第4話

「強く……?」


 思わず私が口を開くと、徹虎はニッコリ笑った。


「そう。結局は、人が群がる要素があれば、人が来る。姫だろうが、猛者だろうが。うちの団長と戦ったことがあるなら、わかるでしょ? 団長がいるだけで、人垣が出来る。皆、口々に団長の名前を呼ぶ。誰もが、団長の強さを知り、怯え、敬い、団長を見る。正規の姫路線が無理なら、団長の様に強さで名を挙げて姫に返り咲いた方が頭はいいわ」

「強さで……。でも、それだと、皆んな守ってくれたりしてくれないじゃん! 可愛がってくれないじゃん!」


 可愛いね! とかじゃないじゃん! それ!!

 それは、姫とは言えないじゃない!


「可愛いねって、それは君のことじゃない。アバターの話だ。君自身が可愛いかどうかは別だろ? 現に姫と呼ばれてる連中の中で男だってチラホラいるんだし。君は、姫と皆んなに呼ばれたい。呼ばれないと不幸だと思っている。呼ばれる方法があるのならば、それにしがみ付きたくない? このままじゃ、悔しくない?」

「悔しいって……」


 悔しい?

 悔しさはある。皆んなが、私を裏切った悔しさは。

 私は悪くないのに、誰も話を聞いてくれない。聞く前に離れて行く。聞いたところで、私を責める。

 私が何をしたと言うのか。ただ、弱いだけだったのに。


「……悔しいけど、強くなるなんて、絶対無理だよ」


 もう、誰もいないのに。

 一人だと、何も出来ない。

 強くなるなんて、どれだけ気の遠くなる時間が必要なんだ。


「それが、そうでもないんだよ」

「え?」

「君は多分、強くなれるよ」


 徹虎さんはそう言ってニヤリと笑う。


「簡単な方法知ってるの!?」

「まあ、効率的にレベル上げる方法ぐらいなら教えれるけど、強くなるとはまた別。時間は掛かるよ」

「じゃあ、ヤダ」


 すぐじゃなきゃ嫌だし、頑張る意味なくない?


「呆れたわがままだな。何? 努力は嫌?」

「やだ。楽じゃないなんて、絶対、嫌」

「じゃ、このゲーム辞めて他に行くしかないんじゃない? いいじゃん。ここでは、もう君の事姫と思ってないばかりか、関わった全員にとんだクソ野郎だと思われながら辞めて、次の所でも同じ事繰り返せば。ここの連中がいつそっちのゲームに行くかわからないけどもね」

「そんなこと、やってみないと分からないし!」

「じゃあ、やってみろよ。君がなんの根拠もない自分の大丈夫を信じるなら、やってみろよ。私は止めないし、寧ろそれを最初から勧めていたでしょ?」


 この女、徹虎は私を冷たい目で見下しながら首を傾ける。

 確かに、そ、そうだけど……。


「辞めるか辞めないかは自分で決めなよ。でも、今なら君を馬鹿にしてきたクソども全員見返すチャンスがここにある」

「……ここに?」

「そうともさ。君がアホみたいにそんなクソカスなレベルなんかて到達したここは、このゲームの頂点の一つなんだから」


 徹虎は赤い髪を揺らして笑う。


「このオリオン皇帝軍は、団長を始めとして選りすぐりの強者しか入れない。生半可な強さでは決して辿り着くことは出来ない、全ユーザー憧れの的だ。君はこの軍に入れる資格を望まずとも手にいてれしまったんだ」

「はぁ?」

「くはっ。不細工な面してるぞ、お姫ちゃん」

「ちょっと待って! 何を言っているの!?」


 私が、この団に!?

 誰もが知っている、誰もが道を開けるこの団に!?

 一体何で!?


