24話:祝福の脱走劇

飛竜車が行き交う通りの一角に怖い顔をした店主が営む精肉店があった。

 無愛想で傷だらけの顔をした厳つい男が店内に立つ店に、客が訪れる気配はない。

 いつものように、特製のケースに入れられている肉の状態を男は確認する。魔石を調節して特に問題がないことを確認すると再び一向に訪れる気配がない客を待ちながら暇をつぶす。

 

 男が営む店は決して、売上は悪くなかった。

 頑固で厳つい男が取り扱う品質にこだわった肉は大通りで店を構える飲食店の数々から評価と信頼をもらっており、食い扶持に困ることはない。

 だが、なぜか店内には不思議と客が来ないのだ。

 男にも何が原因かは全く分からない。嫁も「イケメンのアンタが立ってるというのに不思議だねぇ」と言っていた。


 傷だらけの顔を男は熊の様に巨大な手でポリポリと掻くと欠伸をする。

 客商売をしている手前、欠伸などご法度だが出るものは出る、客は昨日も来なかったし今日も来ないだろう。

 男が暇そうに店内で通行人を眺めていると、通行路から悲鳴が上がった。

 途端に弾かれたように立ち上がると、男は巨大な肉切り包丁を持って通りに飛び出した。


 厳つい目を鷹の様に走らせ、悲鳴がした場所を睨みつけるとすぐに原因が分かった。

 馬車から外れた飛竜が走り回っていたのだ。

 温厚な飛竜とはいえ子供が踏みつけられれば怪我か骨折は免れない。

 包丁を店内に放り投げ、両手を使える状態にすると、手を叩き、こちらに真正面から突っ込んでくる茶色の飛竜を見て獰猛な笑みを浮かべる。

 昔はこんな血わき肉が躍る場面は掃いて捨てるほどあったはずだが、今ではすっかりお目に掛かれない。

 男は久しぶりの喧騒に静かに闘争心を滾らせ、飛竜をその太い腕で受け止めようとして――


「あっ、おいっ、なんだっ!?」


 飛竜は男から逃げるように、直角に曲がった。曲がって男が居た店内に突っ込むと店の肉をついばみ始めた。


「ばっ、お、おまえっ! やめろっ! うちの肉を食べるな!

 や、やめてくれっ! 母ちゃんにころされちまうっ!!!」


 特注のケースは地面に投げられ、店内は飛竜によって荒らされ続ける。

 男はこれ以上の被害は出すまいと、飛竜の首を抱えて動きを封じようとして、

飛竜の首に付けられてある、見事な装飾をした鐘と書き置きのようなメモに気付いた。


 丈夫な紙に描かれた、メモを見て男は眉をしかめ、やがて口を歪ませ吹き出すと、腹を抱えて大笑いした。


「お、おまえはあの坊主の飛竜か!?

 ハッハッハッハッ! あの坊主も粋なことをするじゃねぇか!」


 茶色の飛竜は首をかしげながら、地面の肉を啄む。

 飛竜の身体を軽く叩きながら、男は言った。


「この鐘がどれだけの価値になるか分かっているのだか、分かってないのだか………。

 とりあえず、店の前に付けさせてもらうか。肉を買ってくれたお客様に一振りってのも良いかもなぁ」


 飛竜に括り付けられてあったメモを見る。

 メモには、子供が描いたような歪な文字で肉屋の店主に向けて言葉が描かれていた。


「その しゅくふくのかねは にくやのおっさんが つかってくれ

 わいばーんのにくおいしかったぞ なまいきなしょうねん より」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 すっかり、辺りには闇の帳が落ち暗闇に包まれる荒れた道を一台の飛竜車が駆け抜けていた。

