第15話 新たな始まり
新学期の始まりの日。
朝早くに谷見が、俺と綾音と富木さんを自習室に呼び出した。手には、何か荷物を持っている。
「カズちゃん、これ受け取ってください。」
谷見が差し出したものは、二足の揃いのスニーカー。
「これ履いて、一緒に歩きましょう。」
「いいなあ、二人でハイキング? 私達も行きたいよね、どこにいくの?」
綾音がはしゃぐ。
谷見は、すうっと息を吸って、富木さんをじっと見ながら、ゆっくりと言った。
「未来まで。」
「……はい?」
綾音と俺は顔を見合わせた。
それはプロポーズじゃないのか?
そこになぜ俺達が立ち会っているんだ?
富木さんもキョトンとして、頭が働いていないようだ。
「お二人には、立ち会っててほしかったんです。多分、長い付き合いになると思うから。
カズちゃんが若媛巫女になって、大学も両立させないといけない、修行もしなくちゃいけない中で、挫けそうになることもあると思うんです。
俺じゃ力になることができないときも、お二人なら助けてもらえると思うから。」
「だからって何も、俺達の前でやらなくても……。」
俺が口を挟むと、
「いや、お二人だから聞いててほしかったんです。それに、俺まだ返事もらってないんですけど。
いいですよね、カズちゃん?」
富木さんが勢いに押されるように、うわの空のままコクリと頷いた。
「キャーー! やったね、カズキ!!」
綾音が富木さんに飛びついたけど、やっぱり富木さんは現実とは思っていないらしい。
「綾音、そこで富木さんを抱きしめるのは谷見の役目だよ。」
と声をかけると、やっと綾音が離れ、谷見が富木さんにスニーカーを渡した。富木さんは恥じらう乙女になっている。
二人が仲良く手を繋いでいるのを見て、綾音がこぼした。
「いいなあ、プロポーズ。
……そういえば晴人、私まだプロポーズされてないんだけど?」
「ああ、いや、その……。」
とんだ藪蛇だと思ったら、綾音が強い口調で言い出した。
「晴人は私と結婚するんでしょう!? 他の人は考えられないもんね!?」
「うん……」
そういう俺達に、富木さんがツッコミを入れた。
「アヤネ、それはプロポーズだよ……。」
「あ……。今のナシ! ちゃんと晴人からプロポーズしてもらわないと!!」
「いや、それも俺達らしくていいんじゃない?」
膨れる綾音を見て、3人が笑った。
二人がクラスへ戻ったあと谷見と二人きりになった時に、この若さでプロポーズまでしてしまってよかったのかと聞くと、谷見が言った。
「俺は運命を信じるんですよ。きっとカズちゃんと出会ったのは、俺が彼女の盾になるためなんだと思うんです。小郡さんたちも、同じじゃないですか?
俺、神社の勉強をしてみて、彼女のおじいさんに会って、わかったことがあります。媛巫女って、一人でなれるものじゃないって。例えば、天皇にしかできない祭祀があるように、皇后にも皇后にしかできない役割がある。皇后という存在があるからこそ、天皇が天皇としていられる。とすれば、おじいさんは飄々とした好々爺ですけど、おばあさんと一緒に媛巫女という存在を守ってるんだって。表向きはおばあさんが媛巫女だけど、おじいさんがいてこその媛巫女なんだって。おじいさんが全力でおばあさんを守っている、だからこそおばあさんは媛巫女でいられるんです。だから俺は、カズちゃんを守れる盾になろうと思います。」
以前、谷見は神が信じられるのか、と聞いてきたことがあった。現実主義の塊のようなやつだったはずだ。
「お前、非現実的なことは信じないんじゃなかったのか?」
「非現実的な話ではあります。でも、今まで多くの日本人が信じてきたということは、信じるに足るものがあったということですよね。それが現実に存在するものなのか、心の中にだけ存在するものなのか、そんなことはどうでも良くなってきたんです。」
「どうでも良くなってきた?」
「カズちゃんは媛巫女。俺は、その彼女のことを、全力で支えるだけです。」
「そうか……。」
「それに、覚悟を決めて一線を越えた人は、俺にはわかるんです。あの儀式のときに、太陽に照らされたカズちゃんと目があった瞬間、俺、鳥肌が立ちました。神々しいってこういうことかと思って、身震いしました。今までに見たことのないカズちゃんだった。同時に、この人を、媛巫女という存在を、俺が守っていくって決めたんです。
儀式のあとのカズちゃんは、いつものカズちゃんだったけど、いつものカズちゃんじゃなかった。これから一生媛巫女として生きていくんだ、毎日が修行で、人のそばに寄り添って、神様と人間の橋渡しをする、特別な存在になったんだって感じました。俺は、ずっと彼女のそばにいたいと思った。
それから、その時に気付きました。小郡さんたちが、カズちゃんとの関わり方に関して一つの覚悟を決めたことも。だから俺は、自分も成長しながら、彼女を守っていく。小郡さんは協力してくれるでしょう?」
谷見は、やけに自信満々だ。
「ああ、もちろんだ。」
そう答えた俺に、谷見は笑ってみせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます