第11話 成人式
新年会から一週間後。あの潜入捜査官ごっこのあと外で女性らしい格好をするのは、今日、成人式のワンピースが初めてだ。カツくんは年が一つ下だから、彼を除いた3人は成人式。カツくんは、また車で3人を送り迎えしてくれてるけど。
私のワンピースは、綾音と一緒に買いに行った。ウエストをブラウジングしたデザインの、濃いめのベージュのワンピース。落ち感のある素材で、程よいゆとり感のあるシルエットがエレガント。スタイルよく見せてくれる。大人っぽくて、綾音の服とは違う、シンプルなライン。アヤネは、
「和希はほっそりしてるから、モデルさんみたいだね」
と言ってくれた。
小郡さんは黒い紋付き袴を着て、高校のときの同級生と話すのが楽しみみたい。なんか、義兄弟の契りを結んだ仲だって。
「桃園の誓い?」と聞くと、
「まあそんなもんかな、男の付き合いだよ」と言って笑った。
横から「きれいなお姉さん……」というアヤネの声がすると、慌てて
「シーーー!!」
と口止めをする。見ていて微笑ましい。
アヤネは豪華な振り袖。
「アヤネもお友達と会うの楽しみだね」と聞いたら、
「そうだね、同窓会もあるし、いっぱい話したいこともあるなあ。」と言って、楽しそうにしている。
今まで私はこれといって友達を作らないできた。むしろ作らないようにしてきた。
二十歳になって、成人式を迎えて、でも昔話をするお友達も、同窓会に呼ばれることもないなんて、ちょっと寂しい気がする。
「じゃあ、同窓会楽しんできてね」
と言って綾音と小郡さんと別れると、カツくんの車に乗ったまま、自分の成人式、隣の市へ向かう。
運転の練習に付き合ってきたお陰で、カツくんの車の助手席はすっかり私の指定席になってしまった。
いつも一緒にいるのも普通になっちゃったけど、ワンピースなんて、彼の前で女性の格好をしてるのが気恥ずかしい。
一人で成人式はハードルが高いけど、「修行!」とおばあちゃんに言われて、実は渋々参加する。
ワンピースも、おばあちゃんから「修行!」と言われなかったら着なかっただろう。
修行を始めてから、おばあちゃんは厳しく、真剣に接してくれる。付け焼き刃でできる仕事じゃないから、おばあちゃんも真摯に教え導き、私も必死でそれについていこうとする。
確かに、神社では人に接する機会が多いから、人に慣れるのは必要だ。
綾音の主催する女子会のお陰で、メイクにも慣れたし、女性らしく見える仕草、歩き方なんかも、小郡さんと一緒にアヤネに教わった。これも、知らない間に少しずつそういう修行をしてたってことなのかな。
「カズちゃんのワンピース姿、イイっすね。」
二人になった途端、カツくんがいう。
「そんな、お世辞はいらないよ。いつもの感じと違って、目新しいだけだよ。」
「いや、今日迎えに行ったときに思ったんすけど、ショートカットにシンプルなワンピースで、凛々しくて、今まで見たことのないカズちゃんで。」
「そりゃ、カツくんの前で女装するの2度目だもん、見たことないのは当たり前だよ」
「それでも、大学にいるチャラチャラした女とは全然違う雰囲気なんすよね。大人の女性って感じで、距離を感じるっていうか。お化粧もしてるし、髪もセットしてるし、アクセサリーも。」
「何言ってるの、格好が違うだけで。私は、カツくんの知ってる私と変わらないよ?」
それから、カツくんは会場に到着するまで黙ってしまった。
私、何かおかしいこと言っちゃったんだろうか。ちょっと心配になる。
……そうか、カツくんにとって、カズちゃんである私はずっと性別不詳の富木和希なんだ。
一本のコーヒーを半分づつ飲む仲になっても、お互いに食べ物を食べさせ合う仲になっても。たぶん、これからもずっとそうなんだろう。だから、カツくんはきっと女性としての私を見て、戸惑ってるんだ。きっとそうだ。気分が暗くなってくる。
「じゃあカズちゃん、そこの駐車場で待ってるから。迷子になっちゃだめっすよ。」
「ありがとね、カツくん。行ってくるね。」
会場の外は、人でごった返していた。スーツを着た男性、振り袖を着た女性。マタニティのお腹をさすっている女性、その子を大事そうにエスコートしている男性。久々に会って大騒ぎしているグループ。
みんな、私と違う世界の人みたいで、距離を感じる。
カツくんが言ってた、距離を感じるって、こういうことだったのかな。
カツくん、見慣れない私を見て、戸惑ったのかな。
とりあえず会場へ入って、一番端の席を確保する。会場の装飾もきらびやかで、成人した若者を祝う気持ちがこもっている。
人の心は直接見えないから、主催者はこうして形で表さないと若者には伝わらないんだ。
でも、肝心の受け手の若者には、ちゃんと伝わっていない気がする。
じゃあ、目の前の人に一つの形式、一定の言葉で、心を伝えるためにはどうしたらいい?
