第3話 神社でお泊り

 カツくんと小郡さんが教習に行ってる間、一晩だけ綾音が泊まりにきてくれた。

 古い神社の中にある生活空間を見せるのは、そうそうない機会だ。


「ごめんくださーい……。」

 いつもよりちょっと緊張気味の綾音を迎えたのは、ボクとおじいちゃんだ。

「ああ、よく来たねえ。古い建物だけど、くつろいでもらえるといいけどねぇ。」

「ありがとうございます。お邪魔します。神社の方が住んでらっしゃる場所ってこんな感じなんですね。いつも外側から見ているだけなので、実はちょっと中身が気になっていたんですよ。ほんと、勉強になります。」

 うちは由緒ある神社だけあって、建物自体も古く、和風建築だ。傷んでいるところがあっても、近所の方々が手助けしてくれるから、うちの神社はやっていけてる。近所の人の信心で成り立っている神社なので、こちらも祭事には手を抜かないし、人との縁を繋いでいくように努力する。できれば地域の生活の一部でありたいものだ。

「神社は平安時代に建てられたものだけど、時勢にあわせて、居住空間はこうなってるねぇ。さすがに平安時代の生活を今でも、というのもねえ。歴史があるといっても、修理はするし、増築や改築もするんだ。それでも、この建物は明治期くらいかなぁ。」

 若い女性と話すおじいちゃんは楽しそうだ。というか、おじいちゃん一人でしゃべってる。

「ここがカズキの部屋だねぇ。荷物はそこに置いておいで、家の中を一周しよう。」

 家を案内しているのは、なぜかおじいちゃん。女子大生とお話しするのが嬉しくてたまらないらしい。

 どんどん足を進めていたそのおじいちゃんが、一歩足を止めた。

 我が家には、家の中心にある中庭に古い井戸があり、現役で活躍している。祭祀にも使う重要な井戸で、この井戸が枯れてしまうと国が終わる、という言い伝えが残っているから、大事に使っている。 祭祀の時だけ使っているのでは水が傷んでしまうので、普段お米を炊いたり、主に料理、口に入るものに使っている。もちろん、神様に捧げるものにもだ。 普段の食事で体の中からきれいにしておいて、体の外は禊の時にきれいに洗い流す、という考え方だ。

「だから、この井戸は絶対に枯らしちゃいけないんだよ。」

「そうなんですか。」

「神様が降り立った所にはね、必ず井戸があるんだそうだよ。」

「井戸ですか?」

「その、特別な井戸のことを、真名井まないというんだそうだ。」

「真名井?」

「その真名井で汲んだ水で、神様にお仕えするんだねぇ。それは、高千穂にもある水源だよ。高千穂のはちょっと規模が大きくて、天の真名井と呼ばれているねぇ。」

「高千穂って、天孫降臨の、ですか?」

「よく知ってるねぇ。全国にもいくつか真名井があって、その一つがこの井戸なんだねぇ。」

「神様と繋がってる井戸……ってことですか?」

「面白いことを言う子だねぇ。まあ、そういう考え方もあるかもしれないねぇ。」

 綾音の緊張がすっかり解けたようだ。いつもの綾音の笑顔。

「神様へのお供えも?」

「そうだねぇ、御神酒用のお酒は、この井戸の水で醸してるねぇ。

 酒米も、農家の方に御神酒用に特別に作ってもらってるからねぇ。品種がちょっと違うんだよ。その酒米のために、地域の方はお田植え祭りも、収穫祭もやってくださってるよ。」

「神様、お幸せでしょうね。」

「何でそう思うのかな?」

「大事に大事にしてもらってますよね。神様が人々を守って、人々が神様を慕って、敬って、昔ながらの信仰心が残ってる土地って言うか。うまく言えないんですけど、自分の近くにこんなところがあったなんて。」

