第4話 芸術の秋@須藤家
秋と言っても、そろそろコートが必要になる頃。ボクとハルはアヤネの家にお邪魔している。
「季節ごとにおしゃれを考えてみる? ちょっと、色鉛筆とスケッチブック持ってくるね。」
アヤネがベッドから立って、机からちょっと使用感のあるスケッチブックと、色鉛筆のたくさん入ったバッグを持ってきた。
「これちょっとかさばるんだけどね、いろんな色があるから、こういう時便利なんだ。服のデザイン考える時も使うし、美術部エースの腕はまだ衰えてないよー。」
アヤネがスケッチブックと色鉛筆のバッグを開きながら、ちょっと得意げに言う。
ボクは、部屋に飾ってある綾音の描いた絵を見回した。自分のイメージをそのまま絵にできるのはすごい才能だと思う。ボクは『画伯』だから、余計に羨ましい。高校に入ると絵を書く必要がなくなったから、ほっとしたのを思い出した。絵日記? よく耐えきった。
「日本は色がたくさんあるもんね、色に季節を反映させたいよね。考えやすいのは……秋かな。紅葉の色をメインに持ってこようか。上に紅葉の色を連想させたいなあ……。」
紅葉かぁ。桜前線は予測しやすいけど、紅葉前線は予測できないって聞いたことがある。確かに、あっという間に色づいて、美しい色で楽しめる期間も短い。だから、「紅葉狩り」という娯楽が存在したんだろうな。紅葉の名所と言っても、場所によって色合いが全然違う。だからこそ深みがある。
「これ、ちょっと高かったけど、買ってよかったー。」
色鉛筆のバッグの中身を見せてくれた。250色の色鉛筆なんだそうだ。普通の人はこんなの使いこなせないよ。
「赤に、茶、オレンジの混ざったような、……こんな感じの色にしてみる?カエデみたいな色。」
綾音が色鉛筆を一本選んだ。
「銀杏の紅葉もあるよ?」
思わずボクの口から言葉が飛び出していた。明るい、神社でもよく見る黄色。
「あ、そうだね。じゃあ、上は毛足の長い、薄手のスケ感のある銀杏の色のニット、中に紅葉色のキャミソールかな。キャミはトロンとした生地で、触り心地がすごくいいの。」
「いいねいいね。おなかとか、ずーっとさわさわされたりして。」
「ハルってば、なに想像してんのよ。」
キャハハ、と二人で笑っている。ずーっとさわさわされるの? おなかを?
えーーーーー!? そういうものなのか……。
さわり心地といえば、アヤネはいつも肌触りがいい服を選んでくれた。男の服にはない、優しい肌触り。
「色を重ねるのって楽しいよね。同じ服でも、重ね方で全然違った雰囲気になるんだもん。」
スケッチブックの上がどんどんカラフルになっていく。下の色と、上の色をちょっとずつ変えて、雰囲気の違いや、色の相性をゆっくり見る。葉の絵こそないものの、紙面がどんどん紅葉で埋まっていく。250色の色鉛筆だからこそ、こういうことができるんだろうな。
「下は、ミモレ丈のスカートかな。秋っぽく、色はエンジ色にしようか。えーっと、シルエットはこんな感じの、セミフレアスカート。」
色が決まったのだろうか、ページを変え、服のデザインが描かれていく。
「えーー? 丈が膝より下って、アヤネにしてはちょっとおとなしすぎない? いつもならもうちょっと過激にいきそうだけど。」
ハルが意見を出す。でも、多分これくらいのデザインが常識的なんだよね。大学の女の子を見ても、こんな感じだったはず。
腰から下が台形という、男物の服では見ることがない、女の子らしさを主張するには十分なシルエット。
「普通のスカートならおとなしいけどね。ここ、左足の前にね、こんな感じに太ももくらいまでスリットをつけるの。立ってるとわかりづらいけど、座ると太ももまで丸見えでしょ? 相手が座る場所は限られてくるよね?」
ハルの顔がぱあっと輝いた。
