第10話 新年会

 成人式を一週間後に控え、谷見の家で新年会という話になった。谷見のお母さんが腕をふるってくれるという。俺にとっては、久々の「家庭の味」だ。いつもは自分で作って、自分で食べる。両親とも家に帰ってこない、バラバラな家庭である上に、親がたまに帰ってきたかと思うと母親がとてつもないアレンジャーで、一度たりとも食べられるものを作ったことがないからだ。綾音もそれなりに料理はできるけど、特に得意というわけではない。神様姉妹はアドバイスをしてくることもあるけど、結局作るのは俺だ。よその家の「家庭の味」を楽しみにしている自分がいる。4人で食べられるのも楽しみだ。

 俺と綾音と富木さんは二十歳を迎え、アルコールも飲める。谷見はまだ19歳だから、アルコールの入った俺たちを車で送り迎えしてくれるという。他のことに関してもしっかり気づかいのできるやつだ。それだけでも、谷見が温かい家庭で育ったのがわかる。


 新年会の日。俺たちは谷見家にお邪魔した。一軒家の二階建てで、駐車スペースが2台分。一台停まっているのは、いつも谷見が使っている車だ。

 お母さんはきれいで優しそうな、包容力のありそうな、でもテキパキしてそうな、おしゃれな印象の女性。手土産を渡して一人ずつ自己紹介をしたが、一瞬、富木さんを見る目が細くなった気がした。


 ☆ ☆ ☆


 年が明けて七草粥の行事が終わった日、夕食をカツくんの家で新年会として4人で楽しむことになった。カツくんのお母さんが料理を準備してくれるらしい。アヤネや小郡さんとも相談して、お邪魔することにした。


「はじめまして、よろしくお願いします。ボク、富木和希です。」

 そう挨拶をしたら、おばさまの目が細くなった気がした。

 覚えてる。この目、カツくんと初めて会った時の目だ。あの時、「君、女の子?」と、一発で見抜かれたんだった。また、見抜かれたんだろうな。カツくんは、お母さん似なんだろう。少なくとも、勘がいいのはきっとお母さん似だ。

 おばさまの作ってくれた料理は美味しかった。家では祖父母の体のことを考えて作る料理が食卓に上る。小郡さんの料理も何度か頂いたことはある。でも、おばさまの料理は、おしゃれで食べてしまうのがもったいない感じの見栄えだった。


 ☆ ☆ ☆


 リビングで出された料理は豪華だった。手で食べられる、パンの上に具が乗ったおつまみのようなもの、ガッツリ食べられるローストビーフ、ピラフ、女子向きにヘルシーなサラダ、そしてカットフルーツ。色使いも考えられている。

 一人でこれだけのものを作るのには、時間も、手間も、何より腕が必要だ。下ごしらえは昨日か、その前からしてあったに違いない。この俺が舌を巻く腕の持ち主だ。いずれは俺もこれくらいになりたい、と思ってしまう。上には上がいる、とはいえ、負けっぱなしなんて、プライドが許さない。いずれ、ご教授いただきたい。


 ☆ ☆ ☆


「お料理、すごいですね。」

「そーお? 褒めてくれてありがとう。」

「どうすればこんなにうまくなるんですか?」

「ひ・み・つ。

 と言いたいところだけど、どうしても知りたかったら後で教えてあげるね。」

「ぜひ聞かせてください!」

 おばさまの笑顔、何か裏がある。

 ちょっとしたいたずらをしているような、愛嬌がある、小悪魔的な笑顔。


「あれ? 勝明さんって一人っ子じゃなかったんですか?」

 飾ってある写真に、カツくん似の男の子が、カツくんと一緒に映ってる。

弘樹ひろきね。勝明のお兄ちゃん。世界中を旅してて、滅多に戻ってこないの。」

「道楽息子の弘樹は自称写真家と名乗ってて、いろいろと写真を送ってくるんだけど、高値で売れたって話はさっぱり聞かない。」

 ロマンスグレーの背の高い男の人が話に割り込んできた。カツくんのお父さんに違いない。

「そ、そうなんですか?」

 自称写真家って自称自宅警備員みたいなものなのかな?

