27話:幸せな死

 壊れた飛竜車の前で少年が落ち着かないように動き回っていた。

 そわそわ、うろうろと彼、ヤガミハルトは行ったり来たりしながらひたすら二の足を踏んでいた。

 リーゼロッテが漆黒の男との戦いに向かった後、まず二人は飛竜達の傷を治すことにした。

 幸運なことに二頭とも走れないような大怪我はしていなかったので、手早く治すことが出来た。

 その後はハルトが食料を持っていこうと奔走し、壊れた馬車から保存食を確保すると、馬車から布を切り取り保存食を包み込んで飛竜達の身体に巻き付けた。

 他に忘れ物はないはずだ。後は飛竜に乗って逃げるだけ――

 と、言ったところでハルトは決断できないまま愚図愚図と踏ん切りがつかないまま今に至っていた。

 

 ハルトはリーゼロッテを置いて行きたくなかったのだ。それだけ聞くと仲間思いの心優しい少年と思われるだろう。

 だが真相は違った。ハルトはリーゼロッテから離れたままモニカと旅を続ける自信がなかったのだ。

 この、辛く厳しい異世界で、何の力も持たない子供の二人だけでどうしても生きていける自信がなかった。

 モニカの魔法で食べていく………ようなことも考えたがその先に待っているのは果てしない闇が広がっているようにしか思えない。辛く苦しい悲しみが待ち受けているような気がしてならない。

 それに――と言い訳をするように自身に言い聞かせる。

 リーゼロッテは戦いに負けたわけじゃない。リーゼロッテが勝った場合すぐに治療にいかないと命が危ういかもしれない。

 ハルトはゴミ山のことでの出来事を思い出す。まさしくあの状況がそうだった。

 あの状況でモニカが治療してくれなければ確実にハルトは死んでいただろう。命を張って戦ってくれているリーゼロッテが同じような目に合って治療を受けれず死んだとなってはそれは悲しすぎるではないか。それだけは回避しないといけない。


 いつまでも決心できない自分に言い訳をするように、何度も頭の中で弁解すると、隣の俯いたままの白い少女が突然立ち上がった。


「――ロッテがこっちに向かってる!」


「マジか! やったな、おいっ!」


 少女の言葉に、ハルトはキリキリと痛み始めていた胃を擦って率直な感想を吐き、金色の騎士の安否にやっと一息を付いた。

 向かっているということは余り怪我もしていなさそうだ。どうやら、自分の心配も空回りだったらしい。

 自然と口角も上がってくる、後は壊れた馬車をどうするのか、馬車を捨てるなら飛竜に直接乗るのだろうが、自分はどうしようかと、些細なことを悩むハルトの傍に佇むモニカの顔が徐々に徐々に険しくなっていっていることにハルトは気が付かなかった。


 何度も何度も鼻を鳴らして、金色の騎士の『匂い』を確認するモニカの顔は晴れない。

 首をかしげて、再びつま先足立ちになる彼女の様子を見てハルトは疑惑の言葉を向けた。


「どうしたんだモニカ? リーゼロッテが向かってきてるのだろ?」


「う、うん、向かってきてるのだけど………………」


 モニカはうかない顔をして、もう一度、魔力の匂いを確認して険しい表情をする。


「………ロッテだよね? これはロッテの匂い? 違う?」


「………どういう意味だ? リーゼロッテが近付いているならリーゼロッテの匂いに間違いないだろ?」


 要領を得ない、少女の言葉を受けてハルトは首をかしげながら荒れた荒野の大地を眺める。

 遠く視界の片隅に確かにこちらにゆっくりと向かっている人影が見えて、ハルトの心は高鳴る。

 高鳴り、高鳴り続けて………。

 近付いてくる人影の姿が見えた時、高鳴りは悪い感情の高鳴り方に姿を変えた。

 

 漆黒の男がゆっくりとこちらに向かってきていた。

 男の姿は傍目で見ても、満身創痍と言った姿をしていた。黒い外套は半分以上が破け元の姿を保っていない。男の半身は輝く霜で覆われており、片足を引きずる様に歩いている。左腕もぶらりと下がり、動かせないようだった。