「口だけで信仰心とか言う輩も多いけど、神様を大事に、真心で向かうという気持ちが大事なんだねぇ、きっと。

 独りよがりじゃなくて、純粋に、心を清めて神様に向き合わないと、感じ取れることも感じ取れなくなるからねぇ。その点、この地域の人は信心深くていいねぇ。」

 綾音は、興味深くおじいちゃんと話している。特に、井戸については聞きたいことが多そうだ。

 綾音が興味深そうに聞いてくれるから、いつも饒舌なおじいちゃんが、さらに口が滑らかだ。

「うちの井戸にはポンプはついてなくて、未だに釣瓶つるべで水を汲むんだねぇ。重労働ではあるけど、毎日それをやって、はじめて神様に向き合うことができるから、この役目は他のやつには譲れないんだよ。水を汲み上げながら、いろいろ考える、いい機会なんだねぇ。」

「その間、神様といろいろお話しするんですか?」

「こりゃぁ、面白いこと言う子だ。うーん、お嬢ちゃんの思ってる通りだよ、と答えるしかないのぉ。」

 おじいちゃんは、神様がらみの話では嘘をつかない。そのおじいちゃんが答えに困った。ボクだって、神様とお話したことない。でも……。綾音、あなた一体……。

「それに、おじいさんが、おばあさんのお仕事を支えてるんですね、素敵。」

「照れるねぇ。」

 さっきまでの冷や汗とは一転、おじいちゃんが本気で照れて頭をかいてる。やっぱり若い女の子はいいんだな。おばあちゃんには内緒にしてあげようかな。

「おじいさん、お水飲ませてもらってもいいですか?」

「もちろんだよ、今汲んであげようねぇ。」

 おじいちゃんが釣瓶で汲み上げた水を、綾音が手で掬って口に含む。口元がちょっとセクシーだ。

「美味しい。これが神様のお水なんですね。」

「ははは、そうだね。神様に繋がるお水だねぇ。」

 おじいちゃんが嬉しそうだ。


「この神社は、平安時代にはあったんですよね?」

「そうだねぇ。」

「ということは、この井戸も、少なくとも平安時代から、もしかしたらもっと昔からこの辺りの人を見守ってきたんですね。」

 その場で手を合わせた綾音のしぐさを見たおじいちゃんが、後で話していた。やはりあの子は、本能的に神様への畏怖を感じることができる子なんだね、と。

 そして、ふと思った。

 井戸を掘るのは、すごい重労働。

 いつ水がでてくるかわからないし、いくら掘っても水が出てこないかもしれない。

 それでも、ここに井戸があり、1000年ほどの間、ずっと水がでている。

 どうして、昔の人は、ここに井戸を掘ればいいって知ったのだろう?

 現代の技術がない昔の人が、なぜ、ここに井戸を掘る決断をしたのだろう?

 ただの偶然、じゃないよね。

 これは水が枯れると国が滅ぶ真名井だ、なんて大げさに言われてるけど、時代とともに尾ひれがついた話ではなくて、ひょっとして、真実だったりするのかな?

 おじいちゃんも、本当に神様と井戸端会議しながらお水を汲んでいるのかな?

 ここの神社を継ぐことになったら、今と違う世界に足を踏み入れることになるのかな?

 神様が空想の世界のいるかもしれない、でもいないかもしれない存在から、実感をもって実在することがわかる存在になってしまう。

 お仕えする相手の神様が本当にいることがわかったら、いろいろお話することができるのかな? お願いしてばっかりにならないよう、頑張らないと。お姿は……さすがに無理だよね。でも、それには、まず神様にボクが認められるところから始めないとだめ。

 いろいろ考え事をしていて気づいたら、おじいちゃんが拝殿へ繋がる控え室や応接間、社務所まで案内し終わっていた。そろそろ一周するあたりだったから、ボクがおじいちゃんを追い出した。

「おじいちゃん、綾音はボクのお客さんだからね?」

「はは、そうだねぇ、和希がはじめて連れてきたお友だちだ、このへんにしておくか。」

「おじいさん、また後でお会いしましょうね。」

 綾音が軽く手を振ると、

「用があったら居間にいるからねぇ。」

 と手を振り返して、おじいちゃんはやっと綾音とボクを解放してくれた。若い女性のお客さん、嬉しかったんだろうな。綾音とも仲良くなれてよかった。少なくても、こういう話に興味がある若い子なんて、絶滅危惧種に近いと思う。


