22話:脱走計画(2)

「――作戦と言っても、合流できたのだから飛竜車を借りて逃げるだけなのではないか?」


「ちょっ、ちょっと結論付けるの早すぎじゃないですかね………」


 開幕一番で話し合いが完結しそうな勢いでリーゼロッテは告げた。

 見事なくびれを作る自身の腰に手を当てると、リーゼロッテは力強く言葉を続ける、


「話し合いも何もそれ以外にないだろう。時間が経てば立つほど状況は悪くなる。行動するなら早い方が良いだろう」


「そ、それはそうだけど………」


 正論で固める騎士の言葉にハルトは口をつぐむ。

 確かにリーゼロッテの言うとおりだ。こんな危険だらけの街などさっさと逃げた方が良い。

 それが最善で、それ以外の選択肢はないはずだ。だが、頭では逃げるのが正解だと思っていても、ハルトは躊躇いを覚えていた。


(――『何か』を見逃している気がする)


 正体不明の異物が胸につっかえている感じがする。

 不安や恐れが自身の胸に蔓延していき、得体の知れない胸騒ぎがする。

 しかし、頭を捻って考えても『何か』が分からないのだから、もやもやは広がるばかりだ。

 答えは喉元まで出かかっている気がする、だが、あと少し、あと一押しが足りない。


「だぁっー! 分からん!

 ………リーゼロッテはあの後、どうなったか聞いても良いか?」


「………ふむ、飛竜屋に向かいながら話そうか?」


「いや、飛竜屋に行くのは待ってくれ。

 まずは情報を共有しよう、行動はそれからだ」


 額に皺をよせ必死に考え込むハルトにリーゼロッテは眉をしかめる、それから、諦めた様に溜め息を付くと口を開いた。


「そうだな、お互い情報をまとめておいた方が良いだろう。

 ――あれから、私はネコミミの殺人者サーニャと戦った。一太刀、二太刀交わしていたら。

 『壁の中から』黒い大剣使いの男にも襲われた。ハルトの忠告は聞いていたのだが………すまない。結果はこの左腕だよ」


「やっぱり壁の中を動ける能力なのか。………厳しいな」


 全身黒ずくめの男の姿を思い出し、ハルトは苦虫を潰したような顔になる。

 ネコミミの殺人者だけでも厳しいのに、黒ずくめの男も相手にしないといけないらしい。

 殺人者二人、どちらも戦闘力は異様に高いというのに、こっちの戦力はリーゼロッテ一人だ。無理ゲーにもほどがある。


「あぁ、チクショウ! 本当さっさと逃げ出したくなるな!

 ――それで、その後は?」


「私は早く逃げようと言っているじゃないか………。

 ――その後は、サーニャがモニカとハルトを追って行ったようだった。

 私は大剣使いの男に止められて、手も足も出ない状況だった。許してくれ………」


「いや、死ぬような思いしたけど………そっちも大変だったのだろう?

 いいよ、いいよ、死ぬ思いしたけど、実際モニカが来なかったら死んでたけど!」


「毒のある言い方だな………すまなかったよ。

 ――大剣使いの男に苦戦していると、サーニャが帰ってきた。

 さすがに二人を相手にするのは私でも困難だと判断して逃げだして、殺人者二人に後をつけられない様に迂回しながら二人と合流した。私の方はそんなところだ。

 サーニャが私の方に帰ってきたのはモニカを見失ったからだと思うがどうだろうか?」


「――あぁ、そっちに合流したのなら見失った可能性が高いと思うけど………。

 そうか、一応俺の頑張りも無駄ではなかったのかな………」


 リーゼロッテの話を聞き終わったハルトは、人差し指を自身の唇に持っていき頭を必死に回転させる。

 とりあえず、黒づくめの男の能力はやはり『壁の中を自由に動ける』ということが分かった。

 しかし、敵の戦力が分かり、困難な状況がさらに困難になっただけのように思える。

 リーゼロッテの言うとおり、さっさとこの場所から逃げた方が良い気がする。それ以外に選択肢はないはずだ。

 ――だが、この胸に芽生える得体の知れない不安は何なのだろうか?


