16話:束の間の安息
人々が行き交う大通りから離れ、塗装された綺麗な道からも外れ、
小枝の様に複数の別れ道が重なり足を踏み入れた者を惑わす汚れた路地を、金、青、茶色の三人が歩いていた。
その中の、金と茶色の声が静かに路地に響きわたる。
金と茶色、リーゼロッテとハルトは何度も確かめ合う様に言葉を重ねていた。
「――もう一度聞く。ハルトは殺人者の能力を知っているのだな?」
「あぁ、殺人者は二人居る。
一人はネコミミが生えた真っ白な女性だ。
刃渡り五十センチのナイフを両手で使う。
能力は………分からない。急所に当たっても死なないような能力ってリーゼロッテは分かるか?」
「………ある程度は見当がつくが、実際に見てみないと分からないな。もう一人は?」
深く考え込むように自分の唇を人差し指で触りながら、リーゼロッテは質問を重ねる。
ハルトも必死に記憶を探りながら、自分が知っている限りのことを金色の騎士に教えようとする。
「もう一人は大柄の黒い男だ。二メートルくらいの大きな大剣を使う。
多分………多分だけどそいつは『壁の中を自由に動ける』と思う」
出来る限り思い出したくない記憶の中を探り、そうとしか思えなかった情報を告げた。
あの現実が現実でないような世界で突然現れた大柄な男はハルトには『壁の中を移動できる』としか思えなかった。
――だとしたら、その能力は相当厄介なシロモノだ。
不可視の一撃は安全地帯に立っているはずの者の命を容赦なく奪うだろう。
ハルトからしたら化け物とも言える戦闘能力を持つリーゼロッテの命も容易く奪ったのだ。
あの時の絶望感は今でもしこりとなって残り続けている。
「………能力の断定は出来ない、出来ないが気を付けてくれ、
壁の中から突然攻撃が来るかもしれない。
………………本当に、本当に気を付けてねリーゼロッテさん?」
「そんなに悲痛な目で私を見られても困るのだが………。
まぁ、敵の能力が本当だとすると君が不安がるのも分かるが。
――なぁに、私は魔女モニカの騎士だ。簡単には負けないよ。安心してくれ」
「さらっと、死亡フラグ立てるの止めてくれますっ!!!
俺、似たようなこと聞いたよ! 俺、震えながら信じてたよ!
冗談じゃ済まないから止めてくれるっ! 止めてよねっ!」
「――あ、あぁ、すまない。
何が君の感情を逆なでしたのか分からないが謝ろう。すまなかった」
凄まじい形相でリーゼロッテに食って掛かるハルトに、
ハルトの鬼気迫る迫力に押されて、慌てた様に謝るリーゼロッテ。
寸劇の様な二人の会話を聞いて、こらえきれない様にモニカは吹き出した。
「ぷっ、あはは! ハルトって面白いね!
ロッテがあんな顔したの初めて見たよ」
白い髪を揺らして前を歩いていた二人に並ぶと前かがみになりながら、斜め下から笑顔でハルトを覗き込むモニカ。
ハルトはキリッとした顔で自分の胸を叩くと、
「あぁ! リーゼロッテさんの可愛い表情を拝むためにジョークの二つ三つ楽勝だ!
モニカも笑えて一石二鳥! お代は後で怒られる俺の隣にモニカも居ること! それだけだ!」
「え、えぇ! ずるいよ! 私は笑っているだけなのに!」
困った様に眉を曇らせるモニカに、ハルトは青色の瞳を見つめながら真剣な顔で深く頷き、重々しく口を開いた。
「………リーゼロッテさんの笑う顔にはそれだけの価値があるんだ。分かってくれモニカ」
「………う、うん。そうだね、ロッテの笑顔のためには仕方ないことだよね?」
「待て待て待て、なんでそんなに二人して私を持ち上げるんだ?
そんなに持ち上げても何も上げれないぞ!?」
仄かに白い頬に朱を混じらせた、リーゼロッテが慌てて二人の会話に割り込む。
ハルトは「分かってないなぁ」と人差し指をちっちっちっと振ると、
「何も上げれないなんてとんでもない、俺達にはリーゼロッテさんの可愛い表情が見られればそれでいいんだ、そうだよなモニカ?」
「うんうん、キリッとしたロッテも好きだけど。可愛いロッテも大好き!
私ね、お休みの日は鎧を脱いで、女の子の格好してほしいと思ってるの。
ロッテは美人さん。なんだからもったいないよ!」
「まてまてまて、君たちは何を言っているんだ!?
私に何を求めているんだ!? ていうか何でそんなに仲が良くなってるんだ!?」
頬どころか、今や常人と比べて少し長く先が尖った耳を真っ赤に染めながら、
金色の騎士は拳を握り、自身の胸の前でぶんぶんと上下に振り回す。
その、予想外に可愛い仕草にハルトとモニカは目を合わせると、二人して破顔して笑いあう。
「だって、モニカとハルトはお友達だもの」
「そうだ、俺達は友情の元『リーゼロッテさんを笑顔にさせ隊』を結成させたんだ。
ニューシングルは『金色の笑顔』………握手権が一枚付いてきます。ぜひ、聴いてください」
「訳が分からないことを言って私を困らせるんじゃない!
