第8話 運び屋カツアキ

「明日時間ありますか? もしカズちゃんさえよければ、ドライブに付き合っていただけますか?」

 大学生の夏休みは8月と9月。二ヶ月の長い休みだ。この間は授業がないから、カツくんに会う機会はあまりない。

 もう夏休みが終わる、そんなある土曜日、カツくんからこんなメールが送られてきた。

 どうしよう。

 どうしよう。


 明日は確かに時間がある。


「車の練習」には数回付き合ったことはあるけど、カツくんから「ドライブ」に誘われるのって、やっぱり、何かいつもと違うよね。

 もしかして、なんか特別なことをするのかな。

 いつもと違う、特別なデート?

 授業が始まる前に、まさか、まさか!


 でも、家事をしなくていいのかな。

 男の人と遊びに行くために、長い間家をあけていいのかな。


 おばあちゃんに聞いてみたところ、おばあちゃんはゆっくり目を閉じた。

 怒られるのかな?

 ちょっとビクビクしていたら、おばあちゃんが目を開けて、

「いってらっしゃい。

 たまには家をあけていいよ。」

 優しい笑みを浮かべて、答えてもらえた。


「よかったです。 明日9時半に家の前に来ますから、出れるようにしてください。」

 明日はいいよ、とカツくんにメールを返したら、こんな返事が帰ってきた。

 私の都合を聞かず時間を指定してくるあたり、カツくんらしい。


 ☆ ☆ ☆ 


 いつもの車の運転の練習と何か違うのかな? 違うのならば何だろう?

 考えがぐるぐる回って、昨日はなかなか寝付けない。


 デートかどうか最後まで迷ったけど、男の子の格好をしていくことにした。

 でも、下着は一番女の子っぽいものにしてみた。

 ボーイッシュな格好でデートをするのって、ありだよね?


 家の前には前にも乗ったバンが止まった。

 いつも思うけど、あれ、カツくん本人の車じゃないよね?

 バンを愛車にする物好きなんて……カツくんならありえる。

 現れたカツくんは襟付きのシャツにスラックス、革靴とちょっとだけフォーマルな格好だった。

 そして、サングラスをかけていた。

 カツくんの雰囲気がいつもと違う。

「びっくりした顔をしていますが、サングラスが珍しいのですか?

 太陽が目に入る方向にちょっと長く運転するときは、サングラスをつけないときついんですよ。」

 そうじゃない!

 突っ込もうとしたら、

「行きましょうか?

 すごく急いでいるわけではないですが、先方をあまり待たせたくありませんので。」


 ええええ????

 先方? 待たせる?

 何の話?


「いやあ、この段ボールを届けにいくバイトなんですよ。

 ここから片道2時間くらい、途中で高速に乗りますよ。

 助手席、どうぞ。」

 え? バイトだったの?


「何を届けに行くの?」

「いやあ、企業秘密ですよ。」

 何なのよ、一体。

「もしかして、覚せい剤?

 それか死体だったりする?

 ボク、まだ警察に捕まりたくないよ?」

「大丈夫、問題ありませんよ。

 行きましょ?」


 つい乗り込んでしまったけど、本当によかったのかな?

「いいの? ボクを乗せて。」

「ああ、問題ないですよ。

 何回か一人で行ったことあるけど、だんだん飽きてきて、何よりも一人だと運転している間は味気ないんですよ、

 小郡さんに愚痴ったところ、『富木さんに来てもらったら?』という話になりまして。」


 そういうことだったのか。小郡さんが絡んでたのね。なんとなく納得がいった。

 ボクを選んでくれたのは嬉しいけど、それだけ、なのかな?



 高速道路のインターが近くなってきたら、徐々に会話が続かなくなってきた。

「ねえ? どこに行くの?」

「高速に乗って一時間ちょっと、降りたら比較的すぐですよ。」

 答えになってないよお。


 会話が長くならない。カツくんが飽きないように、ボクがもっと頑張らないと。


「ねえ? ボクがいると、やっぱり違う?」

「んー。どうでしょ。」

 酷い!

