第4話 最弱×最強=激戦

凌我や千聖が通う深陽学園は、優秀な憑術士を輩出するべく実戦に重きを置いている。そんな学園の方針が強く表れているのが、模擬戦というシステムである。


他校でも模擬戦自体はあるが、この学校は他校と比べ申請の簡単さがずば抜けている。演習場の使用予約と教師一人に立会人になってさえもらえれば、ただそれだけで模擬戦は開始できる。


立会人の教師についてはすぐに見つかった。残る問題は模擬戦の日程だったが……怪我を負っているはずの凌我が『明日で問題ない』と強く主張したため、希望通り翌日に早速行われることに。


模擬戦の申請翌日だというのに、最弱VS最強の模擬戦の話は同学年どころか学校全体に広まっており、模擬戦当日の今日――舞台である第二演習場は異様な熱気に包まれていた。


「どどど、どうしましょう師匠! 相手はあの『聖火の剣姫』っすよ!?」


そんな第二演習場の控え室。奇しくも前日と同じ部屋で待機している凌我の正面には、自分が戦うわけでもないのに今にも緊張で吐きそうな表情をした悠一が立っていた。


ベンチに座り堂々としている凌我に対し、悠一はさっきから凌我の前を右へ左へ落ち着くことなくうろちょろしている。


「んなこた言われなくったて分かってるっつの。俺だって相手が誰かくらい心得てる」


『聖火の剣姫』火野千聖。彼女のツキモノは――『炎神』


他のランクと違い、Sランクの生徒のみランク内でさらに四つのランクに分けられる。下から『獅子』『龍』『精霊』そして『神』。


『神』は一校に一人いるかいないかとすら言われるほどのツキモノだ。その能力はもちろん、素のままのツキモノの力――『憑力(アンセス)』を使った身体強化だけでも他者を力押しで圧倒すると言われている。 


「ちっ、あいつさえ邪魔しなけりゃ……」

「師匠?」

「ああいや、なんでもねえ」


忌々しげにそう吐き捨て、凌我は立ち上がりグラウンドに繋がる扉へ歩き出した。


時計はすでに開始時刻の三分前。そろそろグラウンドに向かわなければいけない時間だ。


「あ、あの、師匠!」

「あん?」

「いってらっしゃい! 俺もすぐ観客席に行くっす! かっこいいの、期待してるっす!」

「おう、楽しみにしとけ」


扉を開け、ついに凌我がグラウンドへ歩き出す。肌に突き刺さるような歓声にひるむことなく進む凌我を、悠一は扉が閉まるまで見送った。


「……今日くらいは、邪魔すんじゃねえぞ」


扉が閉まったのを確認して、凌我は小さく呟く。聞こえてくる歓声にかき消され、その声は誰にも届くことなく消える。


にもかかわらず、誰かの笑う声が凌我には確かに聞こえていた。


***


凌我がグラウンドへ出るとすでに千聖がいた。腰に剣を携え、腕を組んで仁王立ちだ。

周りにはこの戦いを見に来た生徒が数百人。すり鉢状になっている客席から何百という瞳が凌我と千聖を見つめている。


「その様子だと怪我はもう治ったみたいね。……ねえ、アンタのツキモノって」

「治癒系のツキモノかって言いたいんだろうが、残念外れだ。そんな大層なもんじゃねえ」

「で、でも……!」


怪我の治りが常識では考えられないほどに早い人間には二種類いる。


一つはツキモノの憑力が尋常ではなく高いこと。人が元から持っている治癒能力に憑力が干渉し、その回復速度を飛躍的に高めることでありえない速度で怪我が治る。


もう一つは、純粋にツキモノの能力が治癒系統の場合だ。


だが、凌我の言うことを信じるのであればツキモノの能力ではないとのこと。ならば残る可能性は一つだが。


「それはありえない。アタシですらあの傷は一晩で完治なんてできないもの」


当然、千聖も怪我の治りは一般人と比べ者にならないほど早い。それでもなお凌我が前回の模擬戦で受けたような傷を一日や二日で完治などできはしない。


「……まあいいわ。ところで……約束、覚えてるわよね?」

「『負けた方が何でも言うこと聞く』だろ。いいのか?男相手にこんな約束しちまって」


模擬戦の申し出を受けた凌我に対し、千聖が一番に出した希望がこの約束だった。

勝てば天国負ければ地獄。絶対の自信があるからこその約束。


「試合が終わったら覚えてなさいよ。それはそれはすごいことを命令してやるんだから!」

「俺に勝てたらの話だろ? 俺が勝ったら……そうだな、メイド服で一日過ごさせる」

『あー、あー、そろそろおしゃべりはその辺にしてそろそろ始めますよー』


にらみ合いながら続けていた会話を断ち切ったのは、今回の立会人である教師、東雲しののめによる演習場全体に響き渡るアナウンスだ。


凌我のいる一年D組の担任である東雲は、どこから聞きつけたのか凌我たちが立会人探しを始めた途端に彼らの前に現れ、立会人を引き受けた。理由は『面白そうだから』とのことだ。