「ここの入団条件は、まず、このアホみたいなギルドルームに単身で乗り込む事が条件なんだよ」

「……へ?」

「その条件を、君はクリアしている。技量は置いといて、私怨な理由も目を伏せれば、根性だけはあって良かったな」

「ちょっと待って。じゃあ、私は今……」

「そうね。このギルドに入れるかどうかの面談中だよ。この副団長、徹虎様とね」


 虎の牙を見せながら、徹虎はそう笑った。

 今、正直何が起きてるか自分の中で理解なんて出来るわけがない。

 何でこんなことに?

 どうして、こうなってるの!?

 私は、このゲームを辞めるつもりで来たのに!


「わ、私がこの団に入れるの?」

「さあ? それは、君次第かな?」


 このオリオンが、どう凄いのかって、みんな知ってる。

 どんなギルドなのかなんて、みんな知ってる。

 注目の的なんて、そんな言葉じゃ足りないぐらい、オリオンの名前の効果を私は知っている。


「ねぇ、悔しくないの? 弱いと馬鹿にされるの、悔しく、ないの?」


 皆、私が弱いから。

 弱さを馬鹿にするから。

 でも、強さがなんだと言うの?

 強さをひけらかして、何になるの?


「強さは分かりやすいバロメーターだ。強いやつに、弱い奴は媚を売り、頭を下げる。お姫ちゃんも身に覚えはあるだろ? 強いやつに取り入った時の甘さを。強いやつを引き込んだ時の、気持ち良さを」


 ゴクリと、喉が鳴った。

 私は確かにそれを知っている。

 それは、確かな甘美なる赤い果実のように。喉の渇きを満たされる喜びを私は知っている。


「でも、果実の喜びはそんなものではない。誰からも求められる、果実の甘みは、弱い奴では味わえない、この甘美なる味は、私たち、こちら側でしか味わえない。想像してみなさいよ。誰もが、私の名前を、私達のギルドを呼び、手を伸ばす想像を!」


 私は、思わず顔を上げて徹虎を見る。

 この人は、知っている。

 自分が、利用される側を、弱者の叫びを楽しめる方法を、知っている。

 求められる喜びを、知っているのだ。


「お姫ちゃんは、弱いままでいいの? このまま、逃げて、幸せなの?」


 奪ったくせに。


「私達なら、君をまた、姫にしてあげれるかも、しれないよ?」


 与えようとする。


「また、姫って、手を伸ばす馬鹿を見たくない?」


 私が、欲しがって止まない、全てを!!


「馬鹿にしないでっ!!」

「ん?」

「強さが、全てなんておかしいでしょ!? 弱いからこそ、助け合える素晴らしさも、気付けるステキな事も沢山ある! 強さが何だというの! 弱い私でも、皆が求めてくれた! 弱い私でも、皆が認めてくれた!! 弱さがダメだというのなら……」

「ダメだから、今、全部、否定されてるんでしょ。馬鹿なの? ここはゲームだぞ。ゲームは、強い奴が勝つんだよ。強い奴が正義なんだよ。強さが全てなんだよ。弱いから、今、君は一人なんだよ」

「頭おかしいんじゃないの!? 弱い人を否定して、笑って、弱いものいじめじゃない!!」

「じゃあ、今の君を誰が助けてくれるの?」

「……それは」

「もし、ここで、今、君を助けれる人がいるならば、私よりも強い奴だ。私よりも強い奴が、私のことを問答無用で叩き斬って、お姫様大丈夫かと、君を攫うだろう。それは、強さだ。弱い奴は、ここにすら辿り着かないし、君だって見向きはしないだろ」


 それでもっ!

 今、この人の言葉を認めたら、今迄の私が、ただの悪者になるじゃないか。

 汚い人間になってしまうじゃないか!!


「違うっ!!」

「違わないよ。認めろよ」

「認めないっ!! 絶対に、絶対にっ!! 認めないっ!! もう、いい! 私帰る!!」

「……あっそう。お好きにどうぞ。止めはしないし、それならそれでいいから。ただ、もし、ここに入りたいなら、『氷の月』を4個集めて来てね」

「……絶対に、こんな所に入らないからっ!」

「はいはい」

「オリオンなんて、最低な人しかいないって、ネットに書き込んでやる!」

「もう、みんな言ってるから、今更言われた所で……」

「煩い! あんた達なんて、皆キモいオタクなんだから、一生部屋から出てくるな! バーカ!」


 そう叫ぶと、私はギルドルームを飛び出した。

 最悪! 最低っ!!