「風景写真もあれば、町中のスナップショットもある。

 今は中欧にいるのかな?

 ビジネス街で通勤する勤め人の写真や、公園で食事をとっているOL。

 商店街の写真に、人が多い地下鉄の駅。

 人々の日常をテーマとした写真を送ってきた。

 中欧の前は東南アジアの大都市めぐり。

 一つ褒めるとしたら、観光客が記念に撮るような観光地の写真は一切送ってこないんだな。

 写真に何らかのメッセージが込められてるから、観光三昧の遊び人には落ちぶれたくない気持ちは伝わってくる。」

「勝明さんが伸び伸びとしていらっしゃるから、つい一人っ子だと勝手に思っていました。」

「ちょっと自由に育て過ぎちゃいましたかねえ。」

「若いうちに少しぐらい馬鹿なことをしておかないとな。これくらい年取っちゃうと、馬鹿なことをしてられなくなるって。会社潰しちゃったら、多くの人が悲しむからな。」

「え? 会社経営してらっしゃるんですか?」

「まあな。なんとかやっていけてるのは、ひとえに運が良かったからだ。多くのいい人とつながれた。人の縁はとにかく大事だ。」

 そ、そうなのか。


 ☆ ☆ ☆ 


 富木さんが谷見のご両親と話しているのをかたわらで聞いていると、谷見が育った環境がわかった。この家は、一人ひとりが独立してるんだ。それぞれがバラバラに、好きなことをしているように見えるけど、深いところで家族がつながっている。俺が育った家はそのつながりがないから、家族がバラバラで、つながっているはずの根っこがないのだ。会社経営している谷見の親が、谷見の兄貴が自称写真家という口実で海外で穀潰ししてるのを許すとは思えない。あれも、何らかの裏があるはずだ。


 食事が終わり、谷見の部屋へ移動した。富木さんはそのまま後片付けの手伝いをすると言って、リビングに残った。


 お酒が入り、みんながほろ酔い加減になった頃、谷見のお母さんが食後の後片付けをするというので、富木さんが手伝うと申し出た。他の三人は谷見の部屋に撤収だ。

「成人式の前のお祝いでもあるんだし、とっておきのワインも出しちゃうから、楽しんでねー。勝明、いっしょに食べれそうなものも適当に持っていってね。」

 谷見のお母さんは、少し綾音のようなノリの良さもあるような気もする。


 3人で谷見の部屋へ入ってドアが閉まると同時に、綾音が谷見に噛みつきだした。

「ねえ谷見くん、和希のことどう思ってるの?」

 ここでいきなり切り出すか。でも、今このタイミングしかないか。


 谷見の先輩が富木さんをゲットする宣言から一年近くが過ぎた。例の先輩は、富木さんに対してはすぐに興味を失ったらしく、今でもきれいな女性を侍らせている。それで、谷見は富木さんを狙う狼は皆無だと安心しきっているらしい。谷見の目には今まで通りかもしれないけど、実際、女子会のときの彼女を見ているとどんどん表情が豊かになって、よく笑顔を見せるようになった。コロコロと笑うのもしょっちゅうだ。

 普段は男装しているとは言え、実際は女性だ。少しは警戒した方がいいんじゃないかと心配だ。


 二人は少しずつ距離を縮めているようだが、お互いにこれといったチャンスは掴めずにいるようだ。周りから見ていると、いかにももどかしい。綾音から聞くところによると、一口大のチョコレートがけのアイスを「あーん」して餌付けしたり、飲み物を半分ずつ飲むところまでは成功したみたいだが、富木さんのアプローチはまるで届かないらしく、周りで見ている方が苛立ってくるほどだ。綾音は「やっぱり乗っかっちゃうしかないって!」と言っているが、そういうゆっくりした進み方も二人らしくていいかなあとも思う。


「ねえ? ちゃんと聞いてるの?」

 あーあ、やばい予感がする。綾音の目が据わっている。


「あのね、和希の事情、知ってるでしょ? もう二十歳過ぎて媛巫女になるための修行してるのは、谷見くんも知ってるよね?」

「はい、知ってます。」

「媛巫女って、女性として神様にお使えするわけでしょう?」

「……そうなんすか? ヒメミコっていう、なんか役職じゃないんですか? あの、部長とか課長とか。」

「あんたの解釈はおかしい!! 神社をなんだと思ってんの?! 和希は媛である上に、巫女なのよ!? いつまでも性別不詳の富木和希ではいられないんだよ、分かってる!?」

