第3話
「ぎ、ギルドルームがダンジョン内にあるって、どういう神経してんの!?」
私はダンジョンの壁に寄りかかりながら、自分の中で今出せる最大限の大きな声を張り上げた。
スライムしか倒してこなかった私は、あの男の本拠地であるギルド、オリオン皇帝軍のギルドルームがあるここ。ヘル・デ・ロッテ神殿に文字通り、何度も死ぬ思いをしながらやってきわけである。
レベル100以上の四人パーティー推奨って馬鹿じゃないの!?
信じられない。
普通に誰でも入ってこれる場所にギルドルーム置きなさいよっ!
スライムなんて一匹もいないし、モンスターと会えば逃げ、モンスターと会えば逃げを繰り返して、もう神経がヘトヘト……。
「……もう、本当に何なの……」
自分のポーチに入った心もとない数の回復薬を見て眩暈を覚える。
最上限まで持ってきた回復薬は、今はたった一桁しかない。それもこれも、敵が強すぎるから。
蘇生薬に至っては、最大限まで持ってきた癖に、今私のポーチには一つもない。
「はぁ……」
無意識にため息が出るのは、少し前の私と今の私を比べてしまうから。
だって、そうじゃない。
少し前の私だっら、こんな場所でも回復薬や敵を気にせず自由気ままに歩き回れた。
ふぇ、蝶々さんだー。とか、アホみたいな事を言って歩き回っても、皆が心配して追いかけて来てくれる。
別に蝶々なんて興味はない。
ただ、そうやって、私を追いかけてくれて、心配してくれるのが好きだった。
悪い事してる気もなくて。
だって、私が追いかけろとも心配しろとも言っているわけじゃない。
皆が勝手にやっているだけ。
それが好きだったのに……。
私の中で唯一楽しい時間だったのに……。
それをあの男は一瞬で全てを奪ったのだ。
私の全てを。
「絶対に、私一人で辞めるとか、ないから……」
炎の光だけが揺らめく薄暗い神殿の廊下で、私は一人呟く。
消えるのが一人だなんて、絶対に嫌。
絶対に、絶対に。
普通だったら、こんな場所に一人でなんか来るはずがない。
普通だったら、回復薬も蘇生薬も持ち歩かない。
普通だったら、普通だったら!
そんな日常が今、何処にもない。跡形もなく、あの男に消されたのだ。
私の中に残っているのは、ドロドロに黒いあの男への憎しみだけ。私の日常を奪ったあの男への執念だけでここまで来たのだ。
残り少ない回復薬を飲み干し、私は前へ前へと進む。
オリオンのギルドルーム場所については、ネットで調べればすぐに出て来た。
この神殿の中枢部にあいつはいる。
きっと、私の苦しむ姿を見て笑っているのだ。
馬鹿にして、弱いと笑って、惨めだと指を指して、見下して。
今の私を笑っているのだ。
悲しかな、これは全て、この時の私の妄想である。
ただ、村正団長を私は私の日常を奪った悪役として、理由を付けたかった。
理由がないのに、奪われたと思いたくなかった。
相手は悪意で私をここまで引きずり降ろし、不幸にしたのだと。そうでなければ私は、何の為にこんなに苦しい思いをしているのか、分からないから。
憎める何かを、正当な理由……、うんん。違う。自分の中で自分が可哀そうだと納得出来る理由を作らずにはいられなかった。
だって、そうでしょ?
じゃなきゃ、私は悪者になっちゃう。私が、悪いと言われる。私が、責められてしまう。
それは、誰に?
誰もいないのに、私はまだ、誰かを探して、誰かから自分を守ろうとしていのだ。
「ここ、か」
漸く、私はこの神殿の中枢部であるこのダンジョンの宝物庫の扉の前に立つ。
漸く、あの男に会えるのだ。
あの、村正と言う、男に。
一番最初に、何と言ってやろうか。
どれだけ、汚く罵って、泣いて喚いて、相手を責めてやろうか。
もう、回復薬も蘇生薬もないけど、それでも、倒されるまではずっとずっとずっと、あいつの耳に残るような呪いの言葉を吐き続けてやるっ!!