 ボクはそのまま、自分の部屋へ綾音を案内し、戸を開けて

「どうぞ。」

 と迎え入れた。

 ボクの部屋は、シンプルだ。机と本棚、収納が少し、あとは着物の陰干しをしている几帳があるくらい。ベッドもないので、寝るときはお布団を敷いて寝る。

「へえ、ここが和希の部屋なんだねー。ねえ、入り口、ふすまじゃないよね?」

「うん。珍しいでしょ?冬は板戸で、これは夏用の戸なんだよ。」

「夏専用なの!?」

「そう。板戸はわかるでしょ?」

「うん。」

「あれが冬用。これは、中が見えないように、風が通るように工夫してある、昔ながらの戸なの。すだれとかわかるでしょ?あれで作ってあるんだよ。夏建具たてぐっていうんだけどね、簾戸すどっていうんだ。」

「すごいねー。そういえば、昔の人が『家を建てる時は夏を基準にしなさい』って言ってたよね。」

「そうなんだ。打ち水とかも、そういう知恵でしょ? 夏建具はね、衣替えと同時に変えるんだよ。」

「家も服も一緒に衣替えかあ。面白いね。そうやって、日本人は季節を感じてきたんだなぁ。大事な文化なのに、受け継ぐ人が少なくなって、なくなっちゃうのは惜しいね。」

「そうなんだ。せっかくの日本人の知恵なのに、もったいないよね。うちはこういう生活をしてるから、エアコンがないの。応接間とかにはあるけどね。」

 ふと見ると、几帳きちょうに掛かっているしゃの振袖に、綾音が釘付けになっている。

「こんなスケスケの着物もあるの? 初めて見た。」

「これはね、真夏用の、シースルーを楽しむ着物。」

「着物なのにシースルーなの!?」

「花嫁衣裳の白い打掛うちかけ」あるでしょ? 最近は季節問わず、あれの上に重ねるのが流行ってるみたい。うち、神社でしょ? ロケーションもいいし、結婚式前に写真撮りたい人が多くてね。」

「うんうん。」

「で、このシースルーを通すと、白無垢の織りの柄が透けて、動きが出るんだよね。見た目もかわいいしで、結構人気があるんだ。」

「ほんとに透けてるよねー。これも昔からあるの?」

「文献では、平安時代の部屋着だったみたいだよ?今で言う、上下スエットみたいな感じ?」

「は? 部屋着ってことは、素肌の上に着たの?」

「そう。さすがに、下は袴とか履いてたみたいだけど、上はスケスケ。」

「えーーーっ。ありえないって。」

「これはあくまでも真夏の部屋着としても使われてたものだしね。単袴ひとえばかまっていうの。源氏物語とか、女性が十二単の上はだけて丸出しにして、くつろぎながら碁を打つシーンとかあるし。」

「…………私も着たい!」

「はい? もしかして、上はだけて丸出しするの?」

「違ーう、このシースルー着てみたいの! 和希がエアコンないって言ってたから、ショートパンツとチューブブラ持ってきてあるから!!」

「まじで……?」

「やるったらやる! 羽織ってみたい!! いいでしょ!?」

「……いいけど……。」

 普段の綾音は、まだおとなしかったんだ……。押しが強くてビックリしちゃった。

「じゃあ、ちょっと待っててね、着替えるから。」

 ボクが慌てて止めた。このままだと、着替えが丸見えだ。戸が閉まってるからと言っても、それは避けたい。

「ちょ、ちょっと待って、几帳の着物取り替えるから!」

「???」

「これ、透けてるでしょ?透けない着物に取り替えるから。カーテン、っていうか、更衣室代わりにするから。」

「!! 几帳ってそういう使い方もあるんだねー。」

「もともとそういう使い方なんだけどね……。じゃあ、ちょっと待っててね。」

 手早く着物を透けないものに取り替えたあと、綾音が中に入って服を着替え始めた。

 その間に、部屋に置いてあった陰干し待ちの紗の振袖をかき集める。

 着替えながら、綾音が聞いてきた。

「和希んちって、なんでこんなに着物があるの?」

「神社だから。」

「へ?」

「家で結婚式挙げる方に、貸すことがあるんだ。結婚式の前撮りする人いるでしょ?神社のロケーションだけのときは貸さないんだけど、うちの神社で挙式する方にはお貸しすることもあるんだよ。」