 綾音が怖い顔で谷見の勉強机をバンバン叩く。

 しまった、綾音は酔うと説教魔になるんだっけ。

「…………。」

 谷見は綾音の剣幕に驚いて、言葉もないみたいだ。

「なんとか言ったらどうなのよ、この出来損ない!!」

「おいおい綾音、出来損ないって……。」

 とりあえず落ち着かせようとしたが、綾音はヒートアップするばかりだ。

「いいのよこんなやつ、出来損ないで! 最近の和希が時々女の子の表情してるの、谷見くんも気付いてるでしょ!?」

「そうなんすか!? 気付かなかった……。」

 谷見は目を丸くした。演技なのか? それとも、こいつ、本当に気づいてなかったのか! でも、あの谷見がタジタジだ。

「このアンポンタン!! だいたいあんたはね、カズキに甘えてるくせに自覚がなさすぎるのよ!!

 合宿免許のときだって、毎朝起こしてもらってたっていうじゃない! そんなことしてくれるの、ママだけなんだよ!? カズキは、あんたのママじゃないの!!

 晴人! あんたも何か言ってやりなさい!」

 いいぞ綾音、もっとやれ! ここでクリティカルヒットを狙うんだ!!

 そう心の中で煽ってたから、いきなり振られると困る。

「晴人? あんたは誰の味方なの?」

「いいか、谷見。男というのは、覚悟を決めなきゃいけないことだってあるんだ。

 富木さんを見つめて、富木さんの顎をくいっと持ち上げて、『好きだ』、と真面目な顔をして、そのまま唇を頂くんだ。」

「晴人! ちゃんと話聞いてたの? そうじゃないでしょ! まあ、そうなんだけどさ。

 私も晴人も、もうとっくに和希のこと女の子として見てるよ? 和希、女の子である自分と、性別不詳でいなきゃいけない自分との間できっと苦しんでるんだよ? やっと、やっと女の子としての自分を取り戻そうとしてるんだよ? 谷見くん、女の子の和希をちゃんと認めてあげてよぉ……。

 じゃないと、一番近くにいる私達が認めてあげないと、和希は女性としての自分に自信が持てないまま媛巫女として修行するんだよ? 女の子としての自信がないまま、女性神職のトップの修行なんて、残酷すぎるよぉ……。」


 確かに、最近の富木さんは女性として輝きだしている。それは、綾音と富木さんと俺の3人の秘密の女子会のときだけではなく、自習室にいるときも確かに感じられる。いつも富木さんを目で追っている谷見が、気づいていないはずはないと思っていたのだが……、どこか抜けているこいつのことだ。全く気づいてなかったんだろう。


 谷見は、言葉もなく考え込んでいる。そうしているうちに、綾音はグスグスしゃくりあげながら、谷見のベッドに座った俺の隣に来て、

「晴人はこんな唐変木じゃないもんね?」と俺に抱きつきながら眠ってしまった。

 綾音はいつもそうだ。酔っ払うと楽しくなり、ちょっとの時間説教魔になり、またちょっとの間寝落ちしたかと思うとすぐに復活して、また楽しく飲みだす。説教した内容は覚えてないから、目を覚ましてみると場の雰囲気が変な感じになってて、本人が戸惑うのだ。全く、危なくて他の人とは飲ませられない。その分いつも説教の矛先は俺だけど、それも仕方ないか。

「谷見、俺も綾音と同じ意見だよ。お前一度、彼女を女性として認めないと、これから先、本当に心を許せる人間関係ではいられないと思うぞ? むしろ、お互いに本音を言えない、上辺だけの付き合いになるんだろうな。男とか女とかを超えた付き合いって、お互いを男、女と認めてから始まるんじゃないかな?」