 そして、男が右腕で抱える金色の女性に二人は見覚えがあった。腰まで届く金色の髪を地面に力なく垂らしている姿は………。


「――ロッテ! ロッテーーーーーッ!!!」


 モニカの叫び声が漆黒の男に抱えられている女性の正体を明らかにした。

 少女の横に立つハルトは歯を鳴らすことでしかその言葉に返すことが出来ない。


 漆黒の男は少女の叫び声を聞きながらもゆっくりと二人の眼前まで近付いた。

 近付くと、そっと金色の騎士を地面に降ろした。


「ロッテッ! ロッテを助けなきゃ!」


「――近寄るな魔女。俺がお前達を殺しに来たのを忘れたわけじゃないだろう」


 漆黒の男ヴォルトは今や刀身が半分に折れた大剣を少女に向けると冷たく言葉を放つ、


「――俺がお前の仲間をここまで運んだのは、ただの気まぐれだ。

 俺に何も期待するな。近寄れば殺してやる」


 凍えた身体の影響か疲れた様に男は白い息を吐いて、言葉を続けた。


「――ただ、これだけは言っておく、俺はこの騎士に敬意を払ってやる。

 すぐに遺体を火葬して弔ってやるよ。だからまぁ………悔いなく死んでくれや」


 男はそう言って大剣を少女に突き付けた。

 モニカは震える唇から声を発すると、男に問いかけた。


「――私が魔女だから殺すのですか?」


「そうだ。魔女は生かさないのが俺の仕事だ」


「――だったら、だったら………ロッテをロッテを治させてください。

 私の魔法で治させてください………」


「無理だ。心臓を貫いた。死後から三分以上経ってる。どんな白の魔法だろうが死者は治せねぇ」


「――そうですか………だったら、だったら………ハルトは殺さないで、逃がしてください」


 モニカが震える声でハルトを逃がす様に懇願した。自分の名前が告げられハルトの肩は跳ね上がった。

 ヴォルトは大剣の腹で自分の肩を叩きながら溜め息を付くと、少女が求める答えを告げた。


「………良いぞ。そこにいる子供だけなら逃がしてやる。

 元々、俺達の仕事は魔女と騎士を殺すことだけだった。そいつは部外者だ。逃がしても良い」


「――あ、ありがとう。ハルト、ロッテをロッテをお願いしてもい「何を」」


 モニカの言葉は傍に立つハルトの言葉に遮られた。

 少年は未だ全身の震えが止まらない身体から、震える声を喉からやっとの思いで紡ぎ出した。


「――な、何を言ってるんだモニカ?」


 震える膝を掌で押さえて、ハルトは片膝を付いた。


「俺が逃げる? 俺を逃がしてくれ? 何を言ってるんだ?」


「――わ、私はハルトに生きてほしいから………お願いだよ。ハルトは死なないで」


「お、俺が背中を向けて逃げるって? ば、バカ言うなよ。

 ――そうだ、バカ言うなっ! 俺がモニカを置いて行けるわけないだろうがっ!!!」


 震える足を必死に抑えて、ハルトは立ち上がった。

 モニカを守る様に両手を広げると、大剣を構えた男を睨みつけて叫んだ。


「モニカが死ぬときは俺も死ぬ時だっ!

 置き去りにして俺だけ逃げれるわけないだろうがよっ!!!

