第6話

「急に呼び出してごめん」


 そこは罰ゲームで勝俣くんに告白した場所、体育館裏だった。

 苦い思い出と自分を見つめ直すきっかけにもなったこの場所に、もう二度とここへ来ることはないと思っていた。


「この前は、ノートの写しを持ってきてくれてありがとう。とっても役に立ったよ」

「うん。そう言ってくれると嬉しいよ」


 正直に言えば、勝俣くんのことを考えるとまだ心の奥底でうずくものがある。

 でも、彼のおかげで今まで気付かなかった大切なことに気付けせてくれたのだ。今はもう感謝しかない。


「また、困ったことがあったらいつでも言ってね」


 自分でもびっくりするほど、素直に出てきた言葉だった。

 そのとき、私は気付いた。

 彼が私の目を見ていることに。


 確か、罰ゲームでの告白のとき、勝俣くんは一度も私と目を合わせなかったはず。

 でも今は、はっきりと私の目を見ているのだ。


 途端に身体中の熱が顔に集まってくるのが分かった。

 何で? どうしてこんなに顔が熱くなるの?

 自分でも分からない感覚が心の奥底から湧き上がってくる。


「城ヶ崎さん」

「は、はい」


「あのときの告白は……まだ有効かな?」


「はい?……」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


$ $ $


「実はオレ、城ヶ崎さんに謝らなければならないんだ」


 体育館裏にひっそりと置かれている古ぼけた木製のベンチ。

 そこに勝俣くんと私は一人分の距離を開けて座っている。


「謝るって……何のこと?」


 もしかして、前に告白した私を振ったことだろうか。でも、それは罰ゲームという悪戯での話。そのときは振られたことは確かにショックだったけど、今思えば私にとっては結果的によかったのだ。

 だから、私は責められても文句は言えないし、ましては謝られる立場じゃない。


「もしかして、私を振ったこと? そんなの気にすることないよ」


 私は出来るだけ、彼に気を使わせないようにおどけてみせた。


「まあ、少しは……ショックだったけど。今は気にしてないし」

「……オレは気にしていたよ」

「えっ?」


 振った勝俣くんが気にしてた、って……どういうこと?


「前に城ヶ崎さんから告白されたとき、オレは城ヶ崎さんのこと、何も知らなかったんだ」

「う、うん……」


 そうだよね。私と勝俣くんとはまったく接点がなかったよね。

 だって、それは私が勝手に勝俣くんのことを見下していたんだし、自分は誰からも好かれているって思い込んでたから。


「でも、城ヶ崎さんのことは周りからいろいろと聞かされていたよ。その……可愛いとか、綺麗だとか」

「うっ……」


 どうしよう……勝俣くんから可愛いって言われちゃった。

 思わず胸が張り裂けそうになる。

 いや、自重しないと。また、同じ過ちを繰り返してはダメだ。


「……そんなことないよ」

「えっ……」

「私はみんなが言う程、可愛くもないし、いい人間じゃないよ……」


 だけど、勝俣くんのおかげで自分がいかに卑しい人間だったのかに気づくことが出来た。


「だから、今は振られたのは当然だと思ってる。もちろん、勝俣くんを怨んだりしてないから安心して」

「違うんだ」

「えっ?」

「……悪いのはオレの方なんだ」


$ $ $


「信じてくれないかもしれないけど」


 勝俣くんが真剣な顔で話し始めた。


「オレ、クラスメイトの顔が分からないんだ」

「ど、どういうこと?」


 クラスメイトの顔が分からないって、何を言っているのだろうか。

 私の驚いた顔を見て、彼はくすっと微笑んだ。

 それは、私の心に染み込むような優しい表情だった。


「言っている意味がよく分からないって顔してるね」

「う、うん」

「まあ、それは当然だよな。今まで何人かに話したことがあるけど、家族以外に誰も信じてくれなかったし」

「家族以外……」

「いや、例外としては伊藤さんかな?」


 彼の口から美樹さんの名前が出てきたので、何だかモヤモヤする。

 なので、思わずつっかかるような言い方をしてしまう。


「それで、どういうことなの?」

「……どうして怒ってるの?」

「……怒ってなんていません」


 私が一方的に美樹さんに……嫉妬しているなんて彼は知るわけがない。

 でも、何故か嬉しそうに微笑んでいた。


「顔が分からないっていうのは、文字どおり、顔の表情が全然見えないんだよ。だから、男子か女子かは服装で判断できるけど、どんな顔なのか、笑っているのか怒っているのかは見ても分からないんだ」

