6話:少女の騎士
『時が戻る』という不可解な現象の後、考えを整理したハルトは、肉屋のおっさんにお礼を言った後、
(おっさんからお決まりの「今度、道端に寝てたら皮を剥いで店に並べちまうぞ」と返されながら)
ハルトの足は街の酒場へ向かっていた。
もちろん酒場に行くのは「こんなストレス満載の異世界なんてヤケ酒を飲まないとやっていけねぇ!」と言うわけではない。
そもそもハルトは未成年だ。
酒を手にするのは料理に使う時しかないし、舐めたことはあっても飲んだことはない。
なら、なぜ酒場に行くのかと言うならば、金色の髪をした騎士ロッテに合うためである。
あの、店が吹き飛んだ衝撃のシーンを思い返していると、あの店は酒場だったことを思い出したのだ。
そうと決まれば、酒場に向かって駆け出す。
「ロッテさんに早くモニカの元に戻るように言ってやらないといけないからな」
色々と考えたハルトの答えは単純なものだった。
その一――超強いらしいロッテさんとモニカを合流させる。
その二――殺人者を退治する。めでたしめでたし………以上である。
「そんなに上手くいくかは分からないが………。
まずはロッテさんの動向を確認しないといけない、あの騎士はモニカと俺が襲われてた時にどこにいたんだ?」
残念ながら、『死んだ世界』ではハルトはロッテさんとほとんど面識がない。
つまりはまったく彼女の行動が分からなかった。
「まず、考えられるのは………。
考えたくないが『部屋で死んでいる』場合」
自分自身が口にした言葉に軽い嫌悪感を抱きながら、可能性の一つを提示する。
ハルトとモニカが部屋の前で立ち往生していた時には、既に殺人者がロッテを殺していて、モニカが帰ってくるのを部屋で待っているというパターン。
「――これが、一番最悪なパターンだ。
こっちはロッテさんが勝つことを前提にしているのに既に死んでたら意味はない」
最悪の想像を頭に浮かべ、ぶるりっと頭を振って考えを消す。
「二つ目はあの時、ロッテさんが部屋に居なかったパターン
俺はこっちの可能性の方が高いと思う」
ハルトは少し自信を持って自分の考えを肯定する。
そう考えるのには二つの理由があった。
まず一つ目は他の部屋の雰囲気と旅館の雰囲気だ。
争いごとが起きれば多少は空気が変わるはずだがそんな空気は感じなかったというのが一つ。
ロッテさんが戦えばそれこそ部屋が吹き飛ぶに違いない。
――もう一つは、きっとロッテさんが戦えば殺人者には負けないということ。
「――モニカが信じる騎士だもんな。
じゃあ、強いに決まっている」
どこから来るのか分からない、自分の自信に鼻を鳴らしつつ口を開く。
「だからこそ、一言二言言ってやらないといけねぇ
さっさとお姫様の元に帰れってな!」
まだ、面識のないはずの騎士に向けて文句を言うとハルトは酒場に飛び込んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――で、坊主………注文は何だ?」
「………あー、ちょっと人を待っているだけなんで
それまで注文はいらないかな」
「なら、客じゃないな、出ていけ」
「マ、マスター………そんなこと言わないでくれよ
待ち人が来たら一番高い酒を頼むからさ、なっ?」
「その、待ち人とやらはいつまで経っても来ないと思うがな」
肉屋のおっさんにも負けない強面の店主は、ふんっと鼻を鳴らしハルトから離れていった。
店主が距離を置いてくれたことに内心ほっ、としてハルトは目立たない様にテーブルの隅に隠れ、震える声を呟く。
「――こんな所、来るんじゃなかった」
――勇ましいセリフを吐いて飛び込んだ酒場はガチムチの巣窟だった。
そんなモノノーグが流れそうな酒場………。
その場所こそ、現在ハルトが身を置いている酒場だ。
上記の表現は些か不適切かもしれないが、とにかく荒っぽい場所と言うのが周囲も納得する評価だろう。
