っといて、どの面下げて入団する気だったんだろ。私。

 怒りで前が見えなかったけど、もっと冷静になれば、あの場でゲーム辞めるべきだったんだ。

 あの時、辞めて置ければ、私は今みたいにタッツー達の言葉に傷つかなくても済んだのに。

 馬鹿だな、私。

 どうせ、私は弱いもん。レベル25だもん。

 皆がいないと、何もできない、弱い子だよ……。

 皆だって、弱い私を……。

 

――今姫はレベルも高いし。やっぱりパーティーに入ってると安心感が違うわ。前のは駄目だったもんなー。


 は?


――あれは、酷かった。姫と比べるのが失礼だろ


 は?

 

 私は、がばっと顔を上げる。

 諦めかけた時に、あのタッツーと琳の言葉が頭を過るのだ。

 そうだ。私は、アイツらを見返さなきゃいけないんだ。何を諦めて弱気になってるの? そんな事して、可哀そうな私は満たされるの?

 ふざけるなよ。私を裏切って、私の悪口を陰で言って。

 そんな連中がのうのうとあのゲームをしている?

 絶対に、そんな事、許さないに決まってるじゃんっ!!

 

 人の怒りは、色々な事を優に飛び越えさせるだけのパワーを秘めているとは、よく言ったものだ。

 全く以って、その通り。

 今の私には、全てを奪った村正よりも、自分を裏切った連中に怒りが向いているのだ。

 その為であれば、私は何でもしようと心に強く決めている。

 だって、そうでしょ?

 ゲーム最強のギルド、オリオン皇帝軍のギルドルームにレベル25で辿り着いた女だもの。

 多少の困難よりも、感情が勝つに決まっている。

 

「でも、氷の月集めなきゃいけないんだよね……」


 このゲームは辞めないけど、前途多難なのは変わりがない。

 うーんと唸りながら、手の中の携帯を検索すれば、一筋の光。

 何と、氷の月が売り出されているではないかっ!

 嘘っ! 今も!?

 すぐさまゲーム内の個人ショップやギルドショップを漁れば、氷の月を売り出している人をちらほら見かける。

 強い人は余裕で持ってるアイテムだよね。そりゃ、売ってるよ。

 でも、これでダンジョンに潜らずに氷の月が集めれるっ!

 早速、購入して……。

 

「は?」


 購入ボタンが非活性。つまり、灰色になって押せない状態だ。

 な、何でっ!?

 もしかして、売り切れっ!?

 しかし、何度読み込んでも、表示欄にはある。

 つまり、売り切れではないって事なんだけど、どうして?

 何か条件とか……。

 ここで、ふと、私は氷の月の値段を見る。

 買う事は決定していたわけだから、値段を見る事もなかった。

 所持金なんて、お金を使う事もない生活をしていたわけだから、気にする事もなかった。

 

「ご、五十万リゴンっ!?」


 くらりと眩暈がする。

 私の全財産が三十万リゴン。

 因みに、リゴンがこのララ・エルの通貨って事になってるの。

 私、買う事も出来ないのっ!?

 

 しかも、二つ足りないから、必要なのは、百万リゴンとなる。

 足りないのは、七十万リゴン。

 これって、すぐに手に入るぐらいの金額なの……?

 本当に、おんぶにだっこと、姫生活を謳歌してきた人間には、見当もつかない金額だ。

 どうしよう。お金下さいは、流石に姫時代にも言った事がない。

 こんな大金どうやって、用意すればいいの!?

 銀行で横領? いやいや、最近読んだ推理小説に影響され過ぎてる。

 私。まず、銀行員でもないし。普通の高校生だし。

 確かに、課金すければ、リゴンもリアルマネーで買えるけど、流石に七十万リゴンも買えるお金なんて用意出来るわけがない。

 でも……。

 

「うわっ」

 

 ふと、私はマイルームの床に足を取られ転んでしまう。

 ここまで、リアルな設定いるの!?

 怒りに顔を上げると、ふと私の視界に部屋の中か広がる。

 

 あ、そうだ……っ!

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