「でも、隣に富木さんがいると、何か落ち着くんですよね。

 安心感というか、寂しくないというか。」

「そ、そう。」

 いるだけでよかったのか。

 考えすぎだったのかな。


 車の外の風景が、どんどん自然豊かになっていく。

 ドライブの残り時間を考えると、次の大きな市までたどりつけないだろう。

「本当にこんな辺鄙なところでいいの?」

「次のインターでおりますよ。

 何もない辺境の山奥でなく、人がある程度住んでいる町の郊外です。」


 ドキドキしながら車に揺られていると、工場というか、倉庫のような建物にたどり着いた。建物の入口の前にある駐車場に車を止める。他に車が四台止まっている。乗用車二台に、後ろに荷物を詰めるバンのような車が二台。

 入り口に鉄条網とか門とか、そういうものものしい警備があるわけではなく、普通の建物だ。横がざっと三十メートルくらい、窓の配置からみて、天井が高い二階建て。奥行きはよくわからない。バンが通れる大きさのシャッターがある。

「ここでちょっと待っててくださいね。

 車から出て体を伸ばしてもいいけど、車の近くから離れないでくださいよ。」

 カツくんは用事がある人用の入り口のインターホンを押し、何か言ったみたい。

 ドアが開いたら、中から台車を取り出し、車に戻ってきて段ボールを載せ、建物に戻っていく。


 何をやってるんだろう?

 十分くらい待ったが、カツくんは帰ってこない。

 大丈夫なのかな?

 車から離れるな、とカツくんは言ってた。

 どうしよう。

 あと十分待とう。

 それでもダメなら、突入しよう。


 あと一分で突入だ、という時になって、カツくんが建物の中から出てきた。

 台車に段ボールを四つ積んでいる。

「遅かったんじゃない!」

「ごめんなさい。ちょっと引き止められちゃいました。」

「もう、何なのよ?」

「台車を返してきたら、帰りますよ。」

 それだけ言って、建物に戻るカツくん。答えになってないでしょ!?


 戻ってきた時には、今度はビニール袋を持っていた。

「またせたお詫びに、飲み物とお菓子。」

 袋の中にはお茶のペットボトル二本に、最中もなかが二つ。

「彼女といっしょに楽しんでね、とのことです。

 俺達、付き合ってるように見てたのでしょうか?」


 彼女……!

 建物の中から見られてた?

 それともカツくんがそう言ってくれたの!?

 ボクのことを彼女だって……。

 もしかして、今日、この後……!!


 最中の味がよくわからなかった。

 甘すぎないのはわかるけど。

 淡々と食すカツくん。


「遅くなってすまない、帰りにサービスエリアSAでお昼にしよう。眺めもいいし、一番おすすめなんだ。」


 確かにもうお昼の時間だけど、一番のおすすめって言えることは、何度もこのバイトやってるの?

「カツくん、ここ何回も来てるの?」

「あ、ああ、そうですよ。

 付き合いだから断れないんですよ。」

「バイト代、結構いいの?」

「他のバイトより時給はいいですね。」

 どこでこんなバイトを探してくるんだろう。

 まさか、カツくんはヤクザの手先だったりするの?

 段ボールの中身は拳銃とか、偽札とか?

 それか、怪しい宗教団体が売る怪しいグッズとか?