「あ、それいい!! スリットにこうやって手を伸ばされたら、恥ずかしくてモジモジしそう!」
「ねー、いいでしょ?」
二人は『攻められ方』についてすごく盛り上がっている。お腹に手を入れられて、ずーっと触られ、揉まれ、スカートのスリットに手を伸ばされる……、そういうものなのか。一つ勉強に……なったのかな。でも、独り身の人はどうなんだろう。
本当に、普通の女子はこういうことを考えているのだろうか? 他に聞ける人がいないから、そういうことにしておこう。
いつの間にか、二人の話題は次に移っていた。次は、冬の服。
アヤネが早速アイデアを出してきた。
「冬は……結構、明度というか、コントラストがハッキリしてるのがいいんだよね。」
メイド? メイドってあれじゃないの? 聞いてみよう。
「なんでメイドさんが出て来るの?」
「?? メイドさん? ……あはは、メイドさんじゃないよ、明るさのこと。」
ハルがちょっと笑いながら言う。
「明度っていうのはね、明るさの度合いのこと。濃くなったり、薄くなったりってことね。
もう一つ、彩度っていうのがあって、それは色彩のこと。このふたつを組み合わせて、グラデーションみたいに色がたくさんできるんだよ。ちょっとずつ違う色がいっぱいあるからこそ、さっきの紅葉みたいなことができるんだ。」
そうだったのか。
「例えばこういう、濃い茶色。で、冬だったら、こんなラインのニットワンピとか。体のラインがおぼろげに見える感じ。こんな風にノースリーブで太もも丈のニットワンピに、中に重ね着するとすれば、カズキは何着る?」
「うーん、どうしよう。コントラストが大事なら、オフホワイトのシフォンとか?」
一生懸命考えて出した答えを、アヤネが褒めてくれた。
「いいねぇ。シフォンだったら、肌が透けて見えるね。じゃあ、肩から先は、シフォンね。でもこれじゃ、ちょっと可愛さが足りなくない? どう、ハル?」
ハルがアイデアを出す。振られた以上、答えないわけにはいかない。
「袖先にレース?」
「レース、こんな感じ? もう少しクシュクシュにする?」
「ちょっとクシュってしてたほうがいいかな。あ、裾から長めにレースが覗いてるのもいいかも。襟元も。」
「アンダー用のシフォンとレースのワンピを着るのね? いいと思うよ、こんな感じでしょ?」
アヤネがささっと色鉛筆を動かすたびに、服のデザインが出来上がっていく。
「そうそう。アヤネ、レースって触りたくならない? クシュっていう手触りを楽しみたいっていうか。」
「なんかわかるぅー! 手を撫でるのと一緒に袖先のレースさわさわ、首筋と一緒に襟元のレースさわさわ、あとは太もも……」
「……キャー!!」
また二人できゃあきゃあ盛り上がってる。そうか、レースって見せるためだけじゃなくて、触ってもらうためにもある……の? なんか、私の思考は置いてけぼりで、アヤネとハルの二人で話が進んでいく。
そうか。人のために服を選ぶんだ。おしゃれには、そういうモチベーションもあるんだ。
「じゃあ、足はどうする?」
「このまま普通のストッキングじゃ寒々しいもんね。黒タイツに、ロングブーツ?」
「そんな感じになるねー。黒タイツにロングブーツ……、ねえカズキ、こんな感じ。どう?」
服のデザインは素敵。かわいいし、ちゃんと季節感がある。色のコントラストも、いい感じに仕上がっている。
「かわいいよね。冬だからできる重ね着って、楽しまなきゃ損だと思う。」
「でしょ、でしょ?」
アヤネがご機嫌だ。でも、やっぱり『攻められかた』を考えて興奮してるように見えるのは気のせいなのかな……。
「カズキ? お財布と相談しながらいい服を選ぶのって、パズルみたいで楽しいんだよ?」
「肌触りって重要だよ?」
二人に迫られたボクは、なんか困った顔をしてると思う。