冒険者崩れとか傭兵崩れという言葉が似合いそうな屈強な男達が大勢集まっており、酒を競い合うように飲んだり、下品な言葉で笑いあったり、
酒場の隅では乱闘まで起きている。
血を流すほど激しい乱闘なのに周りの男達は笑いながら、どちらが勝つかとか、あと何秒立っていられるのか賭けをしていた。
「――めっちゃ、帰りたい」
ハルトは壁と同化し目を付けられない様に必死に存在感を消す。
元々、ハルトは荒いごとが苦手な人間である。
体育会系の人間とは水と油が混ざらないかのように噛み合わない。
男の意地とかそういうのなら少しは分かるが、それに加えて根性論と努力を押し付けてくる人間が大嫌いなのだ。
そんな、ザ・草食系!と断言しても良いヤガミハルトは、異世界生活始まって以来のまったく馴染めそうにない場所から全力で逃げだしたい、と言う思いに必死に耐えていた。
人相の悪い店主に時々チラッと見られながら舌打ちされるが我慢する。
すべては、モニカのためだと思えばそんな些細なことは耐えれる。
酷い匂いのする意地汚そうな男にジロジロと全身を舐められるように見られてもまだ耐えれる。
すべては、自分の計画を実行するためなら何てことはない。
隣に何か甘い香りがするイケメンが座り、
「君、良い体しているね」とハルトの尻をガッチリ掴んで………も。
――ハルトは身の危険を感じ、この場から全力で立ち去ることにした。
そんな、ハルトの心の悲鳴を運命の神が聞いたのかどうかは知らないが
「もう限界だ!」とハルトが叫ぶと同時に酒場のドアが開かれた。
その人物は静かにドアを開け、一言も発さず酒場に入ったはずなのに、あんなに騒がしかった酒場の音が突如消える。
人形の様な白い肌に、見る者を魅了する金色の瞳を持つ女性は、砂金の様に光る金色の髪を揺らしながら店主へ向かって歩くと言葉を発した。
「――まずは、酒を頼むのが礼儀だろうな。エールを一杯もらおうか」
その言葉を受けて、固まっていた店主は慌てて黄金色に泡立つ液体をグラスに注ぐと金色の女性騎士に差し出した。
女性騎士は礼を言って硬貨を支払った後、飲み物を自分の喉に一気に流し込み、テーブルに音を立ててグラスを置くと未だに沈黙が包み込んでいる酒場を振り返って口を開いた。
「――私の名前はベネディット・リーゼロッテだ
少々、時間を拝借させていただくことを先に謝っておくが、
どうか、私の話を聞いてほしい」
凛々しくそれでいて透き通るような声が辺りに響く、
「現在、私は『魔女の旅』に同行してくれる者を募集している。
腕に自信のある者、または名誉がほしい者は名乗り出てくれ、旅が無事に終わった時には莫大な報酬を約束する。
他に質問のあるものは――」
突然、酒場は奪われた音が正常に戻ったような喧騒に包まれた。
リーゼロッテがとっておきの冗談を言ったように、大勢の笑い声が響き渡る。
中には、笑いすぎて涙まで流している者までいる始末だ。
唯一、笑っていないのはハルトぐらいだった。
もっともハルトは何がおかしいのか、魔女の旅が何なのか分からないわけだが………。
未だ、笑い声が響く中。
喧騒に負けない様にリーゼロッテは声を張り上げ、話を続けようとするが、
「私の話を聞いてほしい! もう一度繰り返すが魔女の旅に付いてくるものは――「誰も魔女の旅なんて行かねぇよ」」
リーゼロッテの声は図太い男の声にさえぎられる。
目つきが悪く汚らしい風貌をした男は椅子の背に両腕を絡めて、にやにやと金色の騎士を眺めていた。
リーゼロッテは声を遮った男の方を見ると礼儀正しく聞き返した。
「――魔女の旅に誰も付いてこない、それはどういう意味だろうか? よければ説明してほしい」
「言葉通りの意味だ、誰も行くわけないだろうが」
「その理由が私には分からない、よければこの愚鈍な私に教えて頂きたい」
「五月蠅い女だな」
男は心底めんどくさそうな仕草をする。
それでも、話の続きを促す様に真っ直ぐと見る金色の瞳に諦めたのか、口を開いた。
「魔女の旅が失敗して何回目になる?
