第13話 前夜祭

 3月の中旬。桃の節句も終わり、富木さんに時間ができたので、久々に女子会を催すことにした。テーマは、春。

 綾音は、買ったばかりのピンク地に桜の花びらを散らした柄のスカートと、白いベーシックなブラウスに、クリーム色のニットの羽織りもの。

 俺は、綾音から借りたミントグリーンにフリルとレースのついたワンピース。

 富木さんは、先日谷見のお母さんから貰ったコーディネートで揃えてきた。チュニック丈のシャツをベルトでウエストマークして、ワイドパンツ。彼女の体型や雰囲気によく合って、大人っぽい。綾音の「かわいい、ふんわり」、とちょっと違って、スッキリした感じのシルエットだ。色は綾音のパステルカラーより、ちょっとはっきりした色使いのほうが似合う。肌の色や、背の高さ、スタイル、顔立ちでも変わってくるのだろう。

 三人の女子会では、カズキ、アヤネ、ハル、と呼び合うのがお約束。この時ばかりは、服も、言葉も女子になれる。俺の乙女心が満たされる大事な瞬間だ。

 乙女としては、たまには男っぽくキリッと決めたアヤネに抱かれてみたくなる気もする。他の人はやはり嫌だ。男の人は論外だし、アヤネ以外の女に抱かれるのも嫌。もちろん、俺のお仕えする姉妹は別だが。


 綾音が先制攻撃した。

「ねえねえ、谷見くんとのお付き合い、どうなってるの?」

「えーっと、女子会ってどこまで明かすものなのかな……。」

 と迷いながら、カズキが答える。

 わかったのは、谷見がキス魔で、膝枕が好きだということ。

 それから、決まった場所にいつもキスマークをつけてくるということ。

 それも、消えそうな頃になるとまた同じ場所につけるらしい。こだわりの場所、ということだろう。


「ねえねえ、どこ?」

 アヤネが聞き出そうと必死になっていると、カズキが自分を抱きしめながら後ずさりした。

「えー? まさか、む、胸!?」

 フルフルとカズキが首を振る。

 閃いた。

「もしかして、肩口のところじゃない?」

 と言うと、カズキの顔が一瞬で赤くなった。

「なんで……。」

 オタオタしているカズキの姿は、最近では珍しい。

「だって、カズキの左手が右の肩にピッタリくっついてるし、普段もたまに触ってるよ?カズキってばわかりやすいよね。」

 俺が指摘すると、ますます赤くなる。

「あーっ! そういえばそうだね!! 谷見くんと一緒じゃないときは、よく触ってる。」

 綾音が同意する。

「カツくんがね、………………って…………。」

「ん? なに?」

「……俺の代わりに自分で抱きしめててくださいって……。」


「キャーーーーー!! 谷見くんってばそんなかっこいいこと言うのーー!? ただのオタクじゃないんだね! 見る目変わりそう!!」

 綾音が足をバタバタさせる。

「カツくんはオタクじゃないもん! 人より探究心が強いだけだもん!」

 二人の言い合いを聞きながら、俺はいつものように昼食の支度とおやつの準備だ。さあ、今日は二人に何を食べさせてあげようか。そう思いながら俺は白い新婚さんエプロンを身に着けた。




 シーフードがあったので、昼食に作ったのはパエリアとサラダ。下ごしらえさえしっかりすれば、手間はかからない。

 アヤネの家の台所の器具を使うのも、もうお手の物だ。どの道具がどこにしまってあるか、熟知してしまった。

 パエリアが炊き上がるまでは、女子同士のおしゃべりの時間だ。


 綾音は、最近のカズキの表情が気になっていたようだ。人の表情を読むのがうまい綾音のことだ、ひっかかることがあったのだろう。

「カズキ、何が気になってるの?」

 カズキも、女子会では素直におしゃべりをしてくれる。

「……あのね、カツくんは頭もいいし、決断力もあるし、私が縛っちゃいけないんじゃないかって。」


「彼は、縛られてるとは思ってないと思うよ。」

 俺が言うと、カズキは不安そうな顔になった。


「私は日本の神様にお仕えする身だし、若媛巫女になったら、一生媛巫女でいるわけでしょう? でも、カツくんはきっと広い世界でお仕事する人だと思うの。

 彼は、世界を股にかけて活躍する人だって。

 私の存在が邪魔になったりしないのかなって、心配なの。

 例えば研究だって、海外のほうが進んでたりするじゃない? ビジネスだって、海外のほうが有利なこともあるでしょう?」


 それを聞いて、アヤネが言った。

「カズキはさ、谷見くんの隣を他の女の人が歩くのは嫌だって言ってたじゃない? だから、あんなにセキュリティを気にしてたカズキが、スマホ買って、谷見くんのそばにいようとしたじゃない? 好きっていう気持ちを自覚したあと、長い時間かけて、谷見くんにちょっとずつだけど近づいてったじゃない? それって、すごいことだよ。