あなたの幸いを祈りますと、決まった型に則って伝えるためには、どうしたらいい?
式が始まって、市長さんや議員さんの話を聞きながら、考えた。
ここにいる若者たちにとっては、ただのおじさんたちの偉そうな訓示だ。ほとんど聞いている子はいない。それは、こちらが「偉そうなおじさんたち」だと思っているからこそ、偉そうな訓示だと感じるのだ。
この「偉そうなおじさんたち」も、決まった型に則って祝いの言葉を述べている。だとすれば、「媛巫女」の言葉だったら、決まった型だからといって、こんな風に言葉を流してしまうことはあるのだろうか。
神社を取り仕切る「媛巫女」の言葉だからこそ、受け手にとっては重いものになるはずだ。
気持ちを込めて、真摯に祭事にあたる重要性を改めて思い知らされた気がした。
同時に、心の芯がまっすぐにスッと伸びた気がする。
式が終わり、人混みを避けながら、カツくんの待つ駐車場へ向かう。
私は、迷うことなくまっすぐカツくんの車の窓を叩いた。
カツくんは、私のために体を伸ばして、助手席のドアを開けてくれた。
「カズちゃん、なんかあったんすか? スッキリした顔してる。」
やっぱり、この人の目をごまかすことはできないな。
「あのね、式に出て、いろんなことに気づいたよ。」
カツくんは驚いた顔をしていた。
「ちゃんと、心構えができた気がする。」
それで、彼には通じたみたいだ。カツくんは、少しニッコリした。
私の家に着くまで、静かで暖かくて、居心地の良い空間がそこにあった。
☆ ☆ ☆
「そういえば、この後、晴人の家に誰かいる?」
成人式が終わって帰ろうかという頃、綾音が唐突に聞いてきた。
「え? 誰も居ないけど?」
「じゃ、今からお邪魔するから。」
「え? そのままの格好で?」
「そうだよ。」
綾音、何考えてるんだろう?
「咲って覚えてる? 高3で同じクラスだった、あの小柄な子。」
ああ、そういえばいた、ような。
「実は富木さんのところのお客さんだったんだけど、ほんと狭い世界だよね。
で、咲の家で着付けしてもらったんだけど、実は頼んであるんだ。今日一日貸して欲しい、明日返すからって。
いいよ、って言ってもらったよ。」
「おい、もしかして……。」
「そう。晴人に脱がせてもらって、そしてハルに振り袖を着てもらうんだ。難しいから襦袢の上に羽織るだけかな?」
「もしかして、全部話した?」
「二人きりで写真撮りたい、って言っただけ。変に汚さないから問題ないよ! って言ってたら、複雑そうな顔してたけど、まあいいか。」
彼女、どんな想像をしたんだろう。
かなり生々しい光景が頭のなかに浮かんだんだろうけど、綾音も少しは自重して欲しい。
本当は恥ずかしいことなのだろうけど、男として振袖を着ることができるのは貴重な経験だ。このチャンスを生かさないと後々まで公開するに違いない。巫女装束もいいけど、女の子の晴れ姿を体験できる機会を用意してくれたことは、綾音に感謝しないといけない。
「顔が赤いけど、もしかして興奮してるの? 変態。」
「そんな変態に育てたのは綾音だろ?」
「だいじょうぶ。否定したい気持ちはわかってるから。」
家に入ったとたん、綾音が言い出した。
「晴人、振り袖脱がせてくれる? 帯、自分ではずせないもん。」
振り袖の帯結びは特殊だ。未婚女性の第一礼装だけあって華やかさを追求してるから、飾り紐が使ってあったり、ひだが入っていて、確かに大変そうだ。結ぶのも大変だっただろうが、ほどくのにも力がいる。
「えーっと、こうなってるのか。結構しっかり締めてあるね、苦しくなかった?」
「結ぶときに苦しくない方法を習ってたから、大丈夫。でも、着映えする顔立ちだからって、着物も帯もすっごく豪華なのを選んでくれたから、重いんだよね。」
