第4話

 結局、友達を通じて勝俣くんの情報を得ることが出来ないので、家族にあたることにしたが、それはそれでハードルが高いことには変わりなかった。


 一時は彼の学校帰りに後を付けようかとも思ったが、「あんた、それストーカーだから。犯罪だよ」という美月の言葉でやむなく踏みとどまった。


 そんなこんなで彼の情報収集を始めて3日目のこと。


「今日、勝俣は風邪のために欠席するそうだ」


 朝のホームルームでの担任の言葉に、私はひらめいた。

 合法的に彼の家に行くにはこの方法しかないと。

 一応言っておきますけど、これまで非合法的なことは一切していませんからね? しそうになって美月に止められたけど。


 先生が話を終えて、教室を出ようとするところに私は近づいていく。


「先生。ちょっといいですか」

「お、城ヶ崎か。どうした?」

「今日、勝俣くんがお休みと聞いたんですけど」

「ああ、風邪を引いたとお母さんから連絡があったが」


 なるほど、お母さんから連絡が入ったってことは……きっと勝俣くんのお母さんは専業主婦に違いない。一歩前進といったところか。


「それがどうかしたのか?」

「あのですね。今日休むと今度の中間テストの範囲とかが分からなくなるんじゃないかと思うんです。ですので、よければ私が勝俣くんに直接伝えたいと思うんですけど……ダメでしょうか?」


 あまり使いたくはないが、ここは美月のいう『必殺の上目遣い』というのを試してみた。


「お、そ、そうか。城ヶ崎が行ってくれるというならお願いするか」

「はい! 任せてください!」


 上目遣いが功を奏したのかは判然としなかったけど、先生は私の思惑に気付くことなく勝俣くんの住所を教えてくれたのであった。


$ $ $


 放課後、私は意気込んで勝俣くんの家に向かう。


 少しずつ彼と言葉を交わしながら、ゆっくりと仲を深める―――当初はそう考えていたけど、お宅訪問という大きなイベントであれば一気に追い詰めることが出来る。

 そう、これはビッグチャンスなのだ。


 今日は勝俣くんがいなかったので、気がそぞろになることもなく、いつも以上に真剣に授業を聞き、いつも以上に丁寧にノートをとった。それは勝俣くんが授業で遅れが出ないようにコピーを取って渡すためである。

 そのことを学校の玄関先で別れがてら美月に言うと「あんた、よくやるわ……」と呆れられたけど。


 先生に教えられた住所を思い出すと、勝俣くんの家は意外にも私の家の近くで、徒歩で10分ほどの距離しか離れていなかった。


 自分の家の前を通り過ぎ、勝俣くんの家に辿り着いたのは午後4時を回ったところだった。

 彼の家は、本人の人柄が忍ばれるいわゆる普通だった。


 すーはーと何度か深呼吸をして、家のチャイムを押そうとしたとき。


「何か御用ですか?」

「ふえっ!?」


 いきなり背後から声を掛けられ、思わず変な声を上げてしまった。

 後ろを振り返ると、セーラー服を着た可愛い感じの女の子だった。


「あ、あの、私は勝俣くんの同級生の城ヶ崎琴音といいます。今日は勝俣くんが風邪でお休みでしたので連絡事項を伝えようかと……」


 しどろもどろになりながらも、女の子の様子を窺う。

 家の前で声を掛けられたことから、多分妹さんだろうと推測する。顔つきも似ているし。


 はじめは訝しげな表情だったけど、お互いにじっと顔を見ているうちににっこりと笑顔を浮かべてくれた。


「それはわざわざすみません。是非、直接兄に伝えてください」

「あ、はい」


 そう言って、私を伴って家に入っていく。玄関には一見して勝俣くんのものと思われるスニーカーが置かれていた。


「お母さーん。お兄ちゃんの彼女が来たよー」

「なっ!?」


 何を言い出すのこの子は!?

 私があたふたしていると、お母さんらしい年配の女性が笑顔で出迎えてくれた。


「あらー、新のお友達? まあ、綺麗というか可愛らしいわねー」

「あ、あの、勝俣くんの同級生の城ヶ崎琴音といいます」

「もしかして、お見舞いに来て下さったのかしら? 遠慮しないで上がってちょうだい」

「いや、あの勝俣くんは……」


 まあまあここでは何だから、と私の意思に関係なく、腕を引かれてリビングに連れて行かれた。


「こめんなさいね。新は今、お薬を飲んで寝ているところなのよ」

「そ、そうですか……」

「もうすぐ起きてくると思うから、ここで待ってくださいね」

「は、はい……」


 気が付くと、ソファに座らされ、目の前に紅茶とシフォンケーキが置かれていた。

 予想以上の展開にさっきから心臓がうるさい。

 お母さんは優雅に紅茶を飲みながら、笑みを浮かべてこっちを見つめているし、妹さんも一旦は着替えに部屋に戻ったものの、すっかりこの場に馴染んでいるようでケーキを美味しそうに食べている。


 何となく居たたまれなく感じつつ、出されたお茶をいただいていると。


「ところで、その……城ヶ崎さんはいつから新のお友達なんですか?」

「えっ? そ、そうですね……つい最近です」


 まさか、罰ゲームで告白したら思いっきり振られたんです、何て言える訳がない。

 しかも、その振った相手を振り向かせるためにここに来たんです、なんて。


「ところで、お兄……兄からお話聞いてますか?」

「えっ、お話ですか?」


 勝俣くんからの話って何だろう?

 妹さんに問いかけるように目を向けると、私の反応が思惑と違ったのか、『やっちゃった……』みたいな顔をされた。


 私が疑問な表情をしたのを見た妹さんは急に慌て出した。


「あ、いえ、聞いてないのならいいです。ごめんなさい」

「はあ……」


 一体何が言いたかったのだろうか?

 お母さんを見ても同じように苦笑しているし。

 そこへ。


「母さん、腹減った……何か食うもの……えっ!?」


 声のした方を見ると、パジャマ姿の勝俣くんが驚いた表情で立っていた。

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