21話:脱走計画

人々が行き交う大通り。

 大勢の人が忙しなく群れを成す人混みの中にポッカリと人々を遠ざける場所が出来ていた。

 見えない壁が張られたように人を遠ざける場所の中心地点に居る、茶色と青の二人は複雑な表情をしていた。


「俺達………避けられてるな」


「………そうだね」


「俺達………くさいのだろうな」


「………そうだろうね」


 見えないバリアを張る二人、ハルトとモニカは複雑な表情で街を歩いていた。

 ゴミ山からどうにか何事もなく人混みの中に潜り込み、大通りまで無事生還出来たのは良かったものの、悪い意味で非常に目立つ二人は困っていた。

 人混みの中に隠れれば、殺人者達から身を守れる! という作戦が機能しないからだ。


「――いや、待てよ、逆に考えるんだモニカ。

 俺達は今とてつもなく目立っているよな?」


「うん………臭いよね私達………」


「くっ! それは良いんだ。風呂に入って服を洗わないとこの匂いは取れないだろう!

 そうだモニカ。逆に考えるんだ俺達は目立っている!」


「………臭いからね。

 ハルト、私の匂い気にならない? もうちょっと離れようか?」


「いや、分からないからね! もう自分の匂いに慣れすぎてモニカが臭いかどうかも麻痺してる! 分からん!」


「やっぱり、臭いよね私。………臭くてごめんね?」


「なんでそんなに匂いを気にするの! 年頃の女の子だからか!?

 ごめん! モニカは臭くないよ! 肩車した時、石鹸の良い匂いがした!」


 露骨に匂いを気にする少女をハルトは慌ててフォローする。

 それから、何度も自分の髪の匂いを嗅いで首をかしげる少女に人差し指を向けると話を続ける。


「――俺達は目立ってる。

 ってことは殺人者は迂闊に手を出せないと思うんだ」


「何で? 私達の周りには誰も居ないよ? 狙いやすい?………よね?」


「ノンノン、違うのですよモニカさん」


 人差し指を振ってチッチッチッと舌でリズムを刻みながら、ハルトは得意げに自分の考えを話す。


「殺人者、殺人者って言ってるけど、あいつらはなんていうか、無差別じゃないし快楽殺人者でもない………ネコミミのやろうは楽しんでやってる節があるけど………」


「――えっと、つまりはどういうこと?」


「つまりはな、あいつらは目立っちゃいけないんだ。

 あいつらは一応マルシェ教団って看板を背負ってる。

 特にネコミミのクソヤロウとか見てみろ「私はマルシェ教団の者です」って格好だ。

 あぁ、チクショウが! 俺の会心の策と奇跡をあざ笑うかのように立ち去りやがってあの野郎!」


「ハ、ハルト、なんだか怖い顔になってるよ………」


 ネコミミの女性を思い出すたびに腹の中に煮えたぎるような怒りが生まれるのを感じて、ハルトは呼吸を整える。

 深呼吸して、気を落ち着かせて、もう大丈夫だとニコッと笑顔を見せる。

 その百面相ぶりに白い少女が軽く引いているのには気付かずに言葉を続けた。


「――それでな、マルシェ教団ってことをあいつらは知られるわけにはいかないんだ。

 周りの者に気付かれて、看板に傷を負わせるわけにはいかないから慎重に立ち回ってる。

 だから、人が居ない路地とかで俺達を襲った」


「なるほど………教団の沽券にかかわる? わけですね?

 あっ、モニカは良いことを思い付きました!」


 両手を合わせて音を鳴らすと、モニカは首をかしげて笑顔をみせた。


「大声でマルシェ教団に襲われそうになってます! 助けてくださーい!

 って叫んだら殺人者さんが逃げて行くのではないでしょうか?」


「いや………それは止めた方が良い。

 世間一般には良いイメージを持っているってリーゼロッテは言ってた。

 頭のおかしいやつか教団に恨みを持ったやつって思われるのが普通だ」


「………そっかぁ。残念

 あっ、それなら、ずっとこの大通りに居るっていうのは? ずっと襲われないよ!」


「いいや、それも夜になって人が少なくなったところを襲撃されるに決まってる」


「………うーん。それじゃあ、ハルトはどうすれば良いと思う?」


「そりゃあ、計画通り、このままリーゼロッテと合流してスタコラサッサと街から出る!

