第9話 和希20歳の日常

 カツくんが送り迎えをしてくれるようになってから、1年半くらいがたった。

 ボクからちょっとずつアプローチし始めて1年ちょっとになるけど、綾音の言う第二段階から先には進めないままだ。

 何の進展もないまま、ボクは二十歳を迎えたし、このまま媛巫女の修行に入ることになりそうだ。


 ボクは相変わらず、普段は男の子の格好でおとなしく目立たないように、でも四人でいられるときは自分を出せるようになって、谷見君のことは人前でもカツくんと平気で呼べるようになった。

 カツくんは、今でも変わらずに帰りは家まで送ってくれる。

「今日は早く終わったから」と帰ろうとしても、なんだかんだ言って六時までボクを引き留め、送っていこうとする。

 一度、「先に帰るね、また明日」というメールして黙って帰ったら、翌日ひどく怒られた。

「なんかあったらどうするんすか!」

「大丈夫だってば。」

「俺が心配なんすよ!」


 押しきられて、結局、毎日送ってもらうことになった。彼が免許を取ってからは、休みの日には二人で車に乗る。彼の車の練習に付き合う、という名目で、時間も1時間とか短いことが多いけど、ボクはぜんぜんそんな風に思ってなくて、むしろ彼の助手席に座るのはうれしい。でも、彼は彼で、本気で車の練習をしているらしく、隣に誰か乗っていればそれで気が済むみたいだ。


 ここ最近になって、やっとカツくんの目をまともに見て話すことができるようになってきた。

 この人の目は不思議。何でも見透かされそうな気がする。

 気がするんじゃない、何か誤魔化そうとしようとすると、一発でわかってしまう。

 そして、じぃっと目を見られると、

「すいません!嘘です!!」

 と言って、白状してしまう。


 最初は、家が神社だってことも、黙っていようかと思った。でも、ごまかしきれないと思った。


 初めに送ってくれたときは、驚いていた。でも、ボクが境内を抜けて自宅へ着くと、満足げな顔をして帰っていった。

 おじいちゃんはニヤニヤ、おばあちゃんは普段通りに迎えてくれた。

 ちくわゲームのあとも、変わらなかった。

 そんなことが、もう一年半以上も続いているのだ。


 多分、ボクが神社の跡取りであることも、かなり早い段階で察しがついたはずだ。彼は頭の回転が速い。

 両親がいないことも訳ありだと、それからあの暴漢ももしかしたらその関係かもしれないということも、察しているのかもしれない。

 でも、なにも言わないのは、彼の優しさ。多分、本当に心配してくれてるんだろうけど。


 二十歳になった時、分籍して両親と戸籍を別にし、同時に祖父母の籍に養女として入った。

 そして、今度の三月の終わりからは正式に若媛巫女としての修行が始まる、その事も理解してくれた。

「媛巫女だなんて、余計大事な体じゃないっすか」

 と、彼が余計に過保護になった気がするのは、ボクだけではないはずだ。

 でも実は内心、

「普段は男で、でも媛で巫女。うひょひょ。」

 とか思ってたりするんだろうか。脂ぎったオッサンにそう思われるのは許さないけど、カツくんなら、うーん、何だろう、べ、別にいいかな、なんちゃって。

 いや、ある意味浮世離れした彼のことだ。ひめみこという言葉が、うまく漢字に変換できていないかもしれない。そもそもよくわかってないのだろう。


 祖父母の養女になった日は、ボクの新しい誕生日となった。カツくんは、喜んでくれた。

 これで暴漢はいなくなるよきっと、とボクが言い張っても、その後もずっと家まで送ってくれている。


 周りの人は、「男同士で仲がいいね、なんかあるんじゃないの?」

 と言うので、こっそり聞いてみたりするんだけど、無視してればいいとカツくんが言うので、無視。

 なんか、攻め?受け?とか言われてるみたい。

 小郡さんからは「気にすることないよ」と言われてるんだけど、意味があるのかな?



 綾音と小郡さんは相変わらず仲良しで、たまに二人の女子会にも混ぜてもらう。二人は高校卒業してからの付き合いだって言ってた。高三の時の同級生だそうだ。


 ということは、二人はそういう仲だってことだよね……。

 普段は綾音が引っ張ってるかんじだけど……。

 いや、わかってたけど、かなり爛れた関係だよね。

 私も、男の人と……。


 夜が更けてきた。

 夜は少し心細くなり、また気分が高まってくる。

 一人で部屋にこもってると、どうしても考え事をしてしまう。

 嫌なことが頭に浮かぶこともあるけど、なんとか振り切るようにする。


 今日はカツくんが頭に浮かぶ。

 ボクのことをどう思ってるんだろう。


 ただの友達かな? 仲いい友達。


 ボクはどうだろう?