「本当に捕まるようなことやってないの?」

「だから、そんなことしてないですよ。

 中身は企業秘密ですが、大丈夫なのは保証します。」


 SAのフードコートのごはんは、どこもいまいち。

 カツくんが教えてくれた。

「食券買うと、その時点でお店の中の人が温め始めるシステムなんですよ。

 調理してある状態から客に出すまで、そこまで時間がかからなさそうなものばかりなの、わかりますか?」

 言われてみたら確かにそうだ。

「一見、魅力的に見えても、実は期待はずれということも多いんですよ。

 二度目はない! と思っても、観光客ならそもそも二度目に来ることはあまりないんですね。

 この道を通っても、食事のタイミングでここを通過する可能性はさらに下がります。」

「へぇー。」

「だから、俺のおすすめは、SAの建物の外で売っている、このコロッケなんですよ。

 そんなに大きくないですが、何個くらい欲しいですか?」

「カツくんはどれくらい食べるの?」

「三つ食べますが、富木さんはどうしますか?」

「じゃあ、ボクも三つで。」

「わかりました。

 天気もいいし、眺めもいいし、外で食べましょうか。」

「いいけど、いくら?」

「俺が持ちますよ。バイト代も出ましたし、俺が付き合ってもらうようお願いしたので。」

「そお?」

 デートのときは彼がおごる。

 そう思ってるのかな?

 別にボクは割り勘でもいいんだけど。


 コロッケは確かに美味しかった。地元の牛肉を使っているのが売りらしいが、肉の味の違いはよくわからない。

 気温がちょうどよく、弱い風が心地いい。

 SAの裏は山になっていて、逆側は田園地帯の風景だ

 稲が育っている緑色と、黒や灰色の日本家屋。

 きれいな日本の風景だ。


 カツくん、なんだかんだいってデートに誘ってくれたんだ。

 私に気があるのかな?

 このまま告白されたらどうしよう。


「食後にソフトクリーム買ってきますね。

 食べ合わせが悪い気もしますが、地元の牛乳使ってるのでコクはありますよ。」

「いいの?」

「言われたんですよ。

『帰りにはソフトクリーム食べていきなさいよ?

 二人で一つにしたいかもしれないけど、おいしいんだから一人一つ食べなさい?』

 だそうです。

『カッちゃんにも、ついに春が来たんだから、これはおばさんのおごりね。』

 と言われましたけど、彼女連れてきたと勘違いされたのでしょうか?」

 女の子を連れてきたら、そう思われても当然だと思うよ?

 それに、ボクを彼女と勘違い?

 カツくん、何がしたいのかな?

 私のことをどう思ってるんだろう?


 グダグダ考えていると、カツくんがソフトクリームを持ってきた。



 帰る途中も会話は弾まなかった。

 カツくんはどうやらボクが隣りにいるだけでいいらしい。

 私が何か話しかけて、カツくんが簡単に返事を返すだけ。

 何か気まずい。


 カツくんから話しかけてくると思ったら、

「この後、どこで降りますか?」

 え?

「俺は積んだ荷物を届けないといけませんが、富木さんの家に寄れますよ。

 もちろん、この後に用があるのでしたら、別のところでも構いませんが。」

 何よ? 何それ?

 デートのつもりじゃなかったの?

 荷物運びに付き合わされただけ?

 本当に、それだけなの?


 悔しくて涙が出そうになった。

 無性に腹が立つ。

 カツくん、私の気持ちを何も考えてないの?

 もういい。もう怒った。


「もういい。」

「え?」

「通り道の大きい駅で降ろして。

 たまには駅ビル巡りもしてみたいから。」

 本当は今すぐ帰りたいけど、私も少しは冷静さが残っている。

 家に帰りにくいところで降ろされるのは嫌だ。

「本当にいいんですか?

 富木さんがそう言うなら、そうしますけど。」

 カーナビの地図を見て、目的地を駅に変更する。

 もう、何なのこの人? 引き留めようとしないの?


「じゃ、今日は付き合ってくれてありがとうございました。

 では、また。」


 どう見ても不機嫌そうな私を見ても、カツくんは何も思ってないんだろうな。

 私はカツくんの何なんだろう。

 カツくんにとって私は何なんだろう。


 どこかでこう叫びたいけど、そんなチャンスはそうそうない。



「カツくんの、バカヤローーーーーーーーーーー!!!」

 不審者と思われずに叫べる場所がないのが辛い。

  

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