「そうだね、金銀の刺繍がたくさん入ってて、帯もしっかりしてるし、振り袖も生地がしっかりしてる。普通の振り袖というよりも、薄めの打ち掛けみたいな感じかな。これは重そうだね。」
綾音に足を踏ん張ってもらい、力を入れて帯を解きながら、話しかける。
「そう、金箔も、刺繍も。咲の気持ちは嬉しいんだけど、正直いうと重かったんだ。ありがとね、晴人。帯が外せれば、あとは自分で脱げるよ。」
綾音が振り袖を脱いでいる間に、俺も手際よく羽織袴と長襦袢を脱いでいく。
「さて、晴人も脱がせてあげる……って、もう脱いじゃったの!?その上、肌着はステテコだし!」
「だって、男物なんて簡単なもんだよ。羽織と袴脱いで、着物と長襦袢を脱げばいいだけだからね。腰ひも一本で締めてあるだけだし。それに、ステテコって言うけど、男子が裾よけや湯文字付けるわけにはいかないでしょ? じゃあ、長襦袢から交換するか。」
「えーー、肌着からがいい。私もステテコはいてみたいー!」
綾音が駄々をこねる。頬を膨らませた綾音は、ちょっと幼く見える。
「だって、綾音は肌着の上から補正のタオル巻いてるでしょ。俺は寸胴体型だから振り袖着るのに補正いらないし、綾音は男物着るのにも補正がいると思うよ。」
綾音は諦めたように肩を落とした。
「むう。しょうがない、今日は長襦袢から交換ね。そうだ、今日の補正はね、高3のときみたいに胸の下からタオルじゃなくて、胸もタオルで潰したんだよ。また胸が大きくなったみたい。正装だから、着姿が美しくないといけないからって。」
「もみがいがあるよね、綾音のおっぱい……。俺としては嬉しいけど。」
「晴人はおっぱい星人だもんねー。」
「他の男が、夏場に綾音の胸元をチラチラ見てたんだよな。今考えても腹が立つよ……。さて、俺の長襦袢、これね。」
「はーい。普通にはおって、晴人に紐結んでもらえばいいね。で、着物と帯がこれで、これが袴、っと……。男性用の帯って細いんだね。」
「まあ、女性みたいに華やかに結ぶ必要もないしね。」
「じゃあ、私も長襦袢脱いじゃうね。」
綾音がスルスルっと伊達締めと腰紐をはずし、長襦袢を肩から滑り落とした。
足元から、赤い布が見える。
「……あれ? 綾音、赤い裾よけしてたの!?」
「うん。ママが、少しは色気も出さないと彼氏にふられるわよって、買ってきたの。」
赤い裾よけ……。想像していたよりも煽情的だ。
「いいね。色っぽいと言うか、艶っぽいというか。」
綾音がもう一度長襦袢を肩から羽織って、俺のベッドに横座りになってみせる。
「ね、こんな風に横座りになって、長襦袢の胸元を少しはだけて、赤い裾よけからふくらはぎ見せたりすると、どう? 」
色っぽい。若さと、無邪気さと、大人の色気が混ざった、なんとも言えない感じ。
「鼻血ものだね。かわいいって言うより、大人になる直前の若い色気っていうか。」
「ふふーん、羨ましいでしょ。」
「いや、そんなことないし!」
「無理しないでいいよ、今度貸してあげる。」
「//////。」
「あ、男子はふんどしだね!」
「!!!?」
「晴人のふんどし姿、美味しそうだよね……。ステテコよりは確実にいいと思うんだ。そのうち、つけて見せてくれる?」
でた。綾音の、必殺おねだり光線。首を少しかしげて、口を尖らせる。いつもの強気の綾音もいいけど、こんな綾音もグッと来る。そして、嫌だと言えなくなるのだ。
それ以上に、この綾音の提案を飲みたくて仕方ないのは、やはり姉妹の好みだからだろう。
「……いいよ。」
ああ、言ってしまった! 姉妹の思い通りじゃないか!! まあ、正直言うと、俺も付けてみたいけど。
家でのデートで巫女ごっこのときは、定番になりそうだな。
「それにしても、どうやって調達するかな。」
現実としてちょっと考えて口にすると、綾音が何事も無さそうに言った。
