18話:遭遇
飛竜車が何度も通り、踏み固まれた下り道を三人はざくざくと歩く。
一人は怒りに任せてズカズカと、一人は必死に前を歩く人物に付いて行こうと駆け足で、一人は嬉しそうに白い鱗を太陽にかざしながらスキップで。
三人の中の一人リーゼロッテは歩きながら強い口調で空気を震わせた。
「――信じられない。
屋敷の目の前の飛竜屋があんな態度とは………まったく、なんて横暴な男なんだ!」
鼻息荒く、金色の騎士は怒った様に言葉を続ける。
「ジークフリードの力を借りようと思った私も間抜けだった。
あんな男を雇っているとは卿の器が知れるというものだ」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ、リーゼロッテ………」
頭に血が上った様に早歩きで歩を進めるリーゼロッテにハルトは息を切らしながら追いつこうとする。
早歩きと言っても、なにせ本人の身体スペックが高いのだ。常人のハルトは軽く走りながら追わないといけない。
どうにかこうにかリーゼロッテと並び、荒い呼吸をしながら話しかけた。
「さ、さっきの店主、様子がおかしかったんだ………。
あと、もうちょっと遅く歩いて………」
「いや、こんな所にもう用はないだろう、さっさと別の場所に行くぞ」
「い、いや、単純に俺が付いて行けないので歩行スピードを緩めてください。徒歩でお願いします」
ハルトの必死の説得にようやくリーゼロッテは踵を返すと立ち止まる。
荒く呼吸を繰り返すハルトの様子を見ると呆れた様に溜め息を吐いた。
「………ハルト、君は体力がなさすぎるな。
今までどんな生活をしていたんだ?」
「リーゼロッテさんと比べられると、誰でも体力がないように聞こえるのですが………」
「君が特別体力がないんだ。モニカを見ろ、息一つ切らしてないぞ」
「嘘だろっ! えっ、まだスキップしてる!?
まさか、飛竜屋からずっとスキップしてるのこの子! なにそれ、怖い!」
後ろを見れば、本当にモニカがまだ笑顔でスキップしていた。
ハルトは己の身体能力の低さにコンプレックスを抱くが、とりあえず気になったことをリーゼロッテに話す、
「――繰り返すけど、さっきの飛竜屋の店主様子がおかしかったんだ。
俺と会話している時はにこやかに話していたのに、リーゼロッテと話して急に態度を変えてた、おかしくないか?」
あんなに終始笑顔で話してたのに、リーゼロッテが着た途端コロッと態度が変わったのだ。
店主の態度が妙に気になるハルトはそのことを指摘するが、ハルトの言葉にリーゼロッテは鼻息荒く言葉を返す、
「ふんっ! そんなこと分かり切ったことだ。ハルト。
私とモニカの姿を見て考えを変えたのだろう。
女一人に子供二人だ。採算が取れないとみて態度を変えたのだろうよ。
――まったく! なんて底意地が悪い男だ!」
リーゼロッテは肩を怒らせて、不平不満を口にする。
その様子と言葉を聞いて、ハルトは人差し指を唇に当てながら呟いた。
「――………女と子供だから態度を変えたのか?」
自分の頬を撫でながら、静かに考え込む。
リーゼロッテの言葉も確かに筋は通っている。金色の騎士の強い口調から似たような経験をしたことがあるのかもしれない。
飛竜車を別の街まで借りるという約束をして壊されたら店主にしては堪ったものではないはずだ。
だが、あの店主の態度の急変ぶりは何か違うような気がした。
「………なんで、子供の俺には笑顔で対応したんだ?」
この異世界に来てハルトは散々子ども扱いされたので、自分の外見が子供に当たるということは周知の事実だ。
日本人は若く見られるだろうし、筋肉が付いていない細い体が子供だと見られることをハルト自身も理解している。
――じゃあ、何で店主は自分には親切に対応したのだろうか?