『はいはいそれじゃそろそろ始めちゃうからねー。二人ともご用意を』

「行くわよ、『灼炎の業剣メルトブレイズ』」


語り掛けるようにつぶやいた後、彼女は腰にかけていた鞘から剣を抜く。

憑力を良く通す『憑石ひょうせき』で作られた憑術士用武器、『憑纏アウトライン


人によって何を使うのか変わるが、彼女が使うのは反りのない直剣だ。

鞘や柄は金色に装飾されまるで聖剣と言った風貌だが、刃自体はどこにでもある銀色。


対する凌我は――なにも持たず、拳を構えるのみ。

その対応に千聖は怪訝な顔をする。


「んな顔すんじゃねえよ。俺に憑纏はねえ、この体そのものが俺の武器だ」


凌我のスタイルは超近距離での攻防戦。

主な武器は拳、そのほかにも足や肘、頭すら使い体全てで相手に喰らいつく喧嘩スタイルだ。


凌我は拳を、千聖は剣をそれぞれ構える。

それを見た東雲がついに試合開始を告げた。


『二人とも用意はできたかな? できたみたいだね! それじゃあ行っくよー。READY GO!!』


***


(……気味が悪い)


それが千聖がこの戦いで最初に感じた……いや、今もなお感じ続けている感覚だ。


弱すぎる。


先ほどまであれだけ威勢よく吠えていた凌我は今、千聖の放つ小手調べの火球に手こずり千聖へ近づくことすらできていなかった。


あんなに躊躇なく模擬戦を受けたのだから、なにかしらの対策があるのだろう。

そう警戒していざ試合に臨んでみればこのざまだ。得物をもたずツキモノも使えない。


そんな凌我に残されたのは近距離での殴り合いだが、こうして近づけさせなければ凌我は戦うことすらできない。三戦三敗という戦績もこの有様を見れば納得できるというものだ。


だというのに、こうまで気味が悪いのは彼の動きに対する違和感が原因だった。


「くっそが……!」


止まろうとしながら動いているような、右に行こうとしながら左に行こうとしているような動き。まるでブレーキとアクセルを同時に踏み込んでいるような、そんな違和感。


「ちっ、だから邪魔すんなっての!」


そして極めつけの違和感が明らかに誰かと話しているということ。その相手はもちろん千聖ではない。

なら誰と? この二人だけの小さな世界でいったい他の誰と話しているというのだろうか。


「アンタ、なんなの? さっきから……」


飛ばし続けていた火球の連撃を止める。


要領を得ない質問に凌我は眉を顰めた。が、すぐに彼女が己の動きについて違和感を感じ取ったのだろうと察した凌我は、口元をゆがませ言い放つ。


「知りたきゃ勝って聞き出せよ、剣姫サマ」

「……そうね、そうするわ」


有言実行とばかりに、彼女は自身の周りに火球を浮かばせた。


その数、実に五十。先ほど凌我に放っていたのが十個前後だったことを考えれば、勝負を終わらせに来たことがすぐ分かる。


「切り札があるなら早く使った方がいいわよ? じゃないと黒焦げになっちゃうから!」


五十の炎がただ一人の人間に向かって放たれる。一発でも当たってしまえばゲームオーバーだが、凌我の動きでは避けきるのは簡単ではない。


「ちっ!」


右へ左へ上へ下へ、凌我は炎を見据え回避に全力を注ぐ。縦横無尽に駆け回り火球を避けるが、それが続いたのも途中までだった。


迫りくる火球を右に跳んで躱す。そこにさらに火球があった。


避けられない一撃。勝利を確認した千聖が、冷めた視線で凌我を見つめる。

彼女の視線の先、炎を目前にした凌我は何もできないまま炎に――


「……は?」


――焼かれることなく、見事その火球を避けきった。


偶然。彼女はそんな言葉で片付けようとしたが、現実がそれを許さない。


まるで急にステータスアップでもしたかのような凌我は、見違えた動きで残り全ての火球を避け、千聖から距離を取った。


(気味が悪い……!)


彼女がそう思うのも無理はない。なにせ、千聖も観客も全員が驚いてるというのに――当の本人、凌我がもっとも驚いているというのだから。


「……どういう……ああ? なんだそりゃぁ。いや、俺としちゃぁ……ああ、そうだな。てめえがそうするっつうんなら文句はねえ」


また誰かと話し始めたかと思えば、彼は表情を驚きから笑みへと変える。

もうなにがなんだか分からない。


ただ一つだけ理解できたのは。


「つまらない戦いしちまって悪かったなァ。だがもう安心していいぜ。さっきよりはお互い楽しめるだろうからよ!」


目の前にいる男がただの『白紙』ではなくなったということだけだ。

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