第7話 断章1

力が入らなかった。


周りにはなにもなかった。先ほどまであったはずの木も草も……霊獣も、すべてがなくなっている。


自分と彼以外のすべてが消え去っていた。

地面に横たわり見上げる空は広く、いつもであればその美しさに目を奪われるところだ。だが、今はただ体から溢れる血の感触にばかり意識が行ってしまう。


特に腹部の右辺り。よぼど深い傷なのか、血以外のなにかまで出ている感触があった。


けれど今はどうでもいい。


『――っ!!』


眼前で泣き叫ぶ少年の姿だけが、今は自分が考えるべきすべて。


鼓膜が破れたのだろうか。

自分の真横に座り込み、顔を覗き込みながら彼は叫んでいるというのに、なにを言っているのか聞き取ることができない。


『――っ!! ――っ!!』


彼の涙を拭えないことが、彼に涙を流させていることが悔しい。


力を持っているのに、自分にはなにもできない。

無力ではないくせに強さを身に付けていない。


それでも、諦めるのは嫌だった。


『――っ!!』


何を言っているか分からないから、その言葉に返事はできない。

だからせめて、


「――――」


命を削って声を出す。

本当に声を出せたのか、出せても彼の耳まで届いたのか分からない。


『…………』


叫んでいた彼が、口を閉じた。

涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、唇を噛みしめている。


……届いたなら、いいな。

ただそれだけを祈りながら、私は――火野千聖は、意識を手放した。

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