「任しといて、私にはミシンという強い味方がいるんだから! 和裁って、基本的に直線縫いでしょ? 材料は手拭いとか、それくらいの幅のがあればいいし、形も単純だと思うんだよね。」
ノリノリの綾音には何も言えない。彼女の頭の中は、ふんどし作りでいっぱいのようだ。
それはともかくとして、エアコンが入っていると言っても何か上から着せないと、綾音のからだが冷えてしまう。 女子には冷えは大敵だ。
俺は、いつも使っている巫女セットの中から半幅帯を持ち出して綾音に声をかけた。 赤い裾よけで思い出した光景がある。
「……ねえ、綾音、ちょっといい? 俺の長襦袢着てくれる?」
「いいよ? もともとそのつもりだし。袴も着せてくれるんでしょ?」
「一回、試させてほしいんだ。着物の代わりに俺の長襦袢着て、とりあえず、巫女セットの半幅帯を結ぶね。女の子っぽくウエストのところで結ぶよ。」
「うん。試すって、私で遊ぶつもり?」
「きっと綾音も気に入るよ。さて、長襦袢と帯はよし。じゃあ、俺が後ろに回るから、綾音は長襦袢の裾を両方に広げてみて。」
「こう?」
「そう。真ん中とって後ろにめくるよ。……はい、できた。鏡見てみて?」
俺の長襦袢の裾がめくれて、赤い裾よけが覗く。
「え? 後ろ、めくって帯に挟んでる? 裾よけが丸見えだよね。」
「そう、尻っぱしょりっていうんだ。これに、……こうやって、紐で袖をたすき掛けにするだろ? で、手拭いであねさんかぶりして、……できたよ。イメージはこんな感じで伝わるかな?」
「あ、田植えしてる女の子!!」
「そう。こんな風になってるんだよ。こうすると、赤い裾避けもかわいくなるよね。」
「これだと、田植えしてても着物の裾も汚れなくていいね。男の人は尻っぱしょりしないの?」
「するよ? あとで、袴の時にやるからね。じゃあ、男物の着付けしようか。一旦、帯と腰ひもをはずして、長襦袢を着せ直すからね。」
「なんで? 腰ひも、このままじゃだめなの?」
「男物は、もう少し下で結ぶんだ。おへそのあたりかな。」
「そうなの!?」
「ここが、一番安定するんだよね。女性用の着物を着るときは、ここで裾の長さを決めて、真ん中でおはしょりをとって、身八口を使いながら、胸ひもで胸元とか、衣紋とか、上半身を決めるだろ? 男物の長襦袢も女物の着物も、腰ひもはこの辺りで結んだ方が、体を動かしてもずれなくていいんだよ。それに、男物は女物と違って胸元を決めなくていいから、紐は腰の一本ですんじゃうんだよね。」
「だから男の人は補正要らなくて、対丈なんだね。」
「そういうこと。さあ、着物着て、帯までいこうか。長襦袢の袂を持っててね。」
「わかってるよ。よいしょっと。あれ? いつもと違う感じ?」
「そう。身八口がないから、女の人には着づらいかもしれないね。じゃ、帯まで結んだから、尻っぱしょりするよ? 最初は着物の裾広げてね。 ……そう。今度は、長襦袢。最後は裾よけ。」
「えー、裾よけも?」
「これやらないと、袴つけられないよ? 袴の邪魔だしね。」
「むう。仕方ない、はい、広げたよ。」
「オッケー。めくるからね。……さあ、できたよ。」
「……なんか、パンツまで丸見えじゃない。」
「仕方ないよ、素足で履いてるんだから、そういうものだよ。」
綾音が 気づいたように言い出した。
「ねえ、晴人ってさ、着物にすっごく詳しいよね。」
「ああ、そのことか。綾音のために勉強してるんだよ。」
「なんで私のため?」
「巫女装束もそうだけど、綾音は自分じゃ着れないでしょ? だったら、俺が着せるしかないじゃない?」
「まあ、そうなるよね。」
俺は、綾音の前に袴を広げながら言葉を続ける。
「せっかくなら、巫女装束以外にも、いろんな着方ができると楽しめるでしょ? それに、綾音の家では女性の洋服を綾音が教えてくれるから、こっちでは和装で楽しめるといいと思って。」
「帯結びとかも?」