「バーカって。笑うわ」

「……徹虎的には、彼女合格なの?」

「椅子が喋んなって言ってんだろ。でも、まあ、面白いんじゃない? こんな所にレベル25で乗り込んでくるとか、根性だけは馬鹿みたいにあるし。嫌いじゃないよ。しかも、馬鹿って。小学生か?」

「その割には、随分と期待してんじゃん。あれだけ熱い勧誘かますなんて」

「だから、前から言ってるでしょ。強くなる奴に、根性ない奴はいないもん。見込みある奴は、今のうちに唾つけて置かないとね」


 私は、こんな話を徹虎達がしてるなんて知る由もなく、この後呆気なくモンスターに倒されてデスルーラで町に帰還を果たすこととなる。

 この時は、私は絶対に、このオリオン皇帝軍に入る気なんてさらさら無かった。

 姫である事に固執して、姫である事が最も私の中で価値がある事だったからだ。

 弱いなら強くなればいいだなんて寝言を、私自身がそんな事なんて無いという寝言で打ち消していた。


 でも、頭の中では分かっていたのだ。

 簡単で楽な方にずっと流されて来た私が、後一歩踏み出すのは、そう難しくない事だったのだから。



「……強さが全てとか、絶対に間違ってる……っ!」


 そんな事なんて、有るはずがない。

 ここはゲームの世界だ。リアルじゃない。

 強い奴が弱者を見下していいルールなんてないんだ。そんな世界、間違っているんだ。


 私は、あの女の言葉を頭の中で繰り返し、繰り返し、何度も否定していた。

 弱かった自分が如何に凄くて、如何に楽しくて、如何に素晴らしかったか。

 皆との掛替えのない思い出達を集めては、叩きつける。


 下らない事だろう。

 もし、見ている人間がいるのならば、手を叩いて笑った事だろう。

 それ程愚かしい行為をしていたのだ。

 過去に縋り、無くしたものを美化していく。

 これ程までに、愚行な事があるだろうか。

 大切にしてこなかったのは、自分なのに。

 しかし、この時の私には、私が悪役にならない方法しか頭になかった。

 そう。全ては、自分への正当化だ。

 レベルなんてあげずに、自分を自分の理想郷へと作る道のりを只管他人に押し付けている行為を、直視出来たなかった。

 愚かしい。この言葉が一番似合う事だろう。

 もし、他人を顧みていたら、結果は違ったかもしれない。

 頑張れ、頑張れというだけじゃなく、私も戦いに参加して、皆で汗水たらした道のりを作っていたならば、あんな事で簡単に壊れる絆なんてなかったかもしれない。

 もし、本当に姫でいる事に固執するのであれば、徹底的に、『姫』だけをしてればよかったのだ。

 中途半端に、姫であり、愛される女の子であり、皆んなの中心でいる元気でちょっと馬鹿なの女の子など演じる必要なんかなかった。それを思い知るのは、すぐの事だ。


 私は指を噛みながら街を歩く。

 悔しさとやり切れなさが込み上がって来て、止まらない。

 どうして、私はこんなにも運がないのか。

 不幸なのか。

 どうして、誰も助けてくれないのか。

 怒りは止まることを知らない。

 底なんて、有るはずがない。

 まるで喉の渇きが潤わない獣の様に、私は町を当てもなく彷徨い歩いた。


 心の底で、誰かが、姫、どうしたの!? と、優しく声を掛けてくれると願いながら。

 しかし、そんな都合のいい夢なんて、夢でしかない。

 現実は、そんなものではない。

 街中で、知った声が聞こえてくる。

 それは、私を裏切った、人の声。


 タッツーの声だった。


「姫ちゃー」


 は? 今更なんだ?

 今更、私を、姫と呼ぶのか?

 どの面下げて、そんな事が出来るのか!