前回がどんなに悲惨な終わり方をしたのか、知らないわけじゃないだろう?
そんな、自殺まがいの旅に同行するやつなんていねぇよ」
「前回の話は知っている。 だが今回は――」
「前回が駄目なら今回も駄目だろうよ。
というかまだ魔女が残っているのにも驚きだ」
「だが、モニカ………いや、今回の魔女なら、きっと………」
項垂れて、リーゼロッテが小さく呟いた単語をハルトは聞き逃さなかった。
ということは、モニカが魔女で、魔女の旅と言うものをするために仲間を集めているのだろうか?
あのマイペースでおっちょこちょいな彼女が本当に魔女? とハルトは首をかしげる。
ハルトが頭の中で話を整理している間にも、リーゼロッテの話は続く。
「魔女の旅が否定的に見られていることは分かった!
だが、その上で頼みたい、同行してくれる方は居ないだろうか?」
必死にリーゼロッテは頭を上げ話すが、もはや真面目に聴いている人は居ないようであった。
「報酬次第で付いて行ってもいいぜ!」
「………報酬を出すことはできないが、旅が終わった暁には――」
「俺は別に金じゃなくても良い、姉ちゃんの身体で払ってくれよ!」
小汚い男が言った言葉に周りも同調して、囃し立てる。
男の言葉に、リーゼロッテは白い人形の様な肌に朱色を差しながらも金色の瞳で真っ直ぐ見つめ言葉を発する。
「それ相応の働きをした者には、それ相応の報酬を約束しよう
求めるものが私の………身体なら差し出しても良い」
言い切ると、さらに朱色を増した肌を隠す様にリーゼロッテは俯いた。
その初々しい反応に、下卑た言葉を言った男は口を歪めると言葉を放つ。
「それなら前金で払ってもらおうか、どうせ上手くいかない旅だ。
先に楽しまないと損するだろ?」
「――どうせ上手くいかない?」
男の言葉に、リーゼロッテは眉をしかめる。
「そうだ、どうせ失敗する旅に真面目に付き合う必要はない、楽しくやろうや」
「――どうせ失敗する?」
俯いていた顔を上げ、男を見るリーゼロッテの顔は氷のように無表情だった。
男は表情を一変させたリーゼロッテには気付かずに言葉を続ける。
「上手くいかないのは目に見えている、どうせ今回の魔女もすぐに野垂れ死んで犬のエサになるのがオチだ。それなら楽しくやった方が良いのは合理的だろ?
お前も魔女のことなんか忘れて、俺と一緒に――」
男の言葉に明らかにリーゼロッテの空気が変わる。
空気が読めていない男にリーゼロッテは自身の苛立ちをぶつけようとして――
「――何言ってんだ、てめぇ!!!」
椅子を蹴り飛ばしながら、近づいてくる自分よりも怒りを籠らせた少年の言葉にさえぎられた。
「黙って聞いていりゃ、なんだなんだ!
大の男が旅に付いて行くと高確率で死んでしまいますー! ぼくこわいですー! ってだけじゃねぇか!
そんなんじゃ、ガチムチボディが泣き叫ぶわ! 使わないならその筋肉を俺にくれよ!」
「それにお前ら、話の本筋を外れて、初心な反応がすごく可愛い美人の騎士ロッテさんをみんなで苛めやがって!