 ――それで、それでいいはずだ。たぶん」


 とにかく街から逃げる。

 その考えで良いはずだと、ハルトは何度も自分の言葉を肯定するように頷く。

 頷きながら、自分の胸に不安の種が芽生えていることに気付く。

 何かを見逃しているような、何かを忘れているような違和感が自分の中で渦巻いている。

 だが、その『何か』が分からない。

 頭を捻って考えるが何も思いつかず、諦めた様にガリガリと頭を掻くとモニカの方を向いた。


「――モニカ、リーゼロッテさんの『匂い』はどうなってる?」


「うん、ちょっと待ってね」


 モニカはハルトの言葉を聞くと、つま先立ちになり鼻を鳴らす。

 魔力の匂いを探っているのだ。

 モニカと合流してから、ハルトはモニカの能力を何度も使ってもらい、リーゼロッテの位置を探っていた。


 初めて聞いた時ハルトはイマイチその能力の凄さが分からなかったが今なら分かる。

 匂いを追って、知っている人物なら『位置が分かる』というのは、凄まじい威力を発揮してくれていた。

 現代機器がないと思われる、この世界で居場所の情報を得られるということは、測り知れないほどの優位性を与えてくれる。

 

 ――携帯機器が持ちこめていれば、自分の価値も大きく跳ね上がっていたのではないだろうか………。

 と有りもしない幻想をハルトが考えていると、


「ロッテがこっちに向かってきてるよ! 私達も急ごう!」


 モニカの興奮した声が聞こえてきた。

 リーゼロッテがこちらに向かっているということを聞いて、ハルトも胸を撫で下ろす。


「――よし、俺達も向かおうか。俺の活躍をリーゼロッテに伝えないとな!」


「………私はまだハルトのことを許してないからね?」


「えっ、あのゴミ山で全部綺麗に流されたんじゃないの!?」


「べー! それは今後のハルト次第です!」


 モニカは小さく舌を出して、不満げな顔を見せると細く白い腕でハルトの腕を握った。

 柔らかい掌の感触を感じてハルトの胸が少し高鳴る。


「今度は私がハルトの手を離さないからね! 嫌って言っても離してあげないからね!」


「――あ、あぁ。そうだな。でも、寝る時とリーゼロッテさんの前では離してくれよ?」


 ずっと、手を離そうとしないモニカの姿を見て過保護なリーゼロッテがどう思うだろうか?

 あの、生真面目な騎士は快く思わないに違いない――

 新しい心配事を胸に感じながら、少女の白い手に引かれてハルトは歩を進めた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「――あぁ、モニカ! ………………とハルト無事だったか」


 大通りを少し進んだ通り道の一角でハルトとモニカの二人はリーゼロッテと合流した。


「モニカと俺の無事を確認したときのテンションの違いには何も突っ込まないでおくけど、リーゼロッテ………大丈夫か?」


 軽口を叩きながら、金色の騎士と再び言葉を交わせたことを素直に喜んで――改めて騎士の姿を見てハルトは顔をしかめた。

 リーゼロッテの姿がハルト達にも負けないほどボロボロで悲惨だったからだ。

 装飾が施された立派な白銀の鎧は至る所に切り傷が付けられ、泥まみれになっていた。

 新品同然だった鎧は早くも歴戦の風格を漂わせるシロモノになっている。


「これか? 見た目が酷いだけで何ともないさ。二人は怪我がないか?」


 リーゼロッテは右腕をひらひらと振って、心配ないと伝える。

 その様子を見てハルトは胸を撫で下ろすがモニカは悲痛な顔でリーゼロッテに近づいた。


「ロッテ! 怪我してるよね!? 左腕見せてっ!」


「何を言っているんだモニカ。私は何ともないっ――――」


 慌てて隠そうとする騎士の左腕をモニカは掴んで眼前にもっていく。

 

 ――リーゼロッテの左腕は血で染まっていた。

 出血の量から明らかに軽傷ではないことが伺える。重傷以上だ。


「酷い………。ロッテ痛かったでしょう? 何で隠したの?」


「何ともないと言っているだろう? 大したことがない傷だ。

 応急処置はしてある、気にすることはない」


 金色の騎士は軽くはにかんで笑う。

 だが、その表情が仮初の表情だとはハルトにも分かった。

 この騎士はモニカに心配させないよう唇を噛み締め気丈に振る舞っているのだろう。


「――とりあえず傷を治すね。ロッテじっとしてて」


「………傷を治す? モニカ何をっ――」


 モニカは深く深呼吸すると、両手から光り輝く青色の光を溢れさせた。

 光は傷付いたリーゼロッテの左腕に優しく纏わっていく。

 しばらくして、モニカはホッとした顔を見せると、


「はい、終わった! ロッテちゃんと動くか確かめてみて?」


「あ、あぁ………大丈夫だ。ちゃんと動くぞ」


 リーゼロッテは左腕を軽く振って、傷が治ったことを確かめる。

 自分の腕が無事なことを確認すると、リーゼロッテは驚いたように声を発した。


「――モ、モニカ、これは『白』の魔法か………?