 私が振り向くと、そこには、私がいた。


 私じゃない、私がいたのだ。


「姫ちゃ、今日もお疲れ様」

「お疲れ様です」


 鈴が鳴る様な、落ち着いた声。

 黒い肌に、それに合わせる様に黒い猫の耳と尻尾。


「今日も姫のヒール最高のタイミングだったよ」


 琳の声がする。


「そうですか。有難うございます」

「この後、どのダンジョン行く?」

「いえ、私はそろそろ落ちようかと。お付き合い頂いたのに、申し訳ないです」

「そんな事ないよ! 姫ちゃも疲れたでしょ。ゆっくり休んで」

「有難うございます」


 信じられないものを見るように、私は震えながら物陰に隠れた。


「では、失礼致します」

「お休みー」

「おやすみなさい」


 皆に囲まれ、皆に姫と呼ばれ、皆に求められて。

 私がいた場所に、知らない女がいるのだ。


「姫寝ちゃったし、俺たちどうする?」

「俺たちだけでダンジョン行くか」

「おっけー。それにしても、姫凄いよな」

「うん。回復詠唱強くて早いし。めっちゃ頼りになる」

「レベルも高いし。やっぱりパーティーに入ってると安心感が違うわ。前のは駄目だったもんなー」

「あんなん、源十郎太さんの彼女かなんかだろ。俺たちただの奴隷だったし」

「あれは、酷かった。姫と比べるのが失礼だろ」


 は?

 何言ってんの?


「強い人に媚びてれば、何でも思い通りになるとか、楽だよな」

「このゲーム声でネカマバレるから、俺たち男には不利だよな。ボイスチェンジャーも金かかるし」

「なー。俺も女に生まれたかったわ」

「だよな」


 私が、いつ、源十郎太さんの彼女だって言ったわけ?

 いつ、あんた達を奴隷扱いしたの!?


「今頃、リアルで彼氏に慰められてるんだろ?」

「もうあのギルドも解散してたし、一人ぼっちで何もできないんだからそうじゃね?」

「悲惨だなー」

「ま、自業自得でしょ。こればっかりは」


 自業自得?

 何で?

 何処が?

 ずっと、そんな事思って、あのギルドにいたわけ?

 私の事、好きじゃなかったの?

 私の事、必要としてたわけじゃないの?

 私の事……。


「オリオンに目を付けられるとか、オリオンの奴にも色目使ってたのかな?」

「あー。有り得るんじゃない。やってそう」


 はぁ?


 何なの?

 そんな事、するわけないじゃん!

 ずっと、皆と一緒にいたでしょ!?

 知ってるでしょ!

 何で嘘つくの!?

 何で、そんな事を言うの!?


「勘違いしちゃったか。強い奴なんて、弱い奴に見向きもしないのに」

「オリオンにも、女いるしな。わざわざ、弱い奴に優しくする必要がない」

「てか、女である以外、あいつ何もないじゃん」

「取り柄、性別ってやばいな」


 ……声、可愛いって言ってくれたじゃん。

 姫は可愛いって言ってくれたじゃん。

 女が取り柄って……。

 大き声で、また、泣き叫びたい。大泣きして、アイツらを責めて、責めて、責めて。

 お前らのせいでこうなったんだと、喚き散らしたい。

 でも、口を開こうとした瞬間、あの女の言葉が蘇る。


『ねぇ、悔しくないの?』


 悔しい。

 こんなに、馬鹿にされて。

 こんなにも、罵られて。


『結局は、人が群がる要素があれば、人が来る』


 本当に?


『今なら君を馬鹿にしてきたクソども全員見返すチャンスがここにある』


 ……チャンスがあるなら。


「……氷の月、四つぐらい、直ぐに集めてやるわよ」


 強くなる。


 私、絶対に、強くなる。

 強くなって、アイツら全員、見返してやる。

 絶対に、絶対に、強くなって、馬鹿にしてきた奴ら全員、地獄を見せてやる!

 

 クソども、全員、見返してやるんだ!!

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