「次は春ものね。春ものは、そうだなあ、かぶって着るタイプの、襟周りが広めでゴムのブラウスとかどう? ゴムだから、肩を出すこともできるの。
ゴムの部分にはスモッキング刺繍でアクセント、こんな、ジグザグのやつね。
ウエストはブラウジングしてあって、袖も、袖先から10センチくらいのところがしぼってあるの。腕を下ろすと、同じ高さのところで絞ってある感じになるね。」
今回は色は後回しなのだろうか、普通の鉛筆で輪郭を描いていく。
「シルエットはスッキリというより、ブラウジングがアクセントになって、全体的にふんわりする感じかな。イラストにすると、こんな感じ。ハルなら、肩は出す?」
「もちろん! 肩にキスされたりするのを考えると、萌えるよねー!」
「カズキはどう? 肩はどうする?」
「私は出さないなあ……。肩出すなんて、考えたこともないよ。」
正直に答えると、
「甘いな。これからこのアヤネ様がしっかり鍛えてあげるから、覚悟しなさいよ?」
アヤネの目が光った。
鍛えられるって、何やるんだろう。洋服から改造されるのかな?
それとも、下着? アクセサリー?
トータルコーディネートされるのかも。でも、アヤネにコーディネートされると……。
想像するのも怖い……。私の知らない世界に連れて行かれそう。
「じゃあ、スカートは、オレンジのチュールスカート。
大人っぽく演出するなら、色に少しベージュやグレーを足すんだよ。おとなしいイメージになるの。ちょっとベージュ寄りのオレンジだと、色鉛筆で言えば……こんな色かな。でも、まだ女の子だからパステルオレンジにしよう?」
アヤネが、パステルオレンジの色鉛筆を取り出して、さっきのブラウスの下にスカートを描き出した。
「チュール自体がパステルオレンジのレース柄になってるの。裾がスカラップになっていて、膝下丈、これくらいの感じかな。」
さすがにレース柄を描くのは大変だから、柄は入っていない。それでも、何かそれっぽいものを想像してみる。
「春だから、軽やかにいきたいよね。もちろん、裏地は必須!こっちはもうちょっと淡目、ペールオレンジで、チュールレースの色をはっきり出したいな。もちろん、トローっとした、肌触りのいい生地じゃなきゃだめ。そうすると、レースの動きがしっかり出るからね。どう?」
アヤネが、ササッと描いたイラストを見せてくれる。
「いいね、スカートの裾がかわいいね。ウエストはゴムにする?」
ハルが食いついた。
「そうだね、ある程度フレアになるし、揺れる感じも楽しめるよね。カズキ、どう?」
「パンツっていう選択肢はないんだね。」
と口に出したら、ハルが、とんでもないという顔をした。
「当たり前じゃない、せっかく春なんだよ?冬から一肌脱げる、嬉しい季節なんだよ?楽しまなくてどうするの!」
言われてみればそうだな。雪が溶けるように、心が軽くなる季節。楽しまなきゃ損だ。
「じゃあ、上の色考えてみよう?シルエットは決まったけど、どんな感じの色にする?」
アヤネが、色鉛筆のバッグを私の膝においた。
「触ってもいいの?」
「もちろんだよ!カズキが選んでみて?」
たくさんの色鉛筆を前に、ああでもないこうでもない、こうでもないと、自分の中でシミュレーションする。
「お固く考えなくていいよ、色合わせの練習だから。」
ちょっと力が抜けた。今まで、男の子っぽい格好してたから、色合わせなんて考えたことなかった。
「えーっと、せっかくスカートがパステルカラーなら、ブラウスもパステルカラーのほうが馴染みがいいよね……。」
「ウンウン、そんな感じ。いいよいいよー。」
「この中だと……、オレンジは色がかぶっちゃうからパス、無難なのは白かなあ。」
何本か色鉛筆を取り出して、スカートの上に合わせてみる。
「……これ、淡いイエローとかどう?」