 ボクにとっては、ただの友達……じゃない。

 もっと大切な人。一緒にいて楽しい人。


 異性として大切かって?

 ま、ま、まあ、そう、かな。


 でも、彼はどうなんだろう。

 ボクが女なのに、男友達のように気楽に接することができるから、都合のいい人なのかな。

 そういうのって、いけないと思うな。

 どこかでちゃんと、けじめをつけないと。


 ちょっと心細くなってきた。

 ベッドに座って、枕を抱きかかえてしまう。


 いちばんいいのは、彼がボクに言ってくれること。


「俺の彼女になってください」


 って。

 たぶん無理かな。

 いつも飄々ひょうひょうとしているカツくんが真顔でこう言ってくるなんて信じられない。

 真顔で「好きだよ」って言ってくれる日がくるのかなあ。

 諦めたほうがいいよね。

 変人のくせに、いや、変人を演じているくせに、心の中ではそんなことないんだろうな。

 周りの人が助けてあげないといけないんだと思う。


 そうすると、ボクから言わないといけないのかな。


「ボクと付き合ってください!」


 なにそれ!

 どんな顔して、どんなシチュエーションで言えばいいの!?

 ちょっと呼吸が苦しくなってきたじゃない。


「あのね、あのね……」

「うん?」

「あの……」

「何だ、はっきり言ってくださいよ。」


 ボクがだらだらしていると、嫌そうな目をしてこっちを見てくれるんだ。

 ボクのつらい気持ちなんて、考えようとしないで。

 チャンスは何度もあるわけじゃない。

 どうしよう。どうやったら後悔しないだろう。


 素直に、

「カツくんのことが好きです。ボクと付き合ってください。」

 って言えばいいのかな。

 想像するだけで顔が真っ赤になるじゃない!

 そしたら、彼は

「今、カズちゃんに付き合ってるじゃないか。」

 こんなふざけたこと言いそうだ。


 だめだよ、そんなんじゃ。


 いい? カズキ。

 相手はダメダメ、ダメ男なの。

 逃げ道を作っちゃいけないの。

 何であんなのが好きになったのかって?


 別に好きになったわけじゃないというか、まあ、なりゆきで……。


 だめ。これじゃだめよ、カズキ。


 世の中の恋人ってこの山を乗り越えてきたんだろう?

 アヤネはどうやって小郡さんと付き合い始めたんだろう?

 どっちから言い出したのかな?


 晴人くん、いつもアヤネの尻に敷かれてる感じだから、アヤネから言い出したのかな?

 女の子から言い出すのって、はしたなくないよね。

 うん。問題ないはず。私だってできる。


 二人で一緒にいる時、

「カツくん、ボクと男女のお付き合いするつもりある?」

 って言えばいいのかな?

 誤解は無いよね。


 そして、本気だということを伝えるために、

 キ、キスすればいいのかな。

 男女のお付き合いって、こういうことだって。


 嘘? 嘘でしょ?

 これじゃあ、ただの変態じゃない!

 でも、カツくんって変態さんっぽいから、意外と受け入れてくれるのかな?

 でも、断られたらすごく恥ずかしい。

 キスしようとする顔をじっくり見られちゃう。

 無理! やっぱり無理! 告白とキスは別にしないと!


 手を握って、

「ボクをカツくんの彼女にしてください!」

 ってどうかな。

 これくらいなら普通だと思う。


 返事はどれくらい待てばいいんだろう。

 このまま無言だと気まずいよね。


「ごめん。言ってみただけ。」

 そう言って逃げればいいのかな。

 そして、ずっと会わなければいい。

 学科が違うし、授業も違う。

 無理やり顔を合わせる必要もないんだ。


 でも、やっぱり寂しい。

 彼に逃げられたくない。

 どうしよう。


 アヤネと晴人に頼んで逃げ場をなくしてもいいけど、いつまでも二人に頼る訳にはいかない。

 さりげなく気持ちを聞き出してくれるかな。

 でも、やっぱり無理かな。

 いくらでも、ごまかされそう。


 そうだ。

 彼に行動を起こさせればいい。


 運び屋のバイトをしているとき、SAで止まっている車の中で、

「ボクの事、好きにしていいよ。」

 そう言ってみるなんて……


 やっぱり無理! ありえない! 絶対に有り得ない!