「――ハルト、もういいか? 飛竜屋に行くぞ」


「………あ、あぁ。そうだな」


 胸騒ぎが消えないままハルトは立ち上がる。

 いつまで経っても頭を抱えて考え込むハルトに溜め息を付きながらリーゼロッテはモニカに尋ねた。


「モニカ、ひょっとしてだが殺人者二人の『匂い』は分かるか? 分かれば非常に有利になるのだが………」


「ううん、ごめんね。あのネコミミさんの匂いは分からないの」


「そうか………。いや、ひょっとしたらと期待しただけだ。さすがにあの混乱した状況では無理か」


 リーゼロッテは殺人者二人の匂いを訪ねた。

 確かに殺人者の居場所が分かれば大きなアドバンテージになる。というかほぼこちらの勝ちだ。

 場所が分かればあとはのらりくらりと逃げていけばいいのである。

 だが、ハルトもその優位性は理解していた。

 同じことをハルトもモニカに聞き、答えを聞いていたのだ。肩を落とすリーゼロッテと違ってハルトの失望感は少ない。


「居場所が分かれば、かなり優位に戦えたのだが、いや、出来ないことを言うのは止めよう。さぁ二人とも早く――「何でだ?」」


 リーゼロッテの言葉は唐突に発せられたハルトの疑問に遮られた。

 怪訝な目つきを向けるリーゼロッテに向かってハルトは呆然と独り言のように言葉を続ける。


「――何で、あのネコミミのヤロウは俺達の場所が分かったんだ?」


「それは――どこかの建物に身を潜めて私達の動向を探っていたからだろう?」


「………俺はそういう人の動向を伺うようなことは詳しくないけど、基本はここだと決めた建物に身を隠すよな?」


「………そうだな、基本は目標の人物が必ず訪れるであろう場所を狙って潜伏するだろう」


「そうか、そうだよな。だったらおかしい………おかしいんだ」


 自身の唇に手を当ててハルトは深く考え込んだ。

 ずっと、おかしいと違和感を感じていた一つの答えが出かかっている、


「――『二回目』と『三回目』では、あのネコミミのヤロウに襲われる時間帯も全く違った。

 俺もあいつがどこかの建物で見張ってて俺達を見て確認したから現れたと思ってたけど、おかしいんだ。

 まず、アイツに出会った場所が違う」


 襲われたのは狭く細い荒れた路地。

 だが、路地は路地でも二回目と三回目では路地に足を踏み入れた場所も違えば、襲われる場所も違う。時間帯も違う。

 二回目は屋敷から真っ直ぐ出て宿屋と市場へ向かうルート。

 三回目は宿屋とは真逆の別の飛竜屋に向かうルート。良く考えてみれば襲われる場所が違いすぎる。


「それだけだと、アイツの目が異常に良いとかもありうるけど………。

 ――リーゼロッテ、ネコミミのヤロウと戦ってた時に黒づくめの大剣使いに襲われたって言ってたけど、正確に言えば何分ネコミミのヤロウと戦ってたか分かるか?」


「………………。十分くらいだろうな。それがどうかしたのか?」


「おかしいんだよ………なんで、黒づくめの男は十分経って襲ってきた?

 最初から二人で俺達を襲えばもっと簡単だっただろう?

 なら、なんで十分経って『ネコミミの殺人者と合流して』襲ってきたんだ?」


「大剣使いも近くの建物に居たのだと思うが………」


「いや、違う。黒づくめの男は高確率で宿屋で待機していたはずなんだ。

 ――なんで合流できた?」


 ハルトだけが確実に分かる違和感。

 黒づくめの男の能力を考えれば、男は宿屋に居るはずなのだ。

 この世界には通信機器の様なものはないはずなのに、どうやって仲間の居場所を確認できたのだろうか?