「――やっぱりおかしいぞ、リーゼロッテ。
店主は俺の時は親切に対応していたんだ。何か変だ」
「――変だとは? 何が?」
「それは分からねぇけど………」
分からないが、何か違和感があるのは確かだ。
頭の中は得体の知れないもやもやしたものが蔓延している――がそれが何なのか分からないからもやもやは増えていく。
リーゼロッテは深く考え込むハルトに溜め息を付く。
「人の感情を完全に理解するのは不可能だ。
あの店主にも何かあるのだろうが気に病んでもしょうがないだろう」
「………それをリーゼロッテさんが言うのか?」
一番店主の態度に怒っていただろう騎士をジト目で見ると、金色の騎士はコホンと咳払いをしてごまかした。
「――とにかく、分からないことを延々と考えてもしょうがないってことだ。
どうせ、女性と騎士の姿に良い思い出がないとか、そんなものだろうさ」
「うーん、そんなものか?」
「そんなものだ」
そんなものだろうか………とハルトは首を傾げ、リーゼロッテは肩をすくめる。
それから、後ろでスキップしていたモニカが追い付いたのを見届けるとリーゼロッテは口を開いた。
「今すべきことは、底意地の悪い店主のことをアレコレ考えることではない。
さっさと別の飛竜屋に行って、飛竜車を借りることだ。
さぁ、二人とも駆け足で急ぐぞ」
「さっきは飛竜さんが居なかったね! 次は会えるかなぁ………。楽しみだねハルト!」
「――あぁ、そうだな。楽しみだな」
モニカは両手を合わせると、唇をほころばせ微笑んだ。
花が咲いたような笑顔を見ると、自然とハルトの頬も緩んでくる。
楽しい嬉しいと言った感情を全身で表現する少女の姿を見ているとハルトのちっぽけな悩みも消えていくようだ。
自分の頬を軽く叩き迷いを消すとハルトは空に拳を突き出して、
「よーし、そうと決まれば次の飛竜屋に行くぞっ!」
元気良く宣言した。
「さっきからそう言っているじゃないか」と呆れるリーゼロッテの言葉を聞きつつ、三人は路地へ歩を進める。
歩きながら、ハルトはモニカ、そしてリーゼロッテの二人と談笑した。
「なぁ、モニカが持っている鱗見せてくれない?」
「いいよー! 無くさないでね!」
「すげぇ、でけぇ………そして意外と表面はツルツルしている。
白い鱗だけど、白い飛竜は見かけたことないなぁ」
「真っ白な飛竜はとっても貴重なんだって!
私もまだ見たことないなぁ! 見てみたいね!」
「白い飛竜かぁ………いかにもレアで俺の厨二心をくすぐる。
そうだなこの目で見てみたいな、ていうか、白い飛竜に乗ってみたい!
リーゼロッテさん、白飛竜! 買おうぜっ!」
「………白い飛竜は高いんだ。諦めてくれ」
「嘘だろっ! リーゼロッテさんがそんなことを言うなんて!
ほら、見てくれよ、このモニカのガッカリした顔を!」
「うっ、そんな悲しい顔で見られても困る。
本当に白の飛竜は高いんだ。具体的に言うとハルト百人分でも足りないくらい高い」
「それって、俺の価値が高いの!? 低いの!? 低い気がするけどどうなの?
一ハルトって単価どれくらいなの?
低かったら買えるんじゃない!? 言ってて悲しくなってきたよ俺!」
「冗談だ。でも、本当に高いから見るだけにしてくれ」
「しょうがないなぁ………モニカもそれで――
「――――あれれー? ちょっとちょっと、三人で随分楽しそうにしてるじゃない」」
突然、割り込んできた声に三人はビクッと身を震わせる。
声の主は、ひょっこりと路地の角から姿をあらわした。
白い頭巾に白い外套の真っ白な姿。頭巾で隠された頭には凹凸がある。
顔は大きな金色の目が描かれた布で隠されており、その表情は見えない。
如何にも宗教かカルト的な何かを連想させるような姿をした人物は、表情の見えない顔を斜めに傾けると、言葉を発した。
「ちょっとぉ、全然計画と違って私少し困っているのですけど、ニャ
騎士と――魔女と――男の子? 誰かな? 誰かな? 誰なのかな? 三人目は誰なのかな?
私を困らせるアンタはどこのどいつか答えてくれませんかにゃ?」
表情は見えずとも、いびつに歪んだ言葉は理解できる。
ハルトの背筋を悪寒が走りぬけるのが分かった。
ぶるっと身を震わせるハルトを『異常者』はじっと観察すると嬉しそうに口を開いた。
「なぁんだ、なんだ、なんだ、雑魚ですか? 雑魚でしたか?
にゃふふ、それじゃ、お仕事が一つ増えただけですね。
騎士を殺して――魔女と雑魚をささっと殺しておしまーい!」
白い袖で隠された両手を合わせパチンッと音を鳴らすと嬉しそうに頷く。
そして、頭巾を静かに脱ぐと、現れた砂色のネコミミがぴょこんと空を向いた。
ネコミミの女性は頭を下げ、
「――申し遅れましたが、私、マルシェ教団所属。
テオドラ・サーニャと申しますです、ニャ
とりあえず、三人とも命を置いていってくれる?」
独特のイントネーションを付けながら、ネコミミの女性は自己紹介をした。
いつの間にか握っていたダガーナイフを持つ両手を広げ、静かに茶色の瞳で目の前に佇む『獲物』を睨みつけ、殺意を滾らせる。
――それはこの場所に本来なら存在しないはずの殺人者の宣戦布告だった。
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