私は、意を決して目の前の扉を開けた。
そこに広がるのは……。
「……は?」
扉の目の前にいたのは、村正。
あの憎き男。
憎きなんだけど……。
「ん? 誰?」
その村正の上に座っている人虎族の女が顔を上げた。
いや、え。
ちょっと待って?
「誰か来たの!? 俺の今の姿誰が見てんのっ!?」
「煩い。椅子が喋んな。不愉快だ」
「いや、椅子じゃなくて人ですけどもっ!」
「お前は椅子だろ。お前は、椅子なんだよ。喋るな、椅子狼」
どう言うこと、なのっ!?
四つん這いになった村正の上に腰を掛けている虎女は足を組み替えて私を見る。
罵ろうと、騒ごうとした言葉が全然出てこないんだけど……。
こう、魔王みたいに水晶で私の事を見て、笑ってるんじゃないの!?
ソファーの上とかで、足組んでっ!
「見た所一人だけど、うちの軍団の関係者?」
「ち、違います」
騒ぐタイミングを逃した私は、ついつい虎女の問いかけに答えてしまう。
完全に、これ、何しに来たかわかんなくなっちゃってるよ。私。
ここまで、あんなにも大変だったのに……。
「仲間とはぐれたとか? このダンジョン内なら一緒に探すよ?」
「あ、いえ。一人で来ました」
「一人で……?」
虎女は私をジロジロと見てくる。
それこそ、上から下へ舐め上げるように……。
私、女の人、凄く苦手なんだよね……。不躾だし、ハキハキ言うし……。
「すげぇ、弱そうな子だな」
ほらっ! こう言う人っ! こう言う人、一番苦手っ!
悪意なくて、自分サバサバ系ですって言う人っ! 無理っ!
「でも、まあ、条件はクリアしてるし、いいよ。そこの椅子座って」
仲良くないのに、敬語なしとか、意味わかんない。
「あ、はいっ」
でも、逆らったら怖いし、取りあえずは言う事聞いて、頃合いを見計らってどうにか最初の目的を……。
この虎女に村正に酷い事されたって言っても、絶対に聞いて貰えなさそうだし。
私も、この人には聞いて欲しいないし、誰か他の人探さなきゃ……。
「君、レベルはいくつ?」
「に、25です」
「……マジか。このゲーム初めてどれぐらい?」
「9カ月目です……」
「……マジか。あれ。でも、着てる装備、『秘密結社フローリス・儀式の装備』だよね?」
「はい」
「ガチャで出たの?」
「あ、いえ。これは、ファンの方からの貰い物で……」
「ファン?」
「はい。私を守る騎士団があって、そこの人から……」
「……うん。ちょっと待ってね。うん」
虎女はため息を吐くと、下を向く。
「ちょっと、団長。ヤバい奴来た」
聞こえてるんだけどっ!
ヤバい奴って何!?
失礼極まりないんだけどっ!
「いや、全然俺誰か見えてないんだけど」
「猫の闘拳士なんだけど……」
その瞬間、虎女がぽてりと、村正の背中から転がり落ちる。
何故、そんな事になったのか。
理由は酷く簡単。
だって、村正が立ち上がったからだ。
そして、彼は私を見る。
「やっぱり、姫じゃんっ!」
「あんたが姫って言うなっ! あんたのせいで、私は姫じゃなくなったのよっ!」
冷え切った怒りが、再度マグマの様に湧き上がり、私を熱する。
何で、あんたが姫って呼ぶの!?
あたんのせいで、全てなくなったのにっ!
姫って呼んでくれる人なんて、一人もいなくなったのにっ!