 と言うと、谷見はちょっと考え込んで言った。


「小郡さん、神様って本当にいるんですかねぇ……。」


 やはり、神社のことが引っかかるのだろうか。彼女と神社は切り離せない存在だ。媛巫女というのがネックになっているのだろうか。


「さあ、どうだろうな。ただ言えることは、彼女が将来、日本にいる8人の媛巫女の一人として、国の平安を祈り、地域の安寧を祈る存在になること。それから、それが少なくとも平安時代、あるいはもっと前から続いているということだね。」

「非科学的なことに興味はなかったんです。でも、彼女が生きている世界は、そうなんですよね。」

「富木さんの神社の祭神から調べてみると面白いかもしれないぞ? 日本の国の成り立ちにも関わることだから、古事記や日本書紀なんかも読んでみるといいかも。古事記は読み物としても面白いし、日本書紀は日本の正史だし。」


 眠ってしまった綾音を膝枕状態にしておく。本人には言えないけど、横から倒れ込まれるとさすがに腰にくる。

「あんまりこういうことは言いたくないんだけどさ、今のうちに富木さんの心に入っておかないと。富木さんの大切な誰かが神様だけ、なんてあんまりだろ? 今なら間に合う。」

「そういうものなのか?」

「俺だって詳しくはわからないさ。でも、考えられる話だろ? そして、いつまでも時間がないのは確かだ。」

「まあ、そうだよな。」

「谷見さ、男じゃないとダメ、なんて言わないよな?」

「そりゃそうさ。」

「巨乳でないとストライクゾーン外、なんてけち臭いこと言わないよな?」

「ああ。」

「俺はDを守る主義だ、とか言わないだろ?」

「D?

 ああ、そういうことか。後生大事にするものじゃないよな。」

「彼女探すのって、アホみたく疲れるだろ?」

「あー。」

「谷見は女を取っ替え引っ替え、女遊びすることに興味はないだろ?」

「まあ、な。」

「なあ。これ以上引っ張ってもいいことないって。」

「そうか。」

「別に嫌な相手じゃないだろ?」

「ああ。」

「谷見の親御さんも富木さんを高く評価してたよ?」

「そうなの?」

「巫女。」

「え?」

「巫女さんは好きか? 巫女装束は好きか?」

「そりゃあ、好きだ。」

「本物の巫女に、本物の巫女装束だ。そうそう手に入るものじゃないぜ。

 男の夢だろ?

 その上、着用済みのものを洗濯する機会もあるだろう。

 俺にみなまで言わせる気か?」

「でも……。」

「谷見。この機会を逃したら、世の中の男にキレられるぞ?

 巫女さんに逆玉だ。」

「いいのかな。」

「え?」

「俺にとって、できすぎた話じゃないのか。」

「なあ。いいかげんにしろよ。

 さすがの俺でもてめえをぶん殴りたくなったぜ。

 お前に似合うのは誰だ? 富木さんに釣り合うのはどんな人だ?

 不幸なすれ違いがないように、俺も綾音も頑張ってるんだよ。

 ガツンとアクセル踏めよ。いつものようにはっちゃけろよ。

 俺がケツを持つと言ってるんだ。わかったか。」

「あ、ああ。」

「どっちから切り出す?」

「どうしよ。」

「しょうがない。富木さんから切り出すように伝えておくよ。

 裏切ったらもう知らないからな。」

「ああ。わかった。」

「身八つ口はいいぞ。」

「え?」

「気にするな。」


 谷見がじっと考え込んで少ししたら。綾音がもぞもぞ動き出した。谷見の考え込んだ表情を見て、ハッと気づいたようだ。

「晴人!? あたし、また何か変なこと言っちゃった!?」

「別に変なことは言ってなかったけど……、ちょっとよだれ垂れてるよ。」

「え、嘘! どこ、どこ!?」

 慌てて口の周りを拭う綾音が可愛くて、声を出して笑った。いつもやられてばかりの俺からの、ちょっとした仕返しだ。許せ。

 そんな俺達の姿を、谷見がじっと見ていた。


 しばらくして、また大学の話に花が咲いている俺達のところにデザートとお茶を持って来た富木さんは、目元が少し赤くなり、頬が赤く上気したような、不思議な表情をしていた。