「ああー、神社で前撮りする人、いるね。」

「貸衣装屋さんのも選べるんだけどね、うちで挙式する人は、少し値が張っても、うちの衣装を使ってくださる方が多いよ。」

「やっぱり、正絹と化繊って違うんだよね。」

「そう、落ち感とか、透け感とか、照りとかね。昔から神社やってるだけあって、古いものとか、いろいろ手持ちはあるんだ。でも、保管したままじゃ着物も傷んじゃうから、たまにはこうして陰干しして、深呼吸させてあげるの。さあ、着替えは終わった?」

「着替えたよ。って言うか、ほぼ下着姿に近いけど。」

「じゃあ、着物持って入るよー。今あるのは、これくらいかな。好きなの羽織ってみてね。」

 綾音が目をキラキラさせている。

 綾音を几帳の中に残して、ボクは姿見を持って来た。二人でファッションショーだ。

 ボクは綾音の言うままに、綾音が持参した、白地に大きな赤い花柄のミニキャミドレスに着替えることになった。

「たまにはこういうのも着ないと、って持ってきたんだ!」

 いつもパンツ姿だし、肩も出したことがない。こんな短いスカートだと足が心もとない。絶対外では着られない。でも、家の中だし、綾音と一緒だし、まあいいか。

 先に準備ができていた綾音が、まずは淡いピンクに手を伸ばした。

「この透け感がたまらないね。でも、この色にブルーチューブブラにショートパンツだと、反対色だから難しいなぁ。透けすぎる気がする。あからさまな感じ。肌も丸見えだしなあ……。もう少し濃い色で隠したいかなあ……。そうだ、和希、これ羽織ってみてよ。」

 ピンクかあ……。今まで縁のなかった色だ。ちょっと気が引けるけど、袖を通してみる。

「どう?こんな感じ?」

「いいじゃんいいじゃん、中の赤い花柄と、外の紗の布地が動きがあっていい感じ。やっぱり同系色は相性がいいね。ね、歩いてみて?」

「えーっと、こう?」

 襟先を持って数歩歩いてみた。

「いいねー、写真に撮りたいくらい。」

「だめーっ。撮らないでよ?」

「わかってるよー。でも、晴人には言うかも。」

「ダメー!」

 そう言い合っている綾音は、まだチューブブラにショートパンツ姿だ。

「綾音こそ、まだあられもないい格好してるけど……。上から羽織らないの?」

「あ、そうだ、この上にはどの色が合うかな……。」

「……同系色なら……これとかどう?」

 ボクが一枚を選んで渡した。藍色の、シャリ感のある生絹すずし。ちょっと固めに感じるけど、軽くて、空気が通るから、涼しい。

「あ、これいい! 羽織ってみると、見えそうで隠れてるこの感じ、たまらないね、よだれが出そう!」

 綾音が姿見に見とれている。じーっとして、何か別のことを考えてるっぽい。

「よだれつけないでよ? お手入れするのボクだからね?」

 と、一言釘をさしておかないといけないみたい。それくらい、綾音が夢中になっている。

「同系色で暗めの色だと、下に着てるブラとショートパンツが浮き上がって見えるね。白無垢の上から着るってこういうことなんだ。」

「袴の上に何もつけずに着てたって記録が残ってるけど、さすがに見苦しいっていう意見もあったみたいだよ。でも、上半身はだかで着るっていう着方は、平安時代からあったみたい。」