「あんたのせいでっ! 私はここに一人で来たし、あんたのせいで白猫姫騎士団は……っ!」
「え? 何怒ってるか全然わかんないけど、それ、本当に俺のせいなわけ?」
「あんたのせいで、あんたが私をPKするからっ! 私が、負けたから……っ」
「それって、お前が負けたのが悪くない?」
「は!? 行き成り襲ってきたのは、あんたじゃないっ!」
「決闘申請は出したし、筋も通したつもりだけど?」
「私はっ……!」
口を開きかけた時、私と村正の間に甲冑を付けた手が入る。
思わず口を閉じれば、手を前に出した虎女がため息を吐いた。
「はいはい。両者ストップ。何か全然話が見えてこないんだけど、君、このギルドのメンバー志願者じゃないの?」
「違うっ! 私は、この男のせいで今……っ」
私、今……。
今、私は……。
「一人になったの……」
気付けば手で目を覆いながら、私は大きな声を上げて泣いていた。
だって、『ララ・エル』は獣人達の最後の楽園。
それは、私にだって同じだ。
リアルで居場所なんてない私の、唯一の楽園だったこの場所が今はないのだ。
そっか。私、ここでも一人ぼっちなんだ。
教室で一人、本を読み、息を殺してる。
誰も、私の事なんていてもいなくてもどうでも良くて。
見てくれるのは、私を指さして笑う時で……。
ここも、同じじゃない。
ここでも、私、何も出来ないんだ。
誰も、私を……。
「泣くなっ!」
大きな手が私に伸ばされる。
大きな腕が私を引き寄せる。
「こんな所で泣くなっ。一人とか、言うなっ!」
大きな声が頭に響く。
「……だって、皆、私の事……」
「皆って誰だよっ! これだけ人が溢れてるのに、一人とか言うなよっ! そんな事で泣くなっ!」
「そ、そんな事って言う……なぁ……。わ、私の事、何も知らない癖に……」
「て、徹虎も何か言ってくれよっ!」
「……えー。全然話見てこないんだけど。私。って言うか、何見せられてるの? これ」
「だって、姫が泣くしっ! 一人とか言うしっ!」
「……まあ、取りあえず、その姫ちゃんの話聞いたら? その子の言う通り、私達何もその子の事、知らないでしょ?」
徹虎と呼ばれた虎女は、呆れた口調で私から彼を引き離す。
「ちゃんと聞くから。取りあえず二人とも落ち着きなさい」
「は? 団長のペナルティ相手!?」
「いや、姫って言うから……」
「お前は、本当に狼椅子にしてやろうか? レベル聞いてから、決闘しろっていつも言ってるでしょ。このゲームは、レベルが200以上離れてる相手をPKしたら、ペナルティが団単位でくるって何度言えばそのない脳みそで理解出来るわけ? これで何度目よ。本当にいい加減にして? 次やったら絶対に皮をはぎ取ってやるからな」
「だって、姫ってその団の女キャラトップじゃん? うちだったら徹虎が姫じゃん? 強いじゃん? そうなると、戦わずにはいられないじゃん?」
「じゃんじゃねぇんだよ、このクソ団長。お前はあと一週間椅子やって黙ってろ。でも、取りあえず、経緯はわかったわ。団長のせいで、姫ちゃんの取り巻きが全員いなくなった、と」
私は、徹虎さんの言葉にこくりと頷く。
あ、もしかしてこの人優しい人だったり……?
「団長が悪いかいいかは別として、その程度で離れる取り巻きなら、別に気にすることないんじゃない? またフレンド作って行けば?」
やっぱり、駄目。
全然ダメ。
「そんなの、絶対に無理だしっ! もう噂も広がって、皆私の事指さして笑うし……」
「気のせいでしょ。誰も君にそんなに興味ないよ」
「はっ!? 私のこと、知らい癖にっ!」
「そうだよ。さっきも言ったけど、君の事なんて知らない。私は、君の事を知らないのに、君はこのゲームにいる人は君の事を指さして笑うと言う。これ、矛盾してると思わない?」
違う、本当に、笑っているんだっ!