「おお、そう来たか。じゃあ、色塗ってみようか。」
アヤネが手早くブラウスに色を付ける。まるで魔法みたいに、ボクの選んだ色がブラウスになっていく。
「どう? こんな感じになったけど、イメージどおり?」
「うん!」
アヤネもハルも嬉しそうだ。ボクも、これで一つ進歩したのかな。
「次は夏物ね。下は、カズキのリクエストもあったから、パンツにしてみようか。外に出るなら、本当はマキシのロングスカートのほうが涼しいんだよ。くるぶしくらいまであるやつ。紫外線や赤外線も遮ってくれるし、空気の入れ替わりがあるから。パンツやミニ丈だと、地面からの熱を受けて、空気の入れ替わりがないから、かえって熱く感じるの。
でも、今回はエアコンの効いたお部屋でいちゃつく設定だから、超ミニのパンツでもOKだよね。
えーっと、こんな感じで、太ももの際ギリギリくらいの、ミニフレアパンツとかどう?裾にも細かいフリルが入ってて、こんな感じの深いブルーの、光沢のある感じ。ウエストは、おへそは出るよね、もちろん。」
アヤネがさっとフレアパンツを描いた。み……短い……。そして、いつもながら、手際が良い……。
「ちょっと短くないかな……。下着見えちゃわない?」
「そこはギリギリを攻めるんだよ! 直に太ももをさわさわされるんだよ? もう、ドキドキするじゃない! そういう、ドキドキ感も含めて、おしゃれなんだから!!」
ハルが熱く語る。
そうなのか……。
「そう、ハルの言うとおりなんだよ。自分の好みだけだけじゃなくて、相手が喜んでくれるような服を考えるのも必要なの。最初から露出が多い服を好む人もいるし、しっかり隠されてる服の中に隠れてるセクシー下着に萌える人もいるし、一枚ずつ脱がせてその過程を楽しみたい人もいるし、マッパにアクセだけ、例えばネックレスとアンクレットだけとかがいいっていう人もいるし。性癖って色々あるから、いろんなパターンを研究しといたほうがいいかもね。自分が好きな人の好みも研究しなきゃだめだよ?」
アヤネが、しっかり私の目を見て言った。
「それじゃあ、夏の上着は涼やかに、スケ感のある、シフォンのブラウスにしようか。襟があって前開きで、白地。色味に藍色から水色の幅のある、青が基調にしてある模様があると、もっと涼やかになるよね。小花柄もいいけど、まだらっぽいけどよく見たら花柄、みたいなのもいいかぁ。裾を結んでもいいなあ。こんな感じね。」
ブラウスが2つ、描かれる。裾を結んだデザインと、そうでないデザイン。
「パンツもおへそが出てるし、もちろん中にキャミソールは必須だよね。デコルテをきれいに見せなきゃいけないから、お肌のお手入れもちゃんとしないと。鎖骨が好きな男子も多いからね。」
話している間に、アヤネの色鉛筆の先から、あっという間にデザインができてくる。
ラフなデザインだけど、雰囲気がちゃんと伝わってくる。
「キャミソールはブラキャミソールで、レースのやつ。白から青系の色、水色とかだと涼し気でいいね。上下そろって青系統だと、青空や海みたいな爽やかな感じがするし、夏っぽさがするね。淡いグリーンでも、涼しげかも。」
どこかで車窓から見た、青い空と青い海と水平線が目に浮かぶ。
「こんな感じ、どう?」
急に現実に引き戻された。
これにも、ハルの食いつきがいい。
「これいいーーー! 後ろから抱っこされて、首筋や鎖骨を攻められて、ウエストやおへそを攻められて、太ももも攻められるんでしょう? これいいよ、アヤネ! そう思わない、カズキ?」
「う……うん……。」
実はまだ同じ部屋に二人きりで男性と過ごすことが想像できないけど。私にもそんな日が来るんだろうか。
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