「もちろん! 今年の花火大会は、俺が着付けてあげるよ。」
そう言いながら俺は、パンツが丸見えの綾音のおしりにふうふうっと息を吹き掛けた。
「はーるーとーー!! あとで覚えてなさいよ!?」
「ごめんって。でも、時代劇で見たことある格好でしょ? あれはナマ足じゃないけど。」
「そうだ、お年寄りの道楽世直しに付き添わさせられてる、お供の人! こうなってるんだね。」
「あれは旅だから、もも引きはいてるけどね。 袴のときは、下にステテコ履くんだよ。綾音は今日はステテコないから、そのまま履かせちゃうね。」
「わかってるよ。履きかたは巫女袴と同じね?」
「そう。違いは、股があるだけだね。でも、股がある方が動きもかっこよく見えるんだよ。」
手早く袴を履かせながら、話は続く。
「着物の裾をからげてるから、動きやすいね。スキップもできそう。裾の位置の決め方は巫女袴といっしょ? でも、帯の位置は女物より低いよね?」
「男物だからね、袴も腰で履くんだよ。貫禄が出てくるとかっこよく着れるようになるんだ。じゃあ、袴の紐を真ん中でかっこよく結んで……出来上がり! それじゃ、俺が振り袖着るまで待っててね。」
「……。」
「……何してるの、俺が四苦八苦してる横で。」
「ん? スマホでふんどしの研究。」
「もう!?」
「いずれ晴人は綾音特製のふんどしをすることになる訳でしょ? 形としては、越中ふんどしが好みなんだよね。私も、捲ったりして遊べるし。でも、もっこふんどしも捨てがたいなあ。紐パンみたいな感じなんだって。」
「//////。」
「赤か白かなら赤がいいよね。私の裾よけとお揃いで。でも、スタンダードに白も捨てがたいかぁ。ふんどしに尻っぱしょりの晴人、美味しいだろうな。ね、何して遊ぶ? 」
「……そういえば綾音、知ってる? 今、ふんどし女子が流行ってるらしいよ? 」
「はい……? 」
思いがけない一言だったようだ。試しに、「ふんどし」「女性」で検索させてみると、ずらりと画像が並ぶ。男物と違って、カラフルで柄物も多い。俺としては、こっちのほうが心を惹かれる。
「どうせなら、お揃いのふんどしでもいいんじゃない? これとか、かわいいよね。」
「……わかった、お揃いね? じゃあ、生地も肌に優しくなきゃだめだよね。生地準備するから晴人も手伝いなさいよね。」
「わかってるよ。柄も一緒に選ぶからね。」
色や柄、素材はガーゼがいいとか、いろんなことを話し合っていると、突然綾音が言い出した。
「あっ! ……エヘヘ、いいこと思いついた。晴人、早く振り袖羽織ってよ。」
「?」
「いいから!」
「はいはい。……女性用の長襦袢、やっぱり襟元から豪華だよね。刺繍の付け襟だし、ちょっとだけ見せるこんなところからおしゃれだなって思うよ。」
「そうだよね、大事なおしゃれっていうか。顔の回りのおしゃれっていいよね。顔映りも違うし、ネックレスみたいな感じで。」
「襟を抜いて……伊達締めをして体のラインを整えて、長襦袢は完了。対丈だから、そんなに難しくもなかったけど、あとは振り袖だな……。」
困った。振り袖は、綾音に着せるのはシミュレーションしていたが、自分で着る想定はしていなかった。意外と生地が重く、袖が長くて動きづらいこともあって、紐を結ぼうとしても生地が滑り落ちてしまう。
「どうしたの?」
「ごめん、綾音、振り袖着たいんだけど……。手伝ってくれる?」
「いいよ? どうしたの?」
「袖が長いし、生地が重くてうまく着れないんだよ。長襦袢までははうまくいったんだんだけどな。袖が邪魔して、うまく決まらないんだ。ここ、押さえとくから、腰ひも結んでくれるかな。」
「いいよ。こうして、くるっと巻き付けて、きゅっと縛ればいいよね。」
「ありがとう。で、裾を決める、と。 で、胸ひも……。うーん、やっぱり、振り袖って着せてもらうものだね。どう頑張っても、ほら、きれいに着れないんだ。」
