7話:魔女の同行者
酒場(跡地)から無事外に出た二人のうち、の男の方ヤガミハルトは恥ずかしさに悶えていた。
リーゼロッテの肩に手を回すハルトは呟く。
「――腰が抜けた」
その言葉通り、腰砕けになり、立ち上がれなくなったハルトは、現在進行形でリーゼロッテの背におぶさっていた。
リーゼロッテの身長は百七十二センチのハルトよりちょっとだけ低いくらいでおぶさるのに不自由はないが、
男が女性の背におぶさるというのはハルトの心に屈辱の二文字を刻むには十分すぎる出来事だった。
だが、もちろん。こうなる状況までにはいくつかのプロセスがある。
まず、ハルトが激昂して酒場の男達を勢いに任せて言いくるめた時、ハルトは内心思っていた。
「やべぇ、どうしよう」と――。
正直、酒場でのことはいっぱいいっぱいだったのだ、
もう、なんか、勢いに任せて色々言ってしまったが、酒場を出るときハルトの足は小鹿の様に震えていた。
酒場を出て震える足を抑えようと四苦八苦していた時にあのイベントである。
後ろで、大爆発が起きた様な音を聞いた時にハルトが腰を抜かしたのも当然だろう。
とはいえ、今のハルトの心境は………。
「――穴があるなら入りたい、入って世界の裏側に行きたい」
そんな心境だった。
自身の顔を両手で覆って、恥ずかしさで身悶えするハルトを背負っているリーゼロッテ、
通称ロッテさんはそっと唇をゆるめるとハルトに向かって、
「そんなに、自分を卑下にすることはないぞハルト
少なくとも、君の言葉は私の心に確かに響いたよ」
――と、首を傾けて金色の片目でハルトを見ると自分の気持ちを伝えた。
真っ直ぐすぎる言葉と、柔らかな微笑みを受けたハルトは何も言えずただただ見惚れてしまう。
ここまでの人生、美人の女性と顔を合わせて話したことがないハルトは、
自分の頬にさっと朱色が差し込むのに気付いて、慌てて誤魔化す様に話題を変える。
「そ、そういえば、リーゼロッテさんって耳が少し長いな」
なんとなく、リーゼロッテの耳に付いて触れてみる。
背に乗って彼女を間近で見て気付いたのだが耳が少しだけ長く先端はちょっと尖っていたのだ。
これか? とリーゼロッテは自身の耳を差して口を開く。
「私のおばあ様がエルフだったんだ、それがこの名残ってだけだよ
――珍しい話じゃないだろう?」
「それが珍しくない話ってのは俺には分かりかねるけど………
――触っても良いですか?」
「君は私と夫婦になりたくはないだろう? なら、止めておいた方が良い」
リーゼロッテは唇を緩めて、いたずらっぽく言葉を告げる。
予想外の返答にハルトは目を白黒させ固まる。
それからそっと伸ばした手を名残惜しげにリーゼロッテの肩に戻すと慌てて言葉を紡ぐ。
「い、いや、リーゼロッテさんと結婚したい人ならそれこそ引く手数多でしょうよ
美人だし、綺麗だし、美人だし、強いし」
「些か、私の容姿に偏っている気がするが異性に褒められるのは素直に嬉しいよ。だが、私はこの通り堅物な性格だ。
モニカの騎士である限りエプロンを巻いて料理をしている姿は想像できんな、出来れば、私は刃を握ったまま死にたい」
「はぁ、なるほど………」
笑いながらも金色の瞳を厳しくするリーゼロッテはとにかく生真面目な性格だと言うのが、今まで会話をした印象だ。
鋼の様に真っ直ぐな意志を見ると少し柔らかくしたらどうかとハルトは思うが、まだそんなことを指摘する関係でもないので大人しく言葉を飲み込む。
ハルトは沈黙が続かないうちに話題を探して、口を開いた。
「しかし、酒場(跡地)は酷かったな………
荒っぽいだけかと思ったら普通にクズの巣窟だった」
「あぁ、酒場(跡地)は酷かったな………」
「正直、俺。あんな場所で仲間を探そうと思ってたリーゼロッテさんの神経が信じられないのだけど、そこの所どうなんです?」
「いや、私も行く前はあんなに酷いとは思わなかったよ
――正確にはあんなに酷くなっているとは思っていなかったかな」
リーゼロッテは唇を尖らせて不愉快を表明すると、首を横に振って不快感を表す。
その仕草に沿って金色の長い髪が揺れ動き、背負っているハルトの顔にふわりと触れる。
花の様な甘い香りがハルトの鼻腔に漂うが、それは指摘せずに、むしろご褒美だと思いながら、ハルトは会話を続ける。
「――あんなに酷くなっているとは、と過去系を使うってことは一度行ったことがあるってことだったり?」
「鋭いなハルト。
そうだ、一度あの場所には、前回の魔女の旅の時に仲間を集めに訪れたことがあるんだ
――しかし、あそこまで酷くなっているとは」
やれやれとリーゼロッテが呆れた様に首を振る。
金色の髪が再び柔らかくハルトの顔を撫でた。
「――前回の旅の時って、酷かったて言ってましたけど、どうなったか聞いても?」
「なんだ、知らないのか?