「じゃあさ、その、見苦しいって言われてる着方してみたい!」

「えーー? 上半身裸で?」

「ほんとは袴の代わりに湯文字にしたいけど、仕方ないもんね。このショートパンツの上から着るよ。」

「湯文字なんて、綾音よく知ってるね……。うち、あるよ?」

「あるの!?」

「あるよ、ボクのなら……。」

「貸して!!」

「マジで?」

「マジ! 早く!!」

「えーっと……一応下着だから新品あげるね。これ。どうぞ。」

「やったー! じゃあ、湯文字姿に羽織るのは……このへんかな、ちょっと赤みがかった茶色。はだの色がいい感じで隠れるよね。」

「そう…だね。」

 綾音は几帳の向こうで、嬉々として湯文字姿になっている。

 綾音って、こんな性格なんだ……。小郡さん、振り回されてばかりで大変だろうな。

 むしろ、小郡さんのようなおとなしい性格じゃないと綾音を受け入れられないかも。

「湯文字付けたー。和希、さっきの茶色の着物くれるー?」

「いいよー。」

 一応、目は反らしながら綾音に着物を手渡した。

「どう?こんな感じ。」

 ボクに見せながら、綾音は腰をひねって姿見で自分の見え方を確認している。

「やっぱり、胸が透けるのは恥ずかしいよね、乙女心として……。でも、生地は透けてるけど、着物の色のお陰で肌の色ははっきり見えないから、いろいろ冒険できるね!湯文字が浮かんで見えるのもいい感じ。」

 独り言を言いながら、いろんなポーズを決めている。

「あ! これ、いいんじゃない!? ね、和希、見てみて!?」

 後ろを向いて、こちらを振り向く格好。紗の振り袖で、湯文字を隠しつつ透かして見せつつ、上半身は振り袖を持った両手で隠して、振り向き美人。

「こうすると、新婚さんっぽい初々しい感じ?」

 綾音は嬉しそうだ。生地と湯文字とが重なったところに動きが出て、隠れてるはずなのに、色っぽい。大きな胸は隠してるけど、ひねったウエストと脚は隠せてない。シースルーの色っぽさって、こんなのなんだな。隠れてるけど隠せてない、そんな感じ。

 でも、初々しい新婚さんはこんなこと考えないような気がする……まあ、いいか。

「ねえねえ、晴人に写メ送りたいの、手伝って。」

「え、送るの?小郡さんに?この姿を?」

「絶対羨ましがるから!はい、これ、私の携帯。まず、この姿で撮って。」

「はーい、撮るよー。」

 パシャリ。

「ありがとー。じゃ、次。どんな姿がいいかな」

 姿見の前で立ったり座ったり、忙しそうだ。小郡さんに見せてあげたいんだろうな。ただ単に自慢するだけじゃないはずだ。

 新婚さんっぽいポーズをわざわざ送るあたり、かなり手慣れた感じだ。

「ねえねえ、こうやって腕を枕にして横向きになってたらどう?」

「うーん、それなら、袖を通さずに上から掛けただけの方がよくない?肩出してみるとか。撮ってみようか?」

 カメラ目線でパシャリ。もう一枚、胸元から上をパシャリ。

「あー、そうだね、いかにも『後』って感じで、これもいいね。じゃあ、あと1ポーズくらい考えようかな」

 綾音がまた立ったり座ったりしだした。ボクの扇子で胸を隠した。髪型も変えてみた。そのうちに日も傾いてくる。ああでもない、こうでもない、これどうかな、こっちがいいかな、とポージングしながら、ちょっと笑える顔をしたりして、待ってるだけだけど飽きない。飽きさせないように、楽しませてくれてるんだろうな。「碁盤もってきてー!」と言われたけど、机で我慢してもらった。背景の振袖もいくつか変えてみた。お友だちといるって、こんなに楽しいんだ。

「よし、決まった!最後のポーズ、こんなのどう?」

 綾音が横座りして、肘を床について、伸ばした脚が裾のあわせからちらりと見えている。くびれたウエストラインが淡く透けて見えて、胸元は手で振り袖のたもとを持って隠している。顔はカメラ目線。

「すごーい。色っぽーい。じゃあ、撮るね。」

 パシャリ。胸元から上もパシャリ。

「ボクからリクエストしていい?そのまま顔を肘の方向へ向けて、遠くを見て?あえてカメラ目線外したらどうなるかな?」

「こうかな?」

 パシャリ。

 撮れた写真を綾音にチェックしてもらう。いい感じで日が落ちてきてたから、光線も絶妙。なんだか憂いを含んだみたいな感じに撮れた。

「これとこれとこれと……。文章はこれ!よし、送、信!」

 写真を見て一瞬吹き出す小郡さんの顔が目に見えるようだ。で、カツくんにわからないように、改めて隠れて見るんだろうな。

「ねえ? 和希。」

「なーに?」

「今の和希、すごい自然な表情してるよ? すごく女の子っぽい格好してるのに。」

 言われるまで忘れてた。ボク、綾音のドレス着てたんだっけ。

「振袖を壁紙みたく使えるとか、このチャンスを活かさないともったいないって! もうね、心がほわーってなっちゃうよ。理想の女の子の部屋って、意外とこういうものだと思うの。」