まったく、もう。真面目な話を続けるぞっ!」
もはや、真っ赤な顔をしているリーゼロッテは両腕を自身の胸の前で組み、深く息を吐いて気を落ち着かせた後、強引に話の流れを切り替えた。
「ハルト、殺人者に付いてもっと詳しく聞かせてくれ、細かいことでも良い」
「そうだな………まず、どちらも戦闘能力が高いこと………。
あとは――そうだ『マルシェ教団』って分かるか?」
ふと、ネコミミの殺人者が最初に言っていた単語を思い出す。
ハルトには全く分からない単語だが、リーゼロッテには違ったようだ。
苦々しく顔を歪めると、リーゼロッテは厳しい口ぶりで肯定する。
「あぁ、分かる………むしろ納得がいった。
ハルトは知らないのか?」
「――生憎、無学なもので」
肩をすくめて見せた後、「それで?」とハルトは答えを促す。
リーゼロッテは眉をしかめるとハルトの質問に答えた、
「マルシェ教団は唯一の神ウロボロスを信仰する宗教集団だ。
詳しいことは知らないが、助け合いの心を信条としているらしい。
ここ、数年で急激に勢力を強めている新しい宗教だよ」
「………なるほど、宗教集団ね」
宗教――そのフレーズにハルトも納得する。
ネコミミの殺人者が身に付けていた、いかにも胡散臭そうな金色の目の装飾を施してあった頭巾の姿。
そして、殺人者の異常な性格。
宗教すべてが悪いとはハルトは思わないが、殺人者は何かに取りつかれている様に歪で曲がっていた。イメージ的にはピッタリだ。
「けど、なんで、その宗教と聞いて納得するんだ? 悪い宗教なのか?」
「いいや、マルシェ教団はそんなに悪い宗教ではない。
貧困の層を助けるために力を入れていると聞く。どちらかというと良い噂の方が多いね」
「――だが」とリーゼロッテはその美貌を苦々しく歪めて吐き捨てるように言う。
「――だが、あいつらは魔女が怖いのさ。
それだけが悪い噂であり、私達が狙われる理由だ」
金色の瞳の中に炎を燃やし、リーゼロッテは言葉を終える。
その瞳に測り知れないほどの激情を感じて、ハルトはごくりと喉を鳴らし、口を閉口させた。
そんな辺りの空気を静かに震わせるリーゼロッテに小さな白い手がそっと触れた。
後ろを振り返り、金色の瞳は心配そうに触れる真っ白な少女を見ると、何事もなかったようにふっと高まった感情を霧散させる。
ふわふわの髪を撫で、気を落ち着かせると「ところで」と思い出したようにリーゼロッテは口を開いた。
「――ハルトは『本当に』殺人者たちに詳しいのだな」
「あ、あぁ、ジークフリード様の話を聞いてしまったからね」
「そうか、そうか。
もちろん、私はモニカが信じる君のことを私も信じるつもりだが、出来れば、この件が片付いた後で、
詳しくジークフリード宮中伯の書斎に忍び込んだ時の話を聞かせてもらいたいと思ってるがいかがかな?」
「う、うん。もちろんいいとも、街から逃げた後でなら」
「そうだな、街で逃げた後にたっぷり聞かせてもらうよ」
唇を吊り上げ、微笑を浮かべるリーゼロッテの胸中は分からない。
騎士の言葉通り、どうにかハルトの言葉を信じてもらえたのはモニカのおかげだった。
目の前の少年を信じるかどうか揺れていたところに、モニカがハルトを信じた。
なら、リーゼロッテも信じる方向でいこう。とそんな感じだったのだ。
隣りに立つ金色の騎士は、未だ、ハルトの言動の一つ一つを注意深く見ているかもしれない。
このまま会話を進められると、ボロが出そうだとハルトは感じて慌てて話題を変えた。
「さ、さぁ! 早くドラゴンもどきを借りてスタコラサッサしよう!
馬屋………でいいのか? 早く馬屋に借りに行こうぜ!」
「――馬屋? 飛竜屋のことを言っているのか?」
「そうそう、飛竜屋な! ………えっ飛竜?
あいつ飛ぶの? 嘘だろう、おい」
「昔は飛んでたらしいが今は飛ばない、名前は昔の名残だ。
まったく、君と話すと退屈しないよ。………モニカが二人いるみたいだ」
「そ、それってどういうことですか! モニカは抗議します!
モニカはハルトより頭が良いから、飛竜さんが空を飛ばないことを知ってます!」
「えっ、それ、言葉を濁しているようで
「ハルトは幼稚園児でも分かることを平然と聞いてくる底抜けの馬鹿だ」と言うことを隠しきれてないよね?」
「い、いや、そこまでは言ってないだろう!
確かに私も「小学生でも分かることを平然と聞いてくるなんて私をからかっているのだろうか?」その不遜な態度を治すためにどうやって鍛えてやろうかとは思っていたが………」
「言葉で分からせるより、体罰で分からせるタイプ!?
嫌だよ俺! 異世界流のブートキャンプなんてしんでしまうっ!!!」
大通りから離れた小汚い路地は荒れた地面にいつものようによどんだ空気が漂っている。
そんな陰鬱な空気には似つかわしくない、にぎやかな声が路地に響き渡った。
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