 ネコミミの殺人者が外敵と接触したと分かり、どうやって合流したのだろうか?

 そこに違和感を感じる。居場所を確認できる手段がなければ不可能なはず――


「――リーゼロッテ、仲間の居場所を確認するような道具とかあるのか?」


「………『祝福の鐘』と『幸運の鏡』というものがあるが」


「あるのかよっ!!!」


 金色の騎士によってハルトの推理は一瞬で崩壊する。

 ここまでの考えは何だったのかと頭を抱えるハルトに「まぁ、待て」とリーゼロッテが声を掛ける。


「………あるにはあるが、とても高価なんだ。そこら辺に落ちているとは思えない」


「存在するってだけで俺の考えは崩壊したよ………一応、詳しくその祝福のほにゃららってやつ説明してくれます?」


 ガックリと肩を落としたハルトはやる気をなくした様子で聞く。

 本当にここまでの推理は何だったのだろうか?

 居場所が分かるということなら、その道具をネコミミの殺人者たちが持っていました。ということだけで片付くではないか。


「祝福の鐘を鳴らすと、対象者に『幸運の加護』が付くんだ。

 この加護は非常に珍しい物でな、持ち主の運を引き上げると言われている」


「………あれ? 俺、居場所を特定する道具の説明してくれって言いましたよね? 選択肢、間違えた?」


「――まぁ、黙って聞け。

 『幸運の加護』は実際に幸運が付くかどうかは知らないが祝福の鐘で付いた加護は十五分ほどで消える」


「――それで、ここからが本題なのだが、とある者が『幸運の加護を付いている者の居場所が分かる』魔導具を作ってしまった。

 作った本人の意図は分からないが、これを悪用する者が出てきたわけだ。

 『祝福の鐘』で加護を付けて『幸運の鏡』で加護が掛かっている者を探す。

 加護と言うものは目に見えるものではないし、幸運の加護を持っている者は限りなく少ない。

 確実に目標の居場所を突き止めれる魔導具のセットが出来上がった、というわけだ」


 リーゼロッテは話を終えると、金色の目を細めてハルトの顔を見る。


「――ということだ。

 無駄な話をしてしまったな、早く飛竜屋へ向かうぞハルト」


「――――飛竜屋………。リーゼロッテ、祝福の鐘の特徴とか外見を教えてもらっても?」


 ――飛竜屋。

 その単語を聞いてハルトの顔に冷や汗が滲んでいた。

 自分の推理が正しければ、ハルトは鐘のようなものを見たことがある。

 強い草の匂いと獣くささが混じった部屋の一角が記憶から鮮明に浮かび上がる。


「ミスリル《魔導銀》を加工した鐘だ。

 銀と青色が混じったような輝きを持っている。大きさは拳二つ分くらい」


「――なるほど………。鐘の周りにめっちゃ細かい装飾がしてあったり?」


「そうだな、魔導具は魔女の遺物と言われ、細かな魔法文字が刻まれている」


「――なるほど………。鐘が不用意に鳴らないように留め具がされてたり?」


「そうだな、所構わず鳴っては意味がないからな。

 ――詳しいなハルト。実物を見たことがあるのか?」


「あぁ、うん。見た………と思う」


 自分の記憶を探る。確かに見間違え用もない記憶があった。

 リーゼロッテの言うとおりの外見と形状を持った鐘をハルトは触ったことがある。

 それは殺人者の懐だとかそんな危険な場所ではなく、ポツンと無造作に置かれていたのをしげしげと眺めた記憶がある。


 ハルトは深く溜め息を付くと、確信を込めた言葉を吐いた。


「――――『祝福の鐘』は屋敷の近くの飛竜屋で見たよ俺。実際に触ったし間違いない。

 俺の推理が正しければ………たぶん、飛竜屋と殺人者は通じてる。

 飛竜屋が俺達の動向を確認して鐘を鳴らしたんだ」

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