上半身がグダグダの姿を綾音に見せることになった。これはこれで悔しい。
「……へへへ、いいよ、それで。」
「なんで? 」
「一旦振り袖脱いで、長襦袢の上から半幅帯結んで? 巫女セットのでいいから。」
言われるとおりに、長襦袢の上から半幅帯を結ぶ。
「こう?」
「そう。で、せっかく豪華な振り袖だから、打ち掛けみたいにはおってみよう?」
「……こんな感じかな。」
「そのまま部屋の中ウロウロして見せて?」
2〜3歩歩いて気づいた。
「あ、大奥!!」
「ね? いいでしょ? あたしが
「だったら、襟先をこうやって持って、歩き方も気を付けないと! ちょっと待ってて、ウイッグ出してくる!!」
俺は、羽織っていた振り袖を一度脱ぎ、シワにならないように軽く袖だたみにしてベッドの上に置くと、クローゼットの前に立ち、扉を開けた。
姉妹とのプレイのためにいくつかウイッグが入っている、綾音にも見せていなかったクローゼットだ。気づくと後ろから綾音が覗き込んでいたが、そんなことにかまってはいられない。
「おかっぱ……よりもロングストレートかな。ウェーブは論外。あ、ポニーテールのほうが雰囲気が出るか。」
嬉々として選んでいると、横から綾音が一緒に選びだした。
「そうだね、大奥ごっこだったら、ポニテかな。クラブのチーママとかなら、こっちのウェーブだね。巫女ごっこは、超ロングストレートを後ろで縛るとちょうどいいよね。晴人コレクションも使って、これからいっぱい遊べるじゃん。」
目をキラキラさせている。本当に嬉しそうだ。
「晴人、今度は、これ使って遊ぼうね。そうだ、服も揃えなきゃ。」
「今日は大奥ごっこでしょ? あとはちょっとずつ揃えていこうよ。」
「まずはふんどしから作るね。」
ふんどしのことは忘れてなかったらしい……。
その後、ウィッグをつけて振り袖の裾を引きずり、
「はる、と申します。」
と初々しく言ってみたり、
「上様、なりませぬ。これは、将軍家のしきたりにございます。」
などと大奥総取締役のように言ってみたり、長襦袢姿に伊達締め姿で、ベッドの上に横座りになり
「上様……?」と体をすり寄せて綾音に迫ってみたり。
そうしていると、綾音の様子がおかしくなってきた。
「ささ、上様、一口お飲みなさいませ。」
と色っぽくお茶を勧めてみると、さらに挙動不審になって、真っ赤になっている。
「もしかして綾音、男の人扱いされて女の人に迫られて、恥ずかしがってるの?」
「う……うるさい! 晴人が迫ってくるからいけないんじゃない!!」
図星をついたようだ。綾音がオタオタして、挙動不審になっている。
「だって、俺は綾音に習ったとおりの仕草をしてるだけだけど?」
思わずニヤニヤしてしまう。綾音の弱点はこれか!
「俺に女装させて楽しむなら、綾音も俺の相手してくれなきゃフェアじゃないよね?」
綾音がさらに赤くなる。
いつも自分から積極的に迫ってくる綾音のことだ、慣れない状況に戸惑っているに違いない。
よし、今回は俺の勝ちだ!!
豪華な振り袖と羽織袴姿で、日が沈む頃まで綾音と二人で散々楽しんで、その日はお開きにした。
綾音の家では、これから成人のお祝いの宴会だそうだ。帰っていく綾音の後ろ姿を見送ったあとに残ったのは、一人で過ごす空間。さっきまでが楽しかった分、一人でいるこの家は寂しさが募る。
でも今夜は、きっと姉妹が一緒に祝ってくれるだろう。姉妹と一緒なら、振り袖もきれいに着られるだろう。3人で楽しむ振り袖はどうしようか。今日の成人式で見た女子の振り袖を思い出し、夜伽の時の自分の姿を想像し、姉妹とのプレイを楽しみにしながら夜を待つことにした。
やはり、お正月とは違う柄がいいよね。
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