 お前、いつの間に使えるようになったんだ?」


 騎士はいつもの気丈で冷静な姿には似合わない、震えた声で白い少女に尋ねる。

 モニカは腰に両手を当て慎ましい胸を張ると、自慢げに口を開いた。


「ついさっき使えるようになりました!

 これでロッテに出来ないことは二つになりました! えへへ、モニカのことを褒めてもいいよ!」


「あぁ、すごいぞ、モニカ………。凄いが凄すぎて私はビックリ仰天だよ………。」


 金色の騎士にふわふわした髪を撫でられて、嬉しそうに喉を鳴らす少女。リーゼロッテは信じられないものを見る様に、呆けた様子で頭を撫で続ける。

 ――だが、騎士以上に衝撃を受けた者が近くに大口を開いたまま立っていた。


「………モニ………モニ、カ………お前、魔法『ついさっき使えるようになった』って?

 えっ? 俺の耳がおかしくなければそう聞こえたのだけど、間違いない?

 アイ ベッグ ユア パードゥン?」


「………う、うん。さっき使えるようになりました」


「………………さっきってのは俺を治したとき?」


「う、うん。そうだよ。………………怒らないで?」


「バッッッッッッッッッッッッッ―――――――――」


 ハルトは頭を振り上げ、自分の背にある後ろの景色を確認した後、大きく息を吸って肺に空気を貯める。

 それから、目の前で怯えた様に騎士にしがみ付く白い少女に罵倒の言葉を浴びせようと、振り上げた顔を前方に戻して、


「――――………ッカヤロウ」


 尻すぼみに小さく罵倒の言葉を吐き終えた。

 本当なら、無計画に自分の元に駆け付けた白い少女を叱りつけてやりたい。二度とそんなことをしない様に怒ってやりたかった。

 だが、あのゴミ山で悲痛な想いをぶちまけて悲しむ少女の顔を見てしまった今は叱りつけるだけの言葉は言えなかった。

 ハルトが目の前の少女を心配するように、モニカもハルトのことを心配していたのだ。

 何も出来ないことが分かっていても、白く細い足を必死に動かして駆け付けてくれたのだ。


 不安げに騎士にしがみ付くモニカと目を合わせると、ハルトは少女のおでこをコツンと叩いた。

 それから、頭をポンポンと叩いてふわふわの髪を撫でた。


「心配かけて、ごめんな」


「う、ううん。私こそハルトの言うこと守らなくてごめんなさい………」


「いや、いいんだ。モニカに助けてもらわなかったら俺は今この場所に居ないんだ。

 ありがとう――これでこの話は終わりだ」


 ハルトは目の前の少女にニカッと満面の笑みを向ける。

 ハルトの表情を見てモニカも不器用に笑い返した。


 笑いあう二人にガチャガチャと金属音を鳴らす音が響いた、

音の出所に目を向ければ、リーゼロッテが片膝を地面に付きハルトに向けて頭を下げているのが視界に映った。


「――ハルト。いや、ヤガミハルト殿、私の数々の非礼をお詫びしたい」


 金色の騎士は深々と頭を下げ、自分より年下であるだろう少年に謝っていた。

 ハルトはリーゼロッテの突然の行動に驚きながら口を開く、


「リ、リーゼロッテさん!?