 ランプの中の魔石を光らせ、白と黒の飛竜が力強く地面を蹴る。

 飛竜車は進み続け、街が視界から見えなくなってから既に三十分。

 馬車の中に積まれていた毛布の塊が二つもぞもぞとうごくと毛布の中から二つの少年と少女の顔が飛び出した。


「ぷっはぁ! も、もういいだろう! 流石にここまで匂いを追ってこれないだろう」


「うん、モニカもそう思います。モニカでも街の人達の匂いは分からなくなってるもん」


 ハルトは毛布に包まっていた息苦しさから解放され、赤くなった顔を晒して新鮮な空気が吸えることを喜ぶ。

 街から無事脱出出来て早三十分余り………。

 複数の『策』を講じた影響か殺人者の姿は影も形も見えない。

 毛布に包まれるというのもハルトが考えた策の一つだった。


「ネコミミのヤロウが『普通の匂い』で俺達を追って来るかもしれないからな」


 もしかしたら、ネコミミの女性サーニャは鼻が常人より良いかもしれないと思い立ち実行した策の一つ。

 分厚い毛布に包まれ、匂いを出来る限り分からなくする。というのがハルトの作戦。

 念には念を入れて、ハルトとモニカの服を少し切り取って別のおとりの馬車にも括り付けている。

 それがどれだけ効果があるのかは分からないが今の所は上手くいっている。


「やっぱり、祝福の鐘を街中で鳴らして攪乱出来たのが大きかったか………?」


 赤い顔で呟くのは、一番この作戦で重要な部分だった。鐘による混乱からの脱出。

 祝福の鐘を無事手に入れた三人はその後、一頭の飛竜の首に鐘を付けて町中を走りまわらせた。

 その隙におとりの馬車と自分達が乗る馬車で逃げ出したのだ。この作戦が上手くいっていれば鐘と鏡のセットによる追跡は不可能なはずだ。

 そのまま飛竜が他の飛竜屋に回収され鐘も奪われるのはしゃくだったので、飛竜に肉屋の厳つい顔をしたおっさんを探せと言っておいたがどこまで上手くいったかは分からない………。