旅に加わると言ってた君が知らないのは………」
金色の目を細め、射抜くような視線を飛ばすリーゼロッテに慌ててハルトはフォローする。
「いや、その、俺、天邪鬼でみんなが知っているなら、今更自分だけ知らないって今まで言えなかったというか………」
「――そうだな、知らないというなら詳しく話すのが礼儀だろう。
前もって言っておくが、あまり良い話じゃないぞ?」
リーゼロッテは前置きすると考え込むように自分の耳を触る。
触っている間、ハルトは片手で支えられ続けられていることになるがリーゼロッテに気にした様子はない、
軽々と自分の体重を片手で支える姿こそが異世界人のスペックと思っても驚きを禁じ得ない。
やがて、リーゼロッテは考えをまとめ終えたのか、自分の耳から手を離すと口を開いた。
「――前回の魔女の旅は四回目の挑戦になる。
来たるべき『災厄』に立ち向かうためにありとあらゆる準備をした。
過去、三回の旅のことを出来る限り調べ、生き残っていた魔女の同行者にも協力してもらえるように話を通した」
また、ハルトの知らない単語が出てきたが、怪しまれない様にハルトは押し黙ることにする。
リーゼロッテの話は続く、
「さらには前回の旅には『青銅騎士団』までが全面的に協力を申し立てた、そして、『剣聖』までもが魔女の同行者となった
これも前回の魔女『アリア』様の人徳によるものだが、過去と比べても準備は万端すぎるほどだった。
誰もが、今回こそは災厄を倒せるのでないか、と旅を見送ったよ」
「――だが」
リーゼロッテは話し辛そうにその美貌を苦々しく顔をしかめる。
恐ろしさ半分、怖いもの見たさ半分でゴクリとハルトはつばを飲み込むと続きを促す
「どうなったんだ?
――魔獣にやられたとか?」
そう言って、思い出すのは街の至る所で見かけるドラゴンもどきだ。あんなものより凶悪な奴が外ではウロウロしているとハルトは想像するが、
「剣聖が居たんだ、魔獣ごときに負けるわけがない」
ハルトの言葉はばっさりとリーゼロッテに断ち切られた。
リーゼロッテは言葉を選ぶかのように、何度も口を開いては閉じるが、やがて覚悟を決めた様に溜め息を吐くと
忌々しさに唇を歪めながら口を開いた。
「――災厄を目の前にして同士討ちしたんだ。
魔女と剣聖以外の全員が」
「同士討ち………?」
「あぁ、災厄を前にして全員が狂気に陥った。
生存者によると、全員が魔女を敵とみなしたそうだよ
逆に大勢だったことが災いとなった、それに優秀な者の中から選りすぐった人物たちだ
そんなもの全員から身を守れるわけがない」
「――魔女アリア様の肉片は一欠けらも残らなかったそうだ」
あまりのことにハルトも喉が詰まる。
そこにはこの異世界の生々しいリアルがあった。
「………剣聖は?」
「剣聖様はただ一人狂気に耐えたそうだ、だが、耐えるだけで動けなかったらしい
………彼の肉片も戻ってこれなかったよ」
壮絶な話にハルトの顔は青くなる。
横目でそんなハルトの様子を見ると、リーゼロッテは微笑しながら口を開く、
「――前もって言っただろう? あまり良い話ではないと」
「………あぁ、何も食べてないのに、気持ち悪くなってきたよ」
「それは出来ればやめてくれ、いや、真面目にやめてくれよ?」
そんな冗談が冗談で済まないハルトの言葉を不安そうに横目で見ながら、
気持ちを切り替えるようにリーゼロッテは「さて」と呟くと、金色の瞳を細め射抜くようにハルトを見つめ強い口調で言葉を告げた。
「――この話を告げたのは君に話すべきかと思ったからだ。この話を聞かせた上で君の答えを聞きたい。
君は魔女の旅に付いてくる気があるか?」
立ち止まり、ハルトの目を真っ直ぐに見据え答えを促す。
リーゼロッテの射抜くような眼光を正面から見据えると、ハルトは自身の答えを伝えた。
「――答えは変わらない、魔女の旅に付いて行くよ」
「………迷いはないのか?」
「――――迷いは」
ゆっくりと目を閉じて白い少女のことを思う。
確かに、今、聞いた話は酷かった。「死んだばかりである」ハルトは他人が死んでしまう話もより痛みを持って聞くことが出来た。
恐ろしい話だと思う、それに状況も悪いのだろう。前回がそんな失敗をしたなら力を貸す者が見つかりにくいだろう。
だが、状況が悪ければ悪いほどハルトの感情は逆に高ぶってゆく。
自分の胸が抱くその感情の高ぶりを感じると、ハルトは答えを告げた。
「――迷いはまったくと言っていいほどないね!
