23話:飛竜屋は語った、鬼の様な形相をした騎士を見たと

 ジークフリード宮中伯の屋敷は街から少し離れた郊外にポツンと佇んでいた。

 ポツンと言う小さな擬音は正しくないかもしれない、屋敷は無駄に大きくズドンと聳え立ち。無駄に大きい土地は見事な生け垣に囲われている。

 屋敷を見れば、地位が高くお金を持っている人物が住んでいるのだということは屋敷を見る人すべてが簡単に察することが出来るほどだ。


 屋敷の隣には飛竜車を扱う、飛竜屋があった。

 屋敷に比べれば小さく、屋敷と比べなければ中々に大きい飛竜屋は――


『――飛竜屋の一画は突然、木端微塵に吹き飛んだ』


 木材の破片と土煙が辺りに漂う中、吹き飛ぶ様子を遠くから眺めていた少年ハルトはのんびりと呟く。


「――さすがに建物が吹き飛ぶシーンも三度見れば慣れてくるな………慣れって怖い」


 ふと、ハルトは巨大なモンスターを狩って装備を作り、より大きなモンスターを倒すゲームを思い出した。

 リアルな巨大生物をモチーフにした棒ゲームは最初にプレイしたとき皮を剥ぐ仕草の生々しさに眉をしかめたものの、

慣れてくると「ちっ、上質な皮じゃなかったか」とか舌打ちしていた記憶がある。


 建物が突然吹き飛ぶことも慣れてしまう、これが異世界に順応するということだろうか………。

 ハルトが人間の可能性についてしみじみと考えていると、吹き飛んだ飛竜屋の一角から金色の髪をなびかせながら騎士が近づいてきた。

 騎士の後ろにはドラゴンもどき………飛竜が一体、二体、三体………たくさんの数の飛竜が土ぼこりを上げながら付いてきていた。


「ハーメルンの笛吹きみたいだな」


 複数の竜を従え向かってくる騎士の姿に胸が高鳴る。

 金色の騎士の後ろに続々と付いて歩く、二メートル半はある飛竜の姿は見る者を圧倒するには相応しい光景だ。


「首尾はどうだったリーゼロッテ?」


 高鳴る胸を押さえながら、ハルトの前にリーゼロッテが止まるとさっそく状況を聞いた。

 手綱を引きながらリーゼロッテはどぅどぅと飛竜をなだめるとハルトの質問に答える。


「首尾はこの通り………『こころよく飛竜を貸して下さった』とも」


「そうか、快く貸してくれたか」


 にやっと笑うハルトにリーゼロッテもいたずらっぽく笑う。


「ハルトの作戦通り、君の血で塗れたズボンの切れ端を持って、飛竜屋に仲間が大変な目に合ったことを二言三言問いかけたら、すぐにゲロってくれたよ。

 やはり、殺人者に雇われて私達の位置を祝福の鐘で知らせていたらしい。

 ――あぁ、鐘もあったぞ。ハルトが見た物はこれで合っているか?」


「うん、その鐘で間違いない。

 ――しかし、ゲロるって………その表現どうなの? 稀にリーゼロッテって怖いよな」


「………む。女性が言っていい言葉ではなかったな。

 すまない、騎士団に居た頃の名残なんだ。許してくれ」


 片手で自分の口を押さえるリーゼロッテが手に持つ『祝福の鐘』の姿を見る。

 銀色に青みがかった輝きを持つソレは確かにハルトが見た物と同じだった。


「確かに俺が見た物だよ。

 リーゼロッテさん、これが祝福の鐘で間違いないな?」


「あぁ、間違いない本物だ。私も実物を見たことがある」


 ハルトの質問にリーゼロッテが肯定するように頷く。

 確信がある仕草にハルトも「よしっ!」と声に出して小さくガッツポーズする。

 ここまでは順調に進んでいる。作戦通りだ。


 大通りでハルト達が立てた作戦はまず飛竜屋に行き怪しい店主を問い質すことだった。

 次に、飛竜を複数『借りる』こと。リーゼロッテに聞けば飛竜は知能が高く乗り手が居なくても走ってくれるらしい。

 ならば、複数の飛竜車を『おとりとして使う』という手段を取るに越したことはない。

 そして、あと『もう一つの作戦』が成功すれば逃げ切れる可能性は大幅に高まるはずだ。

 順調な計画の進み具合に茶色と金色の二人が満足していると、


「うわぁ! 飛竜さんがいっぱい! 

 ねぇねぇあれ! 白い飛竜だよっ! モニカはあの子に乗りたいです!」


 白い飛竜を指差して、自分も真っ白な姿のモニカは嬉しそうに言葉を告げる。

 モニカの言葉を聞くと、リーゼロッテは渋い顔で口を開く。


「白い飛竜か………夜間は目立つから私としては避けたいところだが………」


「えぇっ! モニカはあの子が良いと思います!

 ねっ? ねっ? ハルトもあの子が良いよね?」


「そうだな………うん、俺も白い飛竜に乗りたいな。リーゼロッテさん二体一だ! 折れてくれ!」


 ハルトは白い飛竜を見つめながら、そっと自身の上着に仕舞ってある鱗に触れる。

 思えば、一度ハルトはこの白い鱗に救われたのだ。

 なら験を担ぐという意味では良いのではないだろうか?

 リーゼロッテは二人の顔を見ると諦めた様にため息を付いて、白い飛竜の手綱を引いた。


「………しょうがないな。まぁ、白い飛竜は見た目も美しいが頭も良いと聞く。

 あまり強くは反対しないよ。私達はこれで行こう」


「わぁー! ロッテありがとう!

