第3話 出会い-3

 ルゥは目の前の居る龍に射すくめられていた状態で、体の動きを止めていた。いや、動くことが出来なかった。呼吸の1つでさえ、この均衡が崩れてしまいそうであった。

少しの間、ルゥと龍の間に無言の時間が流れた。


 だが、その均衡が突然破られた。


「うぅん……?」


 ルゥの隣で気絶していたメイが、頭を振りながら起きる。そして少しの間、周りを見渡していたが、どのような状況に自身が置かれているのか理解出来たようであった。

メイは半べそになり、身を震わせる。



「ご、ごめんなさい……」


「なにがかィ?」


赤き龍は鼻を鳴らすと、口元を歪ませる。


「あ、あなたの家にお、お邪魔する気なんて、な、なかったの……」


「まあ、そうでしょうねェ?」


「ほ、本当にご、ごめんなさい……このことを、だ、誰にも言わないし、龍さんのことも、い、言わないから……」


「だからァ?」


「お、お家にか、帰して!」


 メイは大粒の涙をぽろぽろと流し、龍に懇願する。そのメイの様子を見て、龍は如何にも楽しそうに口元を醜く歪ませる。


「さぁて、どうしようかねェ? ここでおチビちゃんたちを帰してやっても良いんだがねェ」


 龍はその大きな口を開き、ルゥとメイに向かって息を吹きかける。それはちょっとした突風であり、2人の髪を大きく揺らしたのだった。

メイは死への恐怖から涙を流し続け、短いえづきを繰り返す。一方で、ルゥはうつむいて、身を震わせていた。


「……!」


「んん?」


 龍はルゥの様子が、全く違うことに気がついた。ルゥのその身の震わせが恐怖からではなく、全く別の感情であると。


「龍に、伝説の龍に会えたんだ!」


 ルゥは歓喜の声を上げた。彼は嬉しさの余り、吼え、跳ねる。龍の背の上で。

龍はそんなルゥの様子を見て、呆気にとられる。だが、龍はその様子を見て身を震わせ始める。


「ぷっ、くくっ、あははははっ!」


 龍は大きな声を上げて笑い始める。ルゥとメイは身を捩って笑う龍の背から振り落とされまいと、必死になってその背に捕まる。


「愉快なおチビちゃんだねェ! なかなか居ないよ、こんな人間は」


「おれはおチビちゃんじゃない! おれはルゥって言うんだ!」


 ルゥは立ち上がると胸を張る。少しでも体を大きく見せようとしているのか、肩を大きく張ろうとしていた。


「それで、龍!」


「何だィ、 ”ルゥ”?」


「おれは名前を言ったぞ! お前の名前はなんて言うんだ?」


「ちょっと! あんた何言っているのよ!?」


 メイはルゥの暴挙を咎めて、その手を握る。そして、おそるおそる龍の方を見てみると、龍は目を細めて何かを考えている様子であった。

メイは龍が怒っていないことにホッとするが、ルゥのその無鉄砲さにも恐怖を感じ始めていた。


「そうねェ。確かにアタシが名乗らないのは失礼だわねェ。アタシは”欲深なドラゴン”よ」


「どら、ごん?」


「ドラゴンは龍って意味よ。アタシは昔はそう呼ばれてたのよォ?」


「そうか! じゃあ、これからよろしく!」


「これから? 意味が分からないわねェ?」


 龍は不思議そうに小首をかしげる。一方でルゥは顔を興奮から上気させて、上機嫌であった。そのルゥの横で、顔を紙のように白くするメイ。


「今日はりゅ、ドラゴンに会えたし、明日また来るよ!」


「ここから、帰れるとでも思っているのかィ?」


「うん!」


 ルゥは力いっぱい、首を上下させる。その様子を見て、龍は毒気を抜かれたのか大きくため息を吐く。


「まったく、不思議なおチビ、いや、ルゥ。いいよ、お家に帰してやるよ」


「本当!?」


 メイはこの言葉を聞いて、目を輝かせる。龍はその様子を見て、メイに息を吹きかける。


「お家には帰してあげる。ただし、明日またここに来れるかどうかは、ルゥたち次第ねェ」


「どういうこと?」


「こういうことさねェ。 ”忘却サップ”」


 龍が何かの呪文をつぶやくと、ルゥとメイに大きく息を吹きかけた。その吐息は、何故かキラキラと細かく輝いていた。


「アタシに会ったことを誰かに言えば、アンタたちは今回のことを忘れる呪いさァ」


 龍は愉快そうに笑うと、ある地点に指を指す。そこはほのかに月明かりが差し込んでいた。


「あそこが出口さ。さぁ、アタシの気が変らないうちに帰りなァ」


「なあ、ドラゴン! アイツも連れて行って良いか?」


 ルゥは一緒に落ちてきた狼を指さす。狼は落ちた衝撃で前足を折っていた様であった。そしてルゥの意識が己に向いたのが分かったのか、歯を立てて威嚇し始める。


「構わないさ。まぁ、アンタに噛みついていた狼を助けるなんて、お人好しだねェ」


 そうして2人と1匹は、欲深なドラゴンの居住から抜け出したのであった。


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