15話:信用問題(再)
殺人者に狙われているという言葉を受け、金と青の二人に少なからず動揺が広がる。
モニカは金色の騎士を見上げ、不安そうにそっと白銀の鎧に触れる。
リーゼロッテは少女を安心させるようにふわふわの髪を撫でながら口を開いた、
「――なぜ、私達が狙われていると君は知っている?」
リーゼロッテは厳しい眼差しをハルトに向けると疑問の言葉を投げかけた。
こちらの感情を見透かす様な金色の瞳は静かにプレッシャーを放っている。
下手な嘘や動揺は、警戒心が強い金色の騎士にはすべて見抜かれてしまうだろう。
だが、ハルトも『二回目の世界』でそれは経験している。
プレッシャーに負けない様に金色の瞳を見つめ返すと、自分が彼女たちを逃がすための『嘘』を吐く、
「――ジークフリード様の会話を偶然聞いてしまって………
慌てて、俺は貴方達二人を探していたわけ、です
二人の姿も聞き及んでいましたので、何とか探せました」
「ジークフリードはこのことを知っているのか?
なら、彼に会わせてほしい。彼の力を借りたい!」
リーゼロッテは彼女にしては興奮した素振りでハルトに詰め寄る。
その反応に、ハルトは少し面食らう。
『ジークフリード宮中伯』の名前を出したのはその方が信憑性が増すと考えたからだが、不味かっただろうか?
しかし、ここで根負けして本人と合わせてしまうのは不味い。
本人にハルトのことを聞かれたら、あっさりと自分の嘘がばらされてしまい計画は崩壊だ。
使用人の一人や二人覚えていないかもしれないが、それでも危険な賭けには違いない。
内心では慌てながら、外見は落ち着いたようにハルトは冷静に言葉を返す。
「――ジークフリード様は今回の一件に乗り気ではないです。
俺も盗み聞きしてた限りでは、二人のことは放っておくとの方針でした」
「まさか………いや、そんな馬鹿な。
聞き返すが、ジークフリード宮中伯は私達を知っているのだな?
その上で放っておくと?」
「あぁ、その通り、です。
ジークフリード様は二人の姿を知っていながら関与しないと言ってました」
「そうか、そうなのか………。
覚悟はしていたが、それが王家に仕える者の答えか」
ハルトの返答にリーゼロッテは苦々しく顔を歪める。
がっくりと肩を落とした彼女の姿にハルトは心を痛めるが、動揺を見せない様に言葉を続けた、
「ジークフリード様の協力は得られないと考えてほしい。
たぶん、屋敷に行っても追い返されると思う、思います」
「そうか、協力は得られないか………。
待て、なら、なぜ使用人の君はここに居る? 本人は私達に関わりたくないのだろう?」
リーゼロッテの目がハルトを注意深く見つめた。
言葉の裏を探る様に金色の瞳はハルトの一挙一動を信頼のふるいに掛ける。
肌がひり付く様な圧迫感を受けながらもハルトは平静を保って言葉を返した。
「二人は魔女の旅をして、災厄………を何とかしようとしているのでしょう?
今回の旅は前回の旅の結果から、前回以上に厳しい旅だと聞いてます。
そんな二人を助けたいと、俺個人が判断しただけだよ。
ジークフリードは関係ない」
金色の瞳がハルトを吟味にするように静かに見ている。
三回目までリセットを繰り返した、ハルトの第六感が告げる。
信頼を勝ち取るためには、このタイミングが大事だ。と。
ここで生半可な言葉はいらない、ハルトは大きく息を吸って心から自分の思いを告げた、
「――俺も魔女の旅に付いて行って、リーゼロッテさんとモニカの二人を助けたい。それだけだよ」
言葉を告げて、こちらを見る金色の目を、こちらを見る青い目を見る。
それから、畳み掛ける様に言葉を続けた、
「俺の言葉を疑って、ここで無駄に時間を過ごすのか。
俺の言葉を信じて、すぐにこの街から逃げるのか。どちらかを選んでくれ。
ただ、これだけは信じてほしい――俺は二人を助けたい。それだけなんだ」
沈黙が辺りを包みこんだ。
金色の騎士は悩むように目の前の少年を何度も値踏みする。
その態度にハルトは唇を噛む。
言葉が足りなかったか? 何かもう一つ信頼の材料が必要だったか?