 えへへ、シロちゃんよろしくねっ!」


 嬉しそうにモニカは開幕一番でシロと名付けられた飛竜を触りに行く。

 白い飛竜は鱗を撫でる少女を見て優しく目をパチクリさせると気持ちよさそうに目を閉じた。


「それではモニカをよろしく頼むぞハルト。

 飛竜車は二頭で一つの馬車を運ぶ。この白い飛竜………………シロと、

 対となる相性が良い飛竜を選ばないといけない。他の馬車の組みも決めないとな。

 ――飛竜屋に聞いておけばよかったか、いやあんな男信用なるまい………」


 ハルトが「まかせろ」と頷くのを見て、リーゼロッテはぶつぶつと飛竜屋の店主の愚痴を言いつつ立ち去る。

 裏切りも発覚した今、どうやら、飛竜屋の店主の評価はリーゼロッテの中では地の底まで落ちたらしい。

 店主はまだ生きているだろうが、どんな問い詰められ方をされたのかを思うと少し気の毒ではある。


「ねぇねぇ、ハルトもシロちゃんを触ってみない?

 シロちゃんの鱗っゃっゃしてるよ?」


 ハルトが今は意識無き店主のことを哀れに思っていると、モニカの元気な声が聞こえてきた。

 モニカの方に目を向けると相変わらず少女は嬉しそうに飛竜の鱗を撫でていた。

 白い少女が顔をうずめて肌を隠せば、白が白に埋もれて同化しそうなコンビだ。


「――そうだな。俺も触ってみたいな」


「うん! ハルトも触ってみて!」


「――そうだな。触りたい、けど、………この子、噛まないよね? 俺が手を出しても大丈夫だよな?」


「大丈夫だよー、シロちゃんは噛んだりしないよ? ねっ?」


 モニカの言葉を肯定するように白い飛竜はパチクリと瞬きをする。おそるおそると言った様子でハルトはモニカに近づいた。

 確かに飛龍の姿を見てハルトの心は高鳴り続けている。ドラゴンに似た生物を触れると言われて普通なら飛び上がって喜ぶはずだ。


(――でも、実際に目にすると怖いぞコレ!)


 絶対に噛まないライオンだと言われて躊躇なく触れるだろうか?

 目の前に居るのは知識も何もない異世界の生物、それもハルトの倍は大きい。もしも噛まれればハルトの手首は綺麗になくなるだろう。

 もしかしたら、たられば、の未来を想像してハルトは冷や汗をかきながらモニカの傍に立つ。

 ビクビクと二の足を踏みつつ、覚悟を決めてえいやっと手を差しだし白い鱗に触れた。


「――おっ、おぉぉぉぉ」


 特に何事もなくつやつやの鱗に触れれた。

 ずっと気になっていた異世界の生物と触れているという実感がハルトに達成感と感動を与える。


「すげぇ! でけぇ! っゃっゃしてる!」


 鱗を触って気品と貫録のある姿に感動する。

 ハルトが恐る恐る触っているのにもかかわらず飛竜は嫌がる姿を見せない。

 触っているうちに徐々にハルトも慣れてきて、飛竜が人懐っこい性格なのだと分かる。

 飛竜と言う言葉は昔の名残だとリーゼロッテも言っていた。この世界では遥か昔から人と共に歩んできた生き物なのだろう。

 何を怖がる必要があったのだろうか、犬や猫と同じじゃないか、とハルトは思った。

 

 そう思えば、飛竜の撫で方も分かってくる。分厚い鱗は優しく撫でても本人はこそばゆいだけだろう。力を入れて掌で擦る様に撫でる。

 それから、撫でる場所は飛竜が自分で掻けない所だ。痒くても掻けない耳の裏や首筋を撫でてあげる。

 ハルトがここがいいのか! ここがいいのか! と撫で続けていると飛竜が鳴き声を上げた。

 甲高く力強い声にビクッとハルトの肩が震えて――


――ハルトの頭が突然、白い飛竜に齧られた。


「いっ、いってえ! イテテテテテッ!」


 自分の頭に鋭い牙が刺さっているのが分かる。

 生暖かいザラザラした舌がハルトの髪に触れているのが分かり、ハルトから滝の様な冷や汗が噴き出た。


「ハ、ハルト! シロちゃん駄目! ハルトを食べても美味しくないよっ!」


 突然訪れた異例事態にモニカが慌ててハルトの身体を掴んで引っ張った。

 ハルトを助けようと思っての行動だが、飛竜の牙が食い込んでいる状態で引っ張られることで噛まれる頭の状態がより悪い状態になり、逆に悲鳴を上げる。


「イタタタタ! モニカやめてっ! 牙が! 俺の頭に食い込んでる! いってぇ!」


「はわわわ、ど、どうしよう! ロッテ! お客様にロッテは居ませんか!?」


 モニカが慌てた顔でリーゼロッテを呼ぶ。

 その間も顔を噛まれ、血が頭に垂れ出したハルトは恐怖の表情を張りつかせ、胸の中で叫んでいた。


(――やっぱり獣は獣。異世界の生物は信用しちゃいけねぇ!!!)


 必死に飛龍の口が閉じない様に、大きな顎を両手で支え続けているハルトをリーゼロッテが見つけて救出したのは五分後のことだった。

 その後で、頭を甘噛みするのは飛竜の求愛行動だと聞かされるが、恐怖のトラウマを残したハルトにはどうでもいい情報だった………。

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