 もしカズキが谷見くんと住む世界が違うとか、自分が谷見くんにふさわしくないとか思ってるとしたら、それは間違ってる。」


「間違ってるのかな……。」


「だって、カズキが谷見くんに必要かとか、ふさわしいとか、釣り合ってるとか、決めるのは谷見くんだよ?」


「どういうこと?」


「谷見くんにカズキが必要かどうか、決めるのは谷見くんだよ。必要だから、一緒にいるんだよ。逆に、カズキにとって谷見くんが必要なのか、谷見くんのことが大切なのか、決めるのはカズキでしょ? 自分に必要じゃないって思ったら、そこでお別れするだけだよ。

 谷見くんのためを思って身を引くとか、そんなの愛情でもなんでもなくて、ただの自己満足。カズキは考えすぎなんだって。」

 俺も、思わず口を出した。

「あたしもそう思うよ。あたしとアヤネはね、お互いがお互いのこと絶対的に必要だってわかってるから、楽なんだよ。有る意味、同士なの。だから、クラスメイトだっていうだけで、お互いのことあまり知らないままこんな関係になって、それから関係を深めていったの。

 カズキたちは、未来も、相手の気持ちも目には見えないから大変だと思う。でも、だからこそ、相手にとって必要な人、ふさわしい人、魅力的な人になろうとする努力ができるって、羨ましいよ。」


「そう……かな。」


「逆に、カズキのこと重荷だったら、そんな独占欲むき出しの、キスマークずっとつけるとかできないって。自信持ちなよ。」


「うん……。」


 煮え切らないカズキに、アヤネが激を飛ばすように言った。

「あーもう、じれったい!

 カズキ、いい? りぴーとあふたーみー、おーけー?」

「い、いえす。」

「私は、立派な媛巫女になります! さんはい!」

「私は、立派な媛巫女になります……。」

「声が小さい! やり直し!!」

「私は立派な媛巫女になります!」

「じゃあ、今度はこう。

 私は、誰よりも魅力的な女の子になります! さんはい!」

「私は誰よりも魅力的な女の子になります!」


 そう言わせて、アヤネはカズキに言った。

「立派な媛巫女になるのと、魅力的な女の子になるのは、矛盾しないよね? ってことは、魅力的な媛巫女になっちゃえば、解決なんじゃないの?

 たとえ一時的に離れ離れになることがあっても、カズキが谷見くんにとって大事な存在だったら、心配ないよ。谷見くんが離れられないような、すっごく魅力的な女の子を目指そうよ。そうしたら、媛巫女としても、魅力的だと思うんだ。弱々しくて守ってあげたくなるような女の子もいいかもしれないけど、カズキの立場ではそれじゃダメでしょ? 次の世代に媛巫女の教えを受け継いでいくんだったら、自分をしっかり持ってなきゃ、ね? そんな考え方して勝手に不安に陥ってたら、神様にも谷見くんにも失礼だよ。」

「……うん。そうだね。自立した、かっこいい女性を目指してみる。ありがとね、アヤネ。」

「万が一遠距離恋愛になっても、『会えない時間が愛育てるのさ〜♪』って、昔の歌にもあったでしょ? だから、あまり先のこと考えないで、今できることを、お互いに精一杯やればいいんじゃないかな。それにしても、道に迷わないカズキでも、恋の道には迷うんだねー。あたし、嬉しくなっちゃった。」


「さて、そろそろパエリアが炊き上がるよ。二人のために腕をふるったんだから、楽しい気持ちで食べてくれなきゃ怒るからね?」


 そう言って、俺はテーブルセットを始めた。




 食事のあとは、カズキが持参した、谷見のお母さんからのプレゼントの化粧道具を使ってお化粧の研究会。特に綾音は、元美術部のエースの血が騒いだのか、目をキラキラさせていた。

 肌に合う色のファンデーション。ちょっとピンクがかった肌の色、オークルがかった色、健康的な色。それに、顔立ちに映えるチークやアイメイクの入れ方。こんな感じに入れると可愛い感じだよね、こうすると大人っぽく見えるよね、ときゃあきゃあ言いながら試してみる。

 最後は、一番大事なルージュ。ピンク系、ローズ系、オレンジ系、ベージュ系、レッド系。いろんな色を試してみた。パレットの上で、綾音が楽しそうに色を混ぜる。

 今日のテーマは春だ。春らしい服に春らしいメイク。着ているものにも違和感がないように、美容師さんの言うとおりそれぞれの服の色をメイクの一部に使うのも忘れなかった。

 カズキの気持ちもほぐれたみたいだし、美味しいものも食べられたし、メイクの練習もできたし、今回の女子会は大成功だ。



「明日から頑張ってね。」

 明日から、私の若媛巫女就任のための準備が始まる。

 アヤネが気を使ってくれたのがうれしい。

「気楽に行こっ!」

 ハルはいつも無理やり付き合わされてる気がするけど、きっと嫌じゃないんだよね。

 女装させられるのは恥ずかしいに違いないだろうけど、それでも好きなアヤネのために頑張っている。

 恥ずかしいかもしれないけど、照れくさいかもしれないけど、それでも嫌な顔を見せてはいけない。

 ハルは体を張って私にそう教えてくれてるんだ。

「うん!」

 笑顔で答えることにした。

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