「――二人とも具合は悪くないか?」


 ハルトとモニカが新鮮な空気を吸えることに喜んでいると、前方の窓が開いて御者台から飛竜を操っているリーゼロッテが顔を覗かせた。


「いや、俺は大丈夫、モニカも具合は悪くないか?」


「私も平気だよ! 前に乗った時より馬車の中が快適だもん!」


 モニカの言葉を肯定するようにハルトも深く頷いた。

 馬車の中で過ごす二人が今の所、快適すぎる旅を送れているのは確かなことだった。

 それと言うのも馬車に付けられた数々の『魔石』が効果を発揮しているからだろう。特に『振動軽減』の魔石は本当に快適な旅にしてくれている。

 普通の馬車なら、荒れた地面を走るたびに尻を強かに打ち付け酷い目にあわされるはずだが。魔石のおかげでそれがまったくない。

 高級車に乗って塗装された綺麗な車道を走っているような快適さだ。リーゼロッテは二人の顔を見て安心したように頷くと、


「お腹は減っていないか? この馬車なら走りながらでも食べれるだろう。

 少しでも腹に詰めておいた方が良い」


「ご飯ですか! モニカはおなかがペコペコです! 今日の献立は何ですか?」


「保存食に保存食に保存食だ。好きなものを食べてくれ」


「分かりました! モニカは保存食を食べます! ハルトも食べよう!」


 二人の会話に、頬を緩めるとハルトも頷いて保存食をもらう。

 同じように保存食をリーゼロッテに渡すモニカを視界に収めながら、ハルトはしげしげと異世界の保存食を眺める。


「めっちゃ固そうな黒いパンにヒマワリの種の様な木の実のセット。

 塩漬け肉とドライフルーツ………普通だな!」


 何か得体の知れない食べ物が出てくるということはなく、ごくごく普通の保存食。

 料理好きなハルトとしては栄養バランスが気になるところだが、何はともあれ貴重な食事だ。

 横ですでに頬一杯に保存食を頬ぼるモニカを見て、ハルトも手を合わせて食べようとして――


 馬車が激しく揺れた――ような爆音に。食事をとるという行為が止められた。


 慌てて、馬車に取りつけられてある小窓を覗き込み、


「――なんだ、あれ………」


 視界の片隅で巨大な土ぼこりを上げている、不可思議なものを見てハルトは固まった。

 土ぼこりを上げている謎のモノは、ハルト達からは遠く離れている、おとりの馬車に急激に近づくと――爆音を上げておとりの馬車は粉々に吹き飛んだ。


「――リーゼロッテッ!」


 急いで御者台に続く窓を開けるとハルトは飛竜を操る、金色の騎士に叫ぶ。


「――分かってる! 全力で逃げるぞ! 振り落とされないように掴まってろ!」


 ハルトの声に叫び返すと、リーゼロッテは手綱を強く引っ張った。

 白い飛竜のシロと黒い飛竜のクロが喉を鳴らして、騎士の要望に応えると、馬車は風を切り突き進む。

 荒れた地面に車輪が引っかかるたびに馬車は宙を浮き、地面を強く叩く。

 ハルトとモニカには振動が伝わってこないが、馬車が全速力で進んでいると分かるには十分だった。


「これで………どうだっ!」


 小窓を覗いて、ハルトは土ぼこりを上げる謎のモノを睨む。

 謎の土埃は近づくにつれて、地面から土が『吹き出している』のだと分かる。吹き出した土が土埃となって空に舞っているのだ。

 細かいことが分かるほどに徐々に徐々に、近づいて来ているのが分かった。


「リーゼロッテ! 駄目だ! 追いつかれる!」


 御者台で必死に手綱を操る騎士に向かって叫ぶ。

 叫ぶことでしかハルトは力になれない、小窓を覗き込み恐怖に目を見開き、状況を伝えることしかハルトには出来ない。

 馬車に高速で近づいてくるモノは三十メートル、二十、十、九、八と距離を縮めていき………。

 

 先頭から飛竜のシロが甲高く鳴く声が聞こえ、馬車は真横に『跳んだ』

 小窓を覗くハルトは車輪が二つ吹き飛ぶのをかろうじて目に収める。


「モニカッ!」


 白い少女の名前を叫び、ハルトは少女の小さな体を庇うように抱き締める。

 同時に馬車が横転し、振動軽減の魔石が壊れる。ハルトは強く頭を打ち、身体に衝撃が走るのを感じた。

 大音量で破壊の残響が耳に飛び込む。


 ――しばらくの沈黙。


 音が消えて、馬車の中に紛れ込んだ土ぼこりが口に入ったのを唾と一緒に吐き捨て、真横に横転した馬車から這う様に腕の中の少女と一緒に外に出た。

 外に出て、馬車の前方へ金色の騎士の無事を確かめようとボロボロの二人は歩を進めると、前方から立派な騎士鎧を土まみれにした女性が二人に向かってきた。


「モニカ、ハルト、大丈夫か?」


「あ、あぁ、俺は大丈夫………モニカも」


「大丈夫だよ。リーゼロッテは怪我はない?」


 三人は無事を確かめあい胸を撫で下ろす、リーゼロッテは真剣な表情で二人を見ると言葉を放った。


「モニカ飛竜の怪我を治せるか?

 直した後、ハルトと二人で逃げろ。道は飛竜に任せれば良い、逃げて生き延びろ」


「やだよっ! 私はロッテと一緒じゃなきゃ逃げない!

 三人で旅をするんでしょ? 三人で逃げれば………………」


「――あー。もう逃げなくて済むぞ魔女。ここだ、この場所ですべて終わることだ」


 リーゼロッテとモニカの会話に望まれない四人目が加わった。

 三人の視線を一身に受ける馬車を破壊した男は最初からそこに居たかのように荒野を大股で歩いていた。

 黒い外套に、黒いズボン、黒い大剣に、黒い瞳と黒い髪、全身を漆黒の色で染めた大柄な男は、横転した馬車を見ながら低い声で悪態を付いた。


「くそっ! これだから獲物を追うのは嫌なんだっ!

 口にも耳にも土が入っちまう! 俺は土のフルコースは遠慮するっていつも言ってるってのによ!」


 男は顔を歪めて口の中に入った異物を唾と一緒に地面に吐き捨てる。

 吐き捨てながら、確実に馬車との距離を縮めていく。

 三人の顔を目視できるほどの距離まで近づくと、耳から水を出す様に片手で叩きながら黒づくめの男は言った。


「――で、お前達が魔女一行様だな?

 一応、壁の中以外で殺し合う時は名乗り上げる主義でな」


「マルシェ教団所属。ヴォルト・ナイトホークだ。

 精々、俺の名前を恨みながら死んでくれ」


 黒い大剣を『獲物』に付き付けて、黒づくめの男ヴォルトが名乗った。

 それは、殺人者の魔の手から逃げ切れなかった、三人達の最後の逃亡劇が幕を開けた合図だった。

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