「そんな……」

「だから、城ヶ崎さんのことは噂では知っていても、どんな顔をしているのか、どういうところが可愛いのか全然分からない……いや、分からなかった」


 彼の口調や真剣な表情から、私をからかっているわけでも、ふざけているわけでもないんだと気付く。


「どうしてこんな状態になっているのかは未だに分からない。出来ればこんな状態は嫌だし、みんなと仲良くしたいと思う。でも相手の顔が見えないなんて誰にも言えないから……」


 だから、友達がいない。いや作れない……そういうことだったんだ。


「でもね、家族の顔はちゃんと見えるんだ。母さんも妹もそれは知っているし、分かってくれている」


 前に勝俣くんの家にお邪魔したときのことを思い出した。

 最初は歓迎ムードだった雰囲気が、一変した理由が分からなかったけど、それが今、分かった気がする。


 つまり、勝俣くんのお母さんと妹さんは、私に期待したんだと思う。

 私が彼を変えてくれるかもしれないと。

 でもそれは叶わなかった。


 落ち込んでいる私に勝俣くんは笑顔を見せてくれた。


「城ヶ崎さん、そんなに落ち込んだ顔をしないで」

「えっ?」


 もしかして、私の顔が分かるの?……。

 勝俣くんはにっこりと相好を崩した。


「うん。城ヶ崎さんって可愛いね」

「本当? 本当に見えるの?」

「ああ、城ヶ崎さんの怒った顔、拗ねたときの顔、そして今の驚いた顔がはっきり見えるよ」


 彼の顔が少し歪んで見えた。

 それは私の目に溢れてくる涙のせいだと気付いた。


「今の城ヶ崎さんは何て言うか、自分に自信を持っているような感じがする。それまでは壁を作って、あまり人を寄せ付けなかった雰囲気があったけど、今はとても輝いて見える」


 顔を赤くして話す勝俣くん。

 ありのままの自分を認めてくれた嬉しさに私の心が震えていた。


「私……それまでは周りの評判を気にしていたけど、自分を飾らないことにしたの。でもそれを教えてくれたのは勝俣くんなんだよ」

「えっ?」

「だから、きっと私の気持ちが勝俣くんに届いたんだと思う」

「そうか……」


 だけど、今のこの気持ちを勝俣くんにも分かって欲しい。彼はこのままじゃ、かつての私と同じだ。


「勝俣くん」

「うん?」

「勝俣くんも私と同じように、自分に自信を持って。みんなのことを知って、そして自分のことをみんなに知ってもらうの。そうすれば、きっと……」

「城ヶ崎さん……」



 それから数か月後。


「それでは文化祭に何をするか決めますので、学級委員、お願いします」

「はい」


 先生の言葉に席を立ったのは委員長の私と副委員長の勝俣くん。


「おっ、夫婦委員の出番だな」

「今日も息のあったところを見せてくれよ」


 檀上に向かいながら、クラスメイトからヤジが飛んでくるのを耳にして苦笑する。

 横に立つ勝俣くんも同じような表情だった。


「それでは、これから議事に入ります。みんなで楽しい文化祭にするためによい案を出し合いましょう」

「「「はーい」」」


 今、私はとても充実した高校生活を送っている。

 それも、すべてはあのときの罰ゲームがきっかけだったことは間違いない。


 今度、美月に改めてお礼を言わないと。

 持つべきものはいい友人、そして好きな人と一緒にいるのは素敵なことだなと心から思った。

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絶対、アイツを振り向かせてやる! 魔仁阿苦 @kof

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