 くそっ、やるならやれよ! 最後まで抵抗してやる………最後まで」


 腰に括り付けられてあるホルダーから短刀を引き抜き――

 引き抜こうとして、ハルトは短刀をネコミミの殺人者に投げ付けて無くしたことに気付くと、地面に合った石ころを掴み男を睨んで戦う意思を示した。


「ど、どうして! どうしてハルトは私のためにそこまで………」


「どうしてかって? 決まってるだろうモニカ。俺がモニカの友達だから、だよ」


 ハルトはモニカに強気な言葉を返した。

 気を抜けば、震えそうになる身体を抑え少女に自分の震えが分からないようにする。

 大剣を構える男の目線とハルトの目線が合わさると、男は静かに口を開いた。


「………いいんだな?」


「あぁ、来いよ。………何を躊躇してるんだよ。

 ――負ける言い訳しないと戦えないのか?」


 ニヒルな笑みを走らせ、男をハルトは笑う。

 強気な姿勢を崩さないハルトに大柄な男は大剣の柄を握りしめ微かに笑うと、すぐに殺気を滾らせる。


「――上等だ。俺に傷一つでも付けたら褒めてやるよ」


「――傷一つなら既に付けてるんだよっ! また俺の歯形をその体に付けてやらぁ!」


 この世界で対峙する男にとっては意味不明のはずの言葉を吐いて、ハルトは石を握りしめる力を強め、心もとないにもほどある武器を投げつけようとして――

 辺りに甲高い金切声が響いたかと思うと同時に、月明かりに白い鱗を照らす、真っ白な飛竜がハルト達を守る様に立ちふさがった。


「――シロ!?」


 ハルト達の馬車を引っ張っていた、白い飛竜が飼い主の危機を察して、男に襲い掛かった。

 飛竜とは数時間ほどの付き合いしかないというのに、自分のために命を張ってくれる飛竜の姿にハルトの胸に温かい熱が宿り。


「――邪魔だ」


 飛びかかる飛竜は、漆黒の男の短い言葉と共に胴体を深く切られ、絶命した。

 白い飛竜の死を悲しむように再び金切り声が上がり、もう一頭の黒い飛竜が鋭いかぎづめで男に襲い掛かった。


「――邪魔って言ってるだろうが」


 漆黒の黒い大剣が再び勢い良く振り下ろされ、黒い飛竜の腹が切り裂かれ飛竜が地に落ちた。

 苦しげに浅く呼吸をする飛竜の命はやがて消えた。


 二つの命を奪い取った大剣にこびりついた血を一振りで男は地面にふるい落とす。

 雄たけびをあげ、掌の粗末な武器を叩き付けようとする少年に、大剣の腹で顔を強かに叩く。

 それだけの動作でハルトは後方に吹き飛ばされ、持っていた唯一の武器も手から離れていってしまう。


 片目が腫れあがり、口から血を流して、無様に地面に倒れるハルトに柔らかい髪の少女が触れた。


「――ごめん、ごめんねっハルト。ごめんなさい私のせいで………」


「………なに、いってんだよ。モニカは全然わるくねぇ。悪いのは………俺だ………俺が悪い………」


 臆病風に吹かれて、判断を送らせた自分のせいだ。

 モニカと二人だけで生きることに躊躇してしまった自分のせいだ。

 自分の間違いで自分とモニカは殺される。


「………でも、次は、きっと次は上手くやるから許してくれ。

 きっと、次の世界では俺は上手くやるから、モニカとリーゼロッテを救って見せるから」


「――――許してくれ」


 ハルトは白い少女に優しくそれでいて残酷な懺悔の言葉を吐いた。

 諦めの言葉を告げて、静かに闘志を宿して、いずれ来る次の世界へ思いを走らせる。


「………やだよ。やだよハルト」


「ごめんなモニカ。次の世界ではお前を泣かせたりしないから………ごめんなっ」


 残酷に別れの言葉をハルトは告げる。

 倒れ込む、ハルトの頭上で膝を折る少女は激しく首を振って否定した。


「………やだよっ。やだっ、私を一人にしないで」


「ごめん、ごめんなモニカ。俺はここまでだ。ここでお別れだ。でもすぐに合いに行くから、逃げたりはしないって約束するから………」


 優しく微笑みながらそっと少女の顔に触れた。

 自分が残酷な言葉を吐いているとは気付かずに柔らかい頬を触って温もりを感じ取った。

 呆然と自分を見つめる、少女の青い瞳からぽろぽろと涙が落ちる。

 少女の泣き顔を見ながら、胸の中に喜びを感じている自分が居た。

 

 ――自分の為に泣いてくれている少女に『喜んでいる』自分が居る。

 ――少女のぬくもりを感じれている掌に『喜んでいる』自分が居る。

 ――宝石のように輝く瞳を見ながら、『死んでいける』とは何と幸せなことだろうか?


 それが残酷な想いだとは気付かずに自分の顔に落ち続ける、涙を受けながら、ハルトは優しく笑い続けた。

 笑い続けるハルトを見て、白い少女は震える声で自分の想いを伝えた。


「やだぁ!!! 私を一人にしないでよっ!!!

 私は、私はハルトともっと一緒に居たいっ!!!」


 少女の心からの叫びを聞いて、ハルトは笑った。

 笑い続けるハルトの胸と腹に漆黒の大剣が、突き刺さり、身体に穴を開けた。

 頭を一撃で割られなかったのが男の優しさだったのかは分からない。


 でも、ハルトはそれが男の優しさでとても嬉しいことだと思った。

 なぜなら、血の泡と血の固まりを吐きながらも、最後まで少女の瞳を見つめれたからだ。

 青く輝く宝石のような瞳を見つめながら死ぬことが出来る。


 酷く幸せな死を受けて、黒い大剣に貫かれた彼、

 

 ――ヤガミハルトは死んだ。


 死んでなお、微笑み続ける彼にはモニカの悲痛な絶叫は届かない。

 幸せな、幸せな死を遂げた、少年には少女の心からの悲しみは届かない。届かないまま、死んだ。

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