第2話
翌日、なかなか寝付けなくて珍しく起きるのが遅くなってしまった私は、朝食を摂りながら昨日の出来事を思い返していた。
『ごめん、君とは付き合えない』
言われた瞬間は、想定外の返事に思わず『はあ?』と間抜けな反応をしてしまったけど、よくよく考えてみると何か特別な事情があるのかもしれない。
だって、こんなに可愛い女の子なんて、そうはいないよ?
髪だって毎日のケアを怠らないからツヤツヤだし、自慢の肌は日差しの強い日には外へ出かけられないくらい白くて敏感だし、最近また胸も大きくなってきてるし、文句の付けどころなんてないでしょ?
いくら興味がないからって、少しぐらい付き合ってみてから判断したらどうなのよ?
無意識に気持ちが行動に表れていたのだろう、気が付くと目の前のハムエッグが私が手にしたフォークで無残なことになっていて、それを目の当たりにして再びため息をつく。
まあ、とにかくアイツを振り向かせるために頑張るしかない。
私のプライドを守るためにも。
「ごちそうさま」
席を立ってから初めて、微妙な顔をしている家族に気が付いた。
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自宅から高校までは徒歩で15分。
歩き慣れた道、周囲から視線を感じるのはいつものことだけど、今日はそんな視線を気にしていられなかった。
気まずい……もし、誰かに昨日のことが知られたらという焦りと、行先のない怒りが心の中で暴れている。
「あ、城ヶ崎さんよ」
「今日も綺麗ね」
「ああ、お付き合いしたいなあ」
「おまえにゃ無理だよ」
漏れ聞こえてくる称賛の言葉。
今まではただの騒音にしか聞こえなかったけど、気持ちが落ち込んでいる今となっては、逆に神経を高ぶらせてくれる。
そうでしょ? 私可愛いでしょ? 誰かアイツに言って聞かせて頂戴よ!
「でも何か今日の城ヶ崎さん、少し顔怖くね?」
「あれだけ美人だといろいろとあるんだろ」
おっと、いけない。思いっきり顔に出てたみたい。
慌てて表情を取り繕っていると、少し前を歩くアイツの後姿に気が付いた。
『いた……』
昨日の私の前から去っていく後姿と重なって、またあのときの衝撃が蘇る。
男の子にしてはゆっくりとした足取りで学校へ向かう彼の後ろを、私は同じ間隔を保ったまま後を付けていた。
さて、どうしようか?
聞いた話では、振られた人はその相手に対して関わらないようにするらしい。普通の会話をしようとしても恥ずかしかったり、居たたまれなかったりしてギクシャクするのだとか。
そういう経験をしたことのない私だけど、初めてその立場に立ってみて分かった気がする。
「おはよ。琴音」
「うひゃっ!?」
突然、背後から声を掛けられて、つい変な声を上げてしまった。
「どうしたの? 変な声上げて」
「あ、美月……おはよう」
アイツの背中を凝視していたので取り乱してしまったとは言えず、えへへ、と誤魔化したのだが。
「あれ、前にいるのは勝俣くんじゃない?」
「え、う、うん……」
どうやら私の行動が見られていたらしい。
「折角なんだから、あいさつでもしたら?」
「何が折角なのよ……」
振られた直後はいろいろと気遣ってくれたはずだけど、今ではすっかり私をイジってくるようになった。それで救われている部分もないわけじゃないけど。
「まあ、顔を合わせ辛いっていうのも分かるけどさ」
「ま、まあね……」
何せ初めて掛けた言葉が告白なのだから、バツが悪いことこの上ない。
「まあ、そのうち気にならなくなるんじゃない?」
お気楽に言ってくれるが、振られたのは私なんだぞ。しかもその原因を作ったはずの美月に言われたくない。
「あっ、急がないと遅刻しちゃうよ!」
憮然とした表情をしているだろう私に気付くことなく、美月は私の手を引っ張って走り出した。
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「お、おはよう」
「あ、城ケ崎さんおはよう」
いつものように挨拶をしようとして、少しどもってしまったが、クラスメイトは気付くことなく挨拶を返してくる。
ホッとして席に向かうと、途中で勝俣くんの姿が目に飛び込んできた。
彼の席なんて今まで気にしたことなかったけど、私の席の斜め前だったようだ。
『……この席なら彼の様子を見ることが出来るわね』
そう思いつつ、自分の席に座って何気なく視線を向ける。
黙って見ていると、彼は肩肘をついたまま、本を読んでいるだけで周りのクラスメイトと話すことはもちろん、誰かに目を向ける様子もない。
『美月の言うとおり、本当に友達がいないのかも……』
それが本当なら、彼の口から昨日の件が広まることはなさそうだと思い安心する。
『いや、そういう問題じゃないわ!』
どうして振られたのか、そしてどうすれば振り向かせられるのかが問題なのだ。
振られたことを周囲に知られるのをびくびくするなんて私らしくない。
要は、彼の方から告白させることが出来ればいい。そうすると私は振られたということにならないのだから。
そのためには、まず彼のことをよく知らなければ。
「ちょっと、城ケ崎さんさっきから勝俣くんを見つめているんだけど」
「なに? もしかして城ケ崎さんって……」
「えっ? 嘘でしょう?」
「おい、今日の城ケ崎さんいつも違くね?」
「ああ、何というか鬼気迫る感じがする」
「さっきから、勝俣の方を見てないか?」
「ま、まさかな」
知らず知らずのうちに彼を凝視していたようで、周囲でクラスメイトが囁き合っている声に気付いていなかった。
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本を読み続けていた勝俣くんだったが、ふと、本から顔を上げたのに気付いた。
「おはよう」
「美樹、おはよう」
彼が向いた方向に目をやると、どうやら遅刻寸前に教室に入ってきたらしい女子生徒が息を切らせながら、友達と挨拶していたところだった。
あの子は……うーん、誰だったかな? 名前、覚えてないや。
頭を捻りながら勝俣くんの方へ目を向けると。
『あれ?……』
勝俣くんが、真剣な顔でさっき入ってきた女子生徒を見ていた。
しかも、心なしか顔が赤くなっている。
『えーと、もしかして……』
クラスメイトから『美樹』と呼ばれていた彼女が、自分の席―――それは勝俣くんの隣の席だった―――に座るとき、信じられないことが起こった。
「お、おはよう、伊藤さん」
「うん、勝俣くん、おはよう」
はにかんだような笑顔で挨拶を交わす二人。
それは、傍から見れば初々しいカップルの姿そのものだった。
以前の私なら、何の感情もなく見ていただろう。いや……気にすらしてなかったかもしれない。
「……っ!?」
どういうこと? 何で彼女なの? 何で私じゃなくて彼女なの?
こういっちゃなんだけど、私の方がずっとずっと可愛いし、綺麗なはずよ。
なのに、この私を差し置いて、どうして彼女にそんな笑顔を向けるの?
何で? どうして? 私じゃないの?
ガタン!
気が付くと、私は席から立ち上がっていた。
思ったより大きな音が立ってしまい、周りのクラスメイトが何事かと一瞬静かになった。
ゆっくりと勝俣くんの机の横に移動する私。
「おはよう、勝俣くん」
出来るだけ普段のような笑顔で挨拶する。
ねえ……私にも言って。『おはよう、城ケ崎さん』って言ってよ。
私に気付いた勝俣くんは、困ったような表情を浮かべて隣に座る美樹さんに小声で話しかけた。
「えーと、誰だっけ?」
「「えっ!?」」
私と美樹さんの声が重なる。
『う、嘘でしょ!?』
あまりの衝撃に身体がふらついてしまった。なんだろう、すごい悲しい気持ちに襲われた。
「う……」
思わず後ずさりしてしまう。
「うう……うわぁあああああああぁぁ―――――ん!」
気が付くと、私は教室を飛び出していた。
「な、なにが起こったんだ!?」
「ど、どうなってるの?」
教室からクラスメイトたちの騒然とした声を聞きながら、私は初めて学校で涙を流したのだった。
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