 目をすっと細めて、有無を言わせない目つきで、

「そうか。お前は俺の物になるって決めたんだな。」

 とかいい出して、ボクが嫌がると

「俺が抱くと決めたら抱くんだ。」

 と怖い顔をしながら言うのね。


 そしたらボクは車の中で乱暴されちゃうんだ。


 だめ! これもダメ!

 ムードがない初めてなんて嫌!

 それに、いきなり抱かれるなんて、あってはいけないの!


 抱かれる……?


 そうよね。

 お付き合いを始めると、ボクが抱きつくのが枕でなくてカツくんになるんだよね?


 男の人の体に抱きつく。


 ひぃーっ。

 そして、ボクの体も撫でまわされるんだ!

 やめてって言っても、変態さんに撫でまわされるんだ!


 カツくんは変態さんだから、撫でるだけじゃ物足りないんだ。

 唇もつけてくる。絶対につけてくる。

 それも、ボクの唇や頬だけじゃない。

 無理やりボクの頭を押さえつけて、耳たぶとか、髪の生え際とかまでキスするんだ。

 ダメって言うと、喜んでもっとキスしてくるに違いない。


 だめよカズキ。

 それくらいで嫌がってるようなら、カツくんの恋人失格なんだから。


 小郡さんを見なさい。

 ボクの前でアヤネに女装させられても、喜んで受け入れてるんだから。


 そうか。そうだよね。

 ボクがカツくんを好きにすればいいのかな?

 年上だし、お姉ちゃんぶるのも悪くない。


 ボクがソファーに座って、

「カツくん、おいで?」

 と言うと、カツくんが寄ってきて、ボクの胸に顔を寄せる。

 そうして、私がカツくんの頭を優しくなでる。

 この枕のように。


 違う!

 こんなのカツくんじゃない!

 それに、二人っきりのソファー、二人っきりの生活、同棲……

 まだ早い!そんなの想像できないよ!


 でも、逆に、ボクがカツくんが座っている隣に座ってもいいんだよね。

 カツくんに肩を抱かれ、カツくんの体にボクの体を預ける。


 いいかも。これはいいかも。


 でも、カツくんは絶対にこれでは満足しない。

 これだけは確実だ。

 ボクがカツくんに背を向けるような感じで、カツくんの上に座ることを要求するんだ。

 そして、ボクの胸やおなかをまさぐるんだ。

 それくらいやらないと変態ではない。


 胸?


 そう、私は胸が小さい。

 真っ平らじゃないけど、女の子の平均よりは小さい。

 カツくんは胸が小さい女の子でもいいのかな?

 アヤネみたいな大きい子がいいとか言わないかな?


 きっと大丈夫。

 むしろ、

「男の子みたいで悪くない!」

 なんて失礼なことを言いそうだ。

 そして、アヤネが小郡さんを女装させて遊ぶように、ボクを男装させて遊ぶんだ。


 ボクだって、デートのときは、たまにはうんと可愛い格好をしたい。

 そうしたら、カツくんはどうするんだろう。

 照れ隠しで適当なことを言うのかな。

 だからボクが男の子の格好をしても気にしないんだ。


 なんだ。脈アリじゃないか。

 ボクが女らしくすればカツくんはおとなしくなるのか。


 でも、絶対に隠す。絶対にごまかす。

 そこで逃してはいけない。


 必要なら、押し倒しちゃえばいいのかな?

 アヤネの言うとおり。


 ……でも、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい!


 ダメだ、こんな想像をしたら、あの二人の顔をまともに見れなくなる。

 ベッドがぐちゃぐちゃだ。

 そんなに転げ回っていたの?


 ☆ ☆ ☆


 翌日。

「富木さん、やけに顔赤くない?」

「ちょっと熱あるのかな?」

「風邪引いたんですか? 気をつけてくださいよ。」


 カツくん? 誰のせいだと思ってるの?

 ここで、おでこをくっつけてくる、なんてことをしないのがカツくんだ。


「もう、知らない!」

 そう言えないのが悲しいところ。

 まだまだ苦悩は続きそうだ。

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