姫じゃなくなった事を、皆知っているから笑っているんだっ!
そう叫ぼうと思っているのに、喉の奥から声が出てこない。
「自意識過剰だな。君は有名人か何かのつもり?」
「皆、私の事知ってるっ! 私、目立つし、皆、見てるし……」
「本当に? じゃあ、君は日本にいるパンダの名前、言えるかい?」
「……え?」
「パンダなんて珍しいし、目立つよ。限られた数しかいないじゃない。君は今、パンダと同じなんだろ? パンダの名前言える?」
「言えない、けど? パンダになんて興味もないし……」
「そう。それは良かった。じゃあ、このゲームしてる皆も一緒だと思わない? パンタみたいな君に興味なんてないから、名前だって皆知らないよ」
へ、屁理屈じゃんっ! こんなのっ!
「パンダと一緒にしないでよっ! 私は本気で……」
「本気で? 何? まさか、本気で悩んでるの?」
「馬鹿にして……っ!」
「馬鹿にしてるよ。だって、馬鹿馬鹿しいじゃない。私には、君が我儘言ってる様にしか聞こえないもの」
「……どこが? 何で? 私が悪いって、言いたいの?」
「悪い? ああ、頭と性格は悪そうね。勝手に笑われると思い込んで、勝手に一人だと言って、勝手に悲劇のヒロインぶって。勝手に、こんな所まで一人で来るだなんて」
私はドンと机を叩く。
勝手に?
何が?
何処が!?
「あんたの方が、性格よっぽど悪いじゃないっ!」
何を言ってもいいと思ってる、あんたの方がよっぽど性格悪いじゃないっ!
「悪いわよ。逆に聞くけど、悪くて、何が悪いの? 私は、君に嫌われてもいいと思っている。私は、君に攻撃されてもいいと思っている。私は、私の発言に責任を持って言ってる。君の発言、君はそれなりのリスクを背負って、考えて言ってる訳?」
「……意味わからない」
「ふぅん。性格よりも頭の方が悪いな」
「煩いっ!」
「自分の発言で相手がどう思うか。何を思うか、考えてないのは馬鹿って事。思った事をそのまま言うのは、暴力と変わらないんだよ。今、君が傷ついてるみたいに。って、言っても理解は出来ないと思うけど」
思った事をそのまま言うのが何が悪いの?
感じた事を我慢しろって言うの?
それこそ、悪じゃないかっ!
「……ま、どうでもいいけどね。君がこのゲーム辞めるなら、さっさと辞めた方がいいよ。他のゲームで姫を楽しんでおいでよ。このゲームで君の姫はゲームオーバーになったんだし。団長がいてもいなくても結局は同じことになってたんだろうし、そんな私怨で私の大事な団長巻き込まいでくれる?」
「大事!? 今、大事な団長って!?」
「お前は黙ってお座りしてろ」
「……嫌だ」
「は? 何?」
「嫌だ」
「……話聞いてなかった? 私はさっさと一人で辞めろと言ったんだが」
「嫌っ!!だって、私ばっかり不幸じゃないっ。何で、いつも、私ばっかり……」
「あのさ、さっきから自分が可哀そうとか不幸とか言ってるけど、じゃあ、今、どうなったら君は幸せになるわけ?」
「……え?」
私の幸せ?
「どうなりたいの?」
どうなりたいの?
そんなの、決まってるっ!
「……また、姫って呼ばれたいっ」
また、あの輪の中心に戻りたい。
また、私を甘やかして欲しい。私の居場所を作りたいっ!
「じゃあ、簡単じゃん」
「は? だから……」
この人、私の話を聞いてた?
私はもう、戻れないってないてたのに、何で……。
そう、噛みつこうとすれば、徹虎さんが手を大きく叩いて、笑う。
「強くなればいいのよ。強くなれば、ね?」
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