 ☆ ☆ ☆ 


 使ったお皿をキッチンに運んだところで、おばさまに話しかけられた。


「富木さんっていったわね。

 和希くんじゃなくて、和希ちゃんね? 」

「あの、なんで……。」

「目を見ればわかるわよ。女の子としての自信が持てなくていることも、それでもこの先のことに覚悟を決めてることも。それに、勝明のことを大事に思ってくれてることも、顔にかいてある。 」

「えっと、あの……。」

「誤解しないでね、勝明からは何も聞いてないわ。私にはそう見えるだけ。」


 おばさまは、私を引寄せて抱き締めて言った。

「頑張ってきたんでしょう? でも、あなたは一人じゃないの。それに、おばさんもあなたの味方よ? 

 勝明が何かしでかしたら、すぐ知らせてね? おばさんがとっちめてやるんだから。

 だから、あなたが安心できる場所がここにひとつ増えたと思ってね?

 あなたとはこれから長い付き合いになりそうだわ。仲良くしてね?」


 お母さんって、こんな感じだったろうか。こんなに温もりを感じたんだっけ。遠い記憶をたどる。

 大人の女性に抱き締められるのは何年ぶりだろう。全身が包まれるような、優しい感じを受ける。 頭をポンポン叩かれて、背中をさすられて、泣きそうになるのを必死に我慢した。


 おばさまは、私を抱きしめたまま言った。

「勝明はね、頭良さそうでしょ? 確かに難しい数式とか、そんなのは得意だし、自分の将来を見据える力も、人を見る目もあると思うのよ。親の欲目じゃなくてね。

 でも、抜けてるの。自分の気持には、鈍感なのよ。そこが一番大事なのにね。

 だからね、おばさんからあなたにお願いがあるの。」

「なんでしょうか、お願いって?」

 おばさまは、私の体を離して、目を合わせて言った。

「来月の最初の土曜日、もう春休みに入ったところよね? 一日、私に付き合ってほしいの。」

「私が、ですか?」

「あなただから、お願いしたいのよ。ね?」

 知らないうちに押し切られ、待ち合わせの場所と時間まで決められてしまっていた。そして、みんなには絶対言わないように口止めされた。


「和希ちゃんには特別にネタばらし、しちゃうね。

 手間がかかってるようにみえる料理って、意外と手間がかかってないんだよ?」

「え?」

 小悪魔的な笑顔のおばさまを見ると、ネガティブな気持ちが吹き飛ぶ気がする。

「材料を買う手間や下ごしらえをする手間は多少かかるけど、ピラフは鍋一つでできるし、ローストビーフはオーブンで焼くだけ。サラダは野菜を切ってトッピングのせて混ぜるだけ。果物は亭主に切らせておく。」

「え? そうだったんですか?」

「素人目に手間がかかってるようにみえるけど、実はそこまで大変でない品を選ぶのがポイントなの。

 揚げ物は鍋の前に張り付く時間が長くなるから、意外とおすすめできないんだよね。」

「そうだったんですか?」

「ピンチョスはフランスパンを切った上にネタをのせていくだけ。ツナ、アンチョビ、タコ、スモークサーモン、ゆでエビ、トマト、チーズ、生ハム、きゅうり、レタス。握り寿司のようにバリエーションが稼げる上、めずらしいから評判もいいのよね。大食いのお客さんが多いときはパンを厚めに切っておくと、パンでお腹がいっぱいになってもらえるのよねー。」


 その後、カツくんの部屋に紅茶とデザートを運んで、夜遅くまでおしゃべりをし(トラやネコになる子がいなくてよかった)、女の子がいるため日付が変わる前にと、カツくんが一人ひとりを車で送ってくれた。

「またやりたいね」とアヤネが言う。

「今度は俺がごちそうするから。谷見のお母さんには負けないように修行しとくからな。」

 小郡さんが妙にやる気だ。でも、小郡さんよりおばさまのほうが何枚も上手うわてだ。

 そんな会話をしながら、家に帰った。私が最後に送ってもらうことになったので、途中でコンビニに寄って温かいコーヒーをカツくんと一口ずつ交互に飲むのも忘れなかった。

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