男が腐るというか女々しすぎるわ! 大勢で集まってピーピー騒ぎやがって、餌に群がる小鳥か!!」
少年、ヤガミハルトは怒りのままに言葉をぶちまける。
急に現れ、暴言を吐く少年の登場に小汚い男は一瞬呆けるがすぐに立ち直り、ハルトに向かって強い口調で言う。
「なんだ、坊主。俺に喧嘩を吹っかけているのか?」
「そうだよ、バーカ!
逆にさっきの言葉がそれ以外の言葉に思えるのなら、めでたい頭してるな!
容姿も悪くて頭も悪いってなると救いようがないわ!」
「――ッ! 坊主、俺を怒らせて殴られたいようだな」
「殴られたいわけないだろうが、バーカ!
というか、喧嘩になったら俺が勝てるわけないだろう?
そんなことも分からないのか?」
ふふん、と上から目線でハルトは小汚い男を鼻で笑う。
その態度に男が腹を立て椅子から立ちあがるが、
「おっと、殴り合いはしないって言ってるだろう!
俺はこれを言いに来たんだよ!」
焦らす様にコホンと咳をして、ハルトは胸を張ると言い切る。
「俺、ヤガミハルトはその、魔女の旅とやらに同行する!! どうだ!?」
言い切って、ぐるりと周りを見渡す、
呆気にとられたような騎士リーゼロッテの顔と、呆気にとられた様子の酒場に居る全員の姿が見えた。
その様子に、満足するとさらにハルトは言葉を続ける。
「ぶっちゃけ、俺は弱い!
この中の誰と殴り合いしても勝てる自信はまったくない!
それなら、強力な魔法が使えるのかって?
いいや、俺はどんな属性の魔法も使えないぜ、どうだ! 凄いだろう!!」
今一度、辺りを見渡す。
今度は全員の顔が呆れてものが言えないような顔をしていた。
その様子に、もう一度満足すると最後の言葉を告げる。
「――俺はこの中の誰よりも弱い! それが悲しいことに事実だ
さてさて、そんな俺が旅に付いて行こうとしているんだ
この中の誰もこんなちっぽけで弱い俺以上の勇気を見せれないのか?」
「――おい、ガキいい加減に」
「返事は「はい」か「いいえ」だバーカ!
何度も言うが、殴り合いなんて御免だ! 絶対負けるに決まってる。
俺を見返したい、黙らせたいなら「はい、俺も旅に付いて行きます」って言えばいいんだよ!
どうした? 居ないのか!?」
沈黙がその場を包み込む………。
ハルトは言うことは言ったとばかりに手を胸に組み、目を閉じる。
誰も話す者は居ない。
居心地が悪い空気が辺りを包み込むが、
「――ありがとう少年。いや、ヤガミハルト」
透き通る様な声を響かせ、真っ先に口を開いたのは金色の騎士リーゼロッテだった。
その金色の瞳で周囲を見渡し、深く溜め息をつくと、
「このような結果になって残念だ。立ち去るとしよう」
ハルトに合図し、足音を響かせ、酒場のドアを開け、その場から二人は立ち去った。
途端に店の中は蜂の巣を突いたような喧騒に包まれる。
言い合うのは、金髪の騎士と生意気な少年のことだ。その会話のほとんどは批判的な内容で、
死んでしまえとかは、まだましな言葉の類だった。
そんな喧騒の中、酒場のドアが再度ゆっくりと開き、ひょっこりと話題の人物である、金髪の騎士リーゼロッテが現れる。
再び沈黙に包まれる酒場に、リーゼロッテは静かにほほ笑みながら言葉を発した。
「そういえば、忘れ物をしてしまった。
これはさっきまでの有り難いお言葉のお礼だ、受け取ってほしい」
リーゼロッテの体中から緑色に光り輝く魔力が溢れ出ると、暴れ回る魔力の波動は酒場に向けて放たれた。
――その日、酒場は跡形もなく吹き飛んだ。
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