 非礼って言われても何が何だか………とりあえず頭を上げてください」


「いや、このままでいたい。私の心構えの問題だ」


 バタバタと慌てるハルトに、リーゼロッテは片膝を付いたまま金色の瞳を向けてぽつりぽつりと自分の心の内を話した。


「――私は非礼をお詫びしたい。

 正直、私はモニカが君を信用するようになっても、まだ疑いの目を向け続けていたんだ」


「いや、それは当然ですって、俺だって逆の立場だったらそうしますから………」


「そう言ってくれると助かるが………私は疑いやすい性格なんだ。

 私は暗殺者に狙われているという君の忠告を聞きながら、心の中では疑心を抱いていた。

 今思えば、心底自分の愚かさに腹が立つ。事の重大さをもっと真剣に受け止めていれば、こんな醜態をさらすことはなかった。

 モニカとハルトを危険な目に合わせなくて済んだはずだった………」


 唇を噛み、金色の瞳を真っ直ぐに向けて、リーゼロッテは言葉を続けた。


「――今のモニカとハルトの様子を見れば、バカでも理解できる。

 ハルトは誰よりも信用に足る人物だ。

 殺し屋の人数と能力は君の言うとおりだった。

 そして、モニカの魔法の力も君が引き出してくれたんだ。私には出来なかったことだ………」


「いや、俺はそんな………俺は何もしてません。俺には何も出来ません。

 モニカが一人で頑張ってくれて、俺は足を引っ張るばかりでした………本当に」


「………ハルトは謙虚なのだな。私はただ自分が恥ずかしい」


 眉をしかめ、リーゼロッテは深く恥じるように目をぎゅっと閉じる。

 両手を合わせて握り、深く祈るようなポーズを取ると心から言葉を発した。


「ヤガミハルト、君を私は全面から信頼する。

 ――――――――モニカの命を救ってくれてありがとう」


 ハルトは言葉に詰まる。

 騎士の心からの言葉には重みがあった。心からの感謝があった。


(――あぁ、この人はモニカのことを本当に大切に思っている)


 リーゼロッテに寄り添う白い少女を見て、ハルトはそんなことを漠然と感じ取った。

 ハルトがモニカと過ごした時間はどれだけ足掻こうとまだ一日だ(体感、その数倍の時間を過ごしていると感じているが)

 リーゼロッテとモニカが二人で過ごした時間はハルトの百倍だろうか? 千倍だろうか?

 想像よりももっと長いかもしれない、姉妹の様に寄り添う二人には固く切れない絆を感じた。


「――俺こそモニカには助けられました。お互い様です」


「だが、モニカがハルトを助けれたのは、ハルトが全力でモニカを助けてくれようとしたからだろう。

 ありがとう。何度感謝しても足りないくらいだ」


「いえ、本当に………あぁ、もう頭上げてくれよ! 堅苦しい言葉はいいよ! これまでと同じで行こう!」


「むっ、そうか? それでは感謝の言葉を述べるのはこれくらいにしようか」


 片膝を付いていたリーゼロッテはそそくさと立ち上がり、片手で埃を払う。

 躊躇なく立ち上がり堅苦しい空気を霧散させた彼女にパチクリと瞬きすると、顔に掛かる金色の髪を指で払いながら、


「私達は今から『仲間』だ。

 そこには壁も何もない、私は私らしく喋らせてもらおう。

 改めてよろしく頼むよハルト。ベネディット・リーゼロッテだ。魔女モニカの騎士をしている」


「お、おぅ………。

 ヤガミハルトだ。何も出来ないけど………。力になれるように頑張るよ」


「何も出来ないのに、力になるとは矛盾しているな?

 ――あぁ、大いに期待させてもらうともハルト」


 片方は力もあり魔法も出来る騎士。片方は力も魔法もからっきしの少年。

 本来なら住む世界が違うだろう、普通なら出会わなかったであろう二人は固く手を握り合い仲間だと認め合った。

 騎士と少年の二人を嬉しそうに満面の笑顔で交互に見たモニカは嬉しそうに口を開いた。


「これで、みんなお友達だねっ! 頑固なロッテにどうやってハルトと仲良くしてもらおうかとモニカが頭を悩ませる? 心配もなくなったね?」


「………む、そんなに私が頑固に見えるかモニカ」


「そうです、ロッテは頑固で怒りっぽくて怒ると目の前のことが見えなくなるけど優しい私の騎士です。

 ………ハルトもあんまり喧嘩しちゃダメだよ?」


「モニカは私をそんな風に見てたのか?

 そんなに頑固か? 言うほど怒りっぽくもないだろう? なぁハルトはどう思う?」


「………うーん、モニカの言うことは結構当たってると思うのだよなぁ。

 真面目で頑固で冷静に見えて意外と怒りっぽくて、モニカにだけは優しい。うん、合ってる」


「何だって!? モニカとハルトはそんなふうに私を見ていたのか!?

 抗議する! 断固抗議するぞ私は!!」


「分かった、分かった。俺達の評価が変わるのは今後のリーゼロッテさんの動向次第と言うことにしよう」


 腰に手を当て、眉を怒らせ不満を表明するリーゼロッテ。

 騎士の手の届かない位置に逃げるように今度はハルトの後ろに回るモニカ。

 双方二人を見て、ハルトは手を叩き音を鳴らすと、


「――それじゃあ、気を取り直して話そうか。

 今後の行動に付いて作戦を立てよう。三人も集まれば良い考えが思いつくだろうさ」


 殺人者がうろつく街からの脱走計画を話し合おうと二人に提案した。

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