自分の嘘が見抜かれたら終わりだ。
完全に怪しい奴だと思われ、見切りをつけられたら信頼を取り戻すのは不可能だ。
それなら、そうなるのなら、どうすればいいだろうか?
――二人を助けたい。それだけは偽りのない自分の気持ちだ。
だが、信頼を得るのはとても難しい。
自分は二人を助けたいだけなのに、こうして必死に言葉を選ばないといけない。
それがどうしようもなく惨めで嫌になる。
これが駄目なら、また言葉を考えないといけない。
『次の四回目の世界』で上手くやらないといけない。
痛みに耐え、またリセットされないといけない。
一度、ハルトの中で膨れ上がった不安は権限なく大きくなっていく。
そのネガティブな感情を感じた時、ハルトは自分自身があまりにもちっぽけすぎる存在だと強く感じた。
この場所から、一目散に逃げ出したいと思った。
――表情に張り付けた、つぎはぎの仮面がボロボロと崩れ落ちていくのが分かった。
剥がれた仮面の下で自分がどんな顔をしているか分からない。
見せてはいけない顔だということだけは分かる。
惨めな顔を見られない様に俯こうとして、宝石のような青い目の少女と目が合う。合ってしまう。
世界で一番、今の表情を見られたくないと思っている少女は少年の顔を見つめて、そっと白く細い腕を伸ばした。
「私、モニカって言うの。
ハルトは私を助けてくれようとしているのだよね?」
モニカは白く細い腕でハルトの片手を掴み、もう片方の腕でリーゼロッテを掴むと、二人を引っ張り歩き出した。
驚いた顔で慌てて足を動かすハルトにリーゼロッテの声が重なった。
「おいっ! モニカまだ話は終わってないぞ、止まりなさい!」
「いいえ! モニカは止まりません!
モニカはロッテが大好きです。ロッテは私のことを考えてくれます」
白い髪をふわふわとなびかせて歩きながら、モニカは言葉を紡ぐ。
「モニカはまだハルトのことが分かりません。
でも、ハルトは私のことを心配してくれてます。それだけは分かります」
ハルトを握る手に力が入る。
前を歩く少女はくるりと踵を返して身を翻すと青い瞳を輝かせながら嬉しそうに言った。
「ハルトのことをモニカはまだ全然分かりません。
だからね、ハルト、私とお友達になってくれる?
お友達になってハルトのことを教えてくれる?」
唇をほころばせながら、白い少女は少年に告げる。
――相手の言葉にどんな言葉を返せば、上手くいくだろうか?
――自分は相手の信頼を得るためにどんな表情を張り付かせればいいだろうか?
――慌てるな、考えろ。平静に冷静に最善の言葉を返せ
それは三回目の世界に来てから、何度も何度も、繰り返し頭の中で反復している考え。
何度も何度も、自分を戒める楔の様に、呪いの様に復唱した考え。
いつものように少女の言葉もふるいを掛けようとする。
だが、何と言えばいいだろうか――なんて、選択肢はまったく出てこなかった。
選択肢は決まってる、いや、選択肢なんて存在しない、最初から一本道だ。
「――あぁ、俺で良ければ友達になってくれ。俺、ヤガミハルトはモニカの友達になるよ」
ハルトは少女の言葉に自分の答えを返す。
冷静に平静に返すどころか、ところどころ震えている情けない声を返してしまう。
今、自分がどんな表情をしているのか自分では分からない。
でも、とても人には見せられないような表情をしていることは分かった。
――継ぎ接ぎの仮面を剥がされた少年の耳に嬉しそうに肯定する
モニカの声が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます