第3話

「あっ、やっぱりここにいた……」


 図書室の奥にある準備室というところで、体育座りをして呆然としていた私に美月が声を掛けてきた。

 ときはすでに昼休みになっていたらしい。

 どおりでさっきまでの静けさはどこへやら、生徒たちの会話が漏れ聞こえていた。


 美月の声にビクッと身体が一瞬こわばったが、恥ずかしさとやり切れなさで顔を上げることが出来ない。


「あんたのクラスの女子から聞いたよ。琴音が珍しく授業をサボったって」

「うん……」


 事の経緯を知らないクラスメイトからしたら、今朝の私の行動は意味不明であっただろう。

 自分のしでかした行動を思い返してみると、恥ずかしさで顔から火が噴き出そうだ。


「一体何があったのか、わたしに話してみなよ」


 優し気な表情で美月は私の横に腰を下ろした。


「……ねえ、美月」

「うん?」

「勝俣くん、私のこと知らなかったみたい……」

「ええっ?」


 美月は私の言葉が信じられないような顔をして、驚きの声を上げた。


「嘘でしょ?」

「……本当よ」


 予想どおりの美月の反応に少し気分を良くした私は、教室での勝俣くんとのやりとりを説明した。


「最初は、昨日の今日だし、彼のことをよく知りたいと思って様子を見るだけにしようと思ってたんだ。でも、その美樹さんという人にだけ笑顔を向けるのを見たら、何か居ても立っても居られなくなっちゃって……」

「ふーん」

「たまたま美樹さんと勝俣くんは席が隣同士だし、普段からあいさつぐらいする関係だと思ったんだけど」

「けど?」

「思い切って、同じように声を掛けてみたら『えーと、誰だっけ?』って言われちゃって」

「へえ……」

「ねえ……私どうしたらいいのかな」


 今、男子と彼氏として付き合っている子たちは、どうやって恋人になったんだろうか。

 これまで恋というものをしたことがないし、好きな男子なんて一人もいなかった私には、普通の子たちが当たり前に持っている友達スキルみたいなものが全く欠けているようだ。


「そうねえ……このまま放っておいたら、勝俣くんのことだから琴音のことなんか普通に忘れそうだよね」

「うっ……」


 確かにそんな気がする。『押してもだめなら引いてみよ』とはたまに聞く言葉だけど、勝俣くんには当てはまらないかもしれない。


「とにかく、もっと勝俣くんのことを知った方がいいんじゃないかしら。『敵を知り、己を知れば万事危うからず』って言うし」


 なるほど。確かに罰ゲームでの告白だったし、相手が勝俣くんでなくてもよかったのだが、今は勝俣くんにターゲットを絞っている以上、彼のことを知っておくべきだろう。


「ありがとう、美月。なんとなく分かった気がする」

「そ、そう?」

「そうよね。相手のことを知らなきゃ何も始まらないわ」

「う、うん。頑張ってね」


 このとき、『敵を知る前に、己を知らないといけないんだけど……』という美月の呟きに私が気付くことはなかった。


$ $ $


 昼休みの終わりに何気なく教室に戻ってきた私に周囲のクラスメイトたちは驚いていたようだが、私にはそんなことよりも、今朝の失敗を取り返すべく闘志を燃やしていた。


 さて、どうやって勝俣くんのことを知るべきか。


 私の経験……ではなく、あくまでも見たり聞いたりした範囲ではあるけど、友達を通して情報を得るという方法がある。

 しかし、残念なことに勝俣くんには友達と言える存在はいないらしい。


 友達が少ないという点では私も人のことをとやかく言えないが、それでも私には美月という何でも相談できる友達がいる。けど、勝俣くんにはどう見ても仲良さそうな男子を見かけないのだ。


 こう言っては何だけど、見た目もイケメンというわけではないし、何か特技があるわけでもない彼にとって友達とは無意味な存在なのだろうか。


「うーん」


 思わず小さく唸ってしまう。


「ちょっと、また城ヶ崎さんが勝俣くんの方を見てるわよ」

「一体、二人に何があったのかしら」

「まさか城ヶ崎さん、勝俣のことを……」

「バカ。そんなわけねえだろ」


 周りで何やらひそひそと交わされている会話が漏れ聞こえてくるけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 そこで、ふと思いつく。


 ……そうだ。友達がダメでも家族がいるじゃないか。

 さすがにご両親に直接会うというのはハードルが高いけれど、もし兄弟がいるのであれば、そこから話を聞くのがいいかもしれない。


 我ながらいい考えだとほくそ笑んでいると、「じゃあ、城ヶ崎」と先生に当てられてしまった。

 せっかく先が見えてきたところなのに……えーい、面倒だ。


 私はゆっくり立ち上がって答える。


「解りません」

「えっ?」

「ですから、解りません」

「そ、そうか。じゃあ……」


 先生は何が起きたのか理解できない顔をして、仕方なく次の人を当てていた。


「城ヶ崎さんが『解らない』だと……」

「あの学年で上位3人に入る城ヶ崎さんが……」


 その後も、周りが騒然とする中、私はどのようにして勝俣くんの情報を得ようかを模索することに集中してその日の授業を終えたのだった。

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