「ファンシーグッズとかないけど?」

「今日、わかった。この部屋は心が満たされるの。木と畳のおとなしい感じの色合いで、ただでさえ心が落ち着くのに、そして、表情をいろいろ変えることができる。

 スペースの大きさも几帳をずらせば変わるし、几帳の柄も雰囲気にあわせて変えられるでしょ? きれいな振袖に囲まれて、きれいな和服を羽織ったら、乙女心が満たされるよねー。」

「なんとなく、わかるような、わからないような。」

「いい? この環境を活用しなかったら、もったいないんだからね!

 今度は雰囲気に合った服とか小道具もっと持ってきて、いっぱい写真とるんだから!」

 お遊びはそこまでにして、服を着替え、使った着物を畳み、お風呂に入って食事をとった。

「これ、撤饌てっせんだから縁起物さぁ。井戸の水も使ってるから、体の調子もよくならぁ。」

 神社の夕食は朝のお供え物のおさがりを調理する。神前に供えられたものなので、神様と同じものを食べることになる。余ったお供え物は、よく神社の掃除に来てくださる方々にプレゼントしている。神頼みに必死な人は多いけど、そういう人に限って「お供え物のおさがりをください」とは言わない。速効性を求めても、そんなに意味はないのに。神様だって、急に現れた者の身勝手な願い事を聞いてなんていられないのに。大事なのは日々の積み重ねと、神様を尊重する心構え。

 後、たわいもないお喋りをしながら、その日はいつのまにか寝てしまった。

「白無垢も悪くないかも……。」

 寝る前に、そんな寝言が聞こえたような、聞こえなかったような。

 綾音が神様とお話しできたとしたら、どんな話をするんだろう。

 ボクだったら、何を話すんだろう。


 翌朝。


 綾音を起こさないようにそっと起き出して、いつものように朝食の準備を手伝ったら、もう7時だ。そろそろ、起こさなきゃいけない時間。

 いつものように誰にも気づかれないように、自分の部屋の前でスマホを取り出した。

「カツくん? おはよう。 ……ちゃんと起きた? ……今日仮免なんでしょ? ……頑張ってね。……じゃあね」

 プチッ。さあ、今日も頑張るぞ!


 と思っていたら、自分の部屋の戸が開いて、中へ引きずり込まれた!

「かーずーきーちゃーん……?」

 ドスのきいた声。寝ている綾音を起こさないように、気をつけて小声でしゃべったのに!

「今、なんか話してたよねぇ?」

「いやぁ、なんのことかなぁ……?」

「後ろに隠してるそれ、見せなさい!」

「は、はいぃ!」

 綾音にも小郡さんにも知らせてなかったスマホ。ばれちゃった……。

「かずきちゃん、これはいつから持ってるのかなぁ?」

 顔は笑ってるけど、目が笑ってない。怖いよ綾音……。

「えっと、カツくんが自動車学校に行くちょっと前……。」

「何で教えてくれないのよ!」

「だって、内緒にしといた方が面白いって、カツ君が。」

「?? 一緒に買いに行ったの?」

「うん……。」

「一緒に選んだんだ?」

「うーん、ボク初めてだし、機能がよくわからなくて、だったら一緒の機種の方が教えやすいからって。」

「お揃いなの!?」

「うん……。」

「今、何話してたの?」

「朝起こしてって、カツくんが」

「モーニングコール!?」

「そうなのかなぁ……。」

 綾音がプッ……ククク、と吹き出して、その後笑いが止まらなくて、涙まで流し始めた。

 あっけにとられてるボクに、

「わかったよ。じゃあ、晴人にはまだ内緒にしといてあげる。その代わり、私には番号もメアドも教えてよね?」

「もちろんだよ!」

 バレちゃったもんね、仕方ない。カツくんには綾音にはバレたって言っておかないと。小郡さんには……まだいいよね。

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