モニ………魔女様の力になれるなら何でもするさ! 孤立無援ならなおさらだ、俺が力になってやらないといけない!」
ハルトは自信満々に自分の胸を叩き、笑顔で答える。
その姿に呆気にとられたような顔をするリーゼロッテはおそるおそる口を開く。
「――報酬は多分出ないぞ?」
「構わない! 報酬がもらいたいわけじゃない!」
「――辛い旅になるぞ。君の細腕では特に………」
「力不足は自分が一番分かってる! でも、辛いのはモニ………魔女も一緒だ!
みんなが辛いなら俺も耐えれるさ! 耐えなきゃいけない!」
迷いなく言い切るハルトに、リーゼロッテは半分感心、半分呆れが混じった様に口を閉口させると、唇を舐め気を取り直した後、言葉を続けた。
「――なんというか、愚か者なのか勇敢なのか分からないやつだな君は」
「――ッ! 俺がこんなにやる気を見せていると言うのにっ!
ロッテさんには伝わっていないのか!!」
「その根拠が分からない自信が、私には理解できないんだ………」
落ち着かないように自分の耳を軽く撫でると、リーゼロッテはハルトの目を見据え、その目に嘘はないと分かると落ち着かない様にそわそわする。
その様子を見て、ハルトは言葉を重ねるなら今だと口を開く。
「ロッテさん! 俺のことが信用ならないならこのまま俺を置いて立ち去ってくれ!」
「――そういうわけではないのだが、
いや、話を聞いたら君は立ち去るだろうと思ってたが………」
「俺をそんな臆病な男だと思ったと思ってたのか!
これを屈辱と呼ばずなんと呼ぼうか! 責任を取ってもらいたい!」
「――私に出来ることなら、出来る限りのことはするが何が良い?」
「俺を魔女の旅に連れて行かせてくれ! 以上だ!!」
「だから、君のその頑なな意志は何なんだ!?」
益々そわそわと自分の耳を触るリーゼロッテ。
その様子に、強固な壁が決壊するのも近いとハルトは考える。
自分の胸にそっと手を置くと、素直な自分の感情をぶつける。
「――魔女の力になりたいんだ。リーゼロッテ頼む。俺を同行させてくれ」
刹那の一瞬、だが、ハルトには数十分にも感じられた。
静かに高鳴る心臓の音を感じながら、彼女の目を見つめ、答えを待つ。
リーゼロッテは金色の瞳でハルトの目を見つめると、諦めた様にため息を付き、肩越しに片手を差し出した。
「君………いや、ハルトの熱意には負けたよ。
改めて、ベネディット・リーゼロッテだ。よろしく頼む」
「――あぁ! ヤガミハルトだ。少しでも力になれるように頑張るよ」
剣を振るう騎士にしては白く細い腕を掴み、ハルトとリーゼロッテは手を重ね握手する。
どうにかモニカと騎士の旅に付いて行けることになりハルトは安堵の息を付く。
魔女の旅、それがどんなに危険なものか知らず少年は進む、白